冒険者達
「ようこそ英雄の都市・グレンデールへ! ――ほら、手繋ご。迷子になっちゃうよ」
冒険者エイプリルが拠点とする英雄の街グレンデール。そこは交通の要所だった。高い城壁に囲まれ、門周辺には幾多の防衛機能が備わっていた。
この世界には大小問わず、多くの都市が存在する。都市は国に属しているものも多いが、中には独立した国家のように振る舞う都市もあり、グレンデールもその一つであった。
大きな都市では実質国を動かすほどの権力を持っているところもある。独特な文化や秩序を持つ都市――それらは、版図を広げる国家よりも、重大な影響力を持っていることが多いのだった。
「こんな大きな都市、七年前にはなかったな」
「あ~そうかも。ちょっと前は小さな街だったみたいだけど、東のパサデナと北の大学都市の人が流入して、次第に交通の要として注目されるようになったらしいから。ここ数年で発展した新しい都市、なのかな」
人混みを掻き分けながら街を歩く二人。活気のある街だった。
「英雄の都市って言ってたが……」
「ふふーん、私向きの街でしょ。大丈夫、るー君の心配してるようなことはないよ。杖の大英雄・ゲルタが最後に暮らした小さな街ってだけで、そこから名前が取られただけだから」
面倒事にはならなさそうで、ほっとするギルベルト。彼は出来れば静かに暮らしたいのだ。
「それとるー君、おっさんモード禁止。誰に聞かれてるか分からないからねっ……!」
「う、うん。仰る通り……だね」
エイプリルは艶のある唇に人さし指を当てて注意した。口調だけでバレるわけはないにしても、年相応の振る舞いをしておいた方が良いに越したことはない。
「『おっさんモード』、ってのは何のことかしら、エイプリル」
そんな二人の真後ろに、一人の若い女性が立っていた。
「ア、アンナ! え、えーっとこれはそのほら、るー君が実はその」
「コホン! ……お姉さんは、どちら様なの?」
正体を口走りそうになったエイプリルを制したギルベルトは、女性を見上げて言った。
「私はアンナ。この街で冒険者をやってる魔法使いで、一応――そこのエイプリルの仕事仲間よ」
女性の名はアンナ。大きなとんがり帽子にヒラヒラしたマントを羽織るその姿は、見るからに魔法使いだ。しかしその姿はよく見る黒のローブではなく、全身白色の珍しい色合いをしたものだった。
「こっちのわたわたしてるのがエイプリルってのは知ってるけど……ボクは誰? お名前言えるかな?」
背中に大きな杖を背負っていたアンナは、ギルベルトの前で屈む。エイプリルと親しい様子から、年は離れていないか、同い年と見ていいだろう。だが、その顔立ちはとても大人びていて、そう――セクシーだった。そしてミニスカートから覗く綺麗な脚が艶めかしい。
「ア、アンナ、そ、その子は決して怪しい子供じゃないよ! ふ、普通の子供だよっ! 名前はギルベ――ェ」
「ギルベェ? 何だか変わった名前ね」
また何か口走ろうとしたエイプリルだったが、ギルベルトが服の裾を強めに引っ張って止める。その際に出た呻き声を名前の一部と勘違いされ、結局このへんてこな偽名を使うことになるのかと思うギルベルトなのであった。
「まぁいいわ。よろしくね、ギルベェ君」
「よ、よろしく」
アンナが優しくギルベルトの頭を撫でる。しばらくそうした後、長く巻き気味の赤い髪をかき上げながら立ち上がった。
「それでエイプリル。この子はあんたの何? もしかして隠し子?」
「そ、そんなわけないでしょ、男の人と手だって繋いだことないって前に話して――いやそんなことはどうでもよくって! ……そ、その、アクトン村の依頼こなしてた時、偶然出会って、そこから流れで今に至るというか何というか……」
ようやく言葉を選びながら発言したエイプリル。落ち着いたとかいうわけではなく、ギルベルトの視線に気付いて重要な部分だけ伏せたのである。
「ふーん……じゃあこの腰に提げている剣は? 片方はおもちゃの木剣だけど、もう片方は違うよね。多分これ、あなたがいつもうるさく言ってる大英雄の剣なんじゃないの?」
「そそそ、それはですねぇ……! あ、あの~、私の趣味と言いますか、そのぅ……」
アンナはめちゃくちゃ怪しがっていた。エイプリルが挙動不審すぎるのだ。
「ま、とりあえず隠し子ではなさそうだし、これくらいにしといてあげるけど――そんな説明じゃ、あの『ギルド長』は納得しないわよ」
