冒険者・エイプリル
大暴れしたギルベルトは、こっそりとエイプリルが拠点とする宿屋に戻り、身支度を調えていた。
「さて行くか。またお前に会うとはな、シンちゃん。ただウッディー、君とはここでお別れになる。寂しいが……仕方ないよな、君はこの村の物だしな。……仕方……ないけど……ぐうぅ、連れて行きたい……!」
普通の子供のように静かに暮らしたいギルベルトは、とっととこの場を離れなくてはならない。なのだが、剣のこととなると途端に決断が鈍るのがこの男の性でもあった。
「ギルベルトさ……君。どこへ行くの」
そうやってもたもたしている所に、エイプリルがやってきてしまっていた。胸元は切り裂かれ、下もパンツ姿のまま、部屋にいた少年に声をかけた。
当然、大英雄博士と呼称されていた彼女は、少年の正体に気付いていることだろう。ギルベルトと呼んだのは、そういうことだ。
「信じられないかもしれないけど、俺は……いや、僕はもう、戦いから離れたいんだ」
振り返らず、肩越しに答えるギルベルト。日は落ち始め、呼び出した雷雲もあって部屋は暗かった。
「誰も僕のことを知らない静かな場所で、一人で、静かに――」
「助けてくれて、ありがとう」
ギルベルトの背中に、柔らかさと、生の体温が触れる。エイプリルが膝を付いて彼に抱きついてきたのだ。腰に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。
「お姉さんを助けたわけじゃ……神雷剣のことを耳にして、そこにたまたまお姉さんがいただけで」
「それでも、私を、みんなを助けてくれたことに変わりないよ、ありがとう。しかも、戦うのが嫌なのに無理してまで……」
「べ、別に嫌ってほどじゃ……それにあれくらい、遊びだし」
あまり人付き合いをしてこなかった男は、当然女性経験も浅い。肌と肌を密着させられて鼓動が高鳴る。何より、おっぱいが背中越しでやばい。
「背丈も年も、本で読んだものとは全然違うけど……やっぱり君は、本物のギルベルト様、なんだね」
「……うん」
背中に抱きついていたエイプリルはギルベルトを自分の方に向かせると、目を見てそう聞いてきた。もはや隠すことなど出来ないと、ギルベルトは素直に答えた。
「お姉さん、お礼がしたいな。何してほしい? 何でもしてあげるよ」
エイプリルの申し出に、ギルベルトは一瞬で色々な妄想を膨らませてしまった。前屈みになった彼女の大きめな胸が、強調される。
「べ、別にお礼とかいらないし。ていうか服着なよ、そんな姿でそんなこと言われたら、その……」
「あ、ご、ごめんね! すぐに着替えるから」
しかしギルベルトはその甘い誘惑を断ってしまった。おっさん時代だったら制御が効かなかったかもしれないが、子供だからか、はたまた目覚めたばかりだからか、あまり性欲というのは湧かなかった。ただ、ゼロというわけではなく、何か股間の辺りがムズムズとはしていた。性に目覚める前だから、ということにしておいた。
とにかく、こう見えて中身はおっさん。騙しているような気がして気が引けてしまい、断ったのだった。
「えっ、ここで着替えるの!?」
「うん。どうせもう色々見られちゃってるし、子供だから大丈夫、だよね?」
大丈夫ではないと、ギルベルトは振り返って壁を見続けることにした。一瞬見えたエイプリルの乳房はとてもたわわなものだった。やっぱりおっぱいはやばい。
「るー君はこれからどうするの? 静かに暮らすって言ってたけど、どこか行く当てとかあるの?」
「いや、何もないよ。……まぁ、この姿だしね」
「じゃあ、お姉さんに付いてくる?」
女性が着替える生々しい音を背後に、そんな提案を受ける。彼女には正体を知られたため、出来れば別れたいところだった。
「子供が一人でうろうろしてたら、きっと色んな人に怪しまれると思うよ。これからお姉さんはグレンデールっていう街に向かう予定なんだけど……どうかな?」
「それも――そうか。分かったよ、とりあえず街まで付いてく。そこでどうするか考えようかな」
子供が一人で街道を旅するのも悪目立ちする。ここはひとまず、エイプリルに付いて行くことに決めるのだった。
着替えを終えたのだろう、部屋が静かになり、ギルベルトは振り返る。途中何やらガチャガチャと金属音などもしたが、随分大袈裟な着替え方だ。まるで、今すぐにでも旅に出るような。
「ちゃんと後ろ向いててくれてたんだね、偉い偉い。……って、大英雄様に失礼だよね、ごめんね。私、一人っ子だったんだけど、何だか弟が出来たみたいで、つい」
「別に気にしないよ。そっちの方が自然だし」
