女性ギルド長の性癖
「よしお前ら。あたしの名前を言ってみろ」
「ボスです……」
「ボスです。……はぁ、何で私まで……言ったのはエイプリルだけなのに」
ギルド長アプリコットのそれは、さながら誘導尋問だった。氷袋で頭を冷やしていたエイプリルとアンナは、やれやれといった様子で答えるのだった。
ギルベルトを含めた四人が今いるここは、英雄の街グレンデールの冒険者ギルドだった。石造りの建物の最奥にあるギルド長室にいるわけだが、気絶していたエイプリルとアンナをここまで担ぎ込んだのは、そのギルド長のアプリコットだ。小柄な体格に似合わぬ怪力で、B級冒険者共々一度に運び込んだのである。
その際、ケンカの現場でも見た白い輝きを放つタトゥーが浮かび上がっていた。部屋に戻った今は消えているところを見るに、戦闘用の魔法の一種なのだろう。
「隣の部屋でぐっすり寝てるB級冒険者のことは、まぁあたしに任せとけ、どうにか丸く収める。それよりお前らだ、アンナにエイプリル。ケンカ止める側がケンカしてどうすんだ」
ギルド長用に用意されている椅子は少し彼女には大きいようで、そこに座るアプリコットの小ささが際立つ。二人掛けの椅子に腰掛けているエイプリルとアンナに声をかけた。
「いやこれは裏切りるー君者が……」
言い訳をしようとしたエイプリルを、アプリコットは視線で制した。小柄な少女に見合わぬ迫力に、エイプリルは黙る。
「全く頼むぞ。グレンデールは今も急速に発展してて、仕事量に対してすげー人手不足で忙しいんだ。あんまあたしを出張らせるな」
エイプリルに向けていた視線を、隣のアンナに向けて続ける。
「アンナ、お前はもっと冷静になれ。その実力ならプライドが高くなるのも無理はないが、時と場所を選べ。あたしはあんたを買ってるんだ、期待を裏切るんじゃないぞ」
「はいボス……気を付けます」
格上とのケンカの時でさえ自信に満ち溢れた表情だったアンナは、ばつが悪そうだった。自分でも欠点だと反省しているのだろう。
アプリコットはこの街の冒険者を取り仕切っている人物であり、アンナ曰くこの街で最も強い冒険者だ。こうやって叱咤激励を送るのも仕事の一つなのである。
「エイプリルは……もっと頑張れ」
「適当過ぎませんかっ!?」
ただ、エイプリルに対しては一言で済ませていた。期待の表れがはっきりと見て取れるのだった。
「んでエイプリル。お前がここに戻って来てるってことは、例のアクトン村の調査、無事終わったってことでいいんだな?」
「え、えーっとまぁ……終わりはしたんですがその、無事かどうかはまた別問題というか……」
「何だよはっきりしないな。忙しいんだからうだうだ言わずまとめてくれ。何か報告書とかないのか」
報告書はないが、とっておきの請求書がある。ギルド長の激務のことや、自分が怒鳴られる未来から、見せるのをためらっていたエイプリルだったが、もはや隠しきれないと提出する方向に舵を切る。
「こ、これ! 受け取って下さい!」
「んむ、請求書? ははーん、さては派手にやったな? 偵察だって言ったのに仕方ない奴だ。どれどれ、あの臆病者のエイプリルちゃんがどれだけやったか見てやるか! イチ、ジュウ、ヒャク、セン……えっ、何この多額の請求書……」
途中でゼロの数を数えるのをやめたアプリコットの表情は青ざめていた。もう一度一から数え始め、間違いではないことを確認する。
「す、すみません! これには深い訳が……途轍もなく長くなる、深~い訳が……」
「……いや、長くなるなら、今はいい。聞く暇ないし。……はぁ~、まさかエイプリルがこんな額の請求書持ってくるなんてな……マジで何かの間違いじゃないのか?」
「エイプリル、あんた一体何やらかしたの……」
「ふ、深~い……深ぁぁあぁあぁぁぁい訳がですね……」
その一言だけでどうにか乗り切ろうとするエイプリル。下手に喋ってぼろを出すよりは賢明だった。
「そ、それでその、全額私が払うことになるんですかね……?」
「払えって言ったところで払える額じゃないだろ。ほぼほぼこっちで払ってやるから安心しろ。そのための組合だからな。……はぁ」
エイプリルはその一言を聞いてほっと胸をなで下ろした。ギルド長のアプリコットは、多額の請求にため息をついていたが。
「とはいえ額が額だ、罰として多少お前にも負担してもらうからな。この件は後発の討伐隊が帰ってきてからだ。その報告次第では額は増えるかもしれないから覚悟しておけよ!」
