この街最強の冒険者
ギルド長としてこの場に現れたのは、褐色肌で、猫型の耳と尻尾を持った金髪の獣人少女だった。
獣人とは、獣の特徴を備えた人達のことだ。体つきは種族によって異なり、人間よりも獣に近い獣人もいるのだが、この場に現れたギルド長の彼女は、耳と尻尾以外は人間そのものだった。
彼女が出生した土地の民族衣装なのか、着ている服はかなり露出度が高い。華奢で小柄な体格なのだが、女性の部分はしっかり成長していて、そんな体にぴったり張り付くような服だ。僅かな飾り布がヒラヒラと風に揺れる、どこか神秘的な衣装だった。
「やっと来たわね、ボス」
そう言ったのはアンナだった。始めから戦意の薄かったエイプリルに倣って、戦意を解いている。だが対面していたB級冒険者の二人は、まだ頭に血が上っているようで――
「はははっ! 数々の武勇伝からさぞ凶悪な野郎が仕切ってるんだろうなと想像していたが、まさかこんなガキがグレンデールのギルド長かよ!」
「これは些か……拍子抜けですねぇ。子供に仕切らせるとは、この街の冒険者の程度が知れるというものです」
腕を組み、仁王立ちしているギルド長の少女に近寄り、失礼な値踏みを始めていた。
「……あたしは大人だ。そんくらいじゃキレねぇよ。だがここは商人ギルドが仕切る市場のど真ん中だ。ここで油売られると、会議でやいやい言われてうるせーんだよ。大目に見てやる内にとっとと失せな。よそ者に手を出すと、それはそれでうるせーからな」
怒っていた割りに大人な対応を見せる少女に、ギルベルトは意外だなという感想を持った。逆に大人げないB級冒険者達だったが、さすがにギルド長の頼みとあって少し冷静になっていた。
「ちっ、拍子抜けだな。まぁ……ガキとはいえ、ギルド長のあんたがそう頼むなら、聞かないわけにもいかねぇか。今回は引き下がってやるよ、ギルド長の嬢ちゃん」
戦士風の男が言うと、魔法使い風の男も身を引くようで、「やむを得ませんね」と、不満を残しながらもひとまず納得していた。安堵したエイプリルが大きく息を吐いて言う。
「は~、ボスが来てくれて良かったぁ……B級冒険者なんかと戦ってたら、ボコボコにされてたよ~。平和が一番!」
「アンナお姉さん、ギルド長は即成敗する人じゃないの?」
誰も怪我人を出さない理想的な結末は、最もつまらない結末でもあった。戦い嫌いだけど戦いに惹かれてしまうギルベルトは、アンナに聞いた話と違うと訴える。
「今回は別の街の冒険者が起こした騒動だったからね、あまり手が出せなかったりするのよ。大人の問題ってやつね。それに、今回はボスに『アレ』を聞かなかったし」
『アレ』と、何かを伏せたアンナに再び質問をしようとしたその時、冒険者の一人が最後の確認作業を行っていた。
「だがこちらも一応名前は覚えさせてもらうぜ。あんた、名前は何て言うんだ」
観衆は少しずつ散っていた。
だが、その一言でピタリと止まった。
「……今、何て言った……」
はっきりと、空気が変わった。
穏やかな表情になりつつあったギルド長の少女が、静かに問い返す。
「名前ですよ、名前。グレンデールのギルド長の名前は珍しいものだったので、私も失念してしまいました。えーっと確か、アリ、アリ……いや、アプリ――」
「あたしの名前を口にするんじゃねぇー!!」
ゴツン! という、鈍い音が響き渡ったかと思うと、B級冒険者の二人がその場に倒れ込み、気絶してしまっていた。
「はぁ、新参者はこれだから……ボスに名前の話題振るとこうなるから、注意してねギルベェ君」
B級冒険者を一瞬でノックアウトしたのは、ギルド長の少女だった。軽くジャンプした後、二人の頭と頭を思い切りぶつけて黙らせたのである。
先程まで綺麗な肌をしていた少女の腕と脚には、白いタトゥーのような模様が浮かび上がり、微かな輝きを放っているのだった。
「あーあ、余所者に手を出すとうるさいって、ボス自分で言ってたのに。『アプリコット』って名前、かわいくてボスに似合ってるのに、何が嫌なのかなぁ」
「ち、ちょっとエイプリル、それ言ってるも同然だから!」
「……やべ」
お馬鹿なエイプリルがその名を口走ったのを、獣耳のギルド長は聞き逃さなかった。一体どの辺りがコンプレックスの原因なのかは不明だが、先に耳だけが反応したと思ったら、すぐさま顔をエイプリルと、指摘したアンナの方に向ける。その表情は、鬼神の如き表情で――
「ち、違いますボス! 今のは褒めてますしセーフでは!?」
「え、ちょっ、ボス!? 言ったのはエイプリルで私は関係な――」
「んがああああっ! あたしのことはボスと呼べーっ!!」
ゴツン! と、エイプリルとアンナはB級冒険者と同じように頭同士をぶつけられ、気絶するのであった。
「……止めた方が良かったのか?」
死ぬわけじゃないからいいかと、ギルベルトはのんびり眺めているだけなのであった。
ギルド長の名はアプリコット。何故か名前にコンプレックスを持つ彼女こそ、この街最強の冒険者なのである。




