奇跡を起こす男
街の交差点で睨み合う、剣の大英雄ギルベルトと、杖の大英雄の弟子ヨハン。ギルベルトが、ふと何かを思い出して、背後のエイプリルに振り返った。
「そ、そうだった……エイプリルお姉さん、ここは僕がやるから、他の人達をどっかに行かせといて! あんまり大勢に正体ばれると困る!」
「ええ、こんな状況でもですかぁ……まぁ、るー君のお願いなら仕方ないねっ! ――みなさーん、一旦後退してくださいー!」
エイプリルが指示を出すと、冒険者達は後退した。ヨハンを正面からどうにかするのは無理だと皆思っていたのだろう、残った騎士団もそれを見て後退を始める。残ったのはエイプリルとアンナ、そして意識を失っているアプリコットだけだった。
「ア、アンナも下がった方が……」
「馬鹿言わないで! ギルベェ君を置いていくなんてこと――」
アンナが間に入ろうとしたその時には、ヨハンが鋭い一撃を繰り出していた。
「背後の隙を突いてきたか。やるね、ヨハンお兄さん」
「私の魔法を弾き返した……やはり只者ではなかったか、少年」
子供だろうと一切の容赦をしないヨハン。先の尖った氷の刃を放ったのだが、ギルベルトは振り向きざまにおもちゃの木剣でそれを叩き落としていた。ヨハンの魔法を防ぐなど到底無理だと知っていたアンナは、我が目を疑う。
「ではこちらはどうだ――」
辺りの部隊を壊滅させたあの魔法。馬上で杖を掲げるヨハンだったが――ギルベルトの判断は早かった。瞬時に距離を詰めると、木剣を振るって魔法の使役を妨害した。
「良い判断だ、少年」
「その魔法、範囲を絞らないと僕には効かないよ。威力が分散しているからね」
馬の上から見下ろしていたヨハンだったが、この時始めて地に足を付いた。二人の戦いに驚いた馬は駆け、どこかへと消えていく。
「効かないか。一団を壊滅させた魔法なのだがな」
「それは凄いね」
馬から振り落とされたヨハンに、ギルベルトが追撃をかける。水平に剣を払うが、ヨハンはそれを体をねじっていなす。お返しにと、伸びた少年の腕を凍らせようと掴みにかかる。
しかしそれをギルベルトも読んでいて、木剣を切り返した。ヨハンは今度は体を反らして回避し、距離を取ることに成功する。離れ際に氷の剣を何本か飛ばしたが、ギルベルトはそれを簡単に叩き落とした。
「エ……エイプリル、私は目がおかしくなったのかしら……あのヨハンと、ギルベェ君が、互角に戦っているように見えるんだけど!?」
「わ、私もおかしくなったのかも……まさかあのるー君の攻撃を、あんなに軽々避けちゃう人が存在するなんて!?」
驚く二人だが、そのポイントはややズレている。そんな二人にお構いなしに、当の本人達は会話を始める。
「せっかくの戦いなんだから、そういうつまらないやり方はよそうよ。周り巻き込むみたいなやつね」
「今ので考えを改めた。まずは君を殺してからの方が効率が良い。――だが、謎だな」
ヨハンは服の汚れを軽く手で払うと、こう続けた。
「君は何者だ? 私と渡り合える者などまずいないというのに」
「僕の正体か……うーむ、それはあまり教えたくないことなのだが、そうだな……なら逆に教えてよ。復活の大魔法――ゲルタの魔法書を奪って、一体どうするつもりなの?」
ヨハンが例の魔法書を持っていることは、その辺りでここに着いたので知っていた。復活の大魔法は、自身がこの世に舞い戻った事象に関わることかもしれない。ギルベルトが交換条件を打ち出すと、ヨハンはあっさりと答えた。
「決まっている。我が師であり、杖の大英雄であるゲルタを蘇らせることだ」
「次は君の番だ、少年」と、ヨハンが答えを促す。ギルベルトは空いていた左手に刀身の青い剣を持つと、空に掲げた。巨大な一本の剣が、上空に現れる。
「エ、エイプリル! 何あれ何あれ!? ギルベェ君がやってるの!?」
「ぐ、ぐるぢぃ……首締まってるよアンナっ……」
突如起きた天変地異にアンナは興奮する。同じように上空を見上げていたヨハンも、驚愕していた。
「この出鱈目な魔法、まさか……!」
「〝サンダーソード〟」
「――〝アイスベール〟」
ヨハンは天上から突き刺すような雷撃を、氷の膜を張って防いだ。
「あ、あの防御魔法、私のファイアボルケーノを完璧に防いだやつね! 駄目よギルベェ君、あの防御魔法は突破不能の鉄壁で――」
「――ちっ、止められん」
アンナの最大最高の魔法を意図も簡単に防いでみせたヨハンの防御魔法。それを破るのは不可能と見ていたアンナだったのだが。
ギルベルトが呼び起こした天雷は、その壁を突き破って地面に落ちるのだった。
「う、ウソ……突破した……!?
