絶体絶命の時
街の大通りで対峙するは、白いローブに身を包む一人の魔女と、恨みに駆られた一〇人の山賊。
――敵の山賊は一〇人。恐らく一〇人全員が高い火耐性持ちで、魔法の短剣で斬りつけたり、投擲して戦う近~中距離タイプ。
一方アンナは一度の魔法で多数の敵を薙ぎ倒す広範囲型の魔法使い。耐性面での不利さはあるものの、万全の状態であれば問題のない敵だ。
(敵は一〇人……今の私の魔力残量だと、一発で吹き飛ばすって手は……使えないわね)
しかし今のアンナは万全からほど遠い状態。ヨハンの追跡の疲れと、冒険者やエイプリルを探す道中で魔力を消費しており、それを回復する回復薬も全て使い切った状態だ。簡単に処理出来る相手ではなくなっていた。
「白き魔女! お前が殺した男の名を知っているか! 『アラン』だ! 俺達アラン山賊団の頭で……オヤジでもあった男の名だ!」
一人の山賊がアンナに声をかけた。やたらと若い山賊で、恐らくまだ一〇代だろう。鼻に大きな傷がある彼が新しい頭領なのか、周りの男達は彼に従うような素振りを見せていた。
「知らないわね、山賊に興味はないもの。火耐性持ちなら、結構生き延びてると思うけど? それと、あんたのところの頭をやったのは、ヨハンのはずよ」
アンナは疲労を隠しきれなかったが、それでも余裕の態度を貫く。アンナの言葉に山賊が返す。
「憐れだな白き魔女。パサデナの救援でも期待しているようだが、それは来ない。パサデナからは絶対に、な」
彼は山賊の会合にいた。長い月日をかけて作戦を遂行した結果、ヨハンを信頼してしまっているのだろう、聞く耳持たなかった。そして――怨嗟の表情を向けてこう続けた。
「お前は絶対に殺す。仲間とオヤジを殺したお前だけは、俺達の手で絶対にな。だが簡単に死ねると思うなよ。地獄の苦しみを味わわせてから、その喉をかき切ってやる!」
「……そうね。あの氷男に借りを返すまで、簡単には死ねないわね!」
アンナは言いきる前に杖を振りかざした。そこから魔法を――放つことはせず、一人の山賊に投げつけて、攻撃していた。
「杖を投げて攻撃するまでに魔法を使っていたか、白き魔女!」
「そうよ、だからちょっと――エグいわよ!」
魔力とは魔法を使うための源泉であり、それがなければ魔法を発動させることは不可能。魔法使いが魔力を失った時、それは戦闘力がなくなったことを意味する。
(今の魔力残量で使える魔法は限られてる。ファイアボルケーノはあと一発、ファイアストームは三発……となると、低位魔法のファイアボールをメインに使って、数を減らす!)
だがB級冒険者を約束された彼女は違った。投げ放たれた杖を、短剣を持つ手で不用意に弾こうとした山賊は、その隙を突かれ懐に潜り込まれる。アンナが股間に膝蹴りを一度見舞うと、山賊は前屈みになって頭を突き出した。
「気管を焼き付けなさい! ――〝ファイアボール・トラチーア〟!」
そして地面に落ちていた杖を足で踏み、手元まで跳ねさせてキャッチすると、持ち手の部分を山賊の口に突っ込んで魔法を放った。噛みしめていた山賊の歯を叩き折って無理矢理ねじ込み、気管を焼き切るというエグい魔法だった。
「さすが高い火耐性ね、内臓への攻撃も耐えるってわけ!」
耐性はその者の全てを対応属性から守るものだ。体内だろうが何だろうが、一定の防御効果はあるのだった。だが――今のエグい魔法を食らった山賊は、股間を潰されたりの大きなダメージもあったためか、戦闘不能に陥っていた。
「白き魔女……! まだ仲間を殺したりないか!」
アンナに魔法の短剣が襲いかかる。魔法で発現させた短剣を投擲して攻撃するという、アラン山賊団独自の戦法。
皆で討伐した際は青いオーラを纏った短剣だったが――この一〇人が纏う短剣のオーラは、不気味な黒だった。
「魔力が尽きたからって大人しく死んであげると思ったの? トップが未熟だと、下は苦労するわね!」
そう挑発するアンナは、投擲された短剣を容易にかわしてみせた。そして今度は、いつも被っている大きなとんがり帽子を回転させて投げつけた。
「〝フラッシュファイア〟!」
「目眩まし――!?」
白の帽子のつばにちりちりと炎が燻る。次の瞬間、強烈な閃光が辺りに走り、数人の目を眩ませる。その一瞬の閃光に紛れて、アンナは逃げることを選択せず――一人の山賊に足払いをかけて地面に倒し、その顔面をブーツのヒール部分で踏み付けた。
「〝ファイアボール・ブーツ〟!」
