39 ハーフエルフっ娘、領主になるが貧乏にもなる
「これって、私にこの領都と、あの砦を守れってことだよね。だよね」
フォーリィが詰め寄ったのは、領地運営アドバイザーとして国王に押し付けられた補佐官で、名前はラントゥーナ。
金髪翠目の純粋なエルフで、超が付く美人だった。
「当たり前です。男爵様はこの領地の主なのですから、領民と領土を守る義務があります」
「騙された……王様に騙された」
ボソリと呟いたフォーリィに、ラントゥーナが鋭い視線を向ける。
「男爵様。そのような不敬なお言葉。もし国王様のお耳に入れば爵位を剥奪される事もあります。お口を慎んで下さい」
「男爵を辞められるの?」
目を輝かせるフォーリィに、ラントゥーナはこめかみを押えた。
「辞められますけど、首も飛びますよ」
「そ、それって……同じ意味じゃないの?」
ラントゥーナの言葉に、フォーリィは額に汗を浮かべて恐る恐る尋ねた。
「いえ、比喩的な意味ではありません。国王様の信頼を揺るがしかねない言動ですので、言葉の通り首が飛びます。ギロチン台で」
「なっ……」
フォーリィは暫く目を泳がせたあと、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「や、やだなぁ。冗談よ、冗談。真に受けちゃダ・メ。はは……ははは」
「本当に気をつけて下さい」
ラントゥーナは小さくため息をついた。
もちろん、ラントゥーナは国王に報告したりはしない。
何故なら彼女がフォーリィの補佐官に抜擢された日、国王から直々に伝えられていたからだ。フォーリィに爵位を押し付けたが彼女はどうにかして爵位を返却しようとするだろう。だから どんな手を使ってでも彼女を爵位に繋ぎとめろ、と。
「あれっ?でも、ここってアールヴゥーレの首都よね」
フォーリィが首を傾げる。
「元アールヴゥーレの首都です」
彼女の確認に、ラントゥーナはすかさず訂正を入れる。
「元?」
「いくら何でも、国境に面したこの領地を、裏切り者の父親に統治させ続けるわけにはいきません」
「?」
首を傾げるフォーリィ。
そんな彼女に、ラントゥーナは再度ため息をつく。
「男爵様も砦の防衛に参加されていたはずですよ」
「参加してたけど……それが何か?」
なかなか気付いてくれない彼女に、ラントゥーナの眉がピクピクと動く。
「パウトミー・アールヴゥーレが敵に寝返って逃亡したと聞いていますが。違うのですか?」
「あっ」
フォーリィの驚いた顔を見て、ラントゥーナはジト目を送る。
「忘れていたのですね、パウトミーの家名を」
「あは……ははは」
フォーリィは忘れていた訳ではない。
ただ、彼の上司とセットで認識していたため、アールヴゥーレ子爵とは結びついていなかったのだ。
「あれっ?と言う事は、この領地って子爵が統治する大きさなの?私、男爵よ。大丈夫なの?」
いきなり爵位を与えられた素人に、子爵が統治していた領地を運営するのは、いくら何でも荷が重すぎる。
「アールヴゥーレ様は、三男のパウトミーが他国に逃亡した責任を取らされて、男爵に降爵されました。つまり領地が分割され、敵国に面した南側をフォーリィ男爵様が、そして山々に囲まれた北側をアールヴゥーレ男爵様が統治する事となりました」
「あー、分割されたんだ」
自分や家族を守るために、自分たちを攻撃しようとしているパウトミー達を排除しようとはしたが、自分たちに危害を加えるつものがない彼の家族まで排除するつもりはなかったフォーリィは、少しだけ罪悪感を感じた。
(これは、真面目に領主やらないとアールヴゥーレ様に悪いわね)
大きく肩を落とし、ため息をつきながらフォーリィは腹をくくった。
「ちなみに第一王子は、パウトミーを半ば強引に魔法騎士団に入団させた責任をとらされて、王位継承権が二位から五位に下げられました」
第一王子とパウトミーは共にエルフ主義を掲げていて、士官学校で意気投合した。
そして士官学校を卒業したあと、第一王子はエルフだけを集めて魔法騎士団グリフォン隊を結成し、そこにパウトミーを入団させたのだ。それほど魔力が強いわけでもないのに。
