非道な兄弟VS道理の冒険者
無数の山賊に交差点から押し込まれたアプリコットは、巨人の血を引く二人の山賊と相まみえていた。その名はイムセル兄弟。一帯に悪名を轟かす、極悪非道の兄弟だ。
「この状況でま~だヤり合う気か?」
「俺らの後ろを見ろよ。山ほど仲間が入り込んでるんだぜ?」
ゆっくりと近付くイムセル兄弟の後ろには、交差点を曲がっていく山賊が見えた。街は多くの山賊の進入を許し、好き放題に略奪を許している。彼らは自分のところの頭がこれから戦おうという状況でもあるのだが、加勢する素振りを一切見せないのは、そういう取り決めでもしているからかもしれなかった。
「お前達をぶっ飛ばした後にちゃんと相手してやるさ。グレンデールの冒険者をあまり舐めるなよ」
アプリコットが巨大な斧を担ぐと、イムセル兄弟も斧を構える。兄弟の斧は片手で扱えるサイズのものだ。鈍色をした、シンプルな物。巨人の血を引く彼らだが、斧のサイズはそこまでの大きさではなかった。
「仕方ねぇ、アプリコットちゃんがそこまで言うなら、ヤるしかねぇなぁ……!」
「俺達は優しい男だ、ちゃんと痛くねぇように、気持ち良くしてヤるからよぉ……!」
その斧を振りかぶる兄弟。二人との距離はまだ離れている、それはただ斬る斧ではなく――
「ちょっと突いたくらいでイクんじゃねぇぞ!」
「俺達を愉しませてからイケ!」
投擲して攻撃するトマホーク。引き絞った弓矢を射るかのように腕を軋ませると、兄弟は息ぴったり同時に斧を投げた。
「あんたら兄弟の目的はあたしか。だが残念だな、あたしはかわいい女しか興味ないんだよ!」
グレンデール最強の冒険者と、一帯で最強と恐れられる山賊兄弟が、遂に刃を交えた。
アプリコットは向けられた情欲を跳ね返すかのように、巨大な斧でトマホークを弾き返す。敢然と兄弟に突っ込んで、自身の攻撃範囲に収めた。
「〝ストーンフォーム・フューリー〟!」
大斧が怒りのままに振り回される。全身白の戦化粧を発現させたその攻撃は、素早く何度も切り刻む速さ重視の連続攻撃。とても超重量の大斧では繰り出せないような技も、全身の魔力を身体能力に変換している彼女ならば可能なのだ。
「ハッハッ、速ぇ速ぇ! 当たったら粉々にされるかもなぁ兄弟!」
「だが当たらないねぇ! さすがに大勢とヤって疲れが出てるのかなぁアプリコットちゃん!」
しかし兄弟も只者ではない、幾多の戦いで名を馳せた一帯最強の山賊。その巨体に似合わず、華麗なバク転で回避した。すると、魔法か何かか、弾いたはずのトマホークが彼らの手に戻って来た。
「でかい図体に似合わず、器用な奴等だ! ……それと、何度も何度もあたしの名前を口にするんじゃ――!?」
兄弟が再び斧を投げようとする。アプリコットはその前に潰そうと斧を振るいかけて――一転、防御に専念した。投擲を許してしまうものの、安全にその攻撃を処理するのだった。
「へぇ、さすがはA級冒険者ってところかぁ? その様子だと気付いたっぽいなぁ」
「コソコソヤるつもりだったが、これで堂々と出来るってもんだなぁ」
一度距離を置くアプリコット。兄弟の手に、投げたトマホークが戻って来た。アプリコットが一転防御態勢を取ったのは、トマホークの刃先から、異様な危機感を嗅ぎ取ったからだった。
「――毒か。それも、並の耐性じゃ到底防げそうにない、やばい毒があのトマホークには塗られてやがる」
A級冒険者の彼女だから気付けたことだった。兄弟の使うトマホークには、見た目では分からない毒が塗り込まれていたのだ。
「毒じゃねぇ、これは薬さ。俺達はバカだが、戦いと薬の知識に関しては頭が回るようでなぁ」
「このトマホークについている薬も、俺達兄弟で作った代物だ。お転婆なあんたが言うことちゃんと聞くように、ちょびっとだけ体の自由を奪うような、なぁ」
