90 ハーフエルフっ娘の王都防衛11 ~ 更に……
「あはははっ、ひぃひぃ」
ヴェジェルータ帝国では皇帝フューニィ・アガパートゥオ四世が笑いすぎてお腹をよじらせていた。
彼の年齢は八〇歳ほどだが、エルフとしてはかなり若い。
宝石のような金色の髪と、彫刻のような面長で整った顔は、皇帝でなければ街でしょっちゅう女の子たちから声を掛けられていただろう。
「ウサギの男女の違いも分からないとは。なあ、お前の妹はホント、馬鹿だよな」
視線を向けた先には、若い女魔法騎士、ルーフェがいた。
肩より少し長いセミロングの髪は、フォーリィの母アントゥーリアと同じ紅銀色で、若干ふわっとした感じだ。
「それが可愛いんじゃない♪」
ルーフェはうっとりした顔で両頬を抑え、身体をクネクネさせていた。
それを見て、皇帝は少し顔を引きつらせる。
「ま、まあ。しかし。あそこでコエリーオ王の求婚を断ったのは興味深いな。お前の妹は分かっていたのか?」
「当たり前じゃない。あの娘は昔から戦略や戦術に関しては天才的だったのよ。近隣諸国の動きくらい把握しているわよ。特にサリデュート聖教国とかね」
笑顔のまま答えるルーフェ。
それが、ごく当たり前と言わんばかりに。
その時、一人の兵が部屋に入って来た。
「皇帝。準備が整いました」
「やっと終わったか。ルーフェ、行くぞ。お前の妹に会いに」
そう言って、皇帝は立ち上がった。
◆ ◆
「な、な、な……何やっているんですのぉぉぉぉぉ!?」
領都で、両脇の兄と父に腕を絡ませ、ニコニコ笑顔でソファでくつろいでいるフォーリィに、兄の妻マヴァンダが目を吊り上げた。
「何って、パパ成分とお兄ちゃん成分を補充しているのよ」
何て当たり前なことを訊いているんだと言う顔で首を傾げるフォーリィ。
「何ですの?その成分って。とにかく離れなさい」
マヴァンダがフォーリィの手を引っ張り引き離そうとするが、フォーリィはがっしりとスタニェイロたちの腕にしがみつく。
「私、頑張ったよね?この国と領地を守るため。だったらご褒美があって当然じゃないの?国を守るために尽力したのに、ささやかな安らぎすら求めちゃダメなの?」
「うっ……そ、それは」
マヴァンダは男爵令嬢だ。
幼少の頃より、お国の為に尽くすことの大切さを教えられて育った。
だから、フォーリィの言葉に反論できなかった。
例え旦那を小姑に取られて悔しい思いをしても。
ちなみに、ヴェージェはそんな妹を羨ましそうに見ているが、今回の戦闘で彼女がとても苦労したのを知っているので口を挟めないでいた。
「パパァ♪お兄ちゃん♪だあぁぁぁぁぁい好き♪」
フォーリィが少し腰を浮かせてスタニェイロとラトゥールの頬にキスをすると、二人はとても嬉しそうな顔をする。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
そんな様子を、ハンカチを咥え恨めしそうに見ながら、夜になったら旦那に全てぶつけてやろうと心に誓うマヴァンダだった。
「伯爵様。まだ『充電』とやらは終わりませんか?」
その後、暫らくパパ・お兄ちゃん成分を取り込んでいたフォーリィの所に、国王達への連絡が終わったラントゥーナ補佐官が戻って来た。
「一応、国王様には伯爵様はかなりお疲れであると報告し、連絡は明日でいいとの了承を得ました」
従来なら、数日間掛けて軍隊が領地に戻り、領主が後日王都に赴いて報告となるのだが、フォーリィがテレビ電話を提供し始めてからは、ホーズア国王は迅速な連絡を求める事が多くなった。
国全体の情報伝達が迅速になるのはフォーリィにとっても大歓迎だが、こう度々連絡を求められるのは困ったものだった。
もっともそれは、ここのところ彼女が活躍し過ぎたためなのだが。
「ありがとう、ラントゥーナ。では行きましょうか」
フォーリィはソファから立ち上がると、ラントゥーナの手を引いて歩き出す。
「えっ?あの?行くって、どこへですか?」
