大冒険者・エイプリル(予定)
大通りの真ん中に立つエイプリル。たった一人で、残り六人の山賊と立ち向かう。
「エ、エイプリル、相棒だなんてそんな、嬉しい――って、今はそれどころじゃないわね、六人相手なんてっ……」
大怪我を負い、地面から立ち上がることもままならないアンナが背後で言う。白き魔女は、魔力も残り僅かだ。
「大丈夫! アクトン村では七人まで保ったから。相棒を信じて」
エイプリルはアンナが知らないことを言った。何のことだがさっぱりだったアンナだが、今までのエイプリルからは想像出来ない安心感が、その背中には宿っていた。
「……って言ったけど、やっぱりちょっと怖い~っ!」
「エ、エイプリル、危ない――」
明確な殺意を向けられ、エイプリルは少しだけぶるっとしてしまう。その隙を突かれ、山賊達が一斉に魔法の短剣を投擲した。
「――フンっ!! 効くかそんなものーっ!」
だがエイプリルは堅実に盾で防ぎきった。アンナにももちろんその凶刃は届かず、一撃目は無傷でやり過ごす。山賊は休む暇を与えぬと言わんばかりに、第二撃の短剣をすでに手にしていた。
「中距離戦に持ち込むつもりね……! エイプリルは典型的なインファイター、相性が……!」
「そういえばちゃんと見せたことなかったね。……いつも怯えてたからだけど。私のカウンターは、この距離でも――」
山賊が一斉掃射を始める。第二撃目は足元を狙った攻撃だ。エイプリルはしっかりとその狙いを把握し、地面に膝立ちして全身をカバーする。
「届く! 〝ダッシュ・カウンター〟!」
そして、地面にひびが入るほどのダッシュで、一息で山賊の群れの中に突撃していた。攻撃後の隙をエイプリルは逃さず、山賊の一人に鉄剣を振り抜いた。アラン山賊団は斬撃耐性も多少持っているようで、切りつけられた山賊はぶっ飛ばされて戦闘不能に陥った。
「まず一人! 次はお前だぁっ!」
直後、瓦解した山賊の内の一人が距離を取りつつ短剣を放った。目の端でしっかりと捉えていたエイプリルは、盾で堅実に一度ガードした後、お得意のスマッシュ・カウンターで二人目も沈めていた。
「二人! うおおお、まだまだ私は戦えるぞおおお!」
「な、何なのあの子、この局面で元気過ぎ――いえ、そうか、だからなのね。あの子くらいなものよね、この局面でも、まだ一回も戦っていない冒険者なんて――!」
怯えていたはずのエイプリルは、打って変わって元気いっぱいに暴れまくっていた。一方の残り四人の山賊達は、明らかにその動きが鈍かった。
それはそうだろう。前線を突破してここまで来たからには、すでにいくつか戦闘をした後なのだ。回復薬を使ったかもしれないが――それでも、まだ一回も戦っていない、せいぜいアンナを探し回っていた程度な、体力MAXのエイプリルを止めることは、簡単ではなかったのである。
そしてもう一つ。決定的な要因がある。
「――三人目! 残りは後三人か、大丈夫、やれるぞエイプリル……お前には、あのるー君がついているんだぞ!」
数を減らされ、残る三人の山賊は戦法を変える。一気に距離を詰めて三人で取り囲み、近距離戦を仕掛けてきたのだ。一人二人が反撃されようとも、最後の一人で止めを刺せればそれでいい。三人同時でかかればカウンターの致命傷も避けられると踏んでの、協力攻撃だった。
「四人目! ――痛っ」
四人目を撃破した時、チクリとした痛みを腕に感じて、短剣が掠めたことに気付くエイプリル。肩の辺りから赤い血が流れるのが視界に入る。一瞬、恐怖に脚を取られた。
「怖くない……怖くないっ! るー君を信じろ!」
更なる短剣の追撃が、盾を滑って頬を掠めた。当たっていれば決定打となった一撃。だがエイプリルは、致命傷を確実に避けていた。
「〝スマッシュ・カウンター〟! ――五人目、あと一人!」
恐怖に囚われそうになった時こそ、ギルベルトを、大英雄を信じることで息を整える。
――それが決定的な要因か? いや違う。アンナが答えを言う。
「普通に戦ったらまぁまぁ……いえ、ちょっとだけ強いのは知ってたけど……何かこの短期間で凄いパワーアップしてるじゃないっ! 一体、どんな先生に特訓してもらったのよっ!」
精神的な部分の他にもエイプリルが成長していることに気付き、嬉しさ溢れる表情になっていた。
そう、それが最大の理由だった。エイプリルは連日、あの剣の大英雄から指導を受けていたのだ。さらにその一環として、彼から直接攻撃を受けたりもした。
超めちゃくちゃ手加減された一撃ではあったが、それは紛れもない大英雄の一撃。史上最大の危機を打ち払った史上最強の一撃を、二日間とはいえ受けてきたのだ。