アンナが質問攻勢をやめた。どうやら好奇心だけで追及していたわけではなく、『ギルド長』なる肩書きの人物に備えての予行演習だったようである。
「あなたはギルド長にオマケしてもらってD級冒険者の地位にいるんだから、子供がいたなんて知ったら……怒るわよ~、あの人」
「エイプリルお姉さんって、実力でD級冒険者になったわけじゃないの?」
「そうなの。エイプリルはねぇ、ギルド長に枕営業してD級冒険者になったのよ」
「そんなことするかーいっ! た、ただちょ~っと、ギルド長の前で過激な服を着て……っていうか、るー君の前で変な言葉使わないっ」
あらぬ疑いをかけられたエイプリルはそれを否定したが、半分肯定しているようにも聞こえて、ギルベルトは言った。
「お姉さん、不潔だね」
「るー君!? ち、違うの、あれはそういう目的だったって知らなくて! 冒険者に成り立てで右も左も分からなかった時に、ギルド長が着替えてみてっていうから、つい……」
非難の目を浴びせられたエイプリルはそんな言い訳をする。アンナも目を細くしてわたわたするエイプリルに厳しい目を向ける――が、その目は本気ではなく。どこかそう、イタズラを楽しむ大人のお姉さんといった雰囲気で、笑いをこらえながら見つめているだけなのだった。
「ギルド長、か。ところで、ギルド長って何なの?」
と、ギルベルトは口にした。世間常識に疎い男はよく分かっていなかったのである。
「おっと、ギルベェ君にはまだ分からないことだったわよね。商人だったり、工業だったりをまとめる組織をギルドっていうんだけど、そのトップがギルド長で……んー、そうね、もっと分かりやすく言うと、冒険者ギルドのギルド長は――」
見上げたアンナはこめかみに指を当て、子供にも分かるような言葉を選ぶ。そして、こう結論付けた。
「この街で一番強い人。かしらね」
「一番強い……それって、どれくらい――」
一番強いと聞いたギルベルトは、思わずその先を聞いてしまう程に、戦士の血が騒いでしまっていた。今は子供の身だぞと言い聞かせようとしたその時、辺りが騒がしくなる。
「冒険者同士のケンカだーっ! 誰かギルド長呼んで来い!」
男の声が遠くから聞こえた。が、辺りにいた人達は不思議なくらい無関心だった。
「まーたケンカかぁ。フッ……相変わらずだな、この街っ」
「あんたは数日離れた程度でしょうに、何かっこつけてるのよ」
エイプリルとアンナも、またその一人だった。呆れた様子の二人に、ギルベルトは質問する。
「よくあることなの?」
「新しく出来た街みたいなものだから、揉め事も多いわ。人の流入も激しいしね。ま、この街の冒険者同士の揉め事なら、あのギルド長が即座に成敗しちゃうから誰も無茶は起こさなくなったけど、別の街の新参者なんかは、知らずに面倒を起こすわね」
無関心なのは、これがこの街の日常風景だからである。説明したアンナは帽子を深く被り直して、長い髪を手で払ってこう続けた。
「さぁ行くわよエイプリル。冒険者の評判を落とされると、私達の面子に関わるからね」
「うぇ~、ケンカの仲裁はタダ働きだからなぁ。……せめてランクが下の冒険者でありますように」
正義感に溢れるアンナとは裏腹に、乗り気にならないエイプリルはそんなお祈りをするが――日頃の行いか、願いは届かなかった。
「俺はあの貴族と奴隷の街・パサデナでB級冒険者をやってる男だ! お前みたいな小物が偉そうな口を利くんじゃねぇぞ!」
「未だに貴族と奴隷で回している時代遅れの街の冒険者めが……! 私は大学都市クレセンタのB級冒険者であるぞ! 貴殿のような低脳に指図されるとは、実に腹立たしい!」
現場に駆け付けると、斧を背負った戦士風の男と、ローブを身に纏った魔法使い風の男が言い争いをしていた。口論の内容から、二人ともB級冒険者と高いランクの冒険者のようだった。
「うっ、び、B級……こ、これじゃあ私達じゃ手が出せないねっ。アンナもこの前C級に昇格したばかり――って、アンナ!?」
縮こまっているエイプリルを余所に、アンナはすでに二人の冒険者の間に立っていた。アンナはまだC級になったばかりらしいのに、勇敢な女性なのだなとギルベルトは感心するのだった。
「そこの二人。子供みたいな見栄の張り合いは余所でやってくれる? ここはみんなが利用する市場なの、そのど真ん中でやり合ってたら、ゆっくり買い物出来ないでしょ。邪魔だから、どこか消えなさい」