「Oh……ブラック……」
後発の討伐隊とは、エイプリルと入れ替わりでアクトン村にやってきた冒険者のことだ。彼らの帰還後に借金の額が決まるということは――それまでに一連の言い訳もしなくてはならないということ。村人の中には少なからず目撃者もいた。この街でギルベルトが大英雄であることをどう隠すか、頭の痛い宿題だった。
「さて仕事の話はこれで終わり! ……んで、その子はどっちの子なんだアンナ、エイプリルーっ!」
アプリコットが請求書を引き出しにしまうと、脚が地面に届いていない、ちょこんと椅子に座っていたギルベルトを指さして叫んだ。
「エイプリルの子供みたいです」
「違うって言ったでしょアンナー! こ、この子はその、アクトン村の依頼の時に偶然出会った子で、えーっと……ふ、深ぁぁぁぁぁい訳が!」
エイプリルは伝家の宝刀で切り抜けようとするが、今度はアプリコットも引かなかった。仕事よりも重要ということか。
するとアプリコットは、ぴょんとギルド長の椅子から飛び跳ねると、エイプリルの服をめくってこう叫んだ。
「そんなこと言って極秘出産したんじゃないかー!? ちょっとぽっこりしてるもんなお前の腹ぁー!」
「なーっ!? こ、これはそういう体質なだけですからー!」
足首にタトゥーまで浮かび上がらせたアプリコットの暴走は止められない。けしかけたアンナは隣でクスクス笑っていたが、次に飛びつかれた瞬間には余裕はなくなっていた。
「お前も本当はいるんだろこの中にー! ……あ、でもそのおっぱいじゃないか」
「ちょ、ちょっと、何で私まで! あと、私普通に胸ありますから! エイプリルが人より大きいせいで小さく見えるだけですから!!」
アンナまでお腹の部分をめくられて、てんやわんやだ。見かねたギルベルトがようやく口を開く。中身おっさんの彼にとって、この場は目に毒だったのだ。
「僕は誰の子供でもないよ、ボス。僕の両親は、もう天国に行ってるから」
間違ったことは言っていない。彼の両親はおっさん時代にすでに天寿を全うしたのだから。
「ギルベェ君……やっぱり、そういうことなのね」
それを賊や魔物のせいと受け取るかどうかは、彼女達次第。アンナは悲しそうな目をしていたが――
「……あたしをちゃんとボスと呼ぶか。子供のくせにえらく賢いな。あたしの里にいたお前くらいの年の子とかは、アホほどイジり倒してきたもんだが……」
仮にもギルド長を名乗るこの少女だけは、簡単には納得してはくれなかった。ふざけるのをやめたアプリコットは、ギルベルトの目を間近で覗き込んでくる。
「まぁ、生まれが違えば振る舞いに差があって当然か。あたしの故郷が騒がしいってことにしておこう。何より、ちゃんとあたしをボスって言ったしな、お前は良い奴だ、ギルベェ!」
ギルベルトはただただ見つめ返していただけだが、アプリコットは納得してくれたらしい。細い尻尾をふりふりしていた。
「ありがとうボス。――でも、ボスはどうして名前を呼ばれるの嫌なの?」
瞬間、尻尾の動きが止まった。場に緊張が走るが――
「……あ、あたしに……相応しくないからだ」
「相応しくない?」
さすがに子供に怒るのは良心の呵責があったのか。ぽつりぽつりとを語る。
「だ、だって、アプリ……コットなんて名前、あたしみたいながさつな女には、その……そ、その、可愛すぎるだろ!」
両手を頬に当てて、顔を真っ赤にするアプリコット。コンプレックスの理由は、実に乙女チックなものだった。
「あ、あたしはギルド長でもあるんだぞ! もっと迫力出さないとダメなんだ! だからみんなにはボスって呼ばせてる。ギルベェ、子供だろうとお前もあたしのことはボスと呼ぶんだぞ! 特別扱いはしないからな!」
「アプリコットって名前、可愛くてボスにぴったりだと……やべ」
その名をまた口にしたエイプリルは、アプリコットから制裁を食らうのだった。
「さて、遊んでる時間もないし、ギルド長の仕事に戻るとするか。……はぁ~、デスクワークばっかでストレス溜まるぜ~、激務だぜ~。エイプリルぅ~、またあたしのストレス発散に付き合ってくれんかの~」
アプリコットは机に戻っていくかと思いきや、床に取り付けてあった扉を開いた。この部屋には地下に続く階段があるようで、それを開けたのだ。
