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この街のボス

 街の交差点へ舞い戻ったアプリコットは、たった一人で千の騎士団の侵攻を食い止めていた。


「〝ストーンフォーム・ランペイジ〟!!」


 イムセル山賊団と、その兄弟と戦った直後にも関わらず、だ。ギルベルトと別れてからだいぶ経っているのだが、彼女はたった一人、戦っていた。


「ハァ……ハァ……こっから先は……一歩も行かせないぞ……!」


 魔力の限界が近づき戦化粧は消えかかっている。体のあちこちに傷を作り、額からの出血で片目は開けられない。そんな状況でも、街を守るために一歩も退かない。


「この街は渡さねぇ! あたし達冒険者がいる限りはなぁっ!!」


 もう何度目かの騎馬突撃を、アプリコットは大斧を振り回して弾き返した。乱れ散る赤は彼女の血。散りゆく花とも見える絶景は、騎士団員の心に一つの疑念を燻らせるには十分すぎるものだった。


「これは……これは本当に正しい戦いなのか……!」


 剣を構えながら、騎士団員の誰かが呟く。他の騎士団員が続ける。


「山賊の手引きをした者がいると、ヨハン様は仰っていた……しかし、こんなぼろぼろになってまで戦う者が、本当に山賊の仲間だというのか!?」


 主の命令のため、やむを得ないところもあって従っていた騎士団員達も、懸命に街を守ろうとするアプリコットの姿に心を打たれていた。そして、この場で最も疑問を感じていた、ある騎士が言う。


「目の前の彼女は……敵ではないのでは……!?」


 その言葉を発した彼は、騎士団員の中でもとりわけ若い騎士。グレンデール突入前、ヨハンに若いと叱咤された、若き騎士だった。


 騎士団に迷いが生じていたこともあって、二つの勢力の争いは膠着していた。そこに、冒険者側の援軍が現れる。


「良かった間に合ったわ! ボス、冒険者を大勢連れてきましたよ!」

「ボス、そんなにぼろぼろになるまで……うおおぉぉ許さん、私が相手になってやるぞおおお!」


 エイプリルとアンナだった。途中、別れた冒険者の集団とも合流し、孤軍奮闘するアプリコットに加勢するのだった。


「お前ら、生きていたか……! そんじゃまぁ、仕切り直しと――」

「ま、待ってくれ! 君達冒険者は本当に山賊の手引きをしたのか……!? 門を開けたのは、君達冒険者の中の裏切り者なのか!?」


 その時、一人の騎士が対話を試みてきた。それは若き騎士だ。まだ年若い彼は、周りの制止を振り切って、たまらず話を持ちかけるのだった。


「何をとぼけたことを言ってるのよ! 手引きしていたのはパサデナ(あんたら)の方でしょう! それに、山賊と入れ替わっていたのは自警団だけよ、冒険者を甘く見ないでもらえる!?」


 張本人が何を今さらと、頭にきたアンナが反論した。その説明を聞いた若き騎士は、ますます混乱する。


「山賊と入れ替わっていた……? い、一体何のことなんだ、分かるように説明してほしい! 我々はヨハン様の命令で、冒険者達は裏切り者だと言われて戦ったのだ! それと関係があるのか!?」


 街の行方を賭けて戦っていた両陣営だったが、何か食い違いが生じていることに気付き、風向きが変わり始める。若き騎士は事態を把握出来ず、その一人でもあるエイプリルは「入れ替わり?」と首を捻っていた。


「ヨハンが山賊と手を結んでいたのよ! 証人もいるわ!」


 そこに、アンナが核心を突いた。持っていた杖で、離れた場所で拘束されていたイムセル兄弟を指し示す。アンナはあの会合を盗み聞いていた。そこにはイムセル兄弟や、多くの山賊の頭領が首を揃えていた。山賊の証言がどこまで通るかは未知数だが、大きな証拠の一つだった。


