94 ハーフエルフっ娘と子爵と護衛騎士
応接間に入って来た護衛騎士は、フォーリィに気付くと慌てて右手を心臓の位置に置き、頭を下げた。
「し、失礼しました。私はアンジェラトゥ子爵様の護衛騎士を務めさせて頂いています、マグノリーと申します」
自分の使える主の事が心配だったとはいえ、領主であり伯爵でもあるフォーリィを無視してしまった事は大失態だった。
これで相手が激怒すれば、主であるアンジェラトゥ子爵が彼の代わりに謝罪しなければならず、そんな事をさせてしまう事は護衛騎士として失格だった。
マグノリーは額に汗を浮かべながら頭を下げ、彼女の反応を待った。
だが、フォーリィから何の反応もない。
数分間にも思える永い間 ―― 実際は十数秒間 ―― そのまま頭を下げ続けたあと、彼は恐々と頭を上げた。
「!!」
そこには、火照ったような顔で彼を見つめているフォーリィがいた。
もちろん、マグノリーはその視線の意味に気付かないなんて事はない。
学生時代から女性たちのアプローチは結構受けていて、今のフォーリィのような顔を向けられる事も日常茶飯事だった。
だが、相手は伯爵だ。
ここで対応を誤れば、アンジェラトゥ子爵に多大な迷惑を掛けることになる。
マグノリーは困り果て、彼女の後ろに控えているラントゥーナ補佐官に目で救いを求めた。
ラントゥーナはそのサインに気付くと、急ぎフォーリィの前に回り込むように移動する。
「伯爵様!?」
フォーリィの顔を確認したラントゥーナは、ぎょっとした顔をすると、慌てて彼女の肩を掴み、ゆさゆさと強く揺すった。
フォーリィはハッとして我に返ると、慌てたようすで口を開く。
「あ、あ、あの。お名前を教えてください」
彼女の問いに、マグノリーは眉尻を下げながら、ややゆっくりと答える。
「すみません。活舌が悪がったようですね。私の名はマグノリー。アンジェラトゥ子爵様の護衛騎士を務めさせて頂いています」
女の子のこういった態度に対するいつもの答え方だ。
だが、相手は伯爵。
彼は慎重に、体中の神経に、そして言葉に細心の注意を払った。
「マグノリー……様」
「伯爵様、『様』はお止め下さい。私は一介の騎士です」
「マグノリー……様」
尚も熱い視線を向け続けるフォーリィに、彼は少々居心地の悪さを感じ、救いの手を求め目をさまよわせた。
「コホン」
その時、アンジェラトゥが軽く咳払いをした。
「えーと。今日、僕がここに来た理由は、伯爵様に見ていただきたいものが……伯爵様?聞いてます?」
アンジェラトゥの言葉は彼女の耳に届いていないようだった。
それを見て彼は、またか、と言う顔をする。
半年前、アンジェラトゥは彼の父親に命じられ、彼を護衛騎士にしてからは度々このような事が起こっていた。
「もうっ!マグノリー。君がいると伯爵様の気が散るだろ。頼むから部屋を出てくれ!」
アンジェラトゥがプンプンと怒り、退室を命じた。
それを聞いたラントゥーナは、急ぎ移動してドアを開ける。
「マグノリー様。控室にご案内します。あなた達、この方にお茶をお出しして」
彼女は、そばで控えている侍女にテキパキと指示を出し、マグノリーを連れて部屋を出て行った。
ドアがパタンと閉じられたのを見届けると、フォーリィがいきなり立ち上がった。
そして、目を吊り上げてアンジェラトゥに詰め寄ると、首を締めながら前後にゆさゆさと激しく揺すった。
「何で追い出しちゃうのよ!?あんた、鬼!?私に何の恨みがあるのよ!!」
「が……がはっ……チョ……チョーク……チョーク!」
顔を赤くして、苦しそうにそう叫ぶアンジェラトゥ。
それを聞いて、フォーリィは驚いた顔で手を放す。
「チョー……ク?何それ?魔法術式の名前か何か?」
彼女の問いに、アンジェラトゥはバツの悪そうな顔をする。
「あ……ははっ」
そして暫らく逡巡した後、意を決して語り始める。
「プロレスと言う格闘技の反則技の名前です。……じつは……僕は異世界からの転生者なんです」
そして、ぽつりぽつりと話し出す。
彼は幼少のころから前世の記憶があったこと。
最初はその記憶はあまり鮮明でなく、彼自身、夢で見たのだと思い込んでいたこと。
だが次第に記憶がハッキリしてきて、それが前世の記憶だと分かったこと。
「ある日僕は、父上に話したんです。僕が転生者だって。そうしたら父上は大変喜んで、前世のことを色々と聞いて来たんです。僕は嬉しくなって父上に色々とお聞かせしたんです。前世のことを」
彼はとても嬉しそうな顔をした。
だがその顔は一変して、暗くて少し寂し気になった。
「だけど……スマホやパソコンなど、前世の話はどうも上手く伝わらなかったようで……しかも、この世界では活用できない知識ばかりで……その内、父上も前世の話を聞いてこなくなったんです」
(あー、もしかしたら異世界の知識が領地発展につながるのでは……と、過度な期待をしちゃったのかな?)
