お風呂で洗いっこ(情報交換)
浴場の扉を開けると、一面に張られた湯が目に飛び込んできた。ここはグレンデールの冒険者を癒す大浴場、その女湯だ。エイプリルとアンナは体の汚れを落とすと共に、冒険者として情報交換を行うためにこの場所にやってきたのである。
「いいわね~大浴場。最近は自宅のお風呂ばかりで済ますからあまりこういうところは来なかったけど、何だか気持ちが大きくなるわ。……ところでエイプリル、どうして隠すのよ。まさかその格好で入る気? マナー違反よ」
「い、いやほら、男の子もいるし……」
そしてこの場には、ギルベルトももちろんいた。中身おっさんの彼なら一人で男湯にだって入れるが、事情を知らないアンナの前でそれをやれば怪しまれるというもの。なのでやむを得ず付いてきたのである。決して下心はないのである。
決して。
「ぼ、僕も隠していてほしいかも」
ギルベルトはエイプリルの気持ちを汲み取って、そう発言した。エイプリルは少年がおっさんなのを知っている。抱きつき程度なら許せるエイプリルも、さすがに裸を見られるのは意識してしまうようで、布一枚で必死に隠していた。
「あれあれギルベェ君……もしかしてエイプリルお姉さんのこと好きなの~? 最近は男の子もませてるのかしら。じゃあアンナお姉ちゃんと一緒に洗いっこする? アンナお姉ちゃんの裸なら見ても大丈夫でしょ?」
だが一切の事情を知らないアンナはすっぽんぽんだった。自信があるのかなんなのか、恥ずかしがる様子すらない。背丈の関係で、目の前の視界に大変なものが入ってしまう。
「ひ、一人でするから大丈夫。二人は情報交換したらいいよ」
「あらら、行っちゃった。……まだちょっと、距離があるみたいね」
ギルベルトはたまらずその場から離れた。こんな場でも正気を保てているのは、大英雄の力故か、それとも体が子供のものだからか。股間の辺りがむずむずする感覚を覚えつつ、まずは自分の体を洗い流すことにするのだった。
「仕方ない、それじゃあお仕事の話をしましょうかエイプリル。東のパサデナの件、覚えてる?」
「あ~、貴族と奴隷の街、だよね。確か、ここグレンデールの利権を狙っているっていう」
離れたというのに、アンナとエイプリルはわざわざギルベルトの傍に来て体を洗いだした。エイプリルはジェスチャーで「ごめん!」と謝っているが、謝りたいのはこっちである。場所を移っても追ってきそうなので、ギルベルトは話に集中することで女体を隅に追いやることにした。
「そう。古都パサデナ……歴史のある都市でその影響力も強いわ。って言っても、奴隷の時代は終わりを迎えているから、昔の威光を借りてるだけとも言われているけど。その街の一部貴族が、この街の利権を狙っているってのは、どうやら本当みたいよ。最近はギルド長会議にも乗り込んでくるとかなんとか」
昼間ケンカしていた冒険者の片割れがその街出身だったことを思い出すギルベルト。発展を遂げるここグレンデールに魅力を感じているらしい。
「統率された騎士団もいるし、単純に武力を比べた場合、冒険者と自警団だけのグレンデールじゃ差は明白ね。まぁでも、権利目的で戦争を起こせば他の都市からの批難を浴びて孤立・崩壊は目に見えているし、そんなことにはならなでしょうけど。まぁ、噂は本当だったってことね」
(剣の方がエロイ、剣の方がエロイ……!)
