73 ハーフエルフっ娘と遊園地1
「ほ、ほ、ほ、本当にこれ、乗っても大丈夫ですの?」
マヴァンダお義姉さんが恐々とトロッコースターに近付く。
「大丈夫よ。そもそもトロッコの危険性は、トロッコがレールから外れる脱線。トロッコから人が振り落とされる転落……」
「子爵様が経験した事故ですわね」
ラントゥーナ補佐官の指摘に、フォーリィは少し頬を染めてコホンと咳払いした。
「そしてトロッコが障害物または近くの人とぶつかる接触よ」
そこで、とフォーリィはトロッコースターの車輪の部分を指さす。
「まずは脱線防止。ここを見て。普通の鉄道のレールとは違って、トロッコースターのレールは二本のパイプ状なの。そのレールを上下左右で挟み込むように車輪を配置する事によって、トロッコースターは例え宙返りしても脱線する事はないわ」
「ま、まさかフォーリィ。このトロッコースターは宙返りするんじゃ……」
竹飛竜の飛行実験を思い出し、ヴェージェは身震いをする。
「まさか。そんな事はしないわよ」
そう言って、フォーリィはヘラヘラと笑う。今はまだね、と誰にも聞こえないような小さな声で言いながら。
「第二の問題。人が振り落とされる危険性については、座席に設置されているこの『安全バー』。走行する前にこのバーを下ろして、乗客をガッシリと固定するの。そうするとトロッコースターが激しく動いても乗客が振り落とされる事はないわ」
「あのぉ、フォーリィ」
ヴェージェがおずおずと手を上げる。
「どうしたの?お姉ちゃん。何か質問?」
どんな質問が来るんだろうと、少しワクワクするフォーリィ。
「ギガントの人達は、その安全バーでは固定できないんじゃないかな」
「えっ……?」
フォーリィの目が点になる。
ギガントはこの世界で特に大きな人種で、成人男性の平均身長は三メアトルだ。
「ドワーフ達も無理ですわね」
そこにマヴァンダも追い打ちを掛ける。
そう、フォーリィの頭からは、この世界の人種間の体格の差がすっぽりと抜け落ちていた。
この世界では、ヒューマンの成人男子の平均身長が一七〇センチメアトル。エルフやハーフエルフは二〇〇センチメアトルだ。
そのためフォーリィは、一四〇センチから二二〇センチまで対応できる設計とするように指示を出していた。
それを聞いた駆動部担当の電気モーターカンパニーとレールや車両担当の自動車カンパニーのドワーフ達からは文句が出なかったどころか、自分たちがこの乗り物の試乗に参加させられる心配がなくてホッとしていた。
「そ……それは…………」
フォーリィが薄っすらと頬を染めて目を伏せる。
そう、彼女が自分の失敗を知られまいと思考をフル稼働させている時の仕草だ。
「これは試作機だから、まだ他の種族には対応していないのよ」
額に汗を浮かべ、皆から目を逸らして言い訳をする。
その後フォーリィが自動車カンパニーに、ギガントやドワーフも乗れる車両を作成するように指示を出した時、カンパニーのドワーフ達の顔が一斉に青ざめたことは言うまでもなかった。
「さ、さあ、そんな事より、まずは試乗よ。さあ、乗って、乗って」
フォーリィは第三の問題である接触への解決策、つまり、トロッコースターのコースの周りをフェンスで囲んでいる事などの説明をする事も忘れ、姉たちを急かして座席に座らせる。
「あ、マヴァンダお義姉さんは一番後ろに座って。特等席よ」
ニッコリと笑い、最後尾を勧めるフォーリィに、マヴァンダは警戒心を露にする。
「……何を企んでいますの?」
「嫌だなぁ、何も企んでないわよ。その座席がトロッコースターを一番楽しめるの。ねえママ、そうよね?」
急に話を振られたアントゥーリアは少し考えてから答える。
「そうねぇ……ある意味、とても楽しめる席ね」
アントゥーリアの前世の知識では、ジェットコースターは落下のさい、先頭車両に引っ張られて加速するため、最後尾が一番高速で落下して行くので、よりスリルを味わえるはずだった。
「ちょっと!ある意味って何ですの?」
「まあまあ、早く座って」
そう言って無理やり座席に座らせると、安全バーを下ろす。
「さあ、お兄ちゃんはこっち。私の横ね♪」
フォーリィはラトゥールの腕を引っ張り、自分の隣に座らせる。
「そこの女狐!どさくさに紛れて何をしてますの!ちょっと……何でこのバーは外れませんの?」
マヴァンダが安全バーをガタガタと揺らすが、ガッチリと彼女の身体が固定されていて、身動きがとれなかった。
「あ、安全バーは一度下ろすと、トロッコースターが再びここに戻ってくるまで外れないから」
「何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
なおも後ろで喚いてるマヴァンダを放っておいて、残りのメンバーが各自、自分の好きな所に座った。
「では、お願いね♪」
兄の腕にしがみつき、ロックムート達、トロッコースター製作チームに合図を送ると、間もなくトロッコースターがゆっくりと動き出した。
「あら、思ったより安定した動きですね」
ラントゥーナが車両の揺れなどを注意深く確認して、感想を述べる。