少しの間とはいえ、これから一緒に旅をするのだから、周りに怪しまれないような振る舞いに慣れた方がいいだろう。それにギルベルトは、あまり畏まられるのも好きではなかった。
「それじゃ、行こっか!」
「えっ、今から? もう日が落ちるけど……」
着替え終えてから疑問には思っていたのだが、エイプリルは全ての荷物を抱えて旅支度を終えた姿だったのである。やたらガチャガチャしていたのは本当に旅に出るための準備をしていたからのようだが――日も暮れ始めた今から出発するつもりらしい。エイプリルはギルベルトの手を取って、部屋の扉をゆっくり、まるでこっそり抜け出すかのように、音を立てずに開いた。
「おや冒険者殿、どこにも姿がないと思っていましたが、もうお部屋に戻られていましたか」
「そ、村長氏っ! え、え~っと……どうかされました?」
扉の外には村長が立っていた。出口を封鎖するように立っていた姿は、『待っていた』という表現の方が正しいのかもしれない。
「それはもう、先程の礼をと思いまして。あの悪人共を懲らしめていただき本当にありがとうございます。彼らは村の男達が縛り上げ、見張っていますので心配はご無用です。その上魔物まで駆除していただき、感謝の言葉だけでは足りないくらいでございます」
村長はにこやかな笑顔で感謝を告げる。そして、一枚の羊皮紙を手渡した。
「そんなあなた様に大変心苦しいのですが――壊した酒場の修繕費諸々を、弁償して頂けませんでしょうか」
偽ギルベルト一行との乱闘騒ぎは、中々に激しいものだった。その過程で、幾つものテーブルや椅子、カウンターを破壊し、最終的に壁に大穴を開けてしまった。
多くの酒も駄目にしてしまったその請求を、エイプリルにしてきたのである。
「あ、あれはその、不可抗力と言いますか……そもそも、あれをやったのは私じゃなくて、ギルベ――」
いきなり少年の正体がバレそうなことを言いかけるエイプリル。乱闘の現場には村人も少なからずいたが、正体まではバレていない。本当にこの人に付いていって大丈夫だろうかと不安に思っていると、村長が遮るように言葉を被せてきた。
「分かっております、分かっておりますとも、悪いのは全てあのギルベルトを名乗る偽物でございます。あの一行の持つ僅かな蓄えからも、もちろん修繕費用は回収します。ですがそれでは全く足りないでしょう。我々の村は小さく、貧しい村。酒場一つ直すのにも多くの財産を手放さなくてはなりません。」
村長は揉み手で続ける。
「弁償、していただけますよね? 出来ないと仰るのであれば、そちらの冒険者ギルドに掛け合わざるを得ないのですが」
「……も、もも、もちろん、弁償しますとも。決して、今から村を出て、うやむやにしようなんて思ったり、ししし、してませんからね、おほほほほ」
旅の準備を済ませていたエイプリルは扉を閉めて、会話を終わらせた。
「し、知らなかった、物を壊したら弁償をしなくてはならないのか。――お姉さん、払えそう?」
酒場での乱闘なんて、戦いの繰り返しだったギルベルトにとっては珍しいことではない。しかし、その後の弁済などは彼の部下か誰かが手配していてくれたのだろう。世の中の仕組みを知ったギルベルトは驚きながら、エイプリルに尋ねる。羊皮紙を受け取っていたエイプリルは、それを見て首をブンブンと左右に振った。
「D級冒険者の仕事、一〇〇件分ですね……とても支払える額じゃありませんね……」
「そ、そうか、何かごめんなさい。僕の蓄えは……剣のコレクションでそんなにないし、この姿で引き出せるわけもないか」
お互い経済的な余裕などなかった。するとエイプリルはギルベルトの目の前にしゃがみ込んで、真っ直ぐに目を見てこう言った。
「夜逃げしよう!」
「それやっちゃダメなやつだよね」
さすがのギルベルトでも理解出来たが、エイプリルの目はマジだった。ギルベルトの体を小脇に抱えると、窓を勢いよく開け放つ。
「おや、どうしました冒険者殿。まさか夜逃げなんてなさらないですよね?」
「あ、あらまぁ村の皆さん。月が綺麗だな~なんて、眺めていただけで、決して夜逃げしようだなんて思っていませんことよ、うふふふふん」
窓の外では、村の住人が見張っていた。
辺りにはまだギルベルトの出した雷雲と剣が空に浮いていて、遅れてやってきた魔物を今でも自動で迎撃している。月が綺麗かなんて分かるわけもなく、風情もへったくれもあったものじゃなかった。
「逃げ場なし、か。仕方ないね」
窓をゆっくり閉めるエイプリルは、観念したのか笑顔を作る。だが一変、「ハァ、ハァ……!!」と、段々と息づかいを荒くして、剣を抜いた。
「いっそ村長を始末してっ」
「いやだめだろ」
冒険者エイプリル。綺麗な見た目に反して、意外とボケボケなお姉さんなのだった。




