平和と犠牲と
サブタイトル変更しましたが、展開の変更はありません。
「実は俺、おっさんなんだ。50のな」
「ほえぇぇぇぇ!? ――って、それ三回目だよ! もうっ、お姉さんで遊ばないの!」
「す、すまん、面白くてつい」
表情がころころ変わるエイプリルを見て、つい遊んでしまうギルベルト。このせいで冗談と取られてしまうかもしれなかったが、自分の正体――本当の年齢について、話を続ける。
「冗談はさておき、今言ったことは真実だ。信じられないのも理解出来る。俺が一番信じられないからな。だがまぁ、事実だ。破滅をもたらす存在と決着を付けて死んだと思ったら、次の瞬間には君に声をかけられていた。これ以上は俺にも説明出来ない」
このまま隠しておいてもいいかもしれないが、どうにもエイプリルは面倒身が良すぎる傾向があり、何かと甘やかしてくる。早めに中身がおっさんであることを言っておいた方が、お互いのためだろうと切り出したのだった。
「ええーっ! そ、それ本当に? じゃ、じゃあどうやって復活して――大英雄の魔法、とかだったり……?」
「いや、いくら英雄といえど、摂理を越える魔法は使えない。神の力かとも考えたが――神雷剣を受け取った頃には、神は全ての力を失いつつある状態だったからな、それも違うだろう。だから説明出来ない」
寝る体勢だったエイプリルは体を起こした。眉を曇らせて、聞きにくそうに質問する。
「その……死んだ、っていう記憶は、確かなの……?」
「確かか、と言われると、答えるのは難しいな。……そうだな、あの戦い――『破滅の日』のことを、少し話すか」
最期の戦いを思い出すギルベルト。静かに語り出す。
「かつてない戦いだった。あの戦いで初めて七人の英雄が共同戦線を張り、各国の兵団を率いて決戦の地に臨んだが、辿り着く前には兵団は瓦解。残ったのは俺を含む七人の英雄のみとなった。破滅をもたらす存在へと飛ぶゲートを見つけたのだが、そこでも激しい抵抗を受けて皆散り散りになって……奴の場所に辿り着いたのは、俺だけだった」
あれだけの近さで太陽を見たのは初めてだったなと、ギルベルトは虚空を見上げる。
「俺は全ての力を解放して奴を倒した。だが……ゲートは戦いの巻き添えで破壊された。逃げ場を失った俺は異空間と共に消滅した――そうして次に目覚めた時、君に声をかけられていたんだ」
破滅をもたらす存在を倒した後、ギルベルトは逃げ場を失った。そしてその直後に、何故かエイプリルに膝枕されていたところで気が付いたのだった。
「あの状況で生き残ったというのは無理がある。だからやはり、俺は一度死んだんだと思う」
壮大で、壮絶な話だった。淡々と語る彼を見るエイプリルの瞳は、どこか悲しげだった。
「……私はあの日、まだ故郷にいたよ。冒険者にもなっていなくて、赤く落ちてくる『空』を、ただ見上げることしか出来なかった」
エイプリルも夜空を見上げ、その日を思い出す。
「破滅が予言された『破滅の日』、世界中の人がお祈りしていて、私もその一人だった。まぁその、自暴自棄になって荒れた人や、予言を知らずに、赤い空が落ちてくるのを見て初めて知った人もいたりしたみたいだけど……世界の全ての人々が、その瞬間をきっと覚えていると思う」
世界の破滅は空からやってくるという予言が、数ヶ月前に駆け巡った。当初は信じる者も少なかったが、空に飛翔体が確認され、赤いそれが近付くにつれ、人々は予言が本物だと思い知ることになった。
だが、人々は最後まで希望を捨ててはいなかった。なぜなら――
「空で光が弾けた時、自分達は助かったって。七人の英雄達が世界を救ってくれたんだって」
数々の伝説を打ち立てた英雄達が、まだ存在していると信じていたからである。
「改めて、ありがとうるー君。あなたがいたから、今の私は――世界はある」
「別に、誰かを助けようとしたわけじゃない。ただ沢山の剣が無残に破壊されていく様を見たくなかった。……それだけだ」
ぶれない男はしかし、照れくさそうに視線を逸らして言うのだった。
「そっか、それが破滅の日――『七年前』の出来事だったんだね」
何かしれっと、エイプリルが重要なことを言ったのにギルベルトは気付く。