イムセル兄弟の悪評の中に、あらゆる薬で言うことを聞かせるという逸話があった。それは紛れもない事実であり、この兄弟は腕の立つ薬師でもあるのだった。
「べらべら喋ってくれてありがとうな。つまりあたしの大斧同様、当たらなければ問題ないってことだ」
「そういうことだ。ただまぁ、俺達の薬の場合、掠っただけでも体の自由は奪われるけどなぁ!」
「気付こうが気付かなかろうが、同じってことだ!」
兄弟が駆け出す。膨れた腹に見合わずその動きは速く、二人同時にトマホークを投げる。
「あたしは健康そのものだ、お医者さんごっこは他でやりな!」
戦化粧をフル稼働させて、トマホークを叩き割るつもりで弾き返すが、トマホークは存外丈夫に出来ていて、それは難しい。
その時、兄弟の巨体とはまるで正反対の、小さな何かが迫ってくることを察知したアプリコットは、すかさずその脅威を大斧で叩き落とした。
その瞬間、目の前が爆発した。
「くっ! 火薬も薬の一種ってか!」
反射的にアプリコットが叩き落としたそれは、兄弟が投げつけた黒色火薬だった。トマホークでの攻撃が良いカムフラージュになっていたこともあったが、新たな脅威を排除しようと、大斧での防御手段を取ったのは迂闊だった。焦げ臭い煙に巻かれたアプリコットは素早くそこから脱出するが――
「体が、重い……!?」
一瞬、自身の動きが鈍ったのを感じた。煙に怪しい成分が含まれていたのだ。
「こいつはちょびっと、痺れる薬だ!」
「薬は他にも用意してあるんだぜぇ!」
「くっ、こいつら……! 〝デッドリーフォーム〟!」
身の危険を感じ、アプリコットの戦化粧がこれまで以上の輝きを発する。それは魔力消費を度外視した、緊急回避の技。手元に戻ったトマホークで直接斬りかかりに来る兄弟の二連撃を、かろうじて大斧で防いだ。
「何っ、まさか止められるとはなぁ、毒耐性高めかぁ!?」
「あの火薬は効果は一瞬しかねぇ。だが――その一瞬でも効果はあるんだぜぇ!」
兄弟の片割れが、トマホークの防戦で手一杯のアプリコット、その腹に蹴りを放った。
「ぐはっ……! あ、危ねぇ、さすがに蹴りに毒はなしか!」
火薬の痺れも一瞬のもので、アプリコットは命からがら危機を脱する。距離を取って一度仕切り直すが、しかし――徐々に最強同士の戦いは彼らに押されつつあった。
(強い……! 山賊だからと舐めてたわけじゃないが、並の冒険者じゃ歯が立たないわけだ。……全盛期のあたしだったらわけないだけに、悔いが残るがな……)
肩で息するアプリコットは、兄弟の強さを認めていた。二対一だったり、やり方が非道だったりはするが、その強さは本物だ。いよいよ、覚悟の時が迫っているのかもしれないと、彼女は感じた。
「この戦いが終わったら、ギルド長を辞めるかな。あたしはやっぱ、こういう現場仕事の方が好きだわ」
「おいおい何ブツブツ言ってやがるんだアプリコットちゃん」
「薬に頭おかしくなる成分あったか兄弟? ふははっ!」
この戦いが終わった時、グレンデールも自分も無事でいられる可能性なんて少ないわけだが、アプリコットは冗談めかして呟くのだった。
「さぁ……決着付けようか山賊! あたしにフルパワーを出させたこと、後悔させてやる! ――あとあたしの名前を口に出したこともな!!」
斧を担ぎ上げたアプリコット。戦化粧が眩い光を放った。デッドリーフォーム――それは緊急回避用の盾であると同時、大岩をも砕く最強の矛でもあるのだった。
「こいつは……! 兄弟、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」
「分かってるぜ兄弟! ガチの命の取り合いだ!!」