しばらく進むと、トロッコースターは魔道モーターで回るチェーンに引っ張られて小高い丘を登っていく。
「わあ、すごく良い景色ですね。子爵様、確かにこの乗り物は大人が乗っても十分楽しめ……」
ラントゥーナの言葉の途中で、トロッコースターは急斜面を下り始めた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫が止まない。
だが、その叫びはフォーリィの思惑と違い、ラントゥーナからだった。
彼女は顔面蒼白となり、目を見開いて叫び続ける事となった。
「この乗り物。とても楽しいですわね。もう一度乗りたいですわ」
トロッコースターがスタート地点に戻り、安全バーが上がったとたん、マヴァンダはフォーリィの元に駆け寄り、興奮冷めやらぬ表情でそう言った。
初めて乗るはずなのに、とても嬉しそうにしている彼女に、フォーリィは心の中で舌打ちをする。
「ラントゥーナ!大丈夫?」
一方、ラントゥーナの方はと言えば、白目をむいて、口から泡を出していた。
「これは……もう少し傾斜を緩くする必要があるわね。開園初日から失神者続出になったら大問題になるわ」
よく見たら、ラトゥールたち男性陣も青い顔をしていた。
その後、何度もレールの角度を調整し、一か月ほど掛けてようやくトロッコースターが完成した。
◆ ◆
「この遊園地にはマスコットが必要よ」
その一か月の間、フォーリィ達はトロッコースターの調整だけを行っていた訳ではない。
それと並行して、ベンチやトイレなどの設置、各種屋台の誘致などを行って来た。
「「「「マスコット?」」」」
初めて聞く言葉に、全員の声がハモる。
「可愛い動物の絵でも何でもいいの。それを見ただけで、この遊園地の事だとわかるようにするのよ。そうすると宣伝効果が上がるわ」
フォーリィが鼻息高く説明する。
「可愛い動物?それって例えばケンタウロスとかですの?」
「あんなの可愛いわけないでしょ!?お義姉さんの美的センスは壊滅的よ!」
「えっ?えっ?何でですの?」
フォーリィの罵声を浴びせられ、戸惑うマヴァンダ。
フォーリィとしては、あのマッスル・ハッスルな集団を可愛いなどと言う義姉の神経を疑うくらいなのだが、それは彼女がアールヴゥーレ男爵に毒されたボディービルダー並みのケンタウロスしか見ていないからであり、一般的なケンタウロスは細い体に短めの脚をもった可愛らしい生き物だった。
「可愛いと言えば断然一角ウサギでしょ!?」
「でも、あれって、人を刺す害獣ですわよ」
刺激しなければ特に襲ってくることはないのだが、以前フォーリィがやったように執拗に追いかけまわせば、集団で角を刺してくる事もある。
「可愛ければいいのよ。それに一角ウサギの剥製を並べたり、遊園地内に生きた一角ウサギを飼ったりしないわよ。これを見て」
フォーリィが一枚の紙をテーブルに広げる。
「「「「わあ、可愛い」」」」
ヴェージェたち女性陣の声が揃う。
その紙にはデフォルメされた一角ウサギが描かれていた。
つぶらで大きめの目、短めの耳、とても小さな角、そして全体的に丸みを帯びていて、とても可愛らしかった。
「あちこちに、このキャラクターが描かれた看板を設置、更に施設内の建物の壁にもこのキャラクターを描きましょう。そして、このキャラの着ぐるみを着せたスタッフを配置するの」
「「「着ぐるみぃ?」」」
ヴェージェ、ラントゥーナ、マヴァンダの声が重なる。
この世界にも着ぐるみはある。
だがそれは、劇などで役者が馬に扮したりするものだった。
つまり、擬人化されたキャラクターの着ぐるみなどは、今までこの世界には存在しなかったのだ。
「となると、このキャラクターの名前が必要ね」
「名前?一角ウサギじゃないんですか?」
フォーリィの言葉に、ラントゥーナは首を傾げる。
「動物の種類じゃなくて名前よ。ペットの猫などにも名前を付けるでしょ?その方が愛着が湧くわ」
「たしかに……」
フォーリィの言葉は一理あった。
人がペットを飼い、名前を付ける事により、より一層そのペットを愛せるようになる。
「それで、このキャラクターの名前をカデンちゃんにしようと思う……」
「ダメに決まってるでしょ!!」
彼女の言葉を遮り、ラントゥーナが怒りの声を上げた。
「……えっ?」
彼女が何でそんなに怒っているのか分からず、フォーリィは目を白黒させる。
「子爵様の名前を付けたキャラクターなんて言語道断です。考えても見て下さい。この施設に訪れた客たちが子爵様の名前を、ちゃん付けにするんですよ!そんな事が国王様のお耳に入れば、何を言われるか分かりません」
「た……確かにそうね……」
ホーズア国王に呼び出されてお説教されるかも知れない。
そう思うと、カデンちゃんは完全にNGだった。
「だったら……ユニ娘ちゃん何てどうかしら」
「「「「決定!」」」」
フォーリィの第二案に、女性陣の意見が一致した。
このように、ユニ娘ちゃんをマスコットとした、世界初の遊園地の準備が着々と進んで行く。
「この遊園地は、大人も遊べる夢の国になるわよ」
北カデンが一躍有名になる事業が幕を開けようとしていた。
次回、いよいよ遊園地の開園です。