大英雄の一撃に比べれば、山賊の一撃など実に幼稚。大英雄と臆病者の特訓は、ここにきて想像以上の効果を現すのだった。
「エイプリル……本当にあんたは、頑張るだけは一人前なんだから。――私も、こんな所でへこたれてる場合じゃ」
「――そうだな、そんなところで休んでる場合じゃないよなぁ」
「あ、あんたは、まだ生きて――」
背後から不意に声を掛けられたアンナは振り向くが、遅かった。
「六人目! ハァ、フゥっ! や、やったよアンナ、私全部倒し――ア、アンナ!?」
無我夢中で戦っていたエイプリルは気付かなかった。アンナに魔の手が迫っていたことに。アンナが座っていた場所に目を向けた時、エイプリルは固まった。
「武器を捨てろ冒険者! さもなくば白き魔女の息の根を止める!」
一番最初に倒したと思われる山賊――若き頭領が、アンナを人質に戦線に戻っていたのだ。エイプリルは緊迫した事態に判断がつかなくなる。
「そんな、ちゃんとカウンターは入ったはず……! もしかして、アンナを避けようとして、ポイントがズレた……!?」
カウンターは確かに入った。現に若き頭領の口からは血が溢れている。しかし耐性と、何より捕らわれていたアンナに当てまいと無意識的に避けてしまったため、従来ヒットさせる目標からズレが生じてしまっていたのである。
「聞こえなかったのか冒険者! 捨てないと言うなら、今すぐ白き魔女を殺してもいいんだぞ!」
「エイプリル、話を聞いちゃダメよ! 私に構わずやって!」
片腕でアンナの首元を挟んで、盾にするように、要求を述べる山賊の頭。逆の手にある魔法の短剣を、アンナの顔に突きつけていた。
「わ……分かった、言うとおりにする」
「エイプリルっ!」
エイプリルは眉をひそめ、それこそ死ぬ程熟考し――武器を捨てることを選択した。剣と盾を足元に置こうとするが、若き頭領は首を横に振る。反撃の余地を残したくはないのだろう、エイプリルはうんと遠くに投げ捨てた。
「篭手とブーツも脱ぎ捨てろ! ――バカが、見捨ててこの女ごと斬ればいいものを!」
言われたとおり篭手とブーツも脱いで投げ捨てたその瞬間、血が零れる若き頭領の口元が歪んだ。頭領は持っていた魔法の短剣を一本から三本に増やすと、その全てをエイプリルの――片脚に放った。
「いったあああいっ!」
「エ、エイプリル! おいお前、狙いは私でしょ! 私をやりなさいよ!」
「そうだ、狙いはお前だ。だからお前の友人から、こうやって痛めつけるんだろうが」
山賊は苦しむエイプリルと、そしてアンナを見て心底愉快そうに笑った。隙を見せないようにすぐに次の魔法の短剣を作り出す。右脚にまだ刺さったままのエイプリルに向けて、今度はその逆の脚に三本投げつけた。
「ぐ、うあぁぁっ!」
「エイプリル! もうやめて! あの子が死んじゃう!!」
「簡単には殺さないさ、あの冒険者も、お前もな。ひひひ、オヤジ見てるか……あんたの仇、今最高に苦しんでるぜぇ! 愉快過ぎて、笑いが止まらねぇよ、ヒヒ、ヒヒヒヒッ!」
怪我のせいもあってか、若き頭領はもはや気が狂っていた。続け様に短剣を作り出すと、次は右腕に狙いを定め、躊躇なく投げた。
「痛い、痛いっ……!」
「エイプリル、エイプリル! ちくしょう、私のせいで、エイプリルがあぁ……!」
この時ほどアンナは魔力切れを呪ったことはなかった。自分のせいで敵の言いなりになり、血まみれにされている親友の姿を見ても、アンナはただ敵の腕の中でもがくしか出来ない。残された魔力はファイアストーム一発分。逃げ出す隙すら、作り出せない。
痛ましい親友の姿を、辛くてもう見ることも出来なかったアンナは、顔を背けてしまう。赤い髪の毛がかかって、視界から彼女が消える。
「アンナ、言ったでしょ! 私を……相棒を信じて、って」
しかし傷つくエイプリル自身が、それを許さなかった。彼女は信じている。まだこの状況を打破出来る何かを。
「いいぞいいぞ、簡単には壊れてくれるなよ冒険者! 白き魔女に地獄を見せるまではなぁっ!」
そうして若き頭領は右腕、両肩と、殺さないように短剣を投げ、刺していく。一通り投げた後、もう一度脚へと狙いを定めて、エイプリルの四肢だけを器用に狙い続けた。
いつしか男は――恐れを抱き始めていた。
「こいつは、何だよ……」
両腕と両脚に無数の短剣を刺された彼女の体は、異様だった。びっしりと短剣が突き刺さり、もう刺すところがないくらいだ。山賊は作り出した魔法の短剣を一本投げるが、すでに刺さっている短剣にぶつかって、地面に落ちた。
