95 ハーフエルフっ娘とお姉ちゃんの結婚1
「パウペト大司教。先ほど残りの聖教軍も無事帰還しました」
大聖堂で豊作を感謝する儀式が盛大に行われたあと、聖教軍の一人が大司教の所までやってくると、片膝を付いてそう告げた。
コエリーオ王国と、国境付近で睨みあっていた聖教軍は三個師団、計三万人だ。
それを、進軍時と同じように一個師団ずつ、日にちをずらして移動して帰路についたため、全軍の帰還が今になってしまったのだ。
「そうですか。彼らには、皆さんの信仰心はしっかりと『無二なる御方』に届いています、とお伝えください」
『無二なる御方』とは、エルフ達が信仰する神のことだ。
エルフ達は遥か昔から、神は唯一無二であると信じて来た。
もちろん、神と言う言葉もある。
だが信仰心が厚い者ほど、直接的な表現は恐れ多いとして、このような言い方をしている。
「ふうぅ」
大司教が執務室に戻ると、椅子に腰掛けてため息をついた。
「よう。やっと残りの兵が帰って来たそうだな」
声を掛けて来たのは神宮路浩也。彼らが召喚した勇者だ。
「これで複数の神を信仰している獣たちを根絶やしにできると思ったのに、これほど早く軍隊を移動して来るとは。全くの想定外です」
苛立たし気に愚痴る大司教に、浩也はやれやれと言った顔を向ける。
「『草』からの報告では、彼らがカデン領と和解した四日後に、王都の守備兵がこちら側の国境に向けて一斉に動き出したそうです。しかも、通常の進軍の三倍の速さで」
司教の一人がそう伝える。
コエリーオ王国は、エルフ達が亜人と呼ぶ人種が七割を占めているが、エルフやハーフエルフも住んでいる。
そしてその中には、『草』として代々、コエリーオ王国の内情をサリデュート聖教国に流し続けている者達もいる。
「まさか……停戦合意への感謝として、カデン伯爵が彼らに伝えた?いや、逆にその情報を伝える事により停戦を受理させた可能性もありますね。だが、問題は彼女がどうやってこちらの動きを察知したのかですね」
「大司教様。彼女は呪いでたくさんの人々に死をまき散らすことができる、東の死神です。大方、彼女が契約している魔王を通じて知ったのでしょう」
司教の言葉に、大司教は忌々し気に顔を歪める。
しかし、彼女は魔王と契約など結んでいないし、呪術的な方法で各国の情報を得ている訳ではない。
単に、本当に信頼のおける商人に、魔道音伝器を持たせて、商人同士の繋がりで得られた情報を伝えて貰っているだけだ。
たかが商人の情報と侮るなかれ。
軍隊を動かすには事前に大量の食料や樽、武器等の購入が発生する。しかも出兵する地域により必要物資が少しずつ異なる。例えば乾燥地帯を通る場合は大量の樽や革袋水筒などが購入される。
彼らから伝えられる各国の物資の仕入れ数の変化や人の動きなどで、どのくらいの規模の軍隊がどの方角に進む予定なのか等の予想をたてる事ができるのだ。
そして商人たちは、自分たちがフォーリィに情報を流す事により、彼女が戦闘を最小限に抑え、自分たちの商いの障害を極力減らす事ができると確信しているため、積極的に協力している。
そう、フォーリィは領主であると同時に、多数のカンパニーを抱える商人なのだ。
つまり、常に商人目線で最善の選択をする立場の人間であり、これまでの彼女の行動がそれを裏付けていた。
「コエリーオ王国を滅ぼすには、あの死神を先に殺す必要がありますね」
大司教がそう言うと、浩也が真っ先に反応した。
「おっ?やっと俺の出番か?」
彼はこの世界に召喚されてからは、たまに魔獣と呼ばれる獣の討伐に駆り出されるだけで、あとはダラダラと過ごしていた。
娯楽の少ないこの世界では、それはとても退屈極まりない生活だった。
コエリーオ王国への進軍が決まった時、彼は同行予定だったし、大司教達もそのつもりだったのだが、ヴェジェルータ帝国内の『草』から、彼らが進軍の準備をしているとの連絡が入ったため、勇者をこの聖地に残す事になった。
結局、帝国の進軍先はホーズア王国だった。そして何故か急に反転して戻ってしまったため、浩也たちは帝国との国境への進軍は取り止め、聖地に留まり続けることになった。
そういう訳で、この勇者は戦いたくてうずうずしていた。
だが、そんな彼に大司教は待ったを掛ける。
「勇者殿、お待ちください。彼女は表向きには『無二なる御方』を信仰していますし、カデン領の教会に多額の寄付もしています。さらに彼女の姉が近々教会で結婚式を上げることになっています。我々は彼女を『無二なる御方』の元へ送るための大義名分がありません」
「ちっ、色々と面倒くせえな」
浩也が毒づくが、サリデュート聖教国としては仕方がないことだった。
