氷の男
馬を駆って冒険者ギルドに向かったヨハンとその側近二人は、山賊との会合を盗み聞きしていた白き魔女・アンナがいないかを確認していた。
「ヨハン様、ギルドの中も探しましたが、白き魔女はここにはいないようです」
「そうか。どこかで部隊を立て直しているのかもしれんな」
側近の報告に、ヨハンは慌てた様子もなく答える。自身の悪行が明るみに出る前に始末しなくてはならないはずだが、ヨハンはいつもの通り落ち着いていた。
「ならば二手に分かれるとしよう。私はこの周辺を探す、諸君らは別を探せ」
「しかしヨハン様、お一人では……」
ヨハンの提案に側近が意見する。ヨハンは腰に提げていた小型の杖に触れて、こう言った。
「私を誰だか忘れたか? 大英雄の弟子・ヨハンだ」
それだけで説得には十分なのか、側近の二人はそれ以上の意見を言うことはしなかった。側近二人は顔を見合わせて、指示の通り別の場所を探しに馬で駆けていった。
「白き魔女……ふん、些細なことだ」
秘密を垣間見たアンナを探すため、側近二人が離れていくのを確認したヨハンは、その様子を鼻で笑った。
「では探すとするか。本来の探し物を、な」
本来の探し物はアンナではなく、別にあるかのように言うヨハンは、馬を下りて冒険者ギルドの中に入っていく。側近二人がくまなく探したはずの場所だ。
「どこにある、我が師の魔法書よ」
白き魔女など、元よりどうでも良かった。
ヨハンの探し物とは、復活の大魔法が記されていると言われる、大英雄ゲルタの魔法書だったのだ。側近にも明かしていない自身の真の目的を果たすため、冒険者ギルドに立ち寄ったのである。
「地下室か。……感じるぞ、我が師の魔力を」
ヨハンは何かに導かれるように、真っ直ぐにギルド長室に向かって行った。そして彼の視線は、ギルド長室の地下に釘付けにされていた。
「この程度の錠、造作もない。〝アイスソード〟」
ヨハンは錠を得意の氷魔法で切り裂いた。はしごを下りると、地下室には様々な衣装が掛けられていた。アプリコットの趣味なのだが、ヨハンの興味はそこには全くない。掛けてあった衣装を次々乱暴に放り投げ、導かれるままに目的の物に辿り着く。
「あった、あったぞ。間違いない、これが我が師・大英雄ゲルタの魔法書。ふふ、くくく……粗雑に扱われたものだな、我が師よ」
無感情のヨハンが笑った。部屋の奥の方に置かれていた本を手に取り、満足そうに。
彼の目的は、復活の大魔法すら記されているとされるゲルタの魔法書、その入手。
しかしこの男は、この後こう続けた。
「今あなたをこの世に呼び戻そう。そして、私は――」
地下室から出て、冒険者ギルドを後にしようとした時のことだった。
この男の野望には、まだ続きがあるのだ。
誰かを復活させるつもりなのか、それはやはり尊敬する師・ゲルタなのか――
その時、ヨハンは何かに気付いてぴたりと足を止めた。
「助け……てくれ……っ! 助けて……くれっ! 俺は……英雄……ベルト……!」
まだ冒険者ギルドにいたヨハンは、その声が別の地下から聞こえてくることに気付く。普段なら何の興味も示さなそうなヨハン。だが彼は、その男の声を辿って別の地下室へ歩を進めていた。
「よ、良かった聞こえたか! 誰かいる気配がして呼びかけたんだが……ま、まぁいい、あんた俺を助けてくれないか! 俺は、剣の大英雄・ギルベルトだ!」
そこは悪さを働いた者を捕らえておく、地下牢だった。その牢屋の中に一人の大男が――かつてアクトン村で悪行を働いた、あの偽ギルベルトが捕らえられていたのだった。
「貴様が剣の大英雄ギルベルト? 私の目にはどうも、山賊にしか見えないのだが」
牢の向こう側のヨハンは、無表情に答える。その目の奥底には、微かな揺らぎがあったようにも見えた。
「う、嘘じゃねぇよ! 今は奪われちまったが、神雷剣だって持ってる! 上で何かあったんだろ? 頼む、俺だけでも逃がしてくれよ!」
辺りには他にも捕らえられている者がいた。他の者達が助けを求めないのは、このヨハンが明らかにこの街の者ではない――即ち逃がす理由も方法も持たないと気付いたからだろう。
「頼むよ若いの……いや、兄貴! か、金か? 女か? ここから出られたら、この剣の大英雄ギルベルト様が、お前の願い何でも叶えてやる! 大英雄の力を使えば、何だって――」
「そうか、貴様が剣の大英雄ギルベルトか。……そこまで自分をそう思い込むなら」
ヨハンは無表情のまま、氷の魔法を指に発現させた。人さし指に作った一本のつららを使って、鍵を破壊するのかと偽ギルベルトは笑顔になった。が。
「――殺しておかねばなるまいな」
そのつららが貫いたのは、偽ギルベルトの心臓だった。牢にしがみついて訴えていた大男の心臓に、凍てついた刃がゆっくり、ゆっくりと埋まっていく。まだ意識のある偽ギルベルトは、何故こんな目に遭っているのか、理解が出来なかった。
「ど、どうし……て……!?」
「当然だろう? 大英雄は七人で十分なのだから」
偽ギルベルトの最期の言葉は、その一言だけだった。ヨハンは冥土の土産にと答えてやる。しかし――その真意までは分からない。
復活の大魔法を手に入れて、誰かを蘇らせようとするヨハン。野望には続きがあり、大英雄は七人で十分と答える。
ヨハンは、まだ何かを成そうとしている。
「その名を騙らなければ、長生き出来たものを」
偶然地下牢から聞こえた言葉は、普段なら何の興味も持たない言葉だっただろう。だがヨハンは、大英雄という言葉に反応して、この場にわざわざ足を運んだのかもしれない。
「剣の大英雄ギルベルトというのも、他愛もないな」
目の前で息絶えた男が偽物と知りながら、ヨハンはそうとだけ言い残してギルドを立ち去る。




