エピローグ(前)
山賊の襲来から一週間が経った。各所で復興作業は続き、街は徐々に以前のような活発な空気を取り戻していた。
「ボス、ただいま~。言われてた地区の住人確認やってきましたよー」
「んむ、ご苦労さん。その様子だと紛れた山賊はいなかったみたいだな」
ギルド長室にはアプリコットと、仕事から戻って来たエイプリルがいた。二人はかの戦いで大怪我を負ったものの、回復薬や回復魔法によって以前の調子に戻っていた。
進撃してきた山賊は、ギルベルトの魔法によって大抵が倒され、その後の冒険者と騎士団の共同作戦で、ほぼ全ての山賊は殲滅された。しかし、門の突破を許した時のように潜伏している者がまだいる可能性があるとして、こうして住人の確認を行っているのだった。
「ま、仮に紛れていたところで、あたし達でとっ捕まえるだけだけどな。イムセルはもちろん、周囲の山賊はほぼ壊滅したし、わけないことだ」
「被害は決して小さくはないけれど、結果的に山賊問題は解決したわね。――ただいま、ボス、エイプリル」
「お、アンナもちょうど帰ってきたか」と、アプリコットはギルド長室に入ってきたアンナに言うと、続ける。
「牢屋が足りんくらいだ。幹部以外の配下はパサデナに引き取ってもらう始末だしな。イムセルなんてでかい図体してるからぴったりの牢屋探すのに苦労したぞ」
周囲の山賊はほぼ壊滅し、山賊問題は解決した。どちらかというと、捕らえた山賊が大量すぎるという問題もあったが、近隣都市に移送したりして対処していた。
「――で、ヨハンはどうなった?」
「ええ……早々に処刑が確定したわ。イムセル兄弟にアラン山賊団の頭領、それに私の証言。山賊を扇動した罪やら仲間殺しやらで、あの男はパサデナの国賊となった。ついでにウチに捕らえられていた囚人も一人殺されてたみたいだけど」
ヨハンは大罪人としてパサデナでの処刑が確定した。事件発覚後、貴族と奴隷の街のパサデナは新たな指導者を擁立し、すぐにグレンデールに陳謝した。街の復興費用に人員、そして変わらぬ友好関係を築きたいと申し出てきて、グレンデールはその全てを寛容な態度で受け入れていた。
「そうか。あの男の支持者もいそうなものだが、意外ともつれなかったな。新たな友好条約も結んだし、とりあえずこれで両都市の関係は改善されたな。新任の代表が、話の分かる奴で助かった」
「氷男の奴、ほとんど単独で動いていたんでしょうね。あいつの側近も、大英雄になるためだとは知らなかったみたいですし。処刑か。……いい気味だわ」
そういうアンナはしかし、どこか口惜しそうだった。彼女はヨハンに勝負を挑み、負けた女性。リベンジを果たせないことを、もしかしたら心残りとしているのかもしれなかった。
「全部丸く収まって良かったね! めでたしめでたし!」
「良くないよ……はぁぁぁぁ~……」
エイプリルが締めくくろうとした時、とても深いため息が聞こえてきた。金髪の少年、ギルベルトだ。彼はいつもの雑用業務のため、実は部屋にずっといたのだが、失意のどん底にいるためか、気配が消えていたのである。
「シンちゃん……うぅ……この七年で乱暴に扱われたりしたんだろうなぁ……僕がずっと傍にいた頃はこんなことなかったのに……はぁぁぁ……」
「るー君、一週間経ってもその悩み続いてたんだね……」
先端がほんのちょびっと欠けてしまった神雷剣。問題なく魔法も使える程度の些細なものなのだが、剣大好きおじさんギルベルトは一週間経っても気に病んでいるのだった。
「あたしが腕の良い鍛冶屋を紹介してやるよ。そんなことよりも、だ」
「ギルベェ君。あなた、本――っ当に、剣の大英雄ギルベルトではないのね?」
ギルベルトの活躍なくして、今のグレンデールはない。他の冒険者や騎士団員は後退していたためどうにか目撃されなかったが、アプリコットとアンナにはがっつり見られていたのだった。