「ヨハン様が山賊と手を結ぶ……!? そんなことは有り得ない! そんなことは有り得ないはずだが……ならばなぜ、そこの冒険者は――」

「ごちゃごちゃうるせぇ!!」


 若き騎士を始め、多くの騎士が迷い始めたその時、大斧で地面を叩き割る音と、その後に続く少女の声が辺りを駆け抜けた。


「やるのか、やらないのか。山賊退治もあるんだ、五秒で決めろ」

「そんな体になってまで、この街を守ろうとするのだ!」


 アプリコットの決死の防衛。どんな証拠よりも、彼女の覚悟が、騎士団の曇った目を晴らす風となっていたのである。


「ボ、ボス、五秒経ったけど……戦う感じ、ですか……?」

「そうだなエイプリル、戦闘続行だ。こいつらを蹴散らしたら、次は山賊退治だ、仕事を終えるまで、生きろよ!」


 律儀に五秒数えていたエイプリルが(うかが)うと、アプリコットは大斧を構えた。それを合図に、他の冒険者達も一斉に構える。


「我々は……戦う相手を間違えているのでは……!」


 だが騎士団員達は、そう呟いた若き騎士を始めとして未だ正しき道が見えていなかったのだった。


「――何を迷っているのだ、パサデナ騎士団よ」


 火傷しそうな戦いの熱を、男の一声が冷ました。戦場においても青色に染めた貴族風の服を着こなす、パサデナの若き代表であり、騎士団長でもある男。


「ヨハン……てめぇ、よくあたしの前に顔を出せたな。山賊と組んでまで、この街が欲しいか!」


 アプリコットは馬にまたがって交差点から姿を現したヨハンを見て、一番に怒声を浴びせかけた。ヨハンはそんな殺意にも似た怒りを浴びせられても、顔色一つ変えずに騎士団と合流した。


「敵を前に何を迷っている。命令を忘れたか、冒険者は山賊を手引きした、皆殺しにせよと命じたはずだ」


 ヨハンの登場に騎士団側も、冒険者側も緊張が走る。鉄すら溶かすような熱を一瞬で鎮火したヨハン。底の知れない何かを皆が感じ取る中、勇気を持ってそんな男に意見する若き男がいた。


「ヨハン様。私はヨハン様に絶対なる忠誠を誓っております。しかし……この戦いは本当に正しい戦いなのでしょうか。我々の敵は本当に冒険者なのでしょうか。ヨハン様は……我々に何かを隠しておいでではないでしょうか」


 この騎士団でもとりわけ年の若い、若き騎士だった。誰もが恐れて聞こうとしなかったことを、彼は勇気を持って訴えたのである。


「君は、この戦いで戦場を知った若い騎士だったな。我が師・杖の大英雄に誓おう、私は何も隠してはいない」


 追及されようとも、いつも通りの平静さを保つヨハン。騎士団員の何人かはそんな彼に付こうとする。それでもまだ若き騎士は迷いが晴れておらず――ヨハンが、あの時のように叱咤する。


「君には教えたはずだ、今は民を救え、と。迷いを断て。我々がこうしている間にも、民は理不尽な暴虐と略奪に苦しんでいるのだ。君が立ち上がらなければ、民が救われることはないのだ」


 それは、突入前に教わったこと。

 一切の乱れがないヨハンの青い目を見て、若き騎士は彼の誓いを信じ、覚悟を決めようとした。


 だがその時――遠目から彼らを見ていたアプリコットが、こんなことを尋ねてきた。


「おいヨハン! てめぇその本、どこで手に入れた!」

「……手に入れた場所など聞いて、どうする?」


 ヨハンは一冊の分厚い本を抱えていた。返事をしようがしまいが続けるつもりだったアプリコットが、追及する。


「そいつはあたしが、あるちびっ子に渡そうと私室に保管しておいたやつだ。手伝いのご褒美と思って、忙しい中わざわざギルド内を探してまでしてな。それをどうしててめぇが持ってる。あたしの私室の地下室は、厳重な鍵がかかってるはずだぞ」


 空気が変わったのを、アプリコットだけは敏感に感じ取る。大斧を握る腕に力を込め、十分な警戒をした後――決定的な言葉を放った。


「ヨハン、てめぇ……うちのギルドで略奪を働いたな?」


 略奪。それは今山賊がグレンデールで行っている、とても浅ましい行為。騎士の中にはそういった手合いももちろんいるが、ヨハンが団長を務めるこの誇り高き騎士団は別。


「ヨハン様……本当なのですか……!」

「だとすれば、どうする?」


 力なき民を食い物にする行為。ヨハンの教えとは正反対の行い。

 若き騎士の決意が一気に傾いた。


 そして、ヨハンに教えてもらったことを、ここに実行した。


「私は……あなたの教え通り、民を救います! 迷いを断って、あなたと戦う!!」


 若き騎士がその剣をヨハンに向けるのだった。


 ヨハンの信頼は失墜した。命を投げ打って街を守る冒険者と、激戦の最中略奪を働いていただけの卑劣な男。どちらを信じるかなど明白。騎士団員達は若き騎士に続き、次々とその剣をヨハンに向けるのだった。