「何で立っていられるんだ、冒険者ぁぁぁぁっ!」
そんな状態のエイプリルは、決して膝を付こうとはしなかった。いつからか悲鳴を上げることすらしなくなり、地面には夥しい血が流れている。もう死んでいるのか――微動だにしない彼女はしかし、確実にその脚で立っているのだった。
「何で……? 分からない……の……?」
消え入りそうな、本当に吹けば掻き消えてしまいそうな声で、エイプリルは言う。まだ彼女は生きている。そのことに一番驚いたのは、短剣を投げ続けた若き頭領だった。
「私は……大英雄を……信じて、る。るー君を……信じてる……!」
「お前は何者なんだ、い、一体、一体ぃぃ……!」
一歩、エイプリルは前に出る。そんな傷だらけの状態で、短剣にまみれた体で。
――彼女はまた一歩、前に出る。
「私は、冒険者だよ……大英雄に憧れる、ただの……ううん、もう違う。私は憧れるだけの冒険者じゃない。いつか絶対、大英雄にも負けないくらい立派な人になるって決めたんだ」
若き頭領は恐怖を感じて、後ずさる。エイプリルはもう一歩――前に出る。
「私は、大冒険者エイプリルだ! こんなところでくたばってたまるかあぁぁ!」
どんな状況に陥ろうとも前を向くことをやめないこの人間は――
死の淵に立ってもまだ、前に出る。
傷が消えるわけではないが、彼女の四肢に刺さっていた魔法の短剣は消え去っていた。異常すぎる女の行動に、若き頭領は完全に気迫の面では押し負けていたのだ。
それでもやはり、エイプリルは限界だったのかゆっくりと崩れ落ちる。
「し、死んだ、のか……!?」と、頭領は我に返り、短剣を消してしまっていたことに気付いた。まだ復讐は終わっていないんだと、トドメ用の短剣を発現させる。
「アン……ナ……もう私に……失望しない……?」
倒れながら、エイプリルは親友に語りかける。
「一度だってしたことない! あんたはもう、立派な大冒険者よっ!」
アンナは涙をいっぱいに浮かべて返す。するとエイプリルは、こう言い残す。
「そっか、それじゃあ……『B級冒険者如きのアンナよりも、私は上だね』」
パタリと倒れる。ようやく、エイプリルは止まった。
こんな時に挑発されたアンナ。さすがに頭に血が上る状況ではないアンナは、彼女の意思を瞬時に汲み取る。挑発されるとすぐに相手に突っ掛かるアンナに言った、エイプリルの最後の言葉。
――それは仕掛ける合図に他はない。
「……相棒、だものね。エイプリル、私はあなたを信じるわ!」
エイプリルはもう力尽きて、倒れている。だがそんな状態の彼女をも、アンナは信じる。エイプリルは親友であり、仕事の相棒だからだ。
若き頭領は短剣を発現させて我に返ったつもりだったが、腕の力は抜けていた。アンナはそれを抜け目なく感じていて、わずかに動く頭を揺らすと、その腕に噛み付いて脱出した。
「ぐあっ! この女、噛み付いて――」
「ファイアボルケーノは使えなくとも、まだこっちは使えるわ! 〝ファイアストーム〟!!」
ありったけの魔力を炎と燃やして、最後のファイアストームを放つ。炎の竜巻は術者の感情を表すかのようにいつも以上に荒れ狂い、巻き上がる炎は地獄の業火となって若き頭領を包み込んだ。
「私は、こんなものじゃ――ないわよっ!!」
本当はアンナに魔力など残っていなかった。だがエイプリルの諦めない心が、この局面でアンナにも作用し、新たな可能性を引き出す。従来の赤い炎は徐々に色を変え、やがて青い炎となって敵を焼き尽くす。
「効かないと言っているだろうが! アラン山賊団は、炎耐性に――」
「いいえ、まだよ! ――エイプリルっ!!」
それでも若き頭領を倒すに至らない。だから後は、相棒を信じる。
――その時、炎が揺らいだ。
「姿が見えなければ、怖くない!」
エイプリルは立ち上がっていた。投げ捨てた剣だけを両手に持ち、アンナ同様こちらもありったけの力を込める。信じた大英雄の特訓を思い出しながら――力の限り振り切った。
「「〝ファイアストーム・コンビネーション〟!!」」
炎の竜巻を切り裂く斬撃が、若き頭領に打ち放たれた。下から突き上げるような剣が頭領の体にめり込み、吹き飛ばされる。アンナは当に解放されている。今度は一切の迷いもない、渾身の一撃だった。斬撃と打撃の耐性も持っていた若き頭領だったが、痛烈な一撃に、完全に意識を断たれるのだった。
「へへっ、るー君……お姉さん、やったよっ……!」
大冒険者のエイプリルと、そしてその相棒白き魔女のアンナは、一〇人のアラン山賊団その残党を、見事に撃破するのだった。




