38 ハーフエルフっ娘と戦争7 ~ 帰宅、そして褒章式
「何でこうなった……」
敵の撤退を確認して、その後、敵の偽装も考慮して五日間滞在してから帰還することになったホーズア王国軍。
それから二〇日掛けて王都に戻って来たフォーリィが王国軍と別れて帰宅途中で見たのは、閉ざされた入口に『差し押さえ』と書かれた板が釘打ちされていた製氷所だった。
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ、緊急事態だったって言ってるでしょ?」
商業ギルド中にフォーリィの声が響き渡る。
「それでも返済が滞ったのですから、契約通り差し押さえられます」
「戦いに行ってたんだから仕方ないでしょ?それともなに?敵が攻めてきても、支払いがあるから戦いに行かない、とか許されるの?この国滅んじゃうわよ!」
「商人は戦いに行きません!」
結局、彼女の主張は聞き入れられなかった。
そもそも、店や施設を構える主人が、緊急時とはいえ自ら戦いに赴くことは想定されていなかった。
「何で売上は商業ギルドの口座に振り込まれるのに、自動振込みはないのよぉぉぉ!」
ちなみに、彼女の口座に振り込まれているお金は、掃除機などの販売を委託されている店舗の主人が中締め日に商業ギルドに振込みに行っている。
結局は誰かが足を運んで振り込むしかないのだ。
余裕ができたら銀行を開設しよう、そう心に誓うフォーリィだった。
◆ ◆
「ママ。帰ってたの……って、フォーリィ?戻ってきたの?」
ソファの上でクッションを抱えていたフォーリィは、ヴェージェの声に弾かれたように立ち上がると、駆け寄って抱きついた。
「お姉ちゃぁぁぁん。寂しかったよぉぉぉ」
「あらあら。すっかり甘えん坊さんになって。でも、無事で良かった」
互いに目に涙を浮かべて、再会を喜ぶ二人だった。
「製氷所を見たのね。関係者達が何度か家に来たけど、とても私のお給料じゃ払えなくて。ゴメンね」
申し訳なさそうに謝るヴェージェに、フォーリィは慌てて否定する。
「お姉ちゃんが謝ることじゃないよ。元はと言えば支払いの事を考えずに戦いに行った私が悪いんだし」
そもそも、利益の一部が家族の誰かの口座に振り込まれるようにしておけば、このような事にはならなかったのだ。
「でも、製氷所も魔力会社も、フォーリィが今後の開発のために、ずっと欲しがっていて、それがやっと手に入ったのに……」
可愛い妹の夢を守れなくて、ヴェージェは酷く落ち込んだ顔を見せる。
「製氷所は、今日買い戻したわよ。現金一括払いで」
「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
全く予期していなかった妹の言葉に、ヴェージェは目を丸くする。
「どこに、そんなお金があったのよ!」
「オイルダンパーの、多額の売上金が振り込まれていたのよ。どうやら、たくさんの貴族たちが疎開するために馬車を大量発注したみたいね」
「良かったぁ。これでまた、すぐに製氷を再開できるわね」
「でも、水車が……」
フォーリィはガックリと肩を落とす。
「水車は買い戻せなかったの?」
「多分、馬車の大量発注のためだと思う。木材加工の工房に全て買われてたわ」
「そんなぁ」
ヴェージェも肩を落とした。
「もう!製氷所だけあっても意味無いわよぉ!これも全て戦争が悪い!」
不満のぶつけ所がなく、どうしていいか分からないフォーリィだった。
◆ ◆
「フォーリィ!帰ってるか?」
「パパァ♪」
息を切らせて戻って来た父親の声に、フォーリィは弾かれるようにダッシュすると、その胸に飛び込んだ。
「寂しかったよぉぉぉ」
「ああ、父さんも寂しかったぞ」
頭をグリグリと押し付けてくる彼女を、スタニェイロは優しく抱きしめた。
「にゅぅぅ♪」