ヒール部分から炎が発射されて、山賊の顔面の皮膚、その内側が、紙の灯籠のように鈍い光を放った。高い耐性がなかったら焼き殺されていただろう一撃、山賊は命こそ助かったが、この戦いで二度と立ち上がることはなかった。
「くそっ、白き魔女め! お前は絶対に俺達が殺すんだ! 絶対にぃぃぃ!」
激しい恨みが力の限界を底上げしているのか、アラン山賊団の攻撃が激しさを増した。若き頭領だけでなく、残り七人の配下の者もだ。アラン山賊団がオヤジと慕う元頭領は、かなりのカリスマ性があったようだった。
「これじゃ、フラッシュファイア程度では逃げ切れないわね……! ファイアボルケーノはまだ使える……けど、あんまり早く私が倒れたら、あの子が――」
戦略を練っていたアンナに、一瞬だけエイプリルの顔がよぎった。それが、決定打だった。
「お前は絶対に殺すう゛!」
「速っ――〝ファイア――」
怒りに目を血走らせた若き頭領が、自殺でもするかの如き無謀な突撃を仕掛けていた。アンナは素早く杖を振るって魔法を行使しようとしたが――間に合わなかった。頭領が持つ魔法の短剣はアンナの腕に深々と刺さり、動きが一瞬止まる。
「く、ううぅっ!」
「と、捉えたっ! 大人しくしろおお!」
仕掛けたはずの頭領も予想外だったのか、驚きながらも追撃を放つ。腕に刺した短剣はそのままに、新たに魔法の短剣を発現させると、今度はそれをアンナの横腹に刺した。
「かはっ! は、離れろ、〝ファイアストーム〟!」
「ぐがあぁぁ!」
アンナはそこでようやく魔法を放つ。ナイフが刺さったままの震える手で杖を握り締め、ファイアストームで牽制、距離を取ることに成功した。
「なーんちゃってな、ハハハハハッ! 炎耐性を持つ俺が、その程度の魔法じゃ焼き殺されはしないんだよ! ……は、ハハハ、やった、やったよオヤジ! オヤジの仇、これで討てるよっ!」
当然、ファイアストームではアラン山賊団には大きなダメージを負わせられない。一瞬怯ませるくらいは出来たが、直撃したはずの若き頭領は、無傷に等しい状態で立っているのだった。
「そ、そう……ここまでね……ほら、殺しなさいよ……」
深手を負ったアンナは、腕と脇腹のナイフを抜こうとはせず、地面に膝をついていた。白旗を掲げているかのような弱々しい態度に、配下の一人が武器をしまって無防備に近付いた。
「でもごめんなさい、簡単には死ねないのよ。〝ファイアストーム〟!」
しかしアンナは、まだ戦う意思を持っていた。無防備な山賊の口に杖を突っ込んで、ファイアストームを見舞う。体内に炎の渦をぶち込まれた山賊は、口から煙を吐いて倒れるのだった。
「――この悪魔めっ! 杖から手を離せ!」
獲物を仕留めて笑顔さえ見せていた若き頭領だったが、アンナの悪あがきに表情を一変させた。まだ戦うつもりだったのか、地面に膝をついたまま今度はその頭領に杖を向けたが、足で蹴飛ばされて、遂に杖を手放してしまうのだった。
「捕まえたぞ白き魔女……この時をどれだけ待ち望んだか
「ハァ、ハァ……それはご苦労様……これでほぼ全部使い切ったわ……後はどうぞご自由に」
若き頭領はアンナの首を掴み、吊し上げるようにそのまま持ち上げた。指が喉に食い込んで、呼吸もままならない状態だった。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ。お前は俺のオヤジを殺した。俺を立派にここまで育ててくれたオヤジをな!」
持ち上げる腕に力が込められる。吊し上げられているアンナは本能的にその指を外そうと細い指で抵抗するが、無駄な足掻きだった。このまま絞め殺されると思いきや、力が緩んで呼吸を許された。
「ゴホッ……大層な人間みたいね……」
「そうだ。オヤジは捨て子だった俺を……いや、ここにいる俺達を拾って育ててくれた親同然の男だった! お前に分かるか、親を殺された俺達の気持ちが! ……楽に死なせはしない、これからじっくりいたぶってから殺してやる」
若き頭領は父親の姿を思い浮かべたのか、その目にはわずかに涙が溜まっていた。
「育ててくれた、親……? ふ、ふふ……ふふふ、あははははっ!」
アンナは、突如大笑いした。
「気が狂うのはこれからだぞ、何を笑っていやがる」
「あははっ! ――笑うわよ、それは。笑わずにはいられないわ!」
首元を絞められているこんな状況でも、アンナは余裕の笑みを貫く。そして、山賊達に真実を告げた。
「あんた達は拾われたわけじゃない。本当の親から奪って、都合の良い兵隊として育て上げただけなんだからね!」
首を絞める力が微かに弱ったのを、アンナは感じた。さらに続ける。