両陣営の緊張が高まる。お互い全てを賭けて一撃を放とうとしたその時。
――誰かが割って入ってきてしまった。
「た、助けて下さい! 俺、逃げ遅れて!」
それはこの街の住人だった。アプリコットの傍の裏道から顔を出した彼は一人だけ。心底怯えて、こんな状況のアプリコットに助けを請うのだった。
「出てくるな、殺されるぞ! 終わるまでそこの建物に隠れてろ!」
向かい合わせの兄弟も本気。一瞬でも目を離すわけにはいかなかったが――アプリコットは市民の安全を最優先とする。
彼女は道理の冒険者。強い態度を取るが、筋を通す、本当は心優しい女性。
「……かかった……」
「……ああ……!」
対する兄弟は、非道な兄弟。あらゆる手を使って獲物を奪う卑劣な男達。
「わ、分かりました! 『アプリコット』さん――」
住人がその場を離れようとしたのを確認し、目線を兄弟に戻そうとした時。彼女はすぐに違和感を感じた。
「お前、今あたしの名前を――!」
この街の住人で彼女を知る者ならば、その名を口にはしない。彼女を知らない者であれば、そもそも名前すら知らない。
瞬間、一本の矢がアプリコットを襲った。大斧で弾く余裕はなく、矢は腕を掠めて――次の動作で、矢を放った住人を大斧で切った。
「斧の入れ墨……! お前は入れ替わっていた山賊か!」
その男は住人に化けた山賊だった。噴き出る血と切り裂いた服の切れ目から、それを証明する入れ墨が姿を現す。
「ちっ、イムセル! てめぇらはどこまで汚い真似を……いやいい、てめぇらの顔を見るのもどうせ今日までだ、死神の代わりにこのあたしが地獄に――」
「今日まで? いや違うなぁ……」
「勝負はついた、あんたはこれからその命が尽きるまで、俺達のオモチャになるんだよぉ!」
「何――をっ……!?」
ガクンと、体の力が抜けた。アプリコットは今まで振るっていた大斧を支えることも出来なくなり、やがて自身の体も支えられなくなって倒れ伏した。
「腕に、傷……? そう……か、あの割り込んできた奴の矢に、毒が……!」
「そういうことだぜアプリコットちゃん。下手こくとヤベェと思って、おもちゃの一つに指示出してたのよ」
「俺達が本気出したら、死んでも割り込め、ってなぁ! あんたがお人好しで良かったぜぇ!」
アプリコットの左腕には、小さな傷が出来ていた。出血もごくわずかなものだが、そのわずかなかすり傷が、彼女の自由を奪ったのだ。
「こ、この……非道な兄弟め、勝負くらいさせろ!」
「バカ言え、俺達は獲物さえ手に入ればいいんだ。でかいリスク背負って勝負して、何かおいしい目にありつけるのかぁ? 恨むなら自分の毒耐性でも恨むんだなぁ、はははっ!」
「山賊ってのはそういう生き物だ。まぁ……これからあんたにも分かるようになるさ。俺達がたっぷりと可愛がってやるからなぁ……!」
おぞましい未来が見えたアプリコットは、どうにかして戦おうともがくが、這うことが精一杯だ。戦化粧も出してこれなのだから、本来なら動くこともままならない猛毒なのだろう。
「あぁ……ダメだ我慢出来ねぇ。兄弟、俺は一発ここでヤってくぜ」
「仕方ねぇ兄弟だ。んじゃ俺は、こっちのでけぇ斧でももらうとするか。崩せば良い金になりそうだ」
小さな体のアプリコットはひょいと持ち上げられると、商品を飾る露天の木箱の上に乱暴に寝かされる。
「ふ、ふざけるな! あたしに触るな、勝負させろおぉっ!」
「初心な反応するじゃねぇか、初めてかぁ? へへ、俺とあんたの体格差じゃあ怖いのも当然だが安心しな、俺は優しいんだ、この薬を飲めば気持ち良くなれるんだぜぇ」
「おいおいいきなりそいつ使うのかぁ? ったく優しいねぇ兄弟は」
