覚醒
山賊がいないのを確認しながら、こそこそと裏路地を逃げ回っていたのは、D級冒険者のエイプリルだった。友と別れた――いや、逃がしてもらった彼女は、救援を呼ぶためにどうにかして街の脱出を試みようと走っていた。
「だ、大丈夫、大丈夫だよアンナ、絶対助けを呼びに戻ってくるから……! 大学都市に行って、助けを……!」
まるで自分に言い聞かせるかのように言うエイプリル。前回襲撃された時は半分メイド服だったが、今回はしっかりと鉄の胸当てや篭手、ブーツを履いていて、愛用の剣と盾も背中に背負っている。いつだって戦える準備は整っている。
「――おい、何か物音しなかったか?」
「っ、さ、山賊……!」
徘徊していた数人の山賊が物音に気付き、周囲を見回す。エイプリルは裏口から建物の中に身を隠し、息を潜めた。
「う、うぅ……私の脚、震えないでよ……!」
戦える準備は整っている。だが心の準備はまるで整ってはいなかった。棚を背に座り込んでいた彼女の脚は、いつものように恐怖に震え、苛立ちながら両脚を押さえ込むのだった。
「気のせいだ。おい、もっとでかい店行くぞ」
山賊達は金目の物がないと悟ると、もっと実入りの良さそうな店を物色するため、去って行った。
「い、行ってくれた……よ、良かった、早く救援……う、ううん、今すぐ動くのは危ないよ、もう少し待ってからにしよう……」
言い訳染みたことを言って一休みするエイプリル。周りを観察して初めて、そこが街の小さな武器屋だったと気付く。視線の先には、木樽に収められた剣が何本か刺さっていた。
「そうだ……救援なんか頼まなくても、るー君がいる! るー君に頼めば……!」
その光景を見て、エイプリルはギルベルトの存在を思い出した。剣の大英雄と称えられる最強の男。わざわざ危険を冒して街を脱出しなくても、彼なら、いつかのように状況を打破してくれるに違いない。
「んもう、どこで何してるのるー君っ。戦うのが嫌いって言ってたけど、実は結構好きそうだったし、きっと戦ってくれるはず!」
エイプリルはギルベルトの居そうな場所に見当を付けつつ、どうやったら戦ってくれるか考える。
「でもダメだったらどうしようかな。そうだ、もしダメでも、剣を上手く利用すればっ……戦って……くれ……る――」
そうして彼女の言葉が途切れる。唐突に、エイプリルは涙を流した。
「情けないぞ……エイプリル……!!」
ただただ情けなかった。
情けなくて、悔しくて、涙が止まらないのだ。
「親友置いて逃げて、るー君利用しようなんて……情けなさすぎるよっ……」
いつからだろう。こんなカッコ悪い人間になったのは。
世界を救った大英雄に憧れた。あの人達のような立派な人間にいつかなりたいからと、故郷を飛びだした。それから、こうやって冒険者になった。
アンナという友人に巡り会い、アプリコットという頼れるギルド長に会った。辛い仕事もある中で、がむしゃらに頑張っていたら、ある日その大英雄(子供)と出会うことも出来た。
なのに今、自分は何をしているのか。何を考えているのか。
ただ地べたに座り込んで、頼まれた救援を呼ぶことも出来ず、ギルベルトを利用しようとしただけ。今のエイプリルは、小さな武器屋の隅で隠れているだけだ。
七年前――大英雄に憧れた幼い自分が今の自分を見たら、きっとこう言う。
臆病者の、卑怯者だと。
「るー君っ……」
ぽろぽろと溢れる涙を拭く。今一度、木樽に入った剣がその目に映る。
「るー君、私は――」
どうしてあの子は強いのかと、考える。
◇
――魔法の短剣がアンナの体に触れようとしたその時、小さな影がその場に姿を現していた。
「何だ、お前。冒険者の生き残り――いやいや、さっきの」
若き頭領は現れた人間を嘲笑った。周りの誰もその者の接近を止めなかったのは、一目でそいつに戦う力がないと判別がついたから。両脚が、みっともないくらいに震えていたのだ。
「ウソ、どうして……どうして戻ってきちゃったのよ、エイプリル!」
現れた小さな影とは、一度逃げて、縮こまっている冒険者。
「ほぅ……その反応。一度逃げたこの女、もしかして白き魔女の友人だったかな?」
「しまっ――」
若き頭領がにたりと口元を歪ませたのを見て、アンナはドジを踏んだことを心底後悔する。
「ハハハハッ! こいつはいい! この女を痛めつければ、お前にも仲間を失う苦しみが分かるよなぁ、白き魔女よ!」
若き頭領はアンナに向けていた短剣を、縮こまった女冒険者へと狙いを変える。一言も喋らず、目線すら合わせようとしない、両脚を震わせた女冒険者。逃げそびれた野ウサギを狩るかのように、その肩口にナイフを突き立てんとする。
「――問題。私はどの大英雄を信じて、ここに戻って来たでしょう」
いつの間に、だろうか。女冒険者は背中に背負っていた盾を腕に装備していて、その短剣をがっちりと受け止めていた。そして、何だか分からない謎の発言を繰り出していた。
「あん? ガタガタにブルってる割りにはしっかり守りやがって。大体、問題って――」
「ぶっぶー、時間切れ。答えは――」
女冒険者は剣を抜く。その基本的動作はとても洗練されていて、油断しきっていた山賊には到底対処出来ない。
「剣の大英雄・ギルベルトだ! 〝スマッシュ・カウンター〟!」
その一瞬、脚の震えは止まっていた。盾の下から突き上げるように、斜めに剣を振り抜く。研ぎ澄まされた一撃はアンナを避けて、見事に若き頭領の顔面を捉えるのだった。
頭領は吹き飛ばされ、露天に突っ込んで賞品と棚の下敷きになっていた。渾身の一撃にアンナを手放したのだが――女冒険者がお姫様抱っこして受け止めて、そのまま優しく、自分の背後の地面に下ろした。
「エ、エイプリル、あなた……!」
いつもの彼女とは全く違う様子に、アンナはこの場で一番驚いていた。目の前にいる彼女の脚は今、震えることなくしっかりと、地面を踏みしめているのだ。
「ま、まずいわよ、あいつら本気でやる気だわ……!」
「すぅ~~~~……」
誰からも臆病者と思われていた女冒険者の豹変に、残った山賊達が戦う姿勢を取る。アンナが逃げろと命令しようとした時、女冒険者は大きく息を吸って――叫んだ。
「私の相棒に、手を出すな!!」
その女冒険者の名は、どうしようもない臆病者だった、エイプリル。