パウトミーとしては、栄えある魔法騎士団に入団させともらった恩もあり、第一王子をますます崇拝していった。
そして、陰で邪魔な者の暗殺を依頼されるなど、パウトミーは実質的に第一王子の部下となっていた。
そのような関係だった二人。今回の件では第一王子はパウトミーが敵に寝返ったなどとは微塵にも思っていない。
それどころか、フォーリィを調べ、今後軍に関わってくるようなら殺せと命じていた事から、彼女に返り討ちにされたと確信していた。
だが、彼女の暗殺を指示していたなどとは言えるはずもなく、大人しく罰を受けざるを得なかった。
◆ ◆
「とうちゃぁぁぁぁぁく♪……って、あれっ?」
気持ちを入れ替えて領主邸の扉を開いたフォーリィは、そこで固まった。
「どうしたの?フォーリィ……ええっ?」
「こ、これは……」
「まあ……」
続いてドアを潜ったヴェージェ、スタニェイロ、アントゥーリアも固まった。
「普通、引っ越す際は備え付けの家具までは持って行かないのですが、男爵様はアールヴゥーレ男爵様にかなり恨まれているようですね」
ラントゥーナが館の惨状を見て呆れかえった。
そう。館の中は見事に何もなかったのだ。
あちこちの壁に、家具を引きはがした跡があり、二階に続く階段には手すりすらなかった。
そしてよく見ると、窓があるのは表側だけで、他は全て取り払われていた。
フォーリィが抱いていたアールヴゥーレ男爵に対する、すまないと言う気持ちは、この瞬間に跡形もなく吹き飛んだ。
「取り敢えず、工房に手配して大至急窓を塞いでもらいましょう。そして簡易ベッドを人数分と……」
「それはいいけど、お金はあるの?」
ラントゥーナが、一緒に連れてきた者達に指示を出そうとしていると、フォーリィが口を挟んだ。
「……いくら何でも、領地の運営資金を全て持って行かないはずです。こちらに残す運営費は事前に王都からの使者が伝えているはずですし……」
そう信じたい。だが、館の現状を見ると断言はできなかった。
ラントゥーナの目が泳ぐ。
「でも、窓も何もないんだよ。本来この館を管理すべき人達もいないし。アールヴゥーレ男爵は、領地の運営資金は空き巣が持って行ったんだと言い張るつもりじゃない?」
そんな彼女に、フォーリィは厳しそうな眼を向けた。
「みんな!急いで館を調べて!」
ラントゥーナの指示で、王都から連れてきた全員が家探しをすることとなった。
「まさか、全額持ち逃げするなんて……」
ラントゥーナが膝をついて落胆する。
フォーリィは、そんな彼女の肩に手を置いて、ニッコリと微笑む。
「当面の資金は私の私財から出すわ。あと、国王に手紙をしたためて、資金をどうにかしてもらいましょ」
「そ、そうですね。くよくよしていられません」
ラントゥーナは立ち上がると、拳を胸に当てて顔を上げた。
その後、フォーリィ達は商業ギルドに足を運び、彼女の口座から当面の資金を引き出し、館の窓の処置と最低限必要な物の手配をした。
◆ ◆
「やっと、一心地ついたわね」
11の月も既に半ば。窓を塞ぐ板の隙間から冷たい風が入り込む食堂で、フォーリィ達は暖炉の火でかろうじて寒さをしのぎながら食事にありついた。
食事は、ラントゥーナと一緒に国王に付けられ、道中の食事も担当した料理人達に作らせた。
ちなみに、ラントゥーナ達は今、調理場の隣の大部屋で食事をしている。
「いやぁ、まさかこんな状態になるとは思わなかったぞ。はっはっはぁ」
豪快に笑うスタニェイロ。
「みんな、ゴメンね。無理やり仕事を辞めさせて、ここに連れてきたのに、こんな事になって」
申し訳なさそうにするフォーリィに、スタニェイロ達は笑顔を向ける。
「なに言ってるんだ?こんな貴重な体験、そうそう出来るものじゃないぞ。父さん、とてもワクワクしてるんだ」
「そうですよ。王都にいた時は、ただ仕事をして家に帰って家事をして寝るだけの日々で退屈してたんですから」
「私も、可愛い妹と一緒に領地運営ができると思うと、嬉しくて嬉しくてたまらないわ」
