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遅れてきた大英雄

 極悪非道の兄弟と対するのは、この場にそぐわない幼い子供。彼は二本の内の一本、子供用の木剣を手に取ると、一歩、また一歩と兄弟に歩を進めた。


「はっ、ガキが。どうやらアプリコットちゃんの知り合いらしいなぁ」

「おらその目で見ろアプリコットちゃん。見知ったガキが死ぬ瞬間を――よぉっ!」

「ギ、ギルベェ、逃げ――」


 ギルベルトの死ぬ瞬間を見せてやろうと、兄弟はアプリコットの拘束を緩めて、顔を乱暴に掴んでそちらに向けた。そしてもう一人の兄弟が、アプリコットが使っていた大斧を軽々と持ち上げて、少年目掛けて力強く投げつけるのだった。


「ほいっと」

「……は?」

「あれ?」


 ――何が起きたのか、誰にも理解は出来なかった。

 大斧が彼の体を引き裂くかと思われた瞬間、その大斧は直角に角度を変えて曲がり、近くの建物の石壁に轟音と共にめり込んでいたのだ。ギルベルトの軽い声の後に起きた出来事に、山賊兄弟は怪訝な表情となった。


「終わり?」


 そう言うギルベルトの手には、木剣が握られていた。そう、彼は水平に切り払って角度を変え、迫る凶刃を防いだのである。


「その斧はボスのだからね。壊さないようにしないと」

「そ、それはどうも……っておいギルベェ、お前がやったの!?」


 知り合いの武器だったので、きちんと手加減もして。兄弟とアプリコットはここでようやく理解する。信じがたいことだが、この少年が自らの手で防いだのだと。


「兄弟、ガチでやらないとまずい」

「ああ。お愉しみはその後だ」


 腕の立つ兄弟。危機を感じ取る力も卓越していたため、勝利の空気が一気に揺らいだことに気が付いた。それがただの子供のせいだとは思いたくはなかったが――トマホークを持ち、全力の姿勢を示す。


 それは、配下へ向けての合図。


「た、助けてくれ! 逃げ遅――」


 逃げ遅れた住人――いや、それに化けた山賊がギルベルトに呼びかけていた。アプリコットがやられた罠、彼女はギルベルトに注意を呼びか掛けようとするが、間に合わない。


「おまっ、ギルベェ――!?」


 偽物の住人は、すでに切り捨てられていたのだから。


「この手の子供騙しは、死ぬほど受けてきた」


 血を流し倒れる偽の住人。服の切れ目から見える斧の入れ墨が、彼が山賊だと証明していた。


 ギルベルトは一瞥もくれることなく切り捨てていた。本物かどうかなどの確認は一切しなくとも、彼は気付いていたのだ。数多の戦場を経験し、最も敵から狙われていた大将首の男には、この程度の策は効かないのである。


