エイプリルの弱点
極楽地獄から明けて翌朝。目を覚ましたギルベルトが冒険者の宿舎から出ると、その裏手からかすかに音が聞こえてきた。間違いない、剣を振る音だった。
「あれ、起こしちゃった? 音の出る訓練はしてないつもりだったんだけど」
「普通の人なら聞こえないかもね。僕はほら、剣に目がないから」
宿舎の裏手で剣を振るっていたのはエイプリルだった。すでに結構な回数素振りをしているのか、額には薄らと汗が浮かんでいた。
「昨日はちゃんと眠れた? まだD級だからあんまりいい家とか宿舎を与えてもらえなくて、ちょっと壁が薄いんだよね」
「大丈夫、劣悪な環境には慣れてるから、それに比べたらすごく良い部屋だよ。……むしろ、エイプリルお姉さんの抱き付きの方が睡眠妨害なんだよね……」
昨晩は浴場での洗いっこ合戦の後、エイプリルが寄宿している冒険者の宿舎にて一晩を明かした。Dランクから個室を割り当てて貰えるようで、悪くない部屋だった。ちなみにアンナは、また別の冒険者宿舎に部屋を借りているらしく、そちらの住み心地は上々らしい。
「毎朝特訓してるの?」
「うん! 強くなるにはこれが一番だからね。早くアンナに追いつかないといけないし!」
ギルベルトは乱雑に置かれていた木樽の一つに腰掛ける。エイプリルはそれに答えると、また素振りを始めた。
エイプリルの戦闘スタイルは、剣と、そして盾を手にしたカウンタースタイルだ。しっかりと相手の攻撃を受けると同時に斬りかかり、大ダメージを与える。ただ『受ける』だけでなく、如何に『自分の体勢を維持しながら受ける』かが、重要になってくる戦法だ。
「どうかなるー君、お姉さん、天才だったりする!?」
「それはないかな」
頬杖ついて眺めていたギルベルトは、ズバっと否定した。
「筋はそこそこ良いかもね。まだまだ訓練が必要だけど」
「そ、そうすか……るー君が言うならその通りなんだろうなぁ。……もっと強くなるには、どうしたらいいですかコーチ!」
エイプリルはがっくり肩を落とすが、すぐさまやる気を取り戻す。この前向きさは褒めてもいいかもしれない。
「じゃあ正直に言うけど、エイプリルお姉さんは今だって悪くない腕だよ。ネズミの魔物を倒した時とか、慌てずお手本のように敵を倒してた。その時は、良い手並だと思ったよ」
コーチと言われたギルベルトは、まだおっさんだった頃を思い出す。こうやって若手に剣の指導をせがまれたこともあった。
「けど、昨日のケンカの時とかはまるで別人だった。腰が引けてるし脚は震えてるし。……自分でも気付いているんじゃないかな、エイプリルお姉さんの弱点」
昨日の冒険者同士のケンカで、エイプリルは脚を震わせて怯えていた。
それだけでなく、グレンデールに着く前の山賊戦と、偽ギルベルト、その配下との戦闘(ギルベルトは途中から乱入したため全てを見たわけではないが)でも、彼女は脚を震わせながら戦っていた。何てことのないネズミ型の魔物に対しては、堂々と戦っていたのに、だ。
痛い所を突かれたのか、エイプリルはしばらく言葉を失っていた。しかしギルベルトは決してその役目を変わろうとはせず、彼女の口から語られるのを待った。
少しの間無言の時が流れ、ようやく彼女の口から答えが返ってきた。
「えへへ……バレちゃうよね。そうなんだ、私……自分より強そうな相手とか、怖そうな相手とかと対峙すると、脚が震えちゃうんだ。昔怖いことがあったとかそういうの全然ないのに、敵わないって分かっちゃうと、その、怖くなって……」
エイプリルは自身にとっての強敵と対峙した時、必ず恐怖し、怯えながら戦っていた。それは過去のトラウマ体験などが原因ではない、ただの恐怖からくる、誰しもが経験する有り触れたものだった。
「お姉さんの弱点はそこだよ。肝心な時に力の半分も出せていない」
