88 ハーフエルフっ娘の王都防衛9 ~ 更なるすれ違い
「約二個師団……二万ってところね」
フォーリィは第一防衛ラインのカデン軍陣営上空でホバリングしている竹飛竜からの映像で、敵の規模を確認する。
そこには、画面を埋め尽くすほどの人の姿があった。
歩兵が殆どを占めるその部隊。
他のホーズア王国の貴族たちが駆けつける前にホーズア王を捕えてしまおうと、馬車や山の虎を使って歩兵よりも早く移動したため、歩兵は昨日将軍たちとの合流となった。
「多数の犠牲覚悟で一気に押し寄せてくるつもりのようね」
それは、カデン軍のように少数で砦のない場所を守っている場合には大変有効な手だった。
いくら重機関銃があると言っても、二万の兵が押し寄せてきたら、果たしてどこまで持ちこたえられるのだろうか。
一応、竹飛竜には対人飛翔神気を搭載してある。
そして鉄象にも対人弾を多めに積ませた。
サラマンダーはもう殆ど残っていないと予測して有刺鉄線を何重にも張りなおしているので、そう易々と突破はできないだろうが、それも時間の問題だろう。相手が多くの血を流す覚悟で来るのなら。
と、そこで敵軍に動きがあった。
将軍を先頭に、十数名の兵が馬に乗ってこちらに向かって来る。
「話し合い?撤収する代わりに何か条件を付けてくるつもりかしら?」
フォーリィは首を傾げながらも、コエリーオ王をモニタールームに残し、対話に応じるべく外に出た。
有刺鉄線の近くで待っていると、やがて将軍たちが到着し、馬から降りる。
よく見ると、将軍の他は同じ虎人のいかにも武人と思われる男たちが八名、着けている鎧や立ち振る舞いなどから、かなり位が高く腕の立つ者達だと分かる。
あとは、その武人ほど立派ではなく、かなり使い込まれた鎧を着けた獅子人達だ。こちらもかなりの腕前のようだった。
そして、将軍の側近だろうか。なぜか非戦闘員と思われる猫人が一人同行していた。
フォーリィは隊員たちに命じて有刺鉄線を広げさせると、彼らは潜って中に入って来た。
「ヘラヘラパニメ、プーリッチョ、ラヘラニ」
「え?」
いきなり意味不明な言葉で話され、戸惑うフォーリィ。
「コエリーオオオオウオウカエシィィィテンクリィィエニィィア」
「えっ?」
将軍に続いて、隣の猫人も意味不明な言葉で話し出した。
「ゴメン。何言ってるか分からないわ」
フォーリィが眉尻を下げて困った顔をすると、猫人は顔を真っ赤にして怒りだした。
「オルウェノ、コドバ、ナマットゥルンルン、イウンガニャ!」
「えーと、『俺の言葉、訛ってるって言うのか』って言ったのかな?」
「チャチャントゥ、キコウェテイル、ジャニャアニャア!」
ちゃんと聞こえてるじゃないか、と言ったのだろう。だが、この調子で喋られても意思疎通はかなり困難だった。
「ちょっと待ってて」
フォーリィは手のひらを相手に向けたあと、振り返り、後ろの兵達に叫んだ。
「誰かぁ!コエリーオ王国語が分かる人いるぅ?」
暫らくすると、兵の一人が前に出て来た。
こちらも猫人で、将軍が連れて来た者よりもガッシリとした体格だった。
「俺、少しだけ分かりますにゃ」
フォーリィは胸を撫で下ろす。
こちらにコエリーオ王国語が分かる者がいなければ、正直お手上げだった。
こうして、通訳役をカデン軍の兵士にバトンタッチして、会話が開始された。
「じゃあ、まずは『用件を仰ってください』って伝えてくれる?」
カデン軍側の通訳は首を縦に振ると将軍に向き直った。
『何か言う事はあるか?』
その相手を見下したような言い方に、彼らは怒りを覚えたが、王を取り換えするが先決。そこはグッと抑えた。
『コエリーオ王様を帰していただきたい』
将軍はフォーリィを睨みつけながら絞り出すように言った。
「コエリーオ王様はご帰還されたそうですにゃ」
「えっ?……そ、そう」
あまりにも彼らの形相と言葉が合っていないことに一瞬戸惑ったフォーリィ。
それに、なぜ彼らが王の帰還をわざわざ伝えに来たのかも不明だった。
だが、取り敢えず続けることにする。
「じゃあ、こう伝えてもらえる?あなた達も引き上げてくれると嬉しいわって」
『お前らも尻尾を巻いて帰れ。楽しいぞ』
『ぐっ』
将軍は思わず腰の刀に手を掛けてしまいそうになったが、すんでのところで止めた。
『(将軍、やはり奴らは自分たちが捕えたのがコエリーオ王様と気付いていたようです)』
『(そのようだな。だが、すぐにコエリーオ王様を処刑しないところを見ると、何か企んでいるようだ。取り敢えず相手の条件を聞こうじゃないか)』
小声で話す将軍たち。
フォーリィと彼らの間は五メアトルほど離れているため、フォーリィ達には彼らの声は届かない。
『コエリーオ王様を帰していただくまでは、我々はここを立ち去る事はできぬ!』
「コエリーオ王様がご帰還されるまでは、ここを去る事はできないそうですにゃ」
しんがり……にしては二個師団は多すぎだ。
なぜ、こんな大軍を引き連れて来たのか、理解に苦しむフォーリィだった。
「そう。まあ、あなた達が攻撃してこなければ、特にこちらからは攻撃しないわ」
『お前たち、攻撃できない。特にこちらから攻撃するまでもない』
『ぐ……ぐぐっ……』
将軍たち全員が、額に青筋をたてて顔を真っ赤にしている。
さすがにフォーリィも疎通が上手くいっていないのが分かった。
『条件を言え』
「条件を伝えるそうですにゃ」
振り絞るような、怒気を含んだ彼の声とセリフが完全に合っていない。
不安に感じながらも、一応将軍の言葉の翻訳を頼りに会話するしかないのが辛いところだったが。
「まさか、武装解除しろ、とかじゃないでしょうね」
『まさか、武装解除できない、と言わないだろうな』
『きさまぁ!!』
腰の剣に手を掛ける将軍。周りのコエリーオ側の兵達はフォーリィに憎しみのこもった目をむけながらも懸命に彼を取り押さえた。
そして、彼らは何やらヒソヒソ話をしたあと、踵を返して戻って行った。
そのやり取りを観ていたテレビの前の人達の中、コエリーオ王国語が分かる人たちは、通訳の質の低さに呆れていた。
もちろん、ラントゥーナ補佐官、クリザテーモ北カデン内政担当、そしてホーズア国王たちも、それぞれの場所で項垂れていた。
コエリーオ王はと言えば……
(何なんだ、あの酷い通訳は。カデン領は人材不足なのか?)
モニタールームで頭を抱えていた。
(いや、それはこちら側も一緒か……あの将軍、少しはホーズア王国語を勉強しておけって言っただろ)
今さら悔やんでも遅かったが、まさか言葉の壁でこれほど誤解が生じるとは想像すらしていなかった。
そして一時間後……
コエリーオ王国軍が一斉に武装を外し始めた。
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
そしてフォーリィの叫び声がカデン陣営に響き渡った。