「ふ……ふふ……はははははっ! そうかそういうことか! あはははははっ!」

「ちっ、何がおかしい!」

「気でも触れやがったかこの女!」


 何かに気付いたアプリコットは、心の底から笑っていた。そして、こう続ける。


「アクトン村の報告書も、エイプリルの奴が一〇〇件解決した件も! 全部お前がやったことだったんだな、ギルベェっ!」


 他にも自分の全力とびつきアタックをかわしたり、山賊討伐の遠征に付いてきたりといった細かいのも全部含めて、彼女の中で結びついたのだった。


「はははっ! そうか、全部お前が――ふひひひっ、そうかそうか!」

「いい加減黙らねぇと」

「先にあんたを殺しちゃうぜ?」


 まだ笑うアプリコット。彼女の言ったことを理解していない兄弟は、余裕の表情で脅すが――そんな、何も知らない憐れな兄弟に、アプリコットは最後にこう忠告した。


「お前らが、殺されるんだよ」


 兄弟の顔色が怒気に染まる。アプリコットを掴んだままだった兄弟の一人は、うるさい彼女を粗雑に手放した。


「俺達がこんなガキに? 冗談にしちゃ笑えねぇなぁ……なぁ兄弟!」

「ああ、俺達は最強の山賊だ、多数のおもちゃを従える、な!」


 兄弟が片手を上げると、建物の陰から、二階から、屋上から――見渡す限りの一帯から、彼らの配下が姿を現した。皆、すぐにでも撃てるよう、つがえた矢を手にしていた。


「こ、こいつら、あたしとの勝負の時にも、こんな数の手下を……!」

「保険、ってやつさ! 切り札とも言うかな? ハッハッハ!」

「全方位からの一斉射撃。当然その矢の全てに特性の薬を塗りつけてるぜ。今度は確実に仕留めるため、一撃で殺せる程の強烈な奴をなぁ!」


 矢に射貫かれただけでも致命傷だが、その矢には劇薬も塗られていた。えも言われぬ刺激臭が辺りに充満していた。


「劇薬か。毒はちょっと苦手だな、お腹痛くなる」


 しかしギルベルトは余裕な態度でそう言った。相変わらず木刀だけを持って、一定のリズムで自分の肩を叩くだけ。


「そうだぞガキ、内臓がぐちゃぐちゃに溶けて、全身が赤く腫れ上がる。助かる可能性はゼロに等しい劇薬だぁ!」

「かすりでもすればお前はおしまい……覚悟はいいか?」


 聞かれたギルベルトは軽い調子で答える。


「いつでもどうぞ」


 兄弟の腕が振り下ろされる。それが射撃の合図だ。一斉に矢は射出され、幼い子供の命を容赦なく奪おうとする。


 襲い来る五〇本近くの矢。ギルベルトはその全てを、次の瞬間には叩き落としていた。


「こんな数だけで力のない矢、一万発撃たれたところで、弓の大英雄の一発にも及ばないかな」


 彼はあの瞬間、剣を持って一回転した。たったそれだけの風圧で、大人の力で限界まで引き絞った矢を跳ね返していたのだ。


「馬鹿な! 兄弟、こいつは……!」

「焦るな兄弟! 当たるまで何度でも撃てばいい!」


 配下の者達が新たな矢をつがえる。しかしギルベルトは飽きたようにこう言った。


「お兄さん達の戦い方は詰まらないな。もういいよ、〝テンペストソード〟」


 それはアクトン村でも見せた、神雷剣を掲げて使用した雷属性の魔法。しかし彼は今回、その神雷剣を腰に差したまま使用していた。多少雑になっても使えるようだった。

 青い剣が僅かに輝くと、巨大な剣が次々と天空より現れて雨雲を作る。やがて剣身が輝くと、その先端から鋭い雷撃が放たれた。それは配下の山賊全てに直撃し、瞬く間に無力化するのだった。


「き、兄弟、俺は夢でも見てるのか……空の剣が俺達のオモチャを、こんな……!」

「か、構えろ兄弟! 来るぞ!」


 だがイムセル兄弟だけは無事だった。二人はトマホークを持ち、戦闘態勢を取る。


「なるべく街への被害は出さないように撃つには、あの二人は残すしかなかった……くっ、まだまだ修行不足だな、借金増やすわけにもいかん」


 幸運にも露天近くにいたから、生かしていたのだった。アプリコットは一瞬で戦況をひっくり返した少年を見て悔しそうに言う。


「何だよギルベェ……雑用のくせに、あたしより随分つえぇじゃんかっ」


 隠しきれない嬉しさも、滲ませて。


「なーんて、まともに戦うと思ったかバカが!」

「ヤベェ時は逃げる! 俺達は戦いに関してはバカじゃねぇんだよ、退くぞ兄弟!」

「あ、逃げた。ちょうどいいや。〝スタンソード〟」


 どこまでもずる賢い兄弟は、一目散に逃げ出した。だが逆にそれがギルベルトにとって都合が良かったようで、彼は天空から二本の剣を召喚、雷撃を落とす。兄弟は逃げ切れずに直撃した。


「ぐっ、が! な、なんだ、体が動かねぇっ!」

「い、今の雷のせいか!?」

「うん。いつもは脚の骨折ってたけど、それダメってエイプリルお姉さんに叱られたからね。だからスタンだけにと、新しく覚えたんだ。今日の僕はこれくらいにしてあげる、『僕は』、ね」


