44 ハーフエルフっ娘と加速する開発ラッシュ
「このように、円盤に付いている針の先は尖らせないで、糸を上から抑え込めるように窪みを作るの。そうすると糸が波打った形に形成されるでしょ?それを、このように重なるように編み込んで……」
フォーリィが職人達に説明しているのは、伸縮性のある布を作る機織り機の基本理論だ。フォーリィが前世、テレビで見た内容をそのまま伝えている。
そして、領主になってから彼女が提案した数々の発明品と同じく、細かい作成方法については職人達に丸投げだった。
「フォーリィ、こちら終わった?」
説明が一通り終わったころ、ヴェージェが様子を見にやって来た。
「うん、今終わったところ」
「そう……なの?とてもそうは思えないけど」
ヴェージェの目の前には、フォーリィの無茶振りに頭を抱えている職人達がいた。
「大丈夫、大丈夫。こちらの説明を理解するまで考える時間が少し必要だけど、数日後には大雑把な設計が出来てくるから」
それを聞いて、後ろの職人達が死にそうな顔をしているのをヴェージェは気の毒そうな目で見ていた。
「じゃあ、次のカンパニーに行くわよ。お姉ちゃんも来て」
今まで、個々の工房が製品を作っていたが、フォーリィはカンパニー制度を立ち上げた。
各カンパニーは、借り上げた大きな建物内に複数の職人達を集めて、フォーリィが提案する数々の品を作成して貰うこととなった。
もちろん、強制ではない。
その為、フォーリィの斬新なアイデアに強く惹かれた若いドワーフ達や、ガネトムートのように新しい挑戦に意欲を示す者達がカンパニーに参加する事になった。
「試作品はできた?」
次に彼女が訪れたのも、その内の一つだった。
「おう、男爵の嬢ちゃん。今回は五種類の植物で作ってみたぞ」
応対したのは、このカンパニーのまとめ役のアパタムートだ。
他のドワーフと同じく立派な髭を蓄えているが、この地方では珍しくその色は黒だった。
「ちょっと見せてもらえる?」
「ああ、こちらだ」
アパタムートに案内されて、フォーリィ達は奥へと通された。
「これは……思っていた以上の出来栄えね」
フォーリィが目を輝かせる。
「フォーリィ。これは?」
一人、理解していないヴェージェ。
「これは紙よ」
「パペル?」
初めて聞く言葉にヴェージェは首を傾げる。
「そう、パペル。羊皮紙の代わりになる、植物でできた物よ」
「ウソっ?植物で?」
彼女は妹が嘘をついているなんて微塵にも思っていない。
だが、今までの常識から外れすぎて、彼女の理解が追い付いていなかった。
「そう、植物で作ったの」
「えっ?でも、どう見ても羊皮紙よね」
色は若干違うが、目の前にあるのは、彼女達が今まで使っていた羊皮紙とあまり変わりがなかった。
「羊皮紙に見えるでしょ?でも植物で作ってるの。だから羊皮紙などと比べられないくらい大量生産ができるの。つまり、安く大量に作り出せるのよ」
「安く大量に?」
掃除機や洗濯機も世界をひっくり返すような発明だった。
そして、今度もまた世の中を大きく変えてしまうほどの物であることは間違えなかった。
「うーん、品質としてはこちらの方がいいわね。このパペルと相性がいいのはどのインク?」
「二五番と三八番だ」
頭が真っ白になっている姉を置いて、フォーリィはアパタムートと相談を始める。
「二五番を使えるの?安くて大量に作れるインクが使えるのはいいわね。このパペルの原材料は確か……」
「ああ、ザウマ草だ」
ザウマ草はどこにでも生えている雑草で、成長速度も速いうえ年中通して生えるので、厄介者として嫌われている。
「では、この草で量産に入りましょう。とりあえずは今まで通りの作り方で。後々、電動モーターを使った自動作成の機械を考案する予定よ」
「自動作成?こりゃあ、たまげたな」
フォーリィは前世で所属していた組織で、『孤立した状態でも情報が残せるようにしなければならない』と言う歪んだ信念をもったリーダーの元、一般的な紙の作成方法や、材料がなかった時の代替素材の選び方、そして特殊な紙の作り方まで徹底的に叩きこまれていた。
結局、前世では紙を作成する機会は訪れなかったが、今世でその知識が役に立った。
「さあ、お姉ちゃん。次行くわよ」
フォーリィは、思考が別の世界に旅立っている姉の手を引き、馬車に押し込んだ。
「えっ。行くって、どこに?」
「紙の量産が始まるから、今度は印刷カンパニーよ」
「インサツ?え?え?」
聞いたことがない言葉の連発に混乱する姉を連れてフォーリィ達が訪れたのは、これもまた新しく立ち上げた印刷カンパニーだ。
