そしてやらかすギルベルト
「へい串焼きお待ち! あっ、空のジョッキお下げしますね~、え、お代わりですか? 毎度あり!」
爽やかな晴天の下、冒険者エイプリルは実にこなれた様子で、露天の売り子として汗を流していた。それを眺めていた店主の男性が誰ともなしに言う。
「いや助かるねぇ、活気ある街なのはいいが、最近はとにかく人手が足りないからねぇ。バイトしてくれる人がいると助かるよ。しかも美人さんだから売り上げも伸びるし」
いつもは鉄の胸当てをしているが、今日は黒のニットにショートパンツだけのラフスタイルだ。大きな胸を弾ませながら注文を取るエイプリルに、昼間だというのに酒の注文も入っていた。
「それに引き替え……」
中年店主は視線を移す。別のテーブルではギルベルトが木の皿を下げるのを――
「へぇ、お姉さんも色々頑張ってるんだね。僕も借金返済のために頑張るか」
グシャっという、潰れた音がする。木の皿を握り潰したのだった。
「あれ、また皿が壊れたな。まぁいいか」
「まぁいいか、じゃないよボウズ! これで何枚目だと思ってるんだ!」
「一五枚目くらいかな。ぼろぼろ壊れるから途中から数えるのやめちゃった」
ギルベルトはエイプリルに倣ってバイトの手伝いをしていた。借金の原因は自分にあるのだから、子供だからと眺めてるわけにはいかないと、店主に願い出たのだが――ご覧の有様である。
「ごめんなさい、もうミスはしないよ。じゃあ次はこの高そうな陶器の皿を……」
「あぁぁぁちょっと待ったそれだけはあああっ!」
店主の叫びも空しく、ギルベルトは皿を握り潰した。戦いしか知らない剣の大英雄。彼は、戦い以外のことは何も出来ない男なのである。
「何てことだ……働いたのに借金が微増したぞ……」
「るー君、戦いではめちゃ強なのに、結構ポンコツなんだね……」
店主の我慢は限界に達し、ギルベルトとエイプリルは揃ってクビを言い渡された。店主側はエイプリルだけでも雇いたい様子だったが、ギルベルトも一緒にという条件を彼女が曲げなかったため、あえなくクビとなったのだった。
「うーん参ったなぁ。今日はあそこでバイトして、その稼ぎで夕飯も済まそうと思ったんだけど。どこかにいいバイト転がってないかなぁ」
「冒険者のお仕事じゃだめなの?」
他に仕事がないかと市場を彷徨う二人。どうしてもバイトで済まそうとするエイプリルに、ギルベルトは疑問をぶつけた。
「そ、それはその……そっちの仕事もいいけど、ほら、何て言うか……」
頬をポリポリとかいて、エイプリルは何か話しづらそうにしていた。戦い以外が苦手なギルベルトは、彼女の心を察することが出来ず、言葉を待った。
「その、冒険者のお仕事は割と戦いになることが多いから。るー君、戦うのは得意でも、あまりそういうことはしたくないんでしょ……?」
そういうことかと、ギルベルトはようやく理解出来た。
かつて大英雄と呼ばれた少年は、なるべく戦いを避け、普通の少年のように生きようと決めている。前にそう話したことを思ってのバイト探しだったのである。
「そういうことか……それは、気付かなくてごめんなさい。でも、そんなに気にしなくてもいいよ。借金の件は僕が悪いんだし、早く返せるならその方がいいよ。……借金返済出来たら、お姉さんの元を離れて、静かな村にでも移り住もうかとも思ってるし」
「ん……そっか……」
ギルベルトがエイプリルと行動を共にしているのは、借金で繋がっているからだった。だがその縁が切れれば、ギルベルトは旅立とうと考えていた。正体を知られているということもあるが、こうやって自分のせいで彼女の行動が制限されてしまうのなら、そうした方がお互いのためだとも思っているからだった。
「それに、D級程度の戦闘、僕なら遊び感覚でやれるし」
「ぐえぇ、本当のこととはいえ、D級で必死に頑張ってる人のことも考えてっ……特にお姉さんのことをぉぉっ……!」
いつか来る別れの時。今この時は忘れようと、二人はおどけるのだった。
ただ――その時がすぐには訪れないということを、この後二人は直面することになるのだが。
「あら、エイプリルにギルベェ君。今日は別の仕事があるんじゃなかったの?」
二人仲良く手を繋いでやってきたのは冒険者ギルドだ。依頼掲示板の前にやってくると、そこには白いローブを纏ったアンナが立っていた。
「あはは、色々あってクビになりまして……アンナは次の仕事探してるの?」
「そ。これだけ依頼があると迷っちゃうわね。まぁそれだけ、この街に人が集まっているってことなんだろうけど」
顎に手を当てて掲示板を見るアンナ。それだけの佇まいなのに、妙な色香を放っていた。
「ギルベェ君、昨日はよく眠れた? エイプリルの宿舎、壁薄いでしょ。今度私の宿舎の方に泊まりに来る? 部屋は本ばかりで散らかってるけど――お姉ちゃんのお部屋、お風呂もあるの」
「うっ。お……お風呂は一人で入れるから、別に……いいです……」
昨日の浴場での出来事を思い出してしまう。顎に当てていた細い指。昨日はその指で――と、思い返したところでギルベルトは視線を外し、剣のことだけを考え始めた。
「ふふ、残念、フラレちゃった。今度はもっと、気持ち良いこと教えてあげるから――ね」
