エピローグ(後)
夕焼けに染まるグレンデールの空。一日の仕事を終えた人達に混じって、ギルベルトはエイプリルに手を引かれながら帰路に着いていた。
「そういえば、弓の大英雄シルビアさん、すぐに帰っちゃったね。本当に婚活パーティの約束で来ただけだったんだね、しかもその相手があのヨハンって知って、お姉さんびっくりしちゃった」
山賊の襲来の終盤、弓の大英雄はグレンデールに顔を出した。婚活のために来たという彼女のお相手は、なんとヨハンだった。
「ヨハンは、『もう一つ仕込んでいた』、なんてことを言っていた。恐らくそれがシルビアなのだろうな。シルビアに現場を確認させるためなのか、或いは彼女と力比べでもして無理矢理説き伏せるつもりだったのか……もう確認のしようがないから本意は分からないが、恐らく、ヨハンの目的のもと、呼び出されたのだろうな」
おっさんモードになったギルベルトはそう推測する。両者ともグレンデールにはもういないので、真意のほどは分からなかった。
「やっぱり弓の大英雄の方が強いんだよね?」
「当たり前だ。ヨハンの腕も優れてはいたがな、きっと圧倒されていたことだろう」
同じ大英雄として、数多の戦場を駆け巡ったギルベルトは、弓の大英雄の実力も当然知っていた。
「じゃあ、るー君とシルビアさんだと、どっちが強いの?」
エイプリルは興味本位でこんなことを聞いてみた。ギルベルトは、答える。
「さあな。他の英雄もそうだったが、敵対した時、決着が付くことの方が珍しかったからな。だが――七年経てばお互いの実力も変わっている。そればかりは、やってみないと分からない」
そう言うギルベルトの表情は笑っていた。戦いを嫌いと口では言う彼だが、その心根は戦い大好きな血の気の多いおじさんなのである。
「そっか、るー君が一度……死んでから、七年経ってるんだもんね。例の復活の大魔法も結局――」
「ああ、俺が復活した理由とは別だった。大魔法を使う使わない以前に、ゲルタは研究成果を出していた。『魔法では奇跡に至らない』――あの魔法書は、そう締めくくられていた」
ギルベルトが追い求めていた、自身の復活の理由。それは杖の大英雄・ゲルタの魔法書によるものではなかった。
「残念だったねるー君、答えが見つからなくて……」
「そうでもない。今ではぐっすり眠れている」
復活の大魔法が気になって夜も眠れないギルベルトだったが、結局関係なかったと分かって、不眠症から解放されているのだった。
「復活の大魔法なんてなかったって考えると、ヨハンがやったことって、全部無駄だったってことだよね」
「もしもヨハンがゲルタ以上の魔法の使い手であったならば、可能性はあったかもしれないが――その腕前はなかった。少なくとも、俺の復活には関係のないことだとは分かった」
結局、一連の騒動ではギルベルトの復活の理由は分からないままだった。
「どうして俺は復活したのか……俺がこうして復活したのなら、同じように死んだゲルタも、もしかしたらどこかで――」
そこまで考えて、ギルベルトは少年の顔に戻った。
「なんて、別にいいや。僕は、剣と一緒に静かに暮らせればそれでいいんだから。ねー、ウッディー、シンちゃん! ……ムフフっ」
そう、彼の願いは、剣と一緒に、子供のようにして静かに暮らすこと。肌身離さず身に付けている二本の剣に、かつて大英雄と呼ばれた少年は微笑みかける。
復活の謎に対する興味は完全に消えたわけではないが――
「さて――るー君はこれからどうするの」
エイプリルは不意にギルベルトから手を離して、彼の前に回り込んでそう言った。後ろの夕陽がちょうど彼女と重なって、栗色の髪の一本一本が風に棚引く様子が見て取れる。
「借金は帳消しにしてもらって、この街で七年後の今の世界のお話とか色々聞けて。静かに暮らしたいなら、この騒がしい街と――お姉さんみたいな冒険者は、正反対だと思うんだ」
エイプリルは笑顔で言う。努めて笑顔で、ギルベルトの願いを叶えてあげようと、その背中を押して上げる。
「だからここで――バイバイ、なのかな」
本心ではないことが丸わかりな表情で、別れを切り出す。
「そうだね」
ギルベルトはそんな彼女を見て、平然と答える。そして続ける。
「山賊に襲われたり、大英雄の弟子と戦ったり、冒険者のお姉さんの仕事を手伝ったり。それらは僕の願いとは正反対で、静かに暮らすなんて到底出来ないことだよ」
二人には夢がある。それは、交わることのない異なる夢。
一人は、剣に囲まれた静かな生活。
一人は、立派な人間に――大冒険者になって、親友と共に歩むこと。
だから――大英雄博士と呼ばれるエイプリルであっても、夢の異なる彼とは一緒に行けない。どこかで、別れなければならない。
「どこか辺境の村で暮らすのが、僕の理想なんだ」
今がその時だとエイプリルは知り、夢を追う彼の背中を押した。
最後くらいはと努めて笑顔を見せたが――素直な彼女の目からは、一筋の涙が零れていた。
「けど――」と、ギルベルトはそこで一つ区切った。少し照れた様子で、最後にこう伝えた。
「この街も悪くない」
「――えっ、そ、それって」
感情が溢れてくる。
「バイバイはしないよ、エイプリルお姉さん。これからもよろし――ぐえぇ」
「るー君っ……泣かせるなこのやろーっ、大好き!」
ギルベルトは、この街でエイプリルと共に暮らしていくのを決めた。
夕陽を背にした彼女は、ギルベルトに愛情の限りで抱きつくのだった。
次回に続く風なセリフがありますが、今回で最終回という形にしようと思っています。
もしかしたら一から書き直すかもしれませんが、とりあえず次は新作に取りかかろうかと考えています。
たくさん反省点もあったので、次回作でそれを活かせればな~、と思ったり……
とにかく、ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