フォーリィそう思ったが、口には出さなかった。
「でも、伯爵様は凄いです。テレビ、掃除機、洗濯機、その他もろもろ。前世の世界でもそれらの製品はありましたが、全て電気と言うエネルギーで動いていました。だけど伯爵様は同じようなものを魔石で実現してしまうなんて。電気の世界での記憶を持った僕では到底考え付かなかったものです」
目を輝かせて身を乗り出してくるアンジェラトゥ。
だがそれはフォーリィも同じだった。
「ねえ、ねえ。前世の話をもっと聞かせて。新しいカデン製品のアイデアになるかも知れないわ」
お互いの顔が、息が掛かるほど近付く。
間近で見たフォーリィの整った顔に、アンジェラトゥは顔を赤くして急いで離れる。
「そ、そう、伯爵様に見せたいものがあるんです」
そう言って、持ってきた大きめの鞄を開き、中に手を入れる。
「あ、そうだ。伯爵様、パンを少し頂いてもよろしいでしょうか」
彼がそう言うと、フォーリィ途端に冷たい目を向けてくる。
「何?人の家に来て食べ物の催促?」
フォーリィのその態度で、彼は自分がとんでもなく失礼な事を言った事に気付く。
領地持ちの貴族が、他の領主の館を訪ねて食べ物を出せと要求したのだ。
しかも、自分より爵位が高い者に向かって。
「ち、ち、ち、違います!そ、その!これ、これです!」
彼が慌てて鞄から取り出した四角い箱。
それを見たフォーリィは目を輝かせた。
「それ、あなたが創ったの?何をする物なの?」
フォーリィは一目でそれが何か分かった。だが彼女は、自分の口からはその名前を出さない。
彼女は魔法騎士団時代、前世の記憶を使ってやり過ぎてしまったため、自分や家族の命を危険にさらしてしまった。だから、例え転生者相手でも慎重に行動する。
「これはトースターと言って、パンを焼く機械です。前世では多くの家庭で使われていた商品なんですよ」
「すごぉぉぉい♪ねえ、どうやって熱を発生させてるの?」
これは、わざと驚いて見せているのではなく、彼女の純粋な好奇心だった。
「これは伯爵様が販売しているドライヤーの魔石を使っているんです。その魔石を五つ、直接金属に当てて熱しているんです」
「おおぉ、そんな使い方が……ねえ、これ商品化しようよ。何なら私のカンパニーで製造販売してもいいわよ」
フォーリィは彼の両手をギュッと掴み、目を輝かせて顔を近付けた。
アンジェラトゥはそんな彼女に見惚れ、思わず思考が飛んでしまった。
「伯爵様!何をしているんですか!?」
その時、ラントゥーナが応接間に入って来た。
そして、手を取り合って見詰めあっている二人を見るや、驚いた声を上げた。
「あっ、ラントゥーナ。これ見て。パンを焼く機械だって」
フォーリィが楽しそうな顔でその機械の上に手を置く。
ラントゥーナは彼女のその態度に、そっと胸をなでおろす。
フォーリィにとってアンジェラトゥ子爵は、異性として魅力を感じていないのだと理解して。
「あ、その、焼くと言うか、どちらかと言うと温める程度で……焼き目は付かないんです」
フォーリィの言葉に、彼は慌てて訂正する。
「えっ?焼けないの?」
パンを焼けないトースターとは、どう言うことなのかと、首を傾げるフォーリィ。
「やはりドライヤーの魔石だけでは火力が足りないようで。それで伯爵様に見てもらって改良につながるヒントを得られないかと思って、ここに来たんです」
「言われてみれば……ドライヤーって物を焼くほどの熱がでないように調整してるからね」
ドライヤーを使用して、いきなり髪が焼けてしまったら大事だ。
だからフォーリィは、冷却の魔石を発熱に転じるように魔改造させる際に、事細かく注意点を説明し、高温にならないように注意を払うように命じていた。
「あれっ?アンジェラトゥ子爵は魔石の改造ってできないの?」
彼女は、魔石の構造を読み取れるエルフやハーフエルフは全員、魔石の改造ができると思っていた。どのような結果を望むのか、明確なビジョンがあれば。
だから、彼がドライヤーで使われている魔石をそのまま使っているのが不思議だった。
「できませんよ、さすがに。魔石に触ればどのような構造かは見えますが、それを理解するのは無理です」
それを聞いて、フォーリィは不思議に思った。だが、すぐにその理由が分かった。
(私は前世で、仕事に使うのに必要な科学的知識を叩き込まれていたから、どこをとのように改造すればいいのか理解できたけど、一般人はさすがにそこまでは無理か……)
「だったら私が教えてあげる。だから、これからも頻繁にここに来ればいいわ」
「ほ、本当ですか?」
彼女の申し出に、喜びの声を上げるアンジェラトゥ子爵。
だが、彼は知らない。
彼女の目当てはマグノリーだと言うことを……
なんと、異性転生者の方からフォーリィに近づいて来ました。
異世界知識持ちと言う弾避けを手に入れた彼女。それが何をもたらすか……っと、その前に、次回はヴェージェの結婚式です。