真面目な話をしている最中、ギルベルトは剣の姿を想像して危機を回避していた。彼にとって、剣はエロイのだ。
「それもあって、ボスはイライラしてたのかもね。それはそれとして――すみませんアンナさん、私、C級のあなたのためになる情報なんて持ち合わせていないのですが」
「知ってるわよそんなこと。ま……まぁ、あんたと私のよしみで教えて上げてるだけよ」
長く赤い髪を洗うアンナの声は、いつもの自信に満ち溢れたものではなかった。何かこう、照れくさそうな調子だ。アンナは誤魔化すようにして、次の話題を振った。
「それとこれ、新情報。私とあなたくらいにしか興味のない話だろうけど……杖の大英雄ゲルタの魔法書が、ここグレンデールのどこかにあるみたいよ。その中身は攻撃魔法から生活魔法まで多岐に渡るもので、何と、復活の大魔法についての記述もあるとか」
「復活の大魔法だとっ!?」
「な、何ギルベェ君、あなたも大英雄に興味あるの?」
アンナの予想に反して、最も食いつきが良かったのはギルベルトだった。面食らったアンナを前に、ギルベルトはしまった、と我に返る。
「さてはエイプリルの仕業ね。全くこの娘はす~ぐ大英雄の話に持っていくんだから。――あら、ギルベェ君ちゃんと洗えてないじゃない。ほら、お姉ちゃんが手伝ってあげるから、膝に座って」
アンナは言うとギルベルトの体を自身の膝に座らせた。幸いなことに背中を洗いたいみたいで、向かい合わせではないのだが――目が合ったエイプリルは、ちょっと不機嫌そうにしていた。
「ふ、復活の大魔法のこと、教えて欲しいな」
その腕をかいくぐり、抵抗することだって可能な大英雄ではあるが、この場ではただの子供。なすがままにされるのだった。ついでに復活の大魔法について聞く。
「ギルベェ君のお願いなら――って言っても、お姉ちゃんが知ってるのはゲルタの魔法書があるかもってことだけで、復活の大魔法についてはほとんどよく知らないんだけどね」
「確か、摂理を越えるような魔法は存在しないんじゃ?」
そう聞いてきたのは隣のエイプリルだ。ギルベルトからの受け売りだった。
「珍しくよく知ってるじゃない、その通りよ。摂理を越えた魔法、それはもはや『奇跡』だからね。神様が使うような力よ。だからまぁ、人がそれを再現出来るかっていうと無理な話、ってことなんだけど……それでも、杖の大英雄ゲルタなら――って、思っちゃうわよね」
「ゲルタがそんなことを……だが、神だってもう、復活の奇跡なんて使えないはずだ。そこまでの力はもう残されていないと、かつて言っていたからな。それを、ゲルタが――」
「ギルベェ君、キャラ変わってない?」
自身の復活の謎に、ついおっさんモードに突入してしまったギルベルト。エイプリルが「こ、この子たまに頭おかしいの!」とフォローを入れてくれた。思い当たる節がある、剣好きギルベルトは少し傷つくのであった。
「ま、とにかく――復活の大魔法について知っていることはほとんどないの、ごめんね。ただ、ゲルタが最後に住んだこの街に、彼の集大成である魔法書が眠っていると聞いたのよ。それが街のどこにあるかは……分からないけどね」
杖の大英雄・ゲルタが残した魔法書。そこに、復活の大魔法についての記述が存在するかもしれない。
ギルベルトは、自身が蘇った理由に最も近い手がかりを手に入れるのだった。
「は~い、お股開いてここもごしごししましょうね~」
「ア、ア、ア、アンナお姉さん! そ、そこはマズイ――」
そんな真面目おっさんモードのギルベルトに、アンナは会心の一撃を食らわせた。後ろに向かせたまま、ギルベルトのギルベルト部分を洗い始めようとしたのである。
「ア、アンナ、そこはやめて上げた方が……あなたの純潔のためにも!」
「ち、ちょっとエイプリル、私を男を知らない生娘みたいに言わないでくれる? そ、そりゃまぁ……その通り……だけど――知識だけはあるから!」
そして、高らかに言う。