「役所の同僚が知らせてくれたんだ。王国軍が戻ってきたと。それで早退して帰ろうと思ったら、上司が許可してくれなくて。でも、無事戻ってきてくれて良かった。怪我とかしてないか?」
「全然、大丈夫だよ。皆が頑張ってくれたから。私は見てただけ」
別に彼女は誤魔化そうとしている訳ではなく、本気でそう思っていた。
戦闘時においては、彼女は観測手をしたり、強化ガラスのアイデアを出したりした。
しかし、実際にカタパルトを操作したのも、強化ガラスの製作、設置、魔力の供給などを行ったのも兵士や騎士団員達だったからだ。
ちなみに、毎晩敵の陣地に忍び込んだのは、あくまでも敵の撤退を後押しするためだったし、最後の狙撃も敵が粘るから追い払っただけだったので、彼女にとってはノーカウントだった。
「そうそう。お前に手紙を預かってきたぞ」
ソファに座った父親の膝の上で甘えまくっているフォーリィに、スタニェイロは丸められて蝋で封印が施された羊皮紙を渡した。
「手紙?」
誰からだろうと首を捻るフォーリィ。
「ビックリしたぞ。将軍様直々に私の所に届けに来たんだからな」
「マルバーリオ将軍が?」
フォーリィは封蝋破り、中を確認する。
「王様からの褒章があるから、三日後に城に来てくれって」
困惑気味な顔で父親にそう報告した。
「凄いじゃないか。父さん、とても嬉しいぞ。いやぁ、娘が王様から褒章を受けるなんて」
「フォーリィ、凄わ。褒章を受けるほど活躍したのね。ねえ、どんな手柄を立てたの?」
「ただいま。どうしたの?賑やかだけど」
ちょうどその時、母親のアントゥーリアが仕事から帰ってきた。
「ママ。フォーリィが戻ったの。それでね、王様から褒章が授与されるって」
「まあ、それは凄いわ。お祝いしなきゃ。よし、今夜は腕によりをかけてご馳走を作るわよ」
異様に盛り上がる家族に囲まれて、フォーリィは、褒章の授与式でダム建設を王様に願い出る決心をしていた。
◆ ◆
そして、褒章式の日がやってきた。
授与式は城の大広間で行われ、フォーリィが部屋に通された時はすでに多くの貴族達が集まっていた。
そして、褒章の授与を受ける者達が一七名。
(あれっ?これだけ?)
フォーリィは首を捻っているが、同行した数千の兵士たちは、大急ぎで燃える砂を城壁前に撒いたり、落とし穴を作るなど、労働者としての仕事しかしていなかった。
実際に今回の戦いで活躍したのは彼女と将軍、スナイパー一五名、そして一晩で大量の薄くて大きいガラスを作成して砦の防御に大きく貢献した砦の工房だけだったのだ。
「まさか俺が褒章を受けるなんて」
工房を代表して、ガネトムートが出席していた。
元々彼は王都での報告のために、王国軍と同行していたのだ。
「なあ、呼ばれたら右足と左足、どっちから歩き出せばいいんだ?」
「私、社交ダンスなんて踊れないわ」
フォーリィとガネトムートは、すでにガチガチに固まって訳の分からない事を言っていた。
そんな彼女達を見て、将軍は笑みをこぼす。
「呼ばれたら王の前まで移動して、片膝をついて頭を下げるんだ」
そして彼女たちに簡単なレクチャーをする。
「国王様、御出座~」
国王が現れた事を告げる言葉に、式場は静まり返った。
そして、国王が厳かに玉座に座ると、式典が開始された。
「此度の戦い、一兵も失わずに一万もの敵兵を退ける偉業を成し遂げたマルバーリオ将軍率いる軍隊。その功績を高く評価する。今後も国のために尽くすがいい」
王の言葉に、フォーリィ達が頭を下げる。
続いて側近の一人が、王国軍の功績――かなり誇張したもの――を読み上げていく。
そうやって、粛々と式典が進行していき、そしていよいよ褒章となった。
「マルバーリオ将軍」
「はっ」
名前を呼ばれ、将軍は頭を下げて返事をすると、王の前に進み出た。
「此度の功労者はお前だ。あの日、見せたいものがあると言ってきた時は驚いたが、予の予想を遥かに上回る結果となった。大変嬉しく思うぞ」