「どうだ~? 新作衣装作ってみたんだ、また着てくれんかのぅ~。別に着るだけでお触りとかしないからさぁ~」
「うっ、アレはもう嫌です。っていうか、その手は絶対お触りしてきますよね!」
アプリコットは手を前に突き出し、指をうねうね動かしながら、たんこぶを作っているエイプリルに迫る。事情をよく知らないギルベルトは、一緒にその様子を眺めていたアンナに聞く。
「アレって、何のこと?」
「ボスの趣味よ。女の子をコスプレさせるのがあの人の趣味なの。噂では何人もの女冒険者が地下室に連れ込まれ、その毒牙にかけられたとか……私も危なかったわ。エイプリルは知らずに、一回だけコスプレさせられたみたいだけどね」
そういえば枕がどうとか言っていたなとギルベルトは思い出す。この女性ギルド長の悪癖を揶揄したものだったのだ。
「ま、ギルベェ君は男の子だから大丈夫、あの人男には全く興味示さないから。――ボス、そろそろやめた方がいいですよ、またセクハラパワハラだって訴えられます」
「んぐぐぅっ……! 昔みたいに外での仕事中心だった頃はこんなにストレス溜まらなかったんだけどなぁ。……アンナちゃん、ランクアップのおまけして上げるから、一回だけ脱がない?」
「結構です。私はエイプリルと違って、実力でランクアップしていきますので」
アプリコットから『枕』のお誘いを受けるアンナだったが、きっぱりと断った。アンナはプライドが高いのだ。一方のエイプリルは「ランクアップ……じゅるり……」と、ちょっとだけ迷いが生じているのだった。
「冒険者ランクって、大事なことなの?」
ギルベルトはふと疑問を感じて質問する。彼は戦いに明け暮れた常識不足のおっさん。冒険者が同じ戦いに身を置く職業であることは知っていても、その詳しい内容は知らないのだ。
「ランクによって報酬が変わるからな。ランクが高ければ高いほど、稼げるってわけだ」
非常にシンプルな解答だった。アプリコットのそれに、アンナが続いて補足する。
「例えば私はC級なんだけど、これ以上のA、Bランクはもちろん、以下のランクの仕事も基本的には受けられないの。これはそれぞれの力量の冒険者にちゃんと仕事が行き渡るためのルールね。上のランクほど危険は増すし、C級の私がD級の仕事を選べちゃったら、下の人はチャンスもなくなってしまう」
上のランクの仕事を選べないのは危険だからと予想がつくが、下のランクの仕事を選べないのは、一部が食いっぱぐれないようにと、独占を禁止するためでもあった。よだれを拭いたエイプリルが最後に締める。
「でもパーティーを組む場合はまたちょっと別なんだ。ランクを統一するのって難しいからね、その辺はギルドが査定してくれるの。冒険者のランク付けもそうだけど、仕事のランク付けもギルドがやってくれてるんだよ。あ、ちなみにランクはAが最高で、Fが最低の新人ランクだよ」
冒険者には冒険者なりのルールがあるんだなと、ギルベルトは理解した。もう一つ疑問になっていたことを、アプリコットに聞く。
「ボスのランクはどれなの?」
地下室の扉を閉めるアプリコット。少女のあどけなさを残した彼女は、この街最強の冒険者。頼もしい表情でこう言った。
「あたしはこの街トップで、唯一のAだ。何かあったらあたしを頼れよ、ギルベェ」
◇
「う~ん! はぁ~、弁償ちょっとで済みそうで良かった~」
肩の荷が下りたエイプリルは、冒険者ギルドを出ると大きな伸びをした。
業務報告を終えたエイプリルと、巻き添えを食らったアンナ、何となく付いて行っているギルベルトは、日が暮れ始めた街を歩いていた。
「さてと、これからどうする? 用事がないなら、『いつもの』でいいと思うんだけど」
「う、うーん、そうしたいのは山々なんだけど、フトコロがですね……もしかしたら巨額の借金を背負うかもしれないので……」
アンナとエイプリルは仕事仲間だ。お決まりのコースでもあるのだろうが、エイプリルの状況はいつもとは違う。将来に不安を感じて渋っていた。
「そうね、ギルベェ君もいることだし、酒場はあまりよろしくないか。となると、どこかいいところ……そうね、今日は趣向を変えましょうか」
何かに気付いたアンナは、含み笑いを浮かべていた。何故か嫌な予感がしたギルベルトは、アンナに何をするのか尋ねてみる。
「えーっと、何をするの?」
「情報交換よ」
アンナが指さした場所。そこは、浴場の看板が出ている建物だった。