困惑する彼女に、フォーリィはにこやかに笑いながら答えた。
「どこって、もちろんお風呂よ。戦いが始まる前に約束したでしょ?」
「なっ……?そ、そ、そんな約束、承諾していませんよ。それに、あれって場を和ますためのものじゃなかったんですか?」
少し頬を染めて、彼女の手を振りほどこうとするラントゥーナ。
だが、フォーリィの力は強く、彼女は逃げられなかった。
「何言ってるの?私はいつもホンキよ」
「何ですか?それ!」
そのままズルズルと引きずられていくラントゥーナ。
だが、途中でフォーリィの足が止まる。
「そうだ!ねえ、お兄ちゃんも一緒に入ろ♪」
振り返って片手を前に出すフォーリィ。
「は、は、は、は、伯爵様ぁぁぁぁぁぁ!?」
ラントゥーナは真っ赤になり、激しく彼女を振り払おうとするが、女性とは思えないほどの馬鹿力で腕を掴まれているため、逃げる事もできなかった。
「何を寝ぼけたことを言ってるんですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
そんなフォーリィの提案に待ったを掛けたのはマヴァンダだった。
「寝ぼけた?兄妹なんだから別におかしくないけど?」
「おかしいに決まっていますわ!成人した女性が兄と一緒にお風呂に入る世界がどこにあるんですの!?」
それを聞いて、フォーリィは納得いったと言う顔をする。
「お義姉さんが生まれ育った領地は、そういう風習なのね。王都などでは成人しても、みんな普通に親兄弟とお風呂に入っているわよ」
「そ、そ、それ、本当ですのぉ!?」
ビックリした顔を向けてくるマヴァンダに、ヴェージェは思い切り首を横にふった。
「成人してからは一緒に入ってな……あっ」
つい、口を滑らせてしまったヴェージェは慌てて口をふさいだが手遅れだった。
「きぃぃぃぃぃ!それって私がラトゥールと結婚する直前まで一緒に入ってたってことですのぉぉぉ!?」
クッションを手にして、ポフポフとラトゥールを叩き始めたマヴァンダをよそに、フォーリィは今度はスタニェイロに向かって手を伸ばした。
「じゃあ、パパ♪一緒に入ろ♪」
「伯爵様ぁぁぁぁ!?」
再び、彼女から逃れようとバタバタと暴れまわるラントゥーナ。
だがその時、部屋の空気が一気に冷たくなった。
比喩的表現ではなく、実際に温度が急激に下がったのだ。
あちこちでパキパキと音がして、全員の息が白くなる。
「フォーリィ。あなたは忘れているかも知れないけど、成人したらパパと一緒にお風呂に入らないって約束なの。破っちゃダメよ」
アントゥーリアが無自覚に冷却の魔法を放ちながら、フォーリィに冷たい目を向けた。
「あう……あう……」
フォーリィはプルプルと体を震わせ、逃げるようにラントゥーナを連れて浴室に向かった。
「伯爵様。普通、貴族の方は平民と一緒にお風呂に入りませんよ」
風呂場に着いたフォーリィは、身体にお湯を掛けるとラントゥーナにスポンジで背中を洗ってもらう事にした。
「そうは言っても、私も一年前は平民だったから……まあ、いいんじゃない?」
「まあ、伯爵様がいいと言うのでしたら……あれっ?」
背中を流しながら、ラントゥーナはフォーリィの右手に目が留まった。
「伯爵様。右手の火傷の痕はどうしたのですか?確かタイヤ用のスライムゴムの研究開発中に親指の付け根付近に負った火傷の痕が残ってましたよね?」
「あれっ?消えてる?」
フォーリィは自分の右手を開いたり閉じたりしながら不思議そうに眺める。
「治癒魔法を何度も掛けられると古い傷跡も消えたりするのかな?」
「さあ……どうなんでしょう」
普通、治癒魔法では古い傷跡などは消えない。
だが、何度も同じ場所に治癒魔法を掛けた場合、どのような効果をもたらすかは不明だった。
そもそも、ここまで立て続けに戦闘が勃発すること自体、ここ数十年はなかったので、彼女のように何度も治癒魔法のお世話になる者もあまりいなかった。