と言っても、まだ印刷機を作る前の段階だった。
「ラズリムートさぁぁん。どう?決まった?」
印刷カンパニーのまとめ役は、濃い緑色の髪と髭を持った若いドワーフだった。
「おう、嬢ちゃん。結局、鉄で作る事になったぞ。これがサンプルだ」
「フォーリィ、それは?」
ヴェージェは、フォーリィが受け取った小さな鉄の棒を不思議そうに見る。
「お姉ちゃん、手紙に封蝋する時に使うハンコってあるでしょ?」
「え?ええ」
「そのハンコにインクを付けて羊皮紙に押し付けたら、同じ紋章が羊皮紙に付くでしょ?」
「ええ。付くわね」
妹が何を言いたいのか分からず、ヴェージェの頭には大量のハテナマークが浮かんだ。
「これは活字って言って、文字一つ一つをハンコにしたものなの。これで文書を作って、インクを付けて、先ほどのパペルに押し付けたら、短時間で大量に同じ物が作れるの」
「そうすると……どうなるの?」
今まで活版印刷などなかった世界だ。フォーリィの言葉だけで理解するのは無理だった。
フォーリィは土に、活版の元になるかなり大きめな文字を刻み、ラズリムート達カンパニーの職人の前で鉛を流し込んで活字を作ってみせた。
そのうえで、普通の本と同じサイズの活字を作るようにお願いしたのだ。
その時、彼女は候補として鉄の他にさまざまな金属、そしてガラスを土魔法で強化する案なども提案して、職人達に素材を選んでもらう事にした。
まあ、ガラスについては保管するさい、乱暴に扱うと割れてしまうので候補から除外されたが。
「今、見せるわね。ねえ、ラズリムートさん。サンプルはこれだけじゃないんでしょ?」
「おう。こちらに全種類用意したぞ」
「ありがとう♪」
フォーリィは活字が入った箱を受け取ると、嬉々として持ってきた布にインクを浸して、活字に塗り始める。
「フォーリィ?」
「いいから、いいから」
ビックリして声をあげる姉にニッコリと微笑み、丁寧にインクを塗っていく。
そして、インクが塗りあがったら、今度は先ほど製紙工場で貰ったサンプルのパペルをその上に当てて、ずれないように丁寧に手で擦ると、ゆっくりとパペルを剥がした。
「このように、簡単にパペルに文字を残せるの」
そこには、多少のズレや印刷のムラなどがあったが、本のように文字が並んだパペルがあった。
「「すごい……」」
初めて活版印刷を目の当たりにしたヴェージェとラズリムートは、感動のあまり、ただその一言だけしか出てこなかった。
「じゃあ、ラズリムートさん。今度は印刷機の方を宜しくね」
「おう!まかしておけ」
元気よく返事をするラズリムート。
彼は今まで自分が何を作らされているか、彼女の説明だけではイマイチ理解できていなかった。
だが今、印刷と言う新たな世界を見せられ、このカンパニーに入って良かったと心から思った。
ちなみに、彼女が作成を依頼している印刷機は、前世で仕事のさい日本に訪れた時に本屋で見つけて購入したミニチュアを元にしている。
◆ ◆
「イペブラクオンさん。街の中心の大通りに四階建ての一際大きな建物があるけど。あれは何?ずっと閉まってるけど」
フォーリィは、毎日あちこちのカンパニーに足を運んでいて、その建物の前を通るたびに不思議に思っていた。
「ああ、あの建物ですか……」
フォーリィの質問に、イペブラクオン達、再雇用組が揃って暗い顔をする。
「あの建物は、建設予定だったトレーニングジムです」
「トレーニングジム?街の中心に?あの大きさの?」
フォーリィが不思議がるのも無理はない。
王都でもトレーニングジムなどは無かった。少なくとも彼女たちが目に付く範囲では。
「何でも、アールヴゥーレ男爵様が『健全な肉体には健全な魔力が宿る』と申されまして……」
「えっ?そうなの?」
「「「「そんなこと、ありません!」」」」
フォーリィの問いに、再雇用組全員とラントゥーナが強く否定した。
つまり、アールヴゥーレ男爵の強い思い込みによるものだった。
イペブラクオンの説明によると、ジムは完成間近で内装を残すのみだったのだが、領主変更で建設費が途絶えたため、とん挫したらしい。
「でも、街の中心にあれだけの大きさのものを作るって、領民はそんなにトレーニングが好きなの?」
「「「違います!」」」
今度は事情を知っている再雇用組だけが声をそろえて否定した。
「普段から筋肉、筋肉と言っていたアールヴゥーレ男爵様が、領民の反対を押し切って建設を進めたのです」
「どんだけ筋肉が好きなのよ!あの男爵は!」
トレーニングジムの建設が中止となって、領都民は大変喜んでいた。
