89 ハーフエルフっ娘の王都防衛10 ~ 決着
「えっ?えっ?何でみんな武装を外してるの?」
フォーリィが戸惑うのも無理はない。
今まで戦っていた相手がいきなり防具を外し始め、武器と共に一か所に集め出したからだ。
二万もの兵がグループごとに武装を解除していく。その作業が一時間ほど続いた。
そして武装解除が完了すると、将軍たちが再び馬に乗って戻って来た。
『武装は解除した。だからコエリーオ王を帰していただきたい』
「武装は解除したから、コエリーオ王はご帰還されるそうですにゃ」
全く話が見えなかった。
コエリーオ王の帰還が武装解除と関係があると言うのか?
「ちょ、ちょっと待って。何でコエリーオ王国軍が武装解除することが、コエリーオ王の帰還と関係があるの?」
『ちょっと待て。なんでお前らが武装を解除すればコエリーオ王を帰すって事になる?』
『なっ!貴様らが言ったんだろうがぁ!今更反故にするのかぁ!?』
将軍が真っ赤になり、フォーリィに掴みかかろうと一歩踏み出したところで仲間たちに抑えられる。
よく見ると、カデン軍の兵士達が一斉にアサルトライフルもどきを彼らに向けていた。
将軍たちは悔しさに歯噛みしながら、フォーリィたちを睨みつける。
そんな光景に首を傾げながらも、フォーリィ振り返らずに右手を横に伸ばした。
すると、カデン兵たちは即座に銃口を上に向け、安全装置を掛ける。
その統率のとれた動きに、将軍たちは敵ながら感心せざるを得なかった。
「ねえ、最後のやつ。向こうの将軍は何て言ったの?」
将軍が暴走しかけたため通訳されなかった最後の言葉を彼女は確認する。
「なんか、約束を破るのか、とか言ってますにゃ」
「話が支離滅裂だけど、本当に合ってるの?」
心配そうな顔を向けてくる彼女に、通訳役の猫人は目を泳がせる。
さすがに相手側の反応から、自分の通訳が正しくないのだろうとは彼も感じていた。
このような戦況を左右しかねない場所での通訳など、簡単に引き受けるべきではなかったと後悔し始める。
そんな彼の表情を見て、突然大役を押し付けたうえに責任を押し付けるのは可哀そうだと思い、フォーリィは彼を安心させるように言った。
「まあ、両国語に精通した人材がいないのは相手も同じね。準備も何も無い、いきなりの交渉だから仕方が無いわね」
その言葉で、彼は緊張や重圧がだいぶ和らいだのを感じた。
「一応、何の約束か聞いてみて」
仕方がないと言う顔をするフォーリィに彼は無言でうなずくと、将軍に向き直る。
『何の約束だったかな?』
この翻訳は間違っていなかった。
だが、これまでのやり取りを勘違いしていた将軍たちは、自分たちは騙されたと感じた。
ただ、相手の言葉を信用して武装解除まで行ったのに、彼女達は国王を帰す気は全くないのだと。
『こうなったら、全面戦闘だ!全員討ち死に覚悟で貴様らを叩きのめす!覚悟しておけ!』
交渉が決裂した瞬間だった。
そしてそれは、コエリーオ王国軍に大量の死者が出ることに違いなかった。
もちろん、カデン軍でも死者が出る事は免れないだろう。
第二防衛ラインまでの後退を余儀なくされるかも知れない。
カデン軍の全員が、何が起こったのか全く分からない中、将軍が踵を返して立ち去っていく。
『待て、将軍!』
その時、背後から声が掛かった。
将軍たちの時が一瞬止まった。
その声は、彼らが良く知っている者の声だった。
彼が会いたいと切望していた、彼が最も崇拝するお方の声。
『国王様ぁ!!』
将軍が振り向き、コエリーオ王の元に駆け寄ろうとした瞬間、カデン軍の兵士達が一斉に彼に銃口を向けたため、その場で立ち止まり、恨みのこもった顔をフォーリィに向けた。いや、正確にはフォーリィがいた場所に向けた。
