七人の大英雄
互角だった二人の男の戦いは、一気に形勢が変わっていた。
「どうした、動きが緩慢になっているぞ! ――〝アイスソード・レクイエム〟!」
「る、るー君っ!」
杖による打撃からの、氷の剣の葬送曲。華麗な連続技に、ギルベルトは容赦のない猛攻に晒され続けていた。
「何のつもりだ、女」
今まで無敵と言っていい活躍を見せてきた少年が、この男には手も足も出ないでいる。そんな男に戦いを挑んでも、無駄死にするだけ。
「るー君を――いじめるなっ!」
事実を考えるより先に、体が動いていた。エイプリルは少年を守るため、二人の間に立っていた。
「ダメよエイプリル! あなたじゃ、殺され――」
「邪魔をするなら、まずお前から殺そう」
アンナの制止の声よりも速く、ヨハンの魔法が放たれていた。鋭い氷の剣が、首を引き裂こうと襲いかかる。
「危な~っ! もう少しで死ぬところ……って、あーっ! 盾がぶっ壊れた!?」
「少し加減しすぎたか……?」
いくつもの首を落としてきたヨハンの魔法を、驚くことにエイプリルは防いでいた。先のヨハンの一撃は雑兵を殺すには十分な魔法だったのだが、これもギルベルトの攻撃を受け続けた結果だろう、彼女には不十分な魔法になっていた。盾は跡形もなく壊れてしまったが。
「氷男! 私はあんたの師匠のことなんて知らないけど、こんなことをしてゲルタを復活させても、絶対に喜ぶわけはないわ!」
気絶しているアプリコットを抱えながら、アンナはヨハンの気を逸らそうと叫んだ。下手をすれば自らの死を招くが、相棒のためなら惜しくはなかった。
「師の――ゲルタの意思などどうでもいい。大英雄を復活させたという『実績』が重要なのだ」
ヨハンはアンナの呼びかけに答えつつも、エイプリルと――そしてその奥にいるギルベルトに向けて、一本の巨大な氷の剣を放つ。
「えっ、るー君、危な――!」
彼女の危機を察知してかどうなのか。背後で倒れていたギルベルトは起き上がって彼女を横に退け、ヨハンの強烈な一撃をもろに受けるのだった。
「ギルベェ君! くそっ、実績って何よ! あんたは、一体何が目的でここまで酷いことをするのよ!」
「数の減った大英雄を、再び七人に戻すためだ」
アンナは必死に気を逸らそうと言うと、ヨハンはそう答えた。
「あの『破滅の日』を乗り越えられたのは、彼ら大英雄の力だけによるものだ。力なき民はもちろんのこと、腕利きの冒険者も、騎士も、皆が束になってかかったところで、太刀打ちできる存在ではなかった」
「〝アイスソード・エチュード〟」と、ヨハンは倒れているギルベルトに魔法を放つ。男の標的はギルベルトだけなのか、アンナやエイプリルには目もくれずに氷の剣を放ち続けていた。
「破滅の日を乗り越えてからの七年は、不気味なくらいに平和だった。人間同士の争いも、魔物の暴虐も訪れはしなかった」
ヨハンは細かい氷の剣の後、最後に巨大な氷塊を放ち、言う。
「だが次の七年はどうだ。このまま平和でいられるのか? もしも、『破滅の日』に匹敵するような驚異が再び迫ったとしたら、果たして人々に抗う力はあるのか。――力なき者達は、何に希望を見出し、すがればいいのか。七人いた大英雄は、五人に減っているのだ」
アンナが「ギルベェ君!」と、少年の名前を叫ぶ中、彼は締めくくる。
「だから杖の大英雄である我が師・ゲルタを蘇らせる。その『実績』で、『七人』揃う」
ヨハンが行動を起こした理由。それは、いつか来る未来に向けての行動だったのだ。
だがエイプリルは疑問を感じていた。猛攻に晒されている少年よりも、ヨハンの言うことが気になって仕方がなかった。彼女は大英雄博士。
「揃わないよ! だって剣の大英雄ギルベルトは、死んでいるんだ! 破滅の日から人々を救うために、命を賭けて戦ってくれたんだよ!」
その間違いは許せなかった。彼の死を間違えるということは、世界を救った一人を蔑ろにすることと同意だからだ。「……ま、まぁ、どこかで生き返ってるかもしれないけども……」と、エイプリルは小さく呟いた後、こう続けた。
「それともまさか、剣の大英雄も復活させて……」
「彼は復活しない」
ヨハンが短く言って否定する。そして、続けざまに宣言した。
「七人目の大英雄には、新たに私が選ばれる」
その宣言を聞いたアンナが、合点する。
「『実績』って……まさかあんた、大英雄を復活させる意味って、自分が大英雄になるために……!!」
「そうだ。大英雄を復活させた大英雄として、私は新たな七人目として人々に認められる。ついでに、グレンデールを襲った山賊と手引きした内通者をまとめて排除した実績を併せれば、それは揺るがないものとなる」
ヨハンの目的は、グレンデールの利権でも、大英雄の復活でもなかった。全ては、自分ただ一人が大英雄になるために仕組んだことなのだった。
「――そんな大英雄、私は認めないぞっ!!」
そしてエイプリルは、それを決して認めなかった。次元の違う実力差に怯えながらも、脚はしっかりと地面を踏みしめている。
「認めなかったからといって、たかが冒険者に何が出来る。これから殺される無力な君では、何も変えられはしない」
ギルベルトを片付けたヨハンは、うるさいエイプリルに矛先を変えた。盾を失った彼女に防ぐ術はないが、今度は加減をしないと言わんばかりに、巨大な氷の剣を発現させる。エイプリルはそんな剣を前にしても、残った自分の剣で立ち向かう。
「だってまだ、七人目はここに生きてるから!!」
「それならたった今死んださ」と、ヨハンはエイプリルに魔法を放った。圧倒的な力を前に、彼女一人では勝ち目などない。
しかしそれでも、冒険者エイプリルは諦めない。
彼女は氷の剣に、己の剣をぶつけて打開しようと試みた。
「今の君じゃ、剣を壊すだけだよ。――エイプリルお姉さん」
「えへへっ! 剣のことになるとやっぱり起きたね!」
間に入ったのは、ギルベルトだった。彼を信じて、エイプリルは戦ったのだ。
ただの木剣が氷の剣とぶつかり合う。強烈な波動が周囲を伝播したが、ギルベルトは氷の剣を真っ二つに切り捨てていた。傍のエイプリルはすっ飛ばされてしまっていたが、無事だろう、多分。
戻ったギルベルトはヨハンを睨み、こう言った。
「ヨハン。俺はお前を許さない」