「じゃあ、あの建物を私が自由に使ってもいいのね」
ニヤリと笑うフォーリィ。
それを見て、ラントゥーナが恐る恐る聞く。
「男爵様。いったい何をするつもりですか?」
「もちろん。ショッピングモールを作るのよ」
「……何ですか?その、しょっぴん……何とかと言うのは」
◆ ◆
「と言うわけでエレベーターを作ります」
「何が『と言うわけ』だ?それにエレベーターって?」
翌日、フォーリィは件の建物にロックムート達、電動モーターカンパニーの者達を連れてきた。
「エレベーターとは、大きな金属のカゴをモーターで上げ下ろしして、人々を運ぶものです」
「「「人を運ぶ?」」」
カンパニーの職人達が驚きの声を上げる。
「ほら、四階まで昇り降りって大変でしょ?だからそれを楽にするためよ」
「ほら、できたぞ」
「わあ♪エレベーターだ♪」
フォーリィの目の前には、彼女の指示でエレベーター用のレールとワゴンが設置されていた。
「モーターの方は大丈夫?」
「ああ、バッチリだ」
エレベーターで使われるモーターは、電動モーターカンパニーの職人が誇る最新の超パワフルモーターだ。
「じゃあ、試運転と行きますか」
「フォーリィ。大丈夫なの?」
乗り込もうとする彼女に、ヴェージェは心配の目を向ける。
「さっき落下試験を何度も行ったでしょ?大丈夫よ」
エレベーターの一階部分の下には、万一落下した時に備えて、バネとダンパーを設置してあり、モーター設置の前にロープでワゴンを持ち上げては落とす試験を何度も行った。
「じゃあ、しゅっぱーつ♪」
まずはフォーリィが一人で乗り込み、エレベーターの昇りボタンを押す。
「おお♪おおお……?」
エレベーターはゆっくりと昇り始めた。
そう、ゆっくりと。非常にゆっくりと。
フォーリィは降りボタンを押して一階に戻ると、首を傾げる。
「ずいぶん遅いわね」
「いや、このワゴンの重さだと、最新のモーターを使ってもそんなに早く持ち上げられねえぞ」
「おかしいわね」
フォーリィはロックムート達のモーターがそれほど弱いとは思っていない。むしろ地球でエレベーターが生まれた時よりは強力なものになっていると思っている。
では、何が違うのか。
フォーリィは地球でのエレベーターの構造を思い出してみる。
ガラス張りのエレベーターにも何度も乗っているので、その構造はだいたい覚えている。
「あっ……重り」
フォーリィは思い出した。エレベーターが昇るとき、板状の重りが降りて行っていたのを。
彼女はロックムート達に頼み、ワゴンと同じ重さの重りを用意してもらうと、天井に固定した滑車に掛けられたワイヤーの両側にそれぞれワゴンと重りを設置してもらい、重さのバランスをとってもらった。
「よ……よーし。今度こそ完璧……たぶん」
少し顔を赤くして、再びエレベーターに乗り込むフォーリィ。
「では、しゅっぱーつ」
再び昇りのパタンを押すと、今度はエレベーターが勢いよく昇り始めた。
「すごい、すごい♪」
思った以上の速度に、フォーリィは大喜びだった。
そして、四階にたどり着くと、フォーリィは停止のボタンを押した。
すると……
「うわぁぁ」
ガチャンと大きな音をたてて、エレベーターが急停止し、その弾みでワゴンが斜めに傾いた。
そして、まだ試作段階と言うことでワゴンを鳥かごのようなシンプルな作りにしてもらった事が災いし、その筐体が大きく歪んだ。
「フォーリィ!」
驚くヴェージェ。
だがフォーリィは、急停止した時はその衝撃に驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「大丈夫だから、心配しないで」
「うわ、これはガッチリと挟まってるな」
慌てて駆け付けたロックムート達はワゴンの状態を確認して顔をしかめた。
「失敗したわ。加速と減速ができるようにアナログレバーを設置するべきたったわ……」
地球でも、最初のエレベーターはエレベーターガールがアナログレバーを操作していた。
「ねえ、まだだいぶ掛かる?」
「ワゴンが歪んで完全に引っ掛かっちまってるからな」
あれから二時間。ロックムートは他の職人達を呼んで、懸命な救出作業を行っていた。
「あの……そろそろ限界なんだけど……」
少し頬を染めて、モジモジするフォーリィ。
その姿に見惚れる職人たち。
「げ……限界って?」
「何でもない!とにかく限界なの!早くして!」
ロックムートの無神経な質問に激怒するフォーリィ。
そして更に一時間後、無事に救出された彼女は、顔を真っ赤にして建物の奥の方に走って行った。