「コエリニアちゃん?こんなとこに来ちゃダメでしょ」
いつの間に移動したのか。
気づいたらフォーリィはコエリーオ王の隣にいた。
頭にリボンを付けられ、ワンピース姿の国王の。
国王を人質に取れらた状態では下手に動くことはできない。
将軍たちは怒りを抑え、グッと我慢した。
『将軍、落ち着け。色々と誤解があるぞ』
苦笑いを向けてくる国王に、将軍たちの怒りが一気に鎮火した。
状況が全く把握できない事には変わりはないが、国王はこの状況が分かっているらしい事は伝わった。
「フォーリィ。ダイジョウブ。ワタシ、コエリーオのニンゲン」
「えっ?そうだったの?」
ニッコリと笑うコエリーオ王の言葉に、フォーリィは驚きを隠せなかった。
良く考えてみれば、元々八人の護衛を付けられ、丁重に扱われていたのだから、コエリーオ王国軍関係者の可能性は十分あった。
だが、こんな可愛らしいペット……げふんげふん……女の子と過ごせる魅惑に、フォーリィの思考がその可能性を完全に頭から追い出していた。
『将軍。少しはホーズア王国語を勉強しておけと言っただろ?彼女たちには私が帰還したので、本国に帰りつくまではお前たちはここを離れられないって伝わっているぞ』
『な……なんと』
根本的な所ですれ違っていたのか?
だとすると、自分たちは勘違いから空回りしていた事になる。
困惑する将軍に、コエリーオ王は補足説明をする。
『武装解除の件もそうだ。お前たちから条件を突き付けられると伝えられたフォーリィは、まさかお前たちが武装解除を要求して来るのではないかと、懸念を口にしただけだ』
『つまり……全て勘違い』
将軍はその場で膝をつき唖然とする。
彼はコエリーオ王がホーズア王国語に詳しいことを知っている。
だから、彼が言ったことに疑いの余地はなかった。
つまり……
勘違いから感情的になって、危うく自軍の兵を大量に殺してしまうところだったのだ。
その事実に将軍は背筋に冷たいものを感じた。
『国王様。大変……申し訳ありません!!』
大地の土を握るように、地面に着けた手を握りしめ、首を垂れながら絞り出すような声で謝罪する将軍。
『よい。そもそも私があっさりと彼女に捕まってしまったのが原因だ』
「コエリニアちゃん。向こうの将軍さま、どうしちゃったの?」
将軍が四つん這いになって項垂れたのを見たフォーリィは、慌ててコエリーオ王たちの会話に割り込んだ。
「許セ。ジェネラウは王ガお前タチニ捕マッタので、焦ッテイタノダ」
「王?コエリーオ王様?確か本国に帰ったって言ってたわよ」
フォーリィが首を傾げる。
「ソレは翻訳のマチガエだ。ジェネラウは王ガ帰還シタト言ッタノデハナク、王をカエシテくれと言ッタンダ。ソシテ――」
コエリーオ王はフォーリィに向き直り、顔を上げる。
「ワタシがコエリーオ王ダ」
フォーリィは一瞬目を見開くが……
「ぷっ。ふふふっ。なあに?王様ごっこ?」
クスクスと笑いだした。
だが、コエリーオ王はそのまま真剣な眼差しを彼女に向け続ける。
「お前ノ魔道具デ、カクニンするとイイ。話ガ、デキルのダロウ?国王ヤ自領ノ者タチト」
決してふざけている訳ではない。そう感じた彼女は、ポケットから魔道音伝器を取り出した。
戦いが始まってからは呼び出し音のスイッチはずっとオフにしていたため、ラントゥーナ補佐官たちからは呼び出せないようになっていた魔道音伝器。それに魔力を流し、ラントゥーナを呼び出す。
「あ、ラントゥーナ?テレビで観てた?この子が、自分はコエリーオ王だって……」
『正真正銘コエリーオ王です!だから敵の将軍には渡さないでください!』
ラントゥーナの大声に、フォーリィは思わず魔道音伝器を耳から遠ざけた。
「ちょっと……声が大きい」
『し、失礼しました。それより、早くコエリーオ王を捕えてください』