 兄弟は雷によって全身の自由を奪われていた。絶妙に加減して、動きだけを奪ったのだ。後遺症が残るかどうかはギルベルトにとってはどうでもいいこと。彼は少々常識に欠けているのだから。


「よぉでくの坊兄弟……さっきはよくも、あたしのキュートな尻を叩いてくれたなぁ……!!」

「げぇっ!? て、てめぇ、どうして動いて……薬の効果が切れたのか!?」

「いや違うぞ兄弟、きっと俺らの配下(オモチャ)から解毒薬をパクって……!」


 そんな無防備を晒すイムセル兄弟の前に、小さな体のA級冒険者・アプリコットが現れた。ギルベルトは魔法を発動させている間、平行して解毒薬を探し、彼女に与えていたのである。


「ま、待てアプリコットちゃん、悪かった、降参だ!」

「そう、そうだぜ! 俺達はもう戦闘不能だ、無抵抗な人間に手を出すとか、お人好しなあんたらしくはないんじゃねぇか、アプリコットちゃん!」

「〝デッドリーフォーム〟」


 アプリコットの体の白い戦化粧が、眩い光を放つ。大斧を持ってはいなかったが、その極限まで高めた力が拳に集まり、凶器と化す。


「死ねぇぇぇっ! 〝デッドリーフォーム・ランペイジ〟!!」


 目を大きく釣り上げたアプリコットのゲンコツが、二つの巨体の頭に見事に炸裂した。飛び上がってまで振り下ろしたゲンコツ、彼女の怒りは相当なものだと窺える一撃だった。


「あたしの名前を口にするんじゃねぇ!! あーくそ、お尻に手形ついてやがる。――まぁ、これで済んだだけ良かったか」


 名前の件が一番腹立っていたのだろうか。ぶれないこの街のボスに、ギルベルトは近付いて聞く。


「殺さなくていいの?」

「うがああ今すぐ殺してやりたい!! ――でも駄目だ! こいつらはくそったれなことに、ヨハンの悪事を証言出来る貴重な証人だからな」


 アプリコットは二人を殺してはいなかった。重い一撃なので当分は目覚めないだろうが、ヨハンの悪事を暴くために生かしておいたのである。


「ふーん。まぁいいや、僕はエイプリルお姉さんか、アンナお姉さんを探しに行こうと思ってるんだけど」

「はぁ、ギルベェ、お前それどころじゃ……いや、それどころか。お前には聞きたいことが山ほどあるが、それは全てが片付いてからだ」


 ただの子供が、A級冒険者の自分よりも強いという事実は気になるところだったが、今は長話を聞いている場合ではない。アプリコットは思考を切り替える。


「アンナは今、街中の警戒に当たっていた冒険者を集めているはずだ。エイプリルはその警戒班に組み込んだはずだから、もしかしたら合流しているかもな。一人で探すつもりか?」

「うん。借金の半分を背負ってる人だから、勝手に死んでもらうと困る。僕は行くけど……ボスはどうするの?」


 アプリコットとギルベルトはある地点へと歩きながら会話していた。その地点とは、彼女の大斧がめり込んでいる建物だ。腕に戦化粧を表出させると、その斧を強引に抜き取った。


「あたしはまだ、相手しなきゃいけない連中がいる」


 彼女の視線の先には、馬を駆る騎士団がいた。すぐにこちらと交わるだろう。

 ヨハンが裏で手を引いていることはアンナから聞いていた。即ち、あの騎士団とも敵対関係だ。


「僕も手伝おうか?」

「毒は完全に抜けた、魔力もまだ十分ある。ここはあたしに任せとけ」


 腕にだけ現れていた戦化粧が全身にも現れる。アプリコットは立ち去ろうとするギルベルトに、背中で言う。


「ギルベェ、ボスからの命令だ。お前はヨハンを倒せ。そして、この街を救え」

「それって、借金減る?」


 冗談っぽく言われたアプリコットは、こう返した。


「チャラにしてやる」


 ギルベルトはアプリコットを残して走り去った。迫り来る騎士団を前に、アプリコットは最後の気炎を吐く。

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