「治癒魔法って不思議よね。本人の治癒能力を速める魔法ってことだけど、自然治癒だと傷跡が残るのに、治癒魔法だと痕が残らないのも不自然よね」
確かにそうだった。
となると治癒魔法は、傷を癒す速度を上げるだけでなく、傷跡も消す力があるのかも知れない、とラントゥーナは思った。
「ふぅ……」
体を洗ったあとラントゥーナが湯船に体を沈めると、フォーリィが彼女に背を向ける形で前に座り、湯に浸かった。
「?」
ラントゥーナが不思議に思っていると、フォーリィはそのまま彼女の胸の谷間に頭を埋めるようにもたれ掛かって来た。
「は、伯爵様?」
慌てるラントゥーナ。
「やっぱり、ラントゥーナは結構大きいわね。着痩せするタイプね」
「何を確認しているんですかぁ?」
真っ赤になって彼女を引き剥がそうとするが、フォーリィはそんな彼女の手を取り、肩越しに自分の前まで持っていき、ラントゥーナに後ろから抱きしめられる形をとった。
「うん。やっぱり、この感じだね。たぶん私、小さいころからお姉ちゃんにこうやってお風呂で抱きしめられていた気がする」
フォーリィの言葉に、ラントゥーナの動きがピタリと止まる。
「ヴェージェさんですか?」
「ううん。多分ルーフェお姉ちゃん」
ラントゥーナの腕を掴んでいる手に少し力が入る。
「辛い時とか……ね」
「……」
ラントゥーナは、自分は何て愚かなのだろうと思った。
普段からフォーリィは気丈に振舞っているから忘れがちだが、彼女は昨年成人したばかりの少女だ。
兵士達や家族の前では弱気な姿を見せまいと、そうとう無理していたのだろう。
ラントゥーナは優しくフォーリィを抱きしめた。
「私ね……」
暫らくそうしていると、フォーリィがポツリと言った。
「本当は人を殺すのが好きじゃないの。いや、そうじゃない。大嫌いなの。人が死ぬのも、人を殺す事により憎しみを向けられるのも。それなのに、どこに行っても私は人を殺すことを強要される」
「……」
ラントゥーナは何て声を掛けていいか分からなかった。
こんな幼い少女に戦えと言うのは残酷過ぎた。
だが領主と言う立場上、戦わなくていいなどとは言えなかった。
「今は、実の家族を守るために仕方がないから戦ってるけど……どうして皆、戦いを挑んでくるのかな?これだけ圧倒的な戦力を公開しているのに」
これは彼女の泣き言。
家族の前ですら見せない、彼女の弱い部分。
恐らく彼女は、長女ルーフェの前でだけ、このような姿を見せていたのだろう。
ラントゥーナには、今目の前にいる彼女は伯爵ではなく一人の小さな少女として映っていた。
その少女を、ラントゥーナは強く抱きしめ、その頭に頬擦りする。
「フォーリィ。モニタールームから緊急連絡が入って来たわ」
暫らくそうしていると、バスルームの外からヴェージェが声を掛けて来た。
「やっぱり動いたのね!」
フォーリィは勢いよく立ち上がると、濡れたままでバスルームを飛びだしていった。
『フォーリィ!服!服を着て』
『あなた!何て格好で出てくるんですの!?ラトゥールは見ないで下さい!』
『フォーリィ!ちゃんと拭いて出てきなさい!床がビショビショになったじゃない』
バスルームの外から聞こえてくる声に、ラントゥーナはやれやれと言った顔で立ち上がり、バスタオルに手を伸ばした。
◆ ◆
「よし!このペースなら三日後にはホーズア王国の国境にたどり着くな」
フューニィ・アガパートゥオ四世率いるヴェジェルータ帝国軍は総勢四万。
ホーズア王国の各領主がコエリーオ王国軍から王を守るため、兵を引き連れて王都に向かっていて国境が手薄になっているこのタイミングで、ホーズア王国に侵攻するつもりだ。
両国間で不可侵条約が結ばれているが、このご時世、相手が隙を見せたり軍事的に優位な状態になれば攻撃してくるのは普通だった。
現に、ホーズア王国の西側の領主たちは、フォーリィがラトゥーミアの王都を制圧したのを見て、ヴェジェルータ帝国への宣戦布告を唱えていた。