革袋からまた別種の丸薬を取り出す。兄弟の一人に今まさに乱暴されかけているアプリコットは必死に抵抗するが、男を喜ばせるだけ。大きな体が迫る。
「いきなりは使わんさ兄弟、これ使っちまうとどんな女も言いなりになっちまうからなぁ。せっかくのA級冒険者だ、もうちょっと遊んでからにする……ぜ!」
「へっへ……なるほど、気が済んだら俺にもヤらせろよ」
兄弟は少し気が変わったのか、露天の木箱に寝かせたアプリコットを立たせると、日よけの柱に腕を括り付ける。そして兄弟にその尻を向かせるような体勢にすると、小さな彼女の尻を手で叩くのだった。
「くひっ……! や、やめろこの……くひぃっ!」
「ハッハッ、いい音だすぜこの尻!」
「可愛い声も漏らしちゃってよぉ、長く愉しめそうなオモチャが手に入ったなぁ、兄弟!」
屈辱だった。最後の勝負も汚されて、これからこいつらに体も穢される。最後には薬漬けにされて兵隊の一人になるなんて、これ以上ない屈辱だった。
「す、すまん、みんなっ……! すまんっ……!!」
奇跡は起きなかった。必死にもがいてどうにかたぐり寄せようとした奇跡は、これで完全に潰えた。アプリコットは辱められながら、謝る。
「街を守れなくて……お前らを、守れなくって……!」
自身の怠慢から街を守れなかったこと。大事な仲間達の信頼を裏切り、そして彼らを死地に追いやったことを。
「すま、ん……」
これは不甲斐ない自分への罰だと、受け入れてしまいそうになったその時。
奇跡は彼女に味方した。
「思っている以上に酷い状況だったな。本当に遊んでる場合ではなかったか」
名もない山賊一〇数名が、路地から飛び出て石の地面に叩きつけられていた。
「あん? 何だぁ、あいつら誰かにヤられたのかぁ……?」
「だが見ろ兄弟、いるのはあの金髪のガキ一人だけだぞ」
「金髪の……子供……? まさか、あいつ……!」
絶望に暮れていたアプリコットだったが、意識を戻す。
アプリコットの体勢からはその姿は確認出来なかったが、その特徴に一致する人物を彼女は知っている。身体的特徴が一致するだけならこの街にいくらでもいるだろうが、こんな状況で呑気に街を出歩く子供など、一人しかいない。
続いて顔を出したのは、七歳くらいの身長に、木剣と青い剣を腰に差していた小さな男の子。金髪の髪をしたその子の名前は、ギルベェ。
本名ギルベルト――剣の大英雄だった。
「だ、ダメだ逃げろ! こっちに来ちゃダメだ!」
その少年だと確信はあったが、アプリコットはアンナとは違って、迂闊にその名を口にはしなかった。A級冒険者だからこその判断力だったが、少年はその判断を無視して、こう聞き返す。
「あ、ボスそこにいたんだ。切羽詰まった状況みたいだけど――その二人がイムセル兄弟だったよね?」
ギルベルトは建物二階分以上の身長を誇る大男を指さし、聞く。アプリコットは声を掛けることそのものがまずかったかと悔いた後、子供にでも分かるように、ストレートに説明する。
「そうだよ! だから逃げろ、ガチのマジでヤベー奴って言ったろ!」
「やっぱりそっか。それにしても、エイプリルお姉さんとアンナお姉さんはここにはいないのかぁ……死んでたらどうしよう、借金一人で返せるかな……」
場違いなほどに落ち着いているギルベルト。兄弟は不審がりつつも、こう聞いた。
「冒険者の気配はねぇ、やっぱりヨハンの野郎、裏切ったか?」
「どっちが来ても構わねぇ、殺して奪う。だがその前に――ガキ、お前は誰だ! この女の知り合いか!」
「僕? 僕は――」
聞かれたギルベルトはもぞもぞと首の辺りをまさぐった。そして、一枚のカードを取り出す。
「冒険者。子供ランクのね」
それは、アプリコットが気晴らしに作ったおもちゃの冒険者の証。
奇跡を起こす少年が、その手に剣を取る。