ラントゥーナの声から、目の前の兎人がコエリーオ王で間違えなさそうだと理解したフォーリィ。
だが、フォーリィはゆっくりと首を横に振る。
「捕まえないわよ。このままコエリーオ王国軍に引き渡すわ」
『何でですか!?このまま敵国王を捕えれば戦争は終わるんですよ?』
ラントゥーナはフォーリィの言葉が信じられなかった。
ラトゥーミア王国と戦った時は、電光石火で敵国王を捕えて戦争を終わらせたのに、今回は敵国王をむざむざ逃がすと言いだしたのだ。
「戦争は終わらないよ。コエリーオ王の弟が王位を継いで、前王の弔い合戦だと言って、また軍を差し向けてくるわ」
『それなら、ラトゥーミアの時みたいに……』
「前回は敵が王都に……一か所に集まって来てくれていたのよ。でも今回は、いきなり広大になったカデン領を守るだけの軍隊はないの。ホーズア王国の王都だけを守ればいいって訳じゃないのよ」
『!!』
ラトゥーミアはやっと理解した。
今回の戦いはコエリーオ王がホーズア王を捕える、または討ち取るために王都を目指していたため少数でもどうにか迎え撃つことはできた。
だが、敵の王が交代してカデン領に攻撃を仕掛け始めたら、多くの領民が犠牲になる恐れがあった。
『分かりました。伯爵様の意のままに』
そう言い残して彼女は通信を切った。
「コエリーオ王様。申し訳ありません。勝手に誘拐してきてしまって」
魔道音伝器をポケットにしまうと、フォーリィは目を伏せ、コエリーオ王に深々と頭を下げた。
「どうぞ、部下の方達と一緒にお戻りください」
ふと、袖を引っ張られる感触がして、フォーリィが目を開けると、コエリーオ王が彼女の袖を掴んでいた。
「フォーリィ。お前は、ワガ領土をオソッタ卑劣ナ貴族トハ大違イダナ。コノ国はシンヨウできナイが、
お前ナラ、シンヨウできル。昨日話シテクレタ、互いガ、ハッテンし続ケルための貿易。お前とナラできソウダ。今日ハ、テッタイするが、後日、ホーズア王国トノ停戦ジョウヤクと交易テツヅキにハイリタイ。国王ニ、トリツイデくれ」
そう言って、コエリーオ王は優しく微笑んだ。
「コエリーオ王様……」
その、あまりの可愛さに、フォーリィは思わず抱きしめて頬刷りしてしまいそうになったが、ギリギリのところで堪えた。
コエリーオ王は顔を引き締めると向きを変え、将軍の方に歩いて行った。
だが、途中で足を止めて振り返る。
そして頬を染め、彼女に右手を刺し伸ばした。
「フォーリィ。ワタシの妃ニ、ナラナイか?」
その言葉に、テレビの前のホーズア王国民や近隣諸国の民は衝撃を受けた。
特に女性たちは手で頬を抑え、キャァァ、と悲鳴をあげた。
一年前まで、一庶民だった女性が、こうして国王に求婚を迫られているのだ。女性たちの誰もが夢見るサクセスストーリーだった。
また、国内外の国王や貴族は固唾をのんで彼女の返事を待っていた。
もし彼女がコエリーオ王の妃になれば、国家間の軍事バランスが大きく変わってしまうからだ。
そして彼女の返事は――
「ごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げた。
それを見て、コエリーオ王は悲しそうな顔をする。
「ソウカ。まあヨソウはツイテイタ。ダガ一応、リユウヲ聞カセテくれ」
コエリーオ王の質問に、彼女は申し訳なさそうに答える。
「我が国の法律では、女性同士の結婚はできませんので」
「お前!ホンキで私ヲ女ダトオモッテタのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「えっ?」
何に怒っているのか分からず、彼女はきょとんとする。
「ワタシハ男ダ。しかも二五歳ノ、オトナだぁ!」