ギルベルトはすごくからかわれている気がした。クスクス笑うアンナは、中々のいたずら好きな女性なのである。
「もう、るー君に変なこと教えないの! ……おっ、この依頼いいかも!」
エイプリルは一枚の依頼書を手に取って、条件をよく確認する。どうやら飲み代を踏み倒し続けている輩がいるらしく、金を徴収してきてほしいとのことだった。
「冒険者って、便利屋なの?」
「否定出来ないっすね……」
エイプリルは苦笑いでその意見を受け入れる。
「あら、これから冒険者の仕事するの? ……ね、ねぇ、それなら、私も一緒に仕事してあげてもいいんだけど。偶然なことに、私の依頼も空いてるし」
アンナはどこか別の方を向きながらエイプリルに共同で仕事することを提案した。ギルベルトの目には、照れくさそうにしているように見えた。
「嫌だよ。だって報酬減るもん」
が、エイプリルは速攻断った。とても卑しい理由だった。
浴場の時もそうだったが、どうやらアンナはエイプリルと仕事がしたいらしい。依頼が空いているのも、きっと偶然ではないのだろう。しかしエイプリルはその気持ちに気付いていないのか、いつでも速攻で断るのだった。
「あっそ! せいぜいぷるぷる震えないよう頑張ることねっ!」
ふて腐れたアンナは、依頼も取らず、鼻息荒くして冒険者ギルドから出て行ってしまった。
「……僕でもアンナお姉さんの気持ちに気付けるのに……エイプリルお姉さんって、結構ポンコツだね」
「るー君に言われたくないよっ!」
◇
そうしてやって来たのは、街外れのあばら屋だった。あまりにぼろぼろの家で誰も住んでいないのではと思うような雰囲気だったが、飲み代踏み倒し常習犯はここに住んでいるとの情報だった。
「すみませ~ん、酒場の飲み代の件で来ましたエイプリルという冒険者です~。……返事がない。るー君、やっぱりこんなところに人は住んでいないんじゃ」
「いや、いる。息を潜めて僕達が去るのを待ってるよ。戦いの心得がある人間だろうね」
「戦いの心得……それでこんな依頼がD級扱いだったのかな」
物音一つしないあばら屋を見て、ギルベルトだけはそこに人の気配を感じ取っていた。大英雄が言うならと、エイプリルも粘ってはみたものの、返事は一切返ってこなかった。
「ふ~む困ったなぁ、一度引き返して作戦を……」
「突入して引き摺り出そう。その方が確実だよ」
「んもう、ダメダメっ、ちゃんとルールっていうものが――」
エイプリルはギルベルトの言った言葉が冗談だろうと、ツッコんたつもりだった。だがギルベルトはマジだった。子供用の木剣を素早く振り抜くと、それまでそこにあったあばら屋はすぽーんと見事に吹き飛んで、屈んで気配を殺していた男がいた。
「ほらいた」
「い……いやいやるー君『ほらいた』じゃなくてね!? 取り立てにもルールはあってですね!? っていうか突入ってこういうことじゃないよね!?」
エイプリルは常識外れなギルベルトに説教する。屈んでいた男は何が起きたか一瞬理解出来ていなかったが、その隙に駆け出していた。
「あ、逃げた。取りあえず足折って動けなくしとくのはいいよね。話はそれからってことで」
「簡単に足折っちゃだめだよ!?」
「そうなの? じゃあ顎揺らして気絶させればいっか」
止める間もなく、ギルベルトは一瞬で逃げた男に追いついて気絶させていた。
こんなものは、まだ序曲に過ぎなかった。
幸いあばら屋だったため増えた借金は微々たるものだった。このままでは夕飯にありつけないと、続いて街でたむろするチンピラに注意を促しに行くが――
「はっはっは、なんだこのガキ、ダッセェおもちゃの剣なんか差してよぉ」
「お姉さんごめん、この人は殺すね」
「ダメだよるー君!?」
ギルベルトが全員ボコボコにして病院送りにしていた。
そうして次々と依頼を受けた二人はものの数分で解決していった。大英雄ギルベルトの非常識なやり方で。
やがて日が暮れる頃には、大勢の怪我人と、瓦礫の山を築いていたのであった。
「えへへ……ボス、今日一日だけで一〇〇件の依頼解決出来ました。これでC級に昇格出来ますよね!?」
「凄いぞエイプリル! あれだけ溜まっていた仕事をこんな短時間で解決しちまうなんて!」
冒険者ギルドに呼び出されたエイプリルは、ギルベルトを連れて仕事の報告をする。ギルド長の椅子に座るアプリコットは、怒濤の活躍をしたエイプリルを褒めちぎった。
「……なーんて、言うと思ったか」
――かのように思えたが。幾重にも重なる請求書と、事故報告の書類の山に囲まれ、その小さな体はぷるぷると震えていた。
「とりあえずエイプリル、お前がなんか強くなったのは分かった」
やらかした本人のギルベルトだが、分かっている。あの震えは、怒りから来るものだと。それでもエイプリルは、最後の希望を捨て切れておらず――
「も、もしかして……借金チャラですか!?」
「んなわけあるかーっ! 借金は一〇〇倍! 冒険者の仕事もしばらく禁止だーっ!!」
アンナにぷるぷる震えないようにねと言われたが、怒りに震えたのはアプリコットだった。
いつか来る別れの時。それは当分――いやもしかしたら、一生来ないことも考えられるのだった。