 ゆらりと空気が変わる。「気を付けろ、来るぞ!」と、アプリコットが叫ぶ。


「君は良い騎士になる」


 ヨハンが若き騎士の決断を褒め称える。次の瞬間、ヨハンは杖を手に取り――


「来世があるならば、そこで会おう」


 氷の剣で、若き騎士の首を落としていた。


「な、仲間を――殺した!?」

「氷男、お前はっ!!」


 エイプリルとアンナはヨハンの行いを見て叫ぶ。仲間を殺すというあるまじき行いに、騎士団員達は完全に心向きを一致させ、ヨハンに蜂起する。


「全てを手にするのは不可能だったか。――想定通りだ」

「っ、まずい!」


 ヨハンが馬上で杖を掲げると、周囲の空気が冷たく凍り付く。急激に冷却された空気から、細やかな青の結晶が空気中に現れたと思えば、次の瞬間には巨大な氷の波が地を這って、この場全ての人間に襲いかかっていた。

 いち早く気付いたのはアプリコットだ。襲い来る氷の波を、魔力全開状態で叩き割った。


「さ、さすがボス、た、助かった……!」

「くっ、なんて魔力なの……! 反応すら出来なかった!」


 アプリコットのおかげで冒険者一同は無傷で済んだ。しかし騎士団側は、今の一撃で大きな打撃を受けていた。


「ヨハン、てめぇの目的は何だ! 仲間まで殺したら、街を奪うどころじゃ――まさか、てめぇ……その一冊の本のためだけに、ここまでやったってわけじゃないだろうな!?」


 アプリコットが勘付くと、無表情なヨハンが笑った。


「その通りだ、冒険者ギルドのギルト長よ。はっきりと言おう。この本は今の私の地位はもちろん、グレンデールの街そのものよりも価値がある。そして、ここにいる君達全ての命よりも――な」

「くっ!」


 ヨハンが再び馬上から同じ魔法を繰り出す。騎士団は直撃しその数をさらに減らし、冒険者側で対抗出来るのはアプリコットただ一人だけ。ヨハンはその様子を見て勝利を確信したのか、その無表情が少しだけ溶けて、笑みを作っていた。


「これから君達全て、ここで死んでもらう。私が大英雄になるための礎となるのだ」

「大英雄に……なる……!?」


 大英雄と聞いて反応したのはエイプリルだった。一体どうやって、と聞こうとした瞬間には、さらなる一撃が放たれていた。


「く、そっ……魔力切れか……! お前ら、あたしに構わず逃げろ、次はもう防げない!」


 冒険者を一身に守っていたアプリコットだったが、遂に限界を迎えその場に倒れた。自分の負傷を省みず防いでいた彼女の体には、新たな傷がいくつも出来ていた。


「冗談! 二度もあなたを置いてなんて行けないわ!」

「アンナ、そっち持って! みんなも早く逃げよう!」

「遅い。次なる一撃で諸君らは全滅――」


 馬上から同種の魔法を繰り出そうとするヨハン。エイプリルとアンナはアプリコットを見捨てまいと、彼女の小さな体を抱えて逃げようとする。


 杖の大英雄の弟子、その実力は想像を絶していた。軽く魔法を放っただけで一団を壊滅に追いやる彼に、対抗する術なんてなかった。反撃はおろか、逃げることすら許さない最後の一撃が、今放たれようとする。


「妙だな。先の一撃で冒険者以外は壊滅したはずなのだが」


 しかし、ヨハンは何かに気付き、魔法を放つのをやめた。騎士団とも冒険者とも違う、もう一つの方向に視線を向ける。


「大英雄なんて良いことないよ、ヨハンお兄さん」


 金髪の少年――ギルベルトが、その方向には立っていた。


「これは想定外だ」


 多くの手練れが倒れる中、子供だけが無事でいるという想像しがたい事態に、ヨハンは思わずそう口にするのだった。


 街のどこからか現れたギルベルトは、緊迫した場に構わずとことこ歩く。そして、アプリコットやエイプリルの居る場所に合流する。


 アプリコットは消えゆく意識の中で、彼に希望を託す。


「……交代だ……後は頼んだぞ……雑用」

「了解ボス」


 ギルベルトがその手に剣を取る。剣の大英雄と、杖の大英雄の弟子。人知を越えた力の持ち主の両者が、ここに決着を付けんと並び立つ。

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