「……ち、違うよ」
「るー君、お姉さんそれ苦しいと思う」
黙っているという約束を結んだエイプリルだったが、ツッコんだ。
「ヨハンははっきり言って、全盛期のあたしでもやれたかどうか怪しい実力の持ち主だった。そんな半分大英雄みたいな化け物を平然と倒すなんて、じゃあ他に誰がいるんだ? 女装させるぞ、んん?」
「ギルベェ君、正直にお姉ちゃんに告白しなさい。さもないと……女装してもらった後に、すごくて気持ちの良いこと、しちゃうわよ」
「だからそれハイレベル過ぎるって! ……ひ、人違いということにしといてくれ……」
別にこんな確認をしなくとも、アプリコットとアンナは勘付いている。しかしギルベルトが絶対に認めないために、こうしたやり取りがしばらく繰り返されているのだった。
「……まぁ、話したくない理由があるなら、お前はこれからも冒険者ギルドの雑用・ギルベェとして扱ってやるよ。女装は諦めんけどな」
「エイプリルがいつも言ってる大英雄の特徴とも一致しませんしね。おじさんの年齢のはずなのに、ギルベェ君は完全に子供だし。――気持ち良いことは、それとはまた別にしちゃおうかしら」
そうして、二人はこれからも少年として向き合うことに決める。歪んだ性癖は相変わらず向けられてしまうギルベルトではあったが。
「さて、それじゃあギルド長として最後の仕事をするとしますか! ――アンナ、B級昇格おめでとう!」
話を終わらせたアプリコットが、アンナの昇格を祝った。傍のエイプリルが拍手を送りつつも、「ぱちぱちぱち!」と、口からも賛辞を送っていた。
「全ての書類すっ飛ばせばすぐにでもなれたんだが、良かったのか?」
「街の復興が一段落するまでは、後でも構わないと言ったのは私ですから」
「そうかっ! お前はB級に相応しい冒険者だよ、アンナ」
アンナは晴れてB級冒険者となった。新しい冒険者の証を受け取り、アンナは嬉しさが表情から零れていたが、すぐに引き締めた。
「いえ、まだまだです。私よりも遙かに上の魔法使いを見てしまいましたからね。これからもっと強力な魔法を覚えて、もっと力を付けなきゃ。……(今度は私が相棒を守れるような、強い魔法使いになるためにね)」
「ほほー、それは誰のことですかな!?」
「ひ、独り言を拾うなっ」
エイプリルにぐいっと迫られ、アンナはツッコむ。そして最後にもう一つ、ギルベルトの方を向いて白き魔女はこう呟いた。
「これからは炎以外も鍛えなきゃね。――良い先生も近くにいるし」
「うっ……嫌な予感が……」
静かに暮らしたい少年の毎日に、新たな影が忍び寄っているのを、ギルベルトは察するのであった。
「これであたしの仕事もお終いだ。後は新任に引き継ぎするだけだな。いやー、肩の荷が下りた!」
アプリコットが大きく伸びをする。その尻尾は嬉しそうに、跳ねるかの勢いで揺れていた。
「そっか~、ボスがギルド長を務めるのって今日までなんだよね。何だか寂しい」
「何言ってるエイプリル、ランクは違うが、明日からお前らとはライバルだぞ。現場仕事で勘取り戻して、お前らなんか即置いてけぼりにしてやるからな!」
「うぅ、こわ……。新任のギルド長って、どんな人なんです?」
アプリコットはイムセルとの戦闘中、辞めることを心に決めていたが、すぐにそれを実行に移していて、今日がギルド長として最後の日でもあった。エイプリルは、新任について尋ねる。
「あたしの知り合いで、正確には忘れたが年はだいぶ上の人だよ。なんと二児の母だ、ママさんだぞママ」
「ほえー、ママさんですか! ボスの知り合いってことは、強いんですか!?」
「もちろんA級冒険者で強いぞ。子供の方は二人とも男の子らしくて、一人目はもう自立しているはずなんだがな、この度二人目を妊娠・出産したんだと。その産休明けに、子供と離れなくてもいい仕事を探してたって話聞いて、来てもらうことにした。明日に旦那と到着予定だ」