ケンカの現場は街の市場だった。先程いた場所の人らは無関心だったが、この賑やかな場所では嫌でも注目の的となる。群衆も出来ていて、客だけでなく、店を出している人にとっても邪魔になっていた。
「うおぉぉ! 新進気鋭の『白き魔女』が仲裁に来たぞ! どんな魔物や山賊も一人で捕らえてきたっていう規格外のC級冒険者! ――あと超美人!」
群衆の一人が声を荒げると他の人らも歓声を上げた。どうやらアンナはこの街ではちょっとした有名人のようで、街の人間からの人望も厚い様子だった。
「はっ、C級なぞ五年前には通過した道だぜ。格下が何のようだ、あぁ!?」
「ふん、気に入らないが、そのことだけは同意見ですね。これはB級同士の揉め事。下等なC級如きが口を挟むべき問題ではない!」
先程までケンカしていた男二人は、自分より下の人間になだめられたことに腹を立てて反論してきた。さすがに言うだけあって中々の迫力。ギルベルトの傍のエイプリルが震えているのが、何よりの証拠だ。
「C級だとかB級だとか、ひけらかす力だけは、確かに一流みたいね」
が、アンナには何の効果もなかった。揚げ足取りされた二人のB級冒険者の表情が引き攣る。矛先をアンナに向けるかの如く、体を彼女に向けた。
それを見たアンナは、余裕の笑みでこう続けた。
「散々下に見てくれたけど……本当にそうかしら?」
背中の杖を手に取って構えるアンナは、ちょっぴりプライドが高かった。
一触即発の雰囲気に場のボルテージが上がる。ケンカを止めに来たというのに、いつの間にかアンナ対B級冒険者二人という構図が出来上がってしまっていた。
「どどど、どうしよう、ケンカを止めに来たのにケンカしちゃうなんて! で、でもでも、私なんかじゃB級もC級も止められないし相手は二人だしぃぃ……って、うわぁ!?」
「うぉ!? 何だぁまた新たな冒険者が乱入してきたぞぉ!?」
どうにか止める手を考えていたエイプリルだったが、不意に誰かに押されて、場の中心に放り込まれてしまった。
「面白そうだから、つい」
「こ、ここ……この裏切りるー君者めー!」
押した犯人を見たエイプリルは、ごちゃ混ぜな言葉で犯人・ギルベルトを責めた。ギルベルトは、戦うのを避ける割りには、戦いそのものは好きな男なのだ。
「あら、珍しいじゃないエイプリル、あなたが自分より強い相手に戦い挑むなんて」
「私の意思じゃないんですぅ~……あそこの悪ガキが私をはめたんですぅ~……」
「ギルベェ君が? ――ま、まぁ確かに、いつものその脚ガクガク状態見せられたら、自分の意思ではなさそうだけども」
半べそのエイプリルは剣と盾を構えるものの、脚は震えっぱなしでへっぴり腰だ。その様子を見るギルベルトは、腕は悪くないのに、惜しいなと思うのだった。
「これで二対二だ! パサデナと大学都市のB級冒険者連合対、白き魔女と……え、えーっと、あっちの腰引けまくりの方の美人ちゃんは誰だ? 見たことあるやついるか?」
そんなエイプリルを知る者は誰一人とおらず、皆一様に「さぁ?」「誰だ?」と首を傾げていた。
「エイプリルお姉さんは、微妙な冒険者なんだね」
「るー君聞こえてるからね!」
ギルベルトの辛辣な一言にエイプリルはツッコんだ。観衆は「でも胸はでかいな……」「でかい……でもでかすぎないでかさ……」と口にし、腕前とは違う部分の評価は高いエイプリルなのであった。
「うぅ、そこの評価はいらない……」
「わ、私が小さいみたいじゃない、もうっ! ――とっとと片付けるわよ!」
構える冒険者達――だがその時、観衆の誰かがこう叫んだ。
「や、やべーぞ、ギルド長のお出ましだ!」
その声を聞いたアンナとエイプリルは途端に警戒を解いた。それを見たB級冒険者の二人は怪訝な表情になる。
「んがあああ! まだデスクワークが残ってるっていうのによぉ、どこのどいつだくだらねぇ争いしてるバカ野郎は!」
静まり返った辺り一帯に、怒りに満ち満ちた声が響き渡る。
声の方にあった群衆が左右に割れ、道が出来る。現れたのは、この街の冒険者ギルドを締めるギルド長。
「あたしの仕事邪魔する奴は誰だ! 今すぐ前に名乗り出ろ!!」
褐色肌で獣耳の、小さな獣人少女だった。
新キャラ登場と、クライマックスに向けての準備で日常回が増えます。