肩で息をするコエリーオ王に、フォーリィはふふふっと笑う。
「またまたぁ。国王様、冗談が過ぎますよ」
「冗談デハない!ソノ魔道具デ、またカクニンしてミロ!」
コエリーオ王の剣幕に、フォーリィは急ぎ魔道音伝器を取り出し、再びラントゥーナと連絡をとる。
「えーと、コエリーオ王様が……」
『伯爵様ぁ!なに国中に恥をさらしているんですかぁ!?どう見ても立派な成人男性じゃないですか!』
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
フォーリィ、衝撃の事実だった。
「え……え~と……その……重ね重ね申し訳ありません!」
思い切り、深々と頭を下げた。
「マ、マア、ソレハイイ。良くナイガ、イイ。ソレヨリ、改メテ申シ込ム、ワタシノ妃にナラナイカ?」
彼の真剣な眼差しに、フォーリィも顔を引き締めて答える。
「そのプロポーズを受けてしまうと、それはとても大きな火種になってしまいます。あなたの周りの国々が、戦争を仕掛けてくることは間違いないでしょう。だから、そのお誘いを受ける事はできません。申し訳ありません」
再び頭を下げるフォーリィ。
今度こそ、本当の意味でのお断りの返事だ。
「ソウカ……ソウダナ。ダガ、諦メタわけジャナイゾ。イツカ、戦争のナイ世界ニシテ、再ビお前ヲ迎エニ来ルカラナ」
そう言うと踵を返し、将軍たちと戻って行った。
「国王様。一旦、砦まで引き上げましょう。そして今後どうするか考えましょう」
あっさりと国王を返して貰えて、少し拍子抜け気味な将軍だったが、気持ちを切り替え、今後どうするか考えていると……
「フラれた……」
ぼそりと言ったコエリーオ王の声。
将軍たちは彼の顔を見てギョッとなった。
彼の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれていたからだ。
「まさか!国王様、求婚なされたのですか!?東の死神に」
「求婚した……そしてフラれた……」
えぐっ、ひくっ、と泣き出した国王に、将軍たちは慌てた。
「て、敵国の貴族なんですよ?」
「彼女は優れた軍師であり、天才的な魔道具技師だ。取り込めば我が国にとても有益になると思ったのだ」
「確かに優れた軍師です。だからこそ、コエリーオ王様とご結婚されると、諸外国から敵視されてしまいます」
「彼女にも、そう言われた……」
それを聞いて将軍は少し安心した。
少なくとも彼女も国王も、その結婚がもたらす影響を理解しているのだと。
「彼女は胸は大きい。結婚したら生まれてくる子供に良い乳を与えられる」
「国王様。大きいと言っても、牛人の女性ほどではありません」
「あんなアンバランスな大きさは乳とは言わん!」
顔を真っ赤にして怒りだすコエリーオ王。
「…………」
そんな王を無言で見つめる将軍。
「ああ、そうだよ!惚れたんだよ、彼女に!彼女の笑顔は最高だよ!悪いか!?」
赤面のまま怒鳴るコエリーオ王。しかし今度は恥ずかしさで。
「いえ。むしろ安心しました。国王様は今まで、そういった事に興味を示されませんでしたので」
将軍はそう言うが、彼とて異性に興味がなかった訳ではない。
ただ、国の発展に心血を注ぎ、他の事に気を回す余裕がなかったのだ。
「では、国王様。東の死神を迎え入れられるように、頑張りましょう」
「将軍。東の死神じゃなく、フォーリィだ。今後は間違えるなよ」
「はっ、了解しました」
こうして、将軍たちはコエリーオ王を無事に取り返し、自軍のもとに戻って行った。
耳にリボンを着けたワンピース姿の国王と共に……
フォーリィ、やっとコエリーオ王が成人男性だと分かりました。
次回、今まで話に出てこなかった、あの人が少しだけ出てきます。