例え彼らにとって彼女が目の上のコブであろうと、聖教国に敵対心を向けている訳でもなく、神を冒涜している訳でもない以上、聖教国から戦いを仕掛ける訳にはいかない。
そんな事をすれば、ホーズア王国との仲が険悪になるのは勿論のこと、他のエルフ国家との仲もギクシャクしたものになってしまうからだ。
「あの死神、神を冒涜するような行為に走ってくれないでしょうかね」
大司教は、ため息交じりにそう呟く。
その言葉は、その場の全員が心の中で思っていることだった。
もっとも、他者が神に仇なす行為をすることを望むのは、彼らの聖典の教えから逸脱しているのだが、誰一人そのことに気付いていなかった。
◆ ◆
「ちょっと、いい?」
結婚式前夜、準備のためカデン領の領邸に泊まることになったヴェージェの婚約者ジュアゼイルは、あてがわれた部屋に戻ろうとしていたところをフォーリィに呼び止められた。
「話したいことがあるの。付いてきて、時間は取らせないから」
彼女に連れられて入ったのは領邸の空き部屋の一つだった。
ジュアゼイルは、結婚式前夜に、結婚相手の妹と部屋の中で二人きりになるのはどうかと思ったが、彼女の事だ、そのような雰囲気になることはあり得ないので、大人しく部屋に入った。
彼女は後ろ手にパタンとドアを閉じる。
「ねえ、ジュアゼイル。あなたが本当にお姉ちゃんの事が好きで、お姉ちゃんとの未来を真剣に考えていることは分かっているわ。だから――」
フォーリィの目が怪しく光る。
「カデン領で私達と一緒に働かない?表側の仕事として」
「!!」
ジュアゼイルは、この手の誘導に対する訓練を受けていた。
だが、このタイミングで来るとは全く予想していなかったため、模範回答を口にするのに一瞬遅れてしまった。
「や……」
「あー、規定の回答はいいわ。時間の無駄だし」
彼がはぐらかそうとする前に、フォーリィに阻止されてしまった。
彼女はどこまで知ってる?単にかまを掛けただけか?
思考をフル回転させて情報分析を始めるジュアゼイルを無視して、フォーリィは話を進める。
「もちろん、今まで通り国王様に私の情報を報告して構わないわよ。それがあなたの仕事ですから」
「!!」
国王とのつながりもバレている。
だが、そのような状況でも彼は諦めなかった。
顔に出してしまったら負けだ。
懸命にポーカーフェイスを保ちつつ、彼女を言いくるめる方法を探っていた。
だが、フォーリィはそんな彼に、僅かな考える時間すら与える気はなかった。
「うっ……」
ジュアゼイルは驚愕に目を見開き、思わずうめき声を上げてしまった。
何故なら彼女が今、一瞬だけ見せたのは、同業者……しかもかなり訓練を積んだ者の気配だった。
とても微かだが、それでいて針のように細くて鋭い気配。
もう、彼女の前では隠し事はできないと彼は悟った。
だがそれは、彼の裏の仕事での廃業を意味していた。
こうなったら、国王様にお暇を頂いて、彼女に雇ってもらうしかないか。
そんな事を考えていたジュアゼイルに、フォーリィはニッコリと微笑んだ。
「そんな怖い顔しないで。裏の仕事はそのまま続けていいから。あなたは今まで通りの諜報活動をして、見たままを国王様へ報告してくれて構わないから」
そんなことを言っても、正体がバレている以上、いくらでも情報を誘導できる。
彼もその事は分かっているから、彼女の言葉を素直に受け入れることはできなかった。
「あなたが何を考えているか分かるけど、私はそもそも政治屋じゃないわよ。たしかに領主と言う地位を押し付けられたけど、私は商人。だから私にとって大事なのは私のカンパニーと家族なの。だから今までも戦いの状況はテレビを通じて国内外に情報開示してきたのよ。私の領主としての立場をハッキリと知らせるために」
彼女の言葉に、彼は納得してしまった。
今まで彼は、なぜ彼女が戦闘での手の内を晒すようなことをしているのか理解できなかった。
だが、今の彼女の話が本当だとすると、全てに辻褄が合った。
彼女は自分や家族に危害を加えるものには容赦ないが、戦意を喪失させた者など、彼女達にとって脅威とならなくなった者には極力攻撃しないようにする。それを多くの者に知らしめて、彼女達に手を出すことを躊躇わせているのだと。
たがそれは、彼女の言動に裏がなかったと仮定した場合に限る。
今の彼にはそれを判断するには情報が足りなすぎた。
フォーリィも、そんな彼の胸の内を理解しているので、助け舟を出す。
「まあ、急いで結論を出す必要はないわ。しばらく私達と行動を共にして頂戴。そうれば分かって来ると思うわ。私の人となりと行動原理を」
フォーリィはそう言い残すと、彼を置いて部屋を後にした。
うむむ……サリデュート聖教国での話が長くなってしまったからヴェージェの結婚式の始まりまで書ききれませんでした。
次回こそは結婚式のお話です。