「アラン山賊団は義賊でも何でもない、ただの泥棒よ。適当な村を襲撃した時に、偶然子供だけが生き残ったんでしょうよ。それがあんた達。親を殺された気持ちが分かるか、ですって? ……本当の親はそのアランに殺されたっていうのに、そいつの仇討ちをしようだなんて言うのだから、笑わずにはいられないわ!」
「だっ、黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
何も知らずに共に過ごしてきただろう若き頭領は、明らかに動揺していた。首を絞める力が一層強まり――死にかけたアンナを見て、冷静さを取り戻す。簡単には殺さない、そう誓ったからだ。
「ハァ、ハァ……若い衆には情報は秘匿されていた……簡単よね、人を騙すことなんて」
「でたらめだ! もういい、仇の言うことを聞く必要はない、無駄口が叩けないようにその口から切り刻んでやる!」
若き頭領の手に、復讐に染まった黒いオーラを纏う、魔法の短剣が出現した。ゆっくりとそれがアンナの口元に迫る。
「挑発には乗るな……ボスが言っていたことね……」
想像を絶する苦痛を前に、アンナは落ち着いた様子だった。平和な日常だった少し前を思い出す。
アプリコットは名前を呼ぶと怒り、お酒を飲むとコロっと許してくれる少女。感情の起伏は激しいし、厳しい人だけど――優しい人だったことを、アンナは知っていた。
「あの子は……もう逃げた頃、よね……」
無二の親友エイプリル。彼女はいつまでたっても臆病で、戦いにならなくて。大英雄にうるさい子だったけれど、憧れるその気持ちは誰よりも強くて。どんなにへこたれても即座に前を向く強い女性、そんなところに惹かれていた。
「ギルベェ君……約束守れなくて、ごめんね……」
そんな彼女が連れて来た謎多き少年。いつも落ち着き払って何を考えているのか分からない可愛い男の子。また大浴場で洗いっこする約束はもう、果たせそうになさそうだ。
「何をブツブツ言っている!」
「――あなたへの忠告、だけど?」
アンナは現世にお別れを済ませたかのような、すっきりとした目を若き頭領に向ける。喉を絞めるその腕を、アンナは両手で力強く掴んだ。
「まさかお前、まだっ――!!」
「実は私、杖がなくても魔法が使えちゃうのよ。――共に地獄に落ちましょう、〝ファイアボルケーノ〟!!」
普段杖を使っているのはカムフラージュ。その魔法はアンナ最大の火炎魔法だ。高い火耐性を持つアラン山賊団をも壊滅させた必殺の魔法。自分ごと焼き殺すつもりで、あえて残していた魔力を全てここで出し切った。
――が。辺りにはピンと張り詰める空気以外、何も変化は起きはしなかった。
「……そ、んな……一発分の魔力は、確かに残されて!」
すると、若き頭領はアンナの脇腹に刺さったままの短剣を引き抜いて言った。
「ハハハハハッ! お前に刺さった短剣、それはな、お前用に編み出した、魔力を奪う短剣なんだよ!!」
刺された痛みで気付かなかった。アンナは、体に刺さった短剣から魔力を吸い取られていたのだ。黒いオーラは復讐の色――アンナを殺すためだけに編み出された、『魔女殺しの短剣』だったのである。
「くそ、くそっ! でもまだファイアストーム一発分は――」
「なら撃ってみろ! 撃ったところで何も変わらないけどな! ハハハハハッ!」
山賊達が笑う。アンナは切り札を奪われ、途端に恐怖に震えだした。
「楽に死ぬつもりだったから、余裕ぶってたわけか。だがそれがなくなった今……おお、おお、あの白き魔女が、みっともなく震えているぞ!」
「う、うう、ちくしょう、こんなはずじゃ……!」
アンナはどうにか逃げようともがくが、無駄だった。頭領は新たなナイフを手にし――それは近付いてくる。
「口を切り裂くのは後にしよう、楽しみが減りそうだ。まずはそうだな……爪から剥がして、次に指を一本ずつ……いや、その前に皮を削ぎ落とそう。ククク、大丈夫だ、意識を失ったら、ちゃんと起こしてやるから」
いつだって戦う覚悟は出来ていた。死ぬ覚悟も同じだ。
だが、こんな拷問を受ける覚悟なんてしていなかった。短剣の鈍い光を見て、アンナは必死に宙に浮く脚で蹴りを入れ、締め上げる腕を殴るが――爛々と目を滾らせる若き頭領には何の効果もない。
傷付けられたくない、
痛い目に遭いたくない、
生き地獄なんて耐えられない、
殺されたくない、
死にたくない、
「誰か、助けてっ……!」
涙を浮かべたアンナの口から、無意識にその言葉が漏れたその時。
手を差し伸べる小さな影が、その場に姿を現していた。




