30 ハーフエルフっ娘、天使だったり鬼だったりする
「丘を越えぇ~♪いざゆか~ん♪今日もぉ青空ぁ~空高く~♪」
少女の楽しそうな美声が響き、兵士達を元気付けていく。
その少女、フォーリィは馬車に揺られてノリノリ……ではなく、内心はやけくそ気味だった。
彼女にしては、魔法も使えないのに戦場に行かされるなんておかしい、と言う気持ちでいっぱいだった。
しかも片道二〇日。
武装して荷物を持った兵士達が毎日数時間歩き続ける。そのため、進行速度は身軽な人の歩行速度より遅い。
その上、途中何度も休憩が入る。
そのため、荷馬車なら領都まで四日ほどで着けるところを七日掛かる。
そして、国境の砦までは更に一三日だ。
魔道筒状武器のメンテナンスを移動中に行えるようにとの配慮からか、オイル・ダンパーとバネが付いた馬車を用意してくれていたのでお尻の痛みに悩まされる心配はなかった。
だが、お風呂も入れず、ろくに運動も出来ない状態が何日も続くと次第にストレスも溜まってくる。
だから、今もこうして魔道筒状武器のメンテナンスをしながら創作の歌を歌っていたのだが、前世で一通り音楽系の特訓を受けていた彼女の歌声は多くの兵士達を魅了した。
「フォーリィちゃん。歌が上手いね」
「ありがとう。じゃあ、今度は行進曲っぽい歌いきますねぇ~」
彼女の気を引こうと、若い兵士達がやたらと声を掛けてくるが、彼女は嫌な顔一つせずに笑顔で応える。
そのため、彼女は自分に気があるのではないかと勘違いする者も出てきていた。
◆ ◆
野営地の夜は早い。
薄暗くなってから野営の支度をしていたら、テントの準備ができる頃には真っ暗になっている。
そのため、夕方になる前には余裕を持って野営の支度を始めるのだ。
「ほら、この方法だと味を落とさずに時間短縮が出来るでしょ?」
「凄いな。フォーリィちゃんはどこでこんな技を学んだんだ?」
フォーリィは調理班と一緒に夕飯の支度をしていた。
彼女は魔道筒状武器のメンテナンスと狙撃指導要員として連れてこられているため、調理を手伝う必要などないのだが、皆が野営の支度をしている中で自分だけ何もしないのは居心地が悪い。そのため、初日から毎日こうやって手伝っていた。
「皆さぁぁぁん!食事ができましたよぉぉ!」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」」」
フォーリィの掛け声に、兵士達が我先にと彼女の前に列を作る。
「おい、お前ら!ちっとは、こちらにも並ばんか!」
料理長や他のメンバーの前には殆ど兵士達が並ばないのは、いつもの事だった。
「あっ……」
肉や野菜などが入ったスープが盛られた木皿が渡される時、フォーリィの手が触れた若い兵士は思わず声を上げてしまった。
「どうかしました?」
「あ……いや……その……」
笑顔で尋ねる彼女に、一四歳位の、成人したてと思しき兵士は真っ赤になって上手く言葉が出てこなかった。
「あ、足りなかったですか?」
そう言ってフォーリィは皿にスープを追加する。
「今日だけ特別ですからね」
「特別……」
彼の頭の中では、彼女にとって自分だけは特別な存在であると変換され、雲の上を歩いているかのような危なかしい足取りで持ち場に戻って行った。
フォーリィはと言えば、さすがに誤解を与えた事に気付いたが、面倒くさかったので敢えて訂正はしなかった。
このように彼女の活発さ、気さくな性格、そして天使のような笑顔に、男性のみでなく女性陣からも支持を集めていた。
一部のグループを抜かして。
そして、その例外の集団が食事を受け取りにやって来た。
彼等はフォーリィの顔を見るや顔を強ばらせ、彼女から一番離れた調理担当の元にスープを貰いに行った。
調理担当は、やって来た男達を見て心配そうで言った。
「旦那達、何か日に日にやつれてないか?スープ、もっと盛ろうか?」
そんな調理担当の申し入れを、メンバーの代表が丁重にお断りする。
「心配してくれて有難う。だが、あまり食欲がないんだ」
実際、彼等は食欲がなく、軍人として如何なる時も戦えるようにとの義務感から、食事を無理矢理胃に流し込んでいるだけだった。
「何か毎晩、秘密の特訓とやらを受けているらしいけど、そんなにキツい訓練なのか?」
「いや、訓練そのものはそんなに辛くはないが……」
彼等の顔がますます曇っていく。
「ま、まあ、元気だしなって。そうだ、これ持って行きな」
渡されたのは干柿に近い見た目の保存食だった。
「これは?」
「サービスだよ。マトゥラの実はリラックス効果があるんだ。まあ、気休め程度だがな」
「そうか……有難く貰っていくよ」
その集団。スナイパー候補達は礼を述べて戻って行った。
「フォーリィちゃん。あれで良かったのかい?」
彼等が十分離れたのを確認した調理担当が彼女に話し掛ける。