「おい、ルーフェ。お前の妹が創った竹飛竜と戦えるか?」
皇帝は振り返り、後ろで馬にまたがっているルーフェに話しかける。
「あんな遅い乗り物、私の炎嵐乱舞で叩き落してやるわ」
ルーフェは自信たっぷりの笑顔で答える。
炎嵐乱舞は、フォーリィが『獄炎の魔女』の二つ名で呼ばれるきっかけとなった魔法、青炎乱舞を模倣しようとして編み出した魔法で、彼女の得意技だ。
彼女は水素と言う物を理解出来なかったため、青い炎は再現できなかったが、フォーリィのヒントにより炎魔法に風を混ぜる事により従来の魔法より遥かに高い燃焼温度を実現する事ができた。
「そうか。それは心強い。だが、あの鉄の像やカデン粒子砲とかが出てくると厄介だ。彼女がそれらの武器を輸送するのに何日掛かるか分からないが、それまで、出来る限りホーズア王国の領地を削ってやろう」
皇帝も彼女に笑顔を向ける。
――ドンッ
その時、物凄い音と共に強い衝撃が帝国軍全体を包んだ。
その衝撃で多くの馬が暴れ出し、数匹が騎乗していた兵を振り落として逃げて行った。
「何だ!何かの攻撃か?」
慌てて辺りを見回す皇帝。
「魔法の残滓は感じられないわ」
魔法で辺りを探りながら答えたルーフェは、ふと影がさした気がして上空に目をやる。
(ワイバーン?いや違う。あまりにも早すぎる)
遥か上空に小さな影が飛んでいた。その数、一五。
やがてその影は再び高度を落としてこちらに向かってくる。
「気を付けて!何かが前方から高速でやってくるわ」
ルーフェの声に、皇帝や近くの兵達が前方に目をやると……
――ドンッ
再び衝撃と激しい音が襲った。
その影はあまりにも早すぎて、誰もその姿を捉えることができなかった。
そして、その影が通り過ぎたあと、ガランガランと数十個の筒状の金属が落ちて来た。
「これは、コエリーオ王国軍との戦いで使われていた爆発するやつだ。皆!気を付けろ!」
皇帝が警告すると、兵達は一斉に盾を構えた。
皇帝はと言えば、ルーフェが彼を庇うように前に立ちふさがると、急ぎ結界魔法を展開した。
「……」
緊張の時間が過ぎる。
だが、いくら待っても爆発は起きなかった。
これだけたくさんの飛翔神気が落ちて、一発も爆発しないなんて事はあり得ない。
つまり、これは爆発させるために落としたものじゃない。
そう思ったルーフェは馬から降りた。
「ちょっと見てくるわ」
振り返らずにそう言って、彼女は飛翔神気に向かって歩き出した。
「おい。危険だぞ」
心配する皇帝に、ルーフェは答える。
「大丈夫よ。なんたって私は数少ない結界魔法の使い手なんですから」
ルーフェは念のため結界魔法を展開し、飛翔神気に近付くと、魔力を込めたナイフで四角い穴を開けて中を覗き込んだ。
「大丈夫。中には何も入ってないわ」
そう言いながら、中に入っていた一枚の紙を取り出して確認する。
「ふっ、あの娘」
ルーフェはとても嬉しそうな顔をする。
「おい。今のはお前の妹か?」
「そのようね。あんな速度の乗り物を創ってしまうなんて、相変わらず常識外れね」
ルーフェは中から出て来た紙を皇帝に渡す。
そこにはこう書かれていた。
『まだ早いわ』
「どうやら彼女とやりあうには、まだまだ準備不足のようね」
笑顔を向けるルーフェに、皇帝も確かにそうだと言って、全軍に引き上げ命令を出した。
◆ ◆
五日後。
ラントゥーナは国王に提出する戦闘記録を兼ねた小説の原稿をフォーリィから手渡され、チェックしていた。
「却下です」
ラントゥーナはその原稿をバサリとテーブルの上に置き、目頭を揉みほぐした。
「ええぇぇぇ?何でぇぇぇ?」
信じられないと言う顔をするフォーリィ。
その本のタイトルは――
『フォーリィのアトリエ。カデンの街の借金術師』
と言う訳で、リューヒトル家の長女、ルーフェの登場です。
隣国ヴェジェルータ帝国の皇帝に近い位置にいる魔法騎士でした。