「……七年前!? あの戦いから七年が経っているのか!?」
「そうだよ! あの時私はまだ一三歳の子供だったなー、いやー若かった~……って、もしかして知らなかったのっ!?」
当たり前のように話すエイプリルだったが、ギルベルトにとっては初耳だ。あの閃光に包まれてからすぐに目が覚めて、彼女に膝枕されていた。経過していたとしても、せいぜい数日だろうと考えていた。
「……じゃあ俺は、七年間どうしていたんだ……? まさかあの川辺でずっと眠っていたのか? いや、そんな状態で生きられるわけが……腹だって減る」
七年もの間あの場で眠り続けて生きていけるかといったら無理な話だろう。魔物もいて飲み食いもせず、眠り続けるだけで生きるなど――
そこで、ある考えに至ったギルベルトは、唐突に神雷剣で右手の甲を切り裂いた。
「いきなり何してるのるー君っ!?」
「温かい血が噴き出している。心臓も動いているし、俺が生き返ったことは間違いない……か」
自分が生きていることを試すための行為だと、その言葉でエイプリルも気付いた。
「回復薬持ってて良かったー! もうっ、るー君はちょっと非常識なところあるよ! ……それとも、大英雄ってみんなこうなの?」
それにしてもやり方が過激だった。表情一つ変えない彼を、小言混じりに手当した。
「う、すまん。――ところで一つ聞きたいのだが、『大英雄』というのは、俺を含めた七人の英雄のことでいいんだよな? 俺の記憶とは少し呼び名が変わっているのだが」
「あっ、うん。元々は剣の英雄、弓の英雄っていう風に七人の英雄を称えていたんだけど、破滅から世界を救ったその日から、自然とみんな『大英雄』って呼ぶようになったの。もちろん、普通に英雄って呼ぶ人もいるけどね」
「なるほど、俺が死んでいる七年の間に起きた変化だったか」
その言葉に、エイプリルは少し寂しそうにする。
「七年か……やはりどうにもすっきりしないな。復活する魔法も手立ても存在しない、なのに俺はこうして復活した。どうして、七歳くらいのこの体で蘇ったのか。……必ずどこかに、その答えを知っている者が存在するはず――ぶふっ!?」
エイプリルは話の途中でギルベルトを抱き寄せた。大きな胸で包み込む。
「大丈夫、お姉さんがついてるから!」
「そ、そうか、ありがとう。だが俺は中身おっさんだ、あまりこう、若い女性がおっさんに密着するのは――ぶふぅ」
「そんな小さな事気にしないよ! るー君は着替えの時とかちゃんと後ろ向いててくれたし、良い子なのも知ってる。それに、正体を隠すつもりなら、こうしていた方が見ている人からは自然に映るはずだしね!」
なんという包容力か。それでも線引きはしておいた方がいいとも思うギルベルトだが。
「借金あるから逃がすわけにいかないしね……!」
「そっちメインか」
包容力なんてなかった。
エイプリルの毛布に引きずり込まれたギルベルトは、その時ふと、尋ねる。
「そういえば、他の英雄――大英雄達は、あの後どうなったんだ? 生きているのか?」
大英雄博士と呼ばれるエイプリルのことだ、ギルベルト以外の大英雄のことも知っているだろう。得意そうに語り出すと思いきや、言い辛そうにエイプリルは口を開いた。
「……えーっと、その……全員の行方が分かっているってわけじゃないんだ。七年経ってから大きな戦いがあったわけでもないから、活躍しているという話も伝わってこなくて……」
戦いがなければ伝わってこない。皮肉なものだった。
エイプリルはここで話を切ろうとしたのだが、ギルベルトは続きを促すように、彼女の胸の中から視線を送る。
「確実なのはその、剣の大英雄のるー君と、それと……杖の大英雄は……あの戦いで亡くなっていて……」
「……そうか。ありがとう、何となく気になっただけだ」
それだけ聞いたギルベルトは話を打ち切った。
そうだろうなとは思っていた。あの戦いで散り散りになった英雄達。無事ではない者も多いだろう、と。
「お姉さんがついてる!」
「わ、分かった分かった、ぎゅってしないで暑い!」
どこか寂しそうなギルベルトを、エイプリルは抱き締める。結局今晩もエイプリルの胸の中で眠るのかと、ギルベルトは諦めるのだった。