片膝を付けて頭を下げる将軍に、王は言葉を掛ける。
「身に余る光栄です」
そして立ち上がった将軍の胸に、勲章が着けれらた。
「今回の偉業、それに見合った褒美が必要だな。何なりと申せ」
王の言葉に将軍は驚きを隠せなかった。
「い、いえ。私はあくまで軍務を全うしただけでございます」
将軍の言葉に、王は少し強い口調で言った。
「将軍。其方が遠慮すると、他の者が褒美を受け取れなくなるではないか」
「はっ、申し訳ございません」
その言葉に何かを感じた将軍は慌てて頭を下げた。
「それでは、フォーリィ殿から借り受けている魔道筒状武器を買い上げて、国王軍の正式武器とさせて頂きたく思います」
「うむ……フォーリィ・リューヒトル。あの武器、国で買い取りたいが問題ないか?」
ホーズア王がフォーリィに確認を取る。
「あ、は、はい!お売りいたしますです」
そもそも戦いが終わった後は、家に十数丁の魔道筒状武器を置いておいても意味がないし邪魔なだけなので、国に献上しようと思っていたので、異論はなかった。
「よし、では今日より魔道筒状武器を国の正式武器とする」
「はっ。ありがたき幸せ」
その後、一五名のスナイパー達も勲章を貰い、更に褒美として二階級の昇進を与えられた。
そして、ガネトムートが呼ばれた。
「其方の薄くて大きなガラスのお陰で助かった。褒美は何がいい?何なりと申せ」
「はっ。こ、此度は、その、えーと」
王の前に何度も立っている軍人達と違い、緊張しまくりの工房長だった。
「あの、フォ、フォーリィちゃんに、ま、魔石の新しい使い方を教わりました。そ、それで、領都に戻って、その、工房を構えたいと思いますです。そ、それでもっと魔石の研究をしてみたいのです」
「うむ、いい心掛けじゃ。そのように取り計らおう。そして国から支度金として二〇〇万クセルを送ろう」
「あ、あ、ありがたき幸せです!」
ペコペコと何度も頭を下げて感謝しながら、ガネトムートはフォーリィ達の元へ戻ってきた。
「フォーリィ・リューヒトル」
最後に、唯一軍に席を置いていないフォーリィが呼ばれた。
「ひゃ、ひゃい」
彼女は、ギクシャクした動きで進みだす。右手と右足が同時に出ていた。
「あ、ありがたき幸せ」
そして片膝を付けると、褒章を貰う前に感謝の言葉を述べた。
「これこれ、落ち着かんか」
そんな彼女に、ホーズア王が笑みをこぼす。
「民間人であるにも関わらず、国の危機と聞くや新種の武器を作成して急ぎ協力を申し出たその行為、称賛に値する」
彼女の胸に褒章を着けると、王は労いの言葉を述べる。
「み、身に余る、こ、光栄です」
「そして、戦場においては、いくつものアイデアを打ち出して敵を退けた。予は感謝してもし足りぬほどだ」
(こ、これは。褒美にダム建設を願い出たら許可してくれるかも)
フォーリィは、心臓をバクバクさせながら、王が彼女に褒美を聞いてくるのを待った。
だが……
「よって、魔法騎士団へ特別団員としての復帰を許可する」
王はとんでもない事を言い出した。
そして、フォーリィが脊髄反射的に叫んだ。
「お断りだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その場が凍り付く。
そして王が目を見開いて彼女を見ている。
フォーリィはそれを見て、ハッとした顔をする。
「あ、いや、その…………あの」
そしてポロポロと目から大粒の涙を流し始めた。
「ご、ゴメンなさい。王様にたてつくつもりじゃないんです。だから……殺さないで」
「ああぁぁ、国に大きく貢献した者をそう簡単に処刑したりしないから」
王が慌てて彼女を慰める。
「ホント?」
上目遣いに確認をする彼女。その可愛い仕草に、王は一瞬怯んだ。
「ああ、本当じゃよ。でも何でじゃ。其方は魔法騎士団に戻りたくはないのか?」