「うん。私にはこれ位しか出来ないからね。有難う」
フォーリィは彼等を心配して、干しマトゥラを渡すように事前にお願いしていたのだ。
そして、嬉しそうな笑顔でお礼を言う彼女を見ていた兵士たちは……
(((フォーリィちゃん、マジ天使……)))
彼女の笑顔と心優しさに見惚れていた。
◆ ◆
―― パァン
―― パァン
夕食後、就寝までの自由時間、兵士達が雑談などして過ごしていると野営地から少し離れた場所から音が響いてくる。
最初のうちは、みんな驚いて音の発信源に集まったが、布で遮られているうえ、たくさんの警備兵に阻まれて近付く事もできなかった。
そして二日、三日と経つうちに兵士達の関心は薄れていった。
「こらっ!安全装置を外してからは、魔道筒状武器を動かすなと言っただろ!」
木箱に体を預けて魔道筒状武器を構えていたスナイパー候補の一人が、フォーリィに角材で殴られて頭を押さえて痛みに耐える。
移動中や食事の手伝い中とは一変、ここでは鬼教官と化していた。
「返事は?」
「イ、イエス、マム!」
背筋を伸ばして返事をする。
そんな男の顔を見て、彼女は嘆息する。
「どうやら理解していないようだな。全員!撃ち方を止めて集合!」
彼女が振り向いて号令を掛けると、スナイパー候補達が魔道筒状武器を木箱に立て掛けて彼女の前に集まってくる。
だが、フォーリィはその内の一人の頭に角材を叩き込む。
「貴様も!安全装置を掛け忘れているぞ!戻れ!」
「イエス、マム!」
殴られた男は歯を食いしばって痛みに耐えながらも、急ぎ戻って自分の魔道筒状武器の安全装置を掛ける。
「よし!集まったな」
暫くして全スナイパー候補達が彼女の前で休めの姿勢で整列する。
その数、総勢一五名。全員エルフの男性だ。
武器の機密性から、将軍が名門貴族の者を中心に選んだ結果だ。
ちなみに、先程からフォーリィが彼等の頭を打ち付けている角材は、彼女が適当に見繕ってきた木刀に近い長さと重さのものだ。
そんな棒で名門貴族や、その子息を殴り付けるのは普段では大問題だが、今の彼女には指導官と言う肩書きを付けられていて、体罰も許されている。
「どうも貴様らはこの武器を理解していないようだ」
もちろん、彼女が言っているのは武器の構造や理論ではない。
「魔道筒状武器が剣や弓と違う点は何だ?射程距離?威力?確かに段違いだがそれだけじゃない。この武器が従来の物と大きく異なるのは……」
フォーリィは言葉を止めて候補者達を見る。
皆、神妙な面持ちで彼女の言葉を待っている。
「指一本で簡単に人が殺せる事だ」
「「「!!」」」
静かに告げた彼女の言葉に、この場にいる全員が息を飲む。
「剣はある程度力を込めて振る必要がある。弓も、矢をつがえてから力を込めて引かないと人など殺せない。だが魔道筒状武器は違う。至近距離ならそれこそ小さな子供でも人を殺せるんだ!」
今まで彼らは、たかが安全装置を掛け忘れただけで彼女が暴力を振るうのは、無理矢理連れてこられた事に対する八つ当たりだと思っていた。
だが違っていた。
「貴様らは、たった一回のクシャミでかけがえのない戦友を二階級特進させたいのか!?」
「「「ノー、マム!」」」
元気よく返事をする彼等に、フォーリィは大変満足していた。
彼等の顔から、今までと心構えが違うことが明白だったからだ。
「安全装置を外し忘れて絶妙なタイミングを逃すは、戦場では時として致命的になったりする。だが、今回は気にするな。これだけの人数で一斉射撃するんだ、一人や二人そのようなヘマをしても影響はない。それよりも掛け忘れだけは絶対するな!」
そう言うと、彼女は角材を振って地面を叩く。
「とにかく体に刻み込め!これからもビシビシ行くからな!覚悟しておけよ!」
「「「イエス、マム!」」」
◆ ◆
「皆さぁぁぁん!食事ができましたよぉぉ!」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」」」
翌日の夕方、今日も変わらずフォーリィの掛け声と共に兵士達が群がってくる。
いや、変わったところもある。
今日はスナイパー候補者達も生き生きとした目で彼女の列に並んでいた。
「皆さん!」
そのような彼等に、フォーリィは心底喜んだ。
そして、ここでもまた、彼女はやらかしたのだった。
「毎晩遅くまで特別訓練お疲れ様です。これ、リラックス効果のある干しマトゥラです。そしてこれが、疲労回復効果のあるリボビタルンの実です。これを食べて頑張ってくださいね。期待してますよ」
「「「イエス、マム!」」」
声を揃えて返事をする彼等は、他の兵士達から見るとまるで親衛隊のようでもあった。
そして、彼等は明らかにフォーリィに目をかけられていて、贔屓されているように見えた。
結果、彼等はフォーリィ崇拝者達から目の敵にされるようになったのだった。