「ぶくぶくぶく……」
ヨハンは寸での所で回避していたが、アイスベールは霧散した。信じがたいものを目にしたアンナの腕に力が込もり、締められていたエイプリルは落ちていた。
「私が最後に見た姿からはだいぶ変わってはいるが……なるほど、それで私と同等に戦えるわけだ」
ヨハンの質問に、魔法で答えたギルベルト。その意図を汲み取ったヨハンが続ける。
「ギルベェと呼ばれていたが……何か理由があってその姿を取っているようだな。……何故だ? まさか、復活したなどとのたまうわけではあるまいな」
「だとしたら、どうするの?」
まるでヨハンが若き騎士にしたかのように言うギルベルト。少年の正体に気付いたヨハンは、その実力にも気付いている。
だが――勝利を確信した様子は不変だった。杖を取ると、戦闘態勢に移行する。
「殺す」
「そうこなくちゃ」
大英雄の名を冠した二人がぶつかる。今度はなんと、ヨハンの方から、剣の大英雄に近接戦闘を挑んだ。素早く間合いを詰めると、その杖を直接叩きつけて、ダメージを与えようとする。
「鋭く無駄のない攻撃。杖が小型なのは、近接戦が得意だからか。――復活してから、始めて戦いをしている気分だよ!」
「『復活』、それは困る。すぐにでも死んでもらおう。〝アイスソード〟」
ゼロ距離状態でも、ヨハンは隙なく魔法を発動させる。ギルベルトは左の神雷剣で叩き落とすと、続け様にその刀身に力を宿す。
「〝ライトニングブレード〟。――少し本気を出すよ」
青の刀身に稲妻の力が宿り、眩く光る。剣先から光が伸び、従来の刀身よりも長くなったその剣で、ギルベルトはヨハンに連撃を浴びせる。
「ならば私も応えよう――〝アイスソード・プレリュード〟!」
ただの氷塊も、彼の手にかかれば一本の剣となる。名剣にも劣らぬその剣が、ヨハンの杖から放出され、稲妻の剣とぶつかり合う。強烈な魔力同士の衝突に共振のような現象を起こして、衝撃波が駆け巡る。石造りの付近の建物が、たまらずへこんでいた。
「な、な、何なのよ! 次元の違う魔力がぶつかると、こうなるの!?」
「………………」
アンナは一周回って怒っていた。エイプリルは、そんなアンナのせいで息しているのか怪しかった。
一進一退の攻防が続く。両者の魔法がぶつかり合う度に振動が起き、周りの建物が損傷していく。そんな中にあって、刃を交えるこの両者だけは、一切の傷を負ってはいなかったのである。
「うむ、良く鍛えられてる。弟子の面倒はちゃんと見ていたのだな、ゲルタの奴」
一旦距離を置く両者。昔の知り合いを思い出しながらギルベルトは呟いた。そして、ヨハンが事を起こすに至った理由について、聞く。
「ゲルタの復活が目的なんだっけ。こんなことをしてまで復活させるなんて、師匠をよっぽど愛していたんだね」
「ふん、どうだかな」
ヨハンはその言葉を聞いて、曖昧に答える。
「あ、でも大英雄になるとも言っていたよね。あれはどういう――」
「はっ、大英雄っ!?」
ギルベルトが口にした単語に敏感に反応するのは、大英雄博士のエイプリル。魂が抜けかけていたが、無事戻って来たようである。
再び構える両者。徐々にペースアップする二人、決着の時は近い。
そんな時――
「っ!! う、嘘だ……そんな!」
「隙を見せるとは致命的だぞ、少年!」
ギルベルトの様子が一変、硬直してしまう。ヨハンはその隙を見逃さず、近接戦闘からの杖の打撃によって、始めて有効打を見舞うのだった。
「る、るー君が、やられた!?」
「どうやら、復活は不完全のようだったな」
ヨハンの一撃で地面を転がるギルベルト。戦況が変わる。