王は、彼女が魔法が使えなくなったため、魔法騎士団をクビになったと報告を受けていた。
そのため、魔法騎士団に特別な席を用意して復帰できるようにしたら彼女が喜ぶと思っていたのだ。
「今回の戦いでも、魔法が使えない私に対して、魔法騎士団員達はあまり良い印象を持っていませんでした。そんな私が無理やり魔法騎士団に復帰したら、王様の指示だからと受け入れる者とそうでない者が現れて内部の調和が崩れる可能性があります。それは、命を懸けて戦わなければならない騎士団にとって致命的です。だから私が騎士団に復帰する訳にはいかないのです」
「うむ……」
王は彼女を立たせたまま玉座に座る。
彼女の意見はもっともだった。
いくら上からの指示でも、今まで一生懸命魔法を研鑽してやっと魔法騎士団に入団できた者達にしては面白いはずはなかった。
その感情が無意識に行動に現れ、それが取り返しのつかない事態を引き起こす事もあるのだ。
「ナルソシ」
呼ばれた宰相は急ぎ、王の隣に移動する。
「アールヴゥーレの方はどうなっている」
「それは……」
そして、何やら二人でひそひそ話を始めた。
暫らくして王の口角がやや上がった。
フォーリィは、それを見て嫌な予感がした。
「よし、では其方に男爵の爵位を与えよう」
「もっとお断りだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
再び彼女の叫びが式場に響いた。
そしてまた、彼女はハッとした顔をすると、額に汗を浮かべた。
「あ、いや、その……」
だが、彼女が言い訳をする前に……
「ふっ、はは、あはははは。いやぁ、思っていた通りの反応だ」
ホーズア王が笑い出した。
「でも、いいのか?」
そして、ニヤリと笑う。
「?」
その意図が分からず、フォーリィは首を傾げる。
「其方に統治してもらいたい領地には大きな川があるぞ。其方は川をせき止める施設、何て言ったかの」
「ダムでございます」
宰相がすかさず答える。
「そう、そのダムも自由に作っていいのじゃぞ。勿論、領地の経費で」
「やる!男爵やります!是非ともやらせて下さい!」
フォーリィは右手を高々と上げて、国王にお願いした。
「はっ」
そしてすぐに、国王に乗せられた事に気付いた。
「よし。其方を男爵に命ずる。これからも国のために励むがいい」
彼女の表情から、再び断ってくると察したホーズア王は、急ぎ畳みかけるように決定を下した。
「領地の名前は其方が決めるがいい。何なりと申せ」
すでに取りやめられないと悟った彼女は肩を落とした。
そして、諦めてダム作りに意識を向ける事にした。
(ダムを建設して、そこで作られる魔力……電力で、もっとたくさんの家電を作って。家電の街にしよう)
「国王様。領地の名前は『カデン』でお願いします」
「カデン?そんな名前でいいのか?」
国王は奇妙な顔をして聞き返した。
「はい、カデンがいいんです。カデンでお願いします」
彼女の目の真剣な目を見て、国王はうむと頷く。
「では、私からはルメーリオの名を授けよう。フォーリィ・ルメーリオ・カデン。其方の手腕を期待しているぞ」
「えっ?」
皆が賛辞の拍手を送る中、フォーリィは一人呆けた顔をしていた。
「やらかしたぁぁぁぁぁ。そうだった。領地の名前は領主の名前から来るんだったぁぁぁ」
城から出た彼女は、頭を抱えてうずくまった。
◆ ◆
「騙された……」
馬車から降りた途端、フォーリィは手からバッグが滑り落ちたのも気付かず、唖然としていた。
あれから二〇日後、彼女が新しい領主として連れてこられた領都は、砦を守る戦いに行った際に立ち寄った元アールヴゥーレの領都だった。
国王は何としても彼女を国防に組み込みたかったのだった。
(何でこうなった……)
王様に騙されて、まんまと領主を押し付けられてしまいました。
次回からはダムの建設準備です。