新任は母の顔を持つA級冒険者らしい。年がだいぶ離れた兄弟を持つようだが――ともかく、後任がすぐに見つかったら、アプリコットはこうしてギルド長の任から離れることが出来たのだった。
「しかしそうなると……あなたのことは何と呼べばいいのかしら。アプ……名前呼びは、怒りますよね?」
「ノー! 名前呼びはダメ! あたしみたいな女がア、アプ、アプリ……なんて、可愛すぎて恥ずかしいだろっ!」
「可愛すぎて、ねぇ。照れてるのか自慢してるのかよく分からなくなってきたわ」
アンナにツッコまれたアプリコットは顔を赤くしつつ、ギルベルトに話を振る。
「なんかないのか、ほれ。ギルベェ、お前はどう思う?」
「えっ、僕が決めるの? うーん、ボスの新しい呼び名……」
突然振られたギルベルトは少しの間考えて、彼女をこう呼んだ。
「姐さん、とかどう?」
「……大英雄のくせにネーミングセンス普通だなー」
「ひ、人違いだからね!」
考えてた割りに普通だったので、アプリコットは軽くツッコむ。しかし、直後に笑ってこう言った。
「だがまぁ、シンプルでいいな! お前ら、あたしのことは今日から姐さんと呼べ! 決して本名で呼ぶんじゃないぞ、いいな!」
「了解ボス!」
「いやエイプリル、今姐さんって言ってたでしょ」
こうして新しい呼び名が決まったのだが、エイプリルはいつまでも今の呼び名を続けそうな雰囲気なのだった。
「話が逸れちまったな――んじゃ、最後にエイプリル、お前のランクアップを発表する! アラン山賊団の残党退治やらが評価されての結果だな! いくぞっ! どぅるるるるるるっ……!!!」
「待ってましたーっ!! これで私も晴れてC級冒険者だーっ! やったねるー君、明日からちょっとおいしいお夕飯食べられるよ!」
実はランクアップの話はエイプリルにもあった。一〇〇件解決したのはルール違反なのでカウントされていないが、山賊退治で尽力し、アラン山賊団残党を撃滅した功績が評価されてのことだった。
「じゃんっ! E級おめでとうエイプリル! 今後もしっかり励めよ!」
「うわーいE級だーって、E級ってなんでですかーいっ!!!」
エイプリルはノリツッコミで間違いを指摘する。
「もうやだなーボス、そりゃあ私はアンナに比べて弱っちぃですけど、元々はボスにオマケしてもらってD級の地位を獲得していたんですよ? その私がE級って……それじゃあ一段階ランクダウンしてるじゃないですかーいっ、ですよ!」
「うんにゃ、ランクアップだ。……いいかエイプリル、落ち着いて聞け」
と、アプリコットは一から経緯を説明し始めた。
「まずD級の依頼をルール無用でめちゃくちゃに解決した件。これでEランクに下がった。そしてアクトン村での杜撰すぎる報告でもう一段下がって最低のF。そして、アラン残党を退治してEに。……な、ランクアップしてるだろ?」
「え、マジ話ですかこれ」
スっ、と、アプリコットから新しい冒険者の証を渡される。そこには紛う事なきEの文字が刻まれているのだった。
「頑張って、エイプリル。……ぷくく」
「常識は守らなきゃ、エイプリルお姉さん」
「ほぼ君のせいだからねるー君!? ふぇーん! またバイトと掛け持ちの日々が始まるーっ!」
全てが丸く収まったはずが、彼女だけが手痛いしっぺ返しを食らうのだった。
エイプリルのバイトという単語から、ギルベルトは一つの約束を思い出し、新しい呼び名の彼女に聞く。
「そうだ、姐さん。僕らの借金って?」
「ん? 約束したろ、チャラにしてやるって」
エイプリルはランクダウンしたものの、彼らが背負っていた借金は約束通り、帳消しにされているのだった。
つまりそれは、ギルベルトとエイプリルを繋ぐ鎖が、なくなったことも意味している。