王都に家族を置いていくと、いつ命を狙われるかも知れない。そう思ったフォーリィは、見知らぬ領地で一人は寂しいから一緒に来て欲しいとお願いしたところ、みんな二つ返事で了解してくれた。
それどころか、フォーリィの領地運営に携われると喜ぶしだいだった。
「それにな。父さんは嬉しいんだ。だって娘が男爵になったんだぞ。父親としてこんなに誇らしい事はない」
「ええ、そうですよ。これから私達家族があなたを支えるわ。だから貴方は前だけ向いてなさい」
「そうだよ、フォーリィ。ダムを作って、ここを『カデンの街』とやらにするんでしょ?」
「うん……うん……皆ありがとう……私、頑張るから」
家族の暖かさに、フォーリィは涙を抑えられなかった。
◆ ◆
「やはりこの辺かしら?もしくは、ここかな?これは、準備ができしだい見に行った方がいいわね」
大工たちが家の修繕をしている中、フォーリィは一人、地図を見ながら何やら悩んでいた。
「何してんの?」
と、そこにヴェージェが声を掛ける。
「あ、お姉ちゃん。実はね、ダムを建設する候補地をいくつか絞ったんだけど、決定するには現地視察が必要なの。水を溜めた途端、その重みに耐えられなくなって山が崩落したら洒落にならないからね」
「水で山が崩落するの?」
妹の言葉に驚くヴェージェ。
無理もない。
数千万リットルもの水を溜める施設などこの世界にはないので、彼女はその影響を理解できていないのだ。
「ダムを作って水を溜めると、今まで水に浸かっていなかった所まで水に浸かるでしょ?そんな状態にずっと置かれると、土質によっては水を含んでボロボロと崩れたりするの」
「だから現地視察なのね。ねえ、その時は私も連れてって。この領地を私も直に見てみたいの」
目をキラキラさせてお願いするヴェージェ。
この世界では人々は旅行などしない。
だから大抵は自分の生まれた街から出ずに暮らしていく。
そんな彼女達が、今まで行った事ない場所に行きたがるのは無理もなかった。
「いいわよ。こちらから誘おうと思ってたの。一緒に行こう♪」
「うん♪」
「あっ」
そこで、フォーリィは何かを思い出したような声を出す。
「どうしたの?」
「いや、今この領地は資産がないでしょ。まあ、国王様がこの状況を放置するなんてあり得ないけど、届けられるお金は領地の運営以外に回す余裕はないと思うの」
「確かに……」
妹の夢の実現が先延ばしになる事に落ち込むヴェージェ。
だが、フォーリィが気にしているのは別の事だった。
「あ、いや、お金はどうとでもなるのよ。私の実績から、特許を担保にすれば必要なお金くらいは借りられるわ」
「じゃあ、ダムは作れるのね?」
ヴェージェの顔が明るくなる。
「でも、それだとダムは私の私物になっちゃうのよね」
「あっ」
ダムのような大規模な建造物。それを個人の所有物とするのは問題が無いはずはない。
「いいのではないでしょうか」
突然後ろから声が掛けられて振り向く二人。
そこには、家具などの手配から戻ったラントゥーナがいた。
「ダムですよね。男爵様が提出されました申請書を陛下から見せていただきました」
その言葉に、フォーリィは内心驚いた。
(王はこの補佐官にどこまで要求しているんだろう。まさか私を誘導して、もっと強力な武器を作らせようとしているんだろか)
フォーリィは今後の予定を大きく変え、非軍事面の事業を急ぐことにした。
「ダムは、この領地に大きな利益を生み出します。しかし現状、カデン領にはお金がありません。でしたら、男爵様がダムを建設してその利益を個人の資産とすれば良いのです。そして、そのダムで作られる魔力により、この領地の工房が今以上に発展すれば、それはこの領地を潤わせます。男爵様は領地のため、是非ともダムを作るべきです」
彼女の言っている事はもっともだった。
地球でも、民間企業が業績を伸ばせば伸ばすほど、その国や街が活性化し、税金もたくさん入ってくる。
「うん、分かった。では、ダム作りに向けて動き出しますか」
こうして、ダム作りのための準備が始まった。