「子供のおちんちん洗うくらい、問題ないことだって知ってるわ!」
成人男性であればもうたまらない状況だろうが、ギルベルトのそれは、覚醒することはなかった。おっさんの頃不能だった、というわけでもない。
「……むぅぅぅ、アンナばっかずるい! 私もるー君のお世話する!」
「えっ!? ちょっと、エイプリルお姉さん――むぐぐぅ」
アンナとギルベルトの様子を見ていたエイプリルが、体を隠していた布を放り投げて、ギルベルトに抱きついてきた。中身おっさんと知っているので顔真っ赤だが、どこか悔しそうな顔にも見えるのだった。
前面のエイプリル、後門のアンナと、両面から美女に挟み込まれ、理性など機能するわけもない状況だった。
それなのに、ギルベルトは沸き立たなかった。七歳児でも、覚醒することくらいはあるかもしれないが、兆候すら見られない。これはやはり、復活の影響によるものかと、この極楽地獄で真面目に考えてしまう彼なのであった。
「――アンナお姉さんは、大英雄のこと好きなの?」
壮絶な洗いっこ合戦を終えた三人は、ようやく大浴場の湯に浸かっていた。のぼせそうな出来事だったが、どうにかして冷静を取り繕うギルベルト。エイプリルは、自分の行いを今さら恥じてきたのか、背中を向けていた。
「いえ、別に。全く興味がないってわけでもないけど……隣のコイツがいつも大英雄大英雄うるさいし」
どうやらアンナは大英雄について対して興味はないらしい。きっぱりと答えた後、こう続けた。
「私はね、一流の魔法使いになるのが夢なの。そして、多くの魔法書を集めて、自分でも書いてみたい。遠い後世の世にも伝わるような、偉大な書を。――なんかちょっと、ロマンがあるでしょう?」
ギルベルトに冗談っぽく微笑んでみせるアンナ。だがそれは、紛れもなく彼女の夢なのだろう。なぜなら、次に浴場の天井を見上げたアンナの目は、星のように輝いていたからだ。
「だから、ゲルタの魔法書にも興味があるの。大英雄については、どうでもいいわね」
「大英雄がどうでもいいわけないだろがーっ!」
隣のエイプリルは、大好きな大英雄をないがしろにされてキレていたが。
「ちなみに私の夢は、大英雄のような立派な人間になることです! あと、アンナにいつか追いついて、一緒に仕事をすることです!」
エイプリルは手を上げて宣誓した。そのセリフを聞いたアンナは、いつもとは違う調子で言葉を紡ぐ。
「……べ、別に私は、今からでも一緒に仕事してもいいんだけど……」
「いやっ、それは結構! D級の私がC級の仕事やったら死ぬ! D級ですでにギリギリだからね!」
照れくさそうに言ったアンナの意見を、エイプリルは速攻断った。
「……あっそ。ま、この調子じゃ追いつくどころか、差は開く一方だろうけど」
「ひどっ! ふふん、見てなさいなアンナさん、いつかあなたはこのエイプリルさんに感謝する日がくることでしょう!」
夢を語る若き二人を見て、ギルベルトは自然と笑顔になっていた。
「ギルベェ君の夢は、何かあるの?」
アンナはギルベルトに視線を向けて、彼の夢を聞いてきた。ギルベルトの夢、それは――
「剣に囲まれたハーレムっ……コホン、この平和がいつまでも続きますように、ってところかな」
剣に囲まれたハーレムと、二番目に静かな平和が続くことだった。
「ふふ、やっぱりませた子ね、ギルベェ君って。――あっ、そうだ、最後にもう一つとっておきの情報があるの忘れてたわ。……ま、大英雄博士のエイプリルくらいしか興味ないだろうけど」
ギルベルトの顔を見て思い出したのだろうか。アンナはエイプリルを驚かすかのように、前のめりになってこう言った。
「――なんと! 北の大学都市に、弓の大英雄がいるかもっていう情報よ!」
「へ~、そう」
「えっ、反応薄っ」
最後にとっておきの情報を披露したアンナだったが、エイプリルの反応は淡泊なものだった。
当然だ。大英雄の一人が、すでにこの場にいるのだから。