剣の大英雄は当然そこを見逃すわけがなかった。すると、手を止めていたエイプリルが懇願するかのように続ける。
「どうしてそうなっちゃうか自分でも分からないんだ……いつまでたっても変わらなくて……。だから、克服のしようが……」
「簡単だよ。お姉さんは相手を見て戦っている。それだけ」
「へ?」
自身の悩みをさらっと一言で済ませたギルベルトに、エイプリルは間抜けな返事をした。
「相手の力と比べてしまうから、怖くて動けなくなってる。それまで積み上げたものとかもそこで飛んでしまっている。だから、そこをどうにかすればいいってだけ。簡単でしょ?」
「どど、どういうことですかコーチ! ももも、もしかして、このエイプリルは臆病を克服出来るのでしょうか!?」
他でもない大英雄からの指南を受けて、エイプリルは興奮していた。もしかしたら、長年自身の足枷となっていた臆病を取り除けるかもしれない、と。
「うん。剣だけ見つめてれば解決出来るよ。ほら、こうやって見つめて……フフフ、かわいい剣……」
「それるー君専用のやり方でしょー! るー君、お姉さんは真剣なの、マジなのっ」
そんなやり方不可能だと、剣を見つめてにやけるギルベルトに凄んだ。彼女は、一応真面目にその答えを掴もうとしていたのである。
「す、すまん。君の場合ならそうだな……うーむ、大英雄博士だし、大英雄を信じるとか、そういうところでいいんじゃないかな、もう」
ギルベルトはエイプリルに気圧されて、つい口調が変わってしまう。剣以外のことはあまり得意ではない大英雄は、ふわふわとした答えを授ける。
「大英雄を――信じる。……それだっ! なんか道開けちゃったかも!」
だがエイプリルには刺さったようだった。両手を握り締めて目を輝かせるのだった。
「コホン……まぁ、剣の道と同じく、克服の仕方も人それぞれだからね。お姉さんが納得出来たなら、それが一番じゃないかな」
適当な答えだったが、エイプリルの前進に繋がったのならそれでいいかと、ギルベルトは思うのだった。
何かを掴んだエイプリルは朝の鍛錬を再開、それをギルベルトは傍で眺める。しばらくその時間が続いた後、鍛錬を終えたエイプリルは使っていた剣と盾を片付け始めた。
「……使い終わったらちゃんと磨くよね、お姉さんって」
「え? うん、買い換えるお金ないからなるべく長く使いたいってのもあるけど……変かな?」
エイプリルは剣と盾を布で優しく磨いていた。戦いの基本と言うと、大抵の人間は剣の構え方だとか、振り方だとかを語る者が多かった。
だが剣の大英雄にとっての基本とは、武具の手入れだ。しっかりと手入れをすれば、剣は必ずそれに答えてくれると、彼は信じている。行き過ぎて、愛を注いでいる男ではあるのだが。
「手入れする人間は珍しくないが――愛を持って磨く奴は、初めて見たな」
「ほぇ?」
聞こえないような声で呟いた後、剣の大英雄は続ける。
「もしかしたら、いやあるいは、いやいや、ややもすれば――お姉さんは、天才なのかもしれないね」
「えっ、お姉さんバカにされてる???」
口下手な男の褒め言葉は、彼女には嘲笑としか捉えられていないのであった。
「よし、お掃除完了っと。お姉さんはこれから仕事に行くけど、るー君はどうする? お留守番する?」
「いや、借金の原因は僕にあるし、出来れば手伝いたいな。冒険者のお仕事するんでしょ?」
宿舎に戻ろうと、歩き出す。エイプリルは磨き終えた剣と盾を体には装着せず、手で持ち運んでいた。まるで、今日はもう使わないといった感じだった。
「ううん、今日は冒険者のお仕事はしないよ」
「……ん? じゃあ何のお仕事するの?」
冒険者を生業とするエイプリルが冒険者の仕事をしない。何を言っているのかと、ギルベルトは問うた。
「バイトだよ!」
D級という低位の冒険者エイプリル。彼女は、仕事を掛け持ちしていたのである。




