果たせなかった約束
走るアンナの背中に、狂騒が迫る。くるりと振り返ると、山賊達が略奪に気を取られている隙を見つけ出していた。
「みんな、合わせて! 〝ファイアボール〟!」
アプリコットの指示通り、かき集めた冒険者達を従えていたアンナは、彼らに一斉攻撃を命じた。極力街の建物等に飛び火しないよう、正確に山賊達だけを狙った冒険者達の魔法は、見事命中し無力化するのだった。
「さ、さずが白き魔女、ノーダメージで山賊一〇人くらい倒せたぞ!」
「今の奴等は略奪ばかりに目が行っていたからね。先行しすぎて援護の部隊もいなかったし。けど……キリがないわね……」
集めた冒険者は一〇〇人程度だ。ひとかたまりになって行動はせず、二人一組でお互いフォロー出来る距離を保つような――いわゆるツーマンセルでのフォーメーションを組んでいた。
「アンナ、これからどうする? 冒険者はあらかた集まった、反撃に出るか?」
組んでいた冒険者に聞かれたアンナは、建物の陰等で指示を待つ他の冒険者達を見る。ここに残っている冒険者は皆腕のある者達。今のグレンデールでの最高戦力。勝利に至らなくとも、敵に一矢報いることくらいは出来る戦力だ。
「そうね。……あらかた、集まったわね……」
しかしアンナは、ある冒険者がまだ合流していないことに気付いていた。D級冒険者のエイプリル。戦力には到底ならなそうな、けれど彼女の無二の親友とは――未だ合流出来ていなかったのである。
「本当に……どこで何やってんのよ、アノ子は……!」
山賊はもう街に入り込んでいる。最悪の結末がどうやっても脳裏を掠めるが、アンナは頭を振り払って考えないようにする。今はアプリコットの指示を遂行し、反撃の機会を窺う時だと言い聞かせる。
「――行けよ白き魔女。エイプリルを探したいんだろ」
「な、何よ急にっ、今はそんな時じゃ……!」
組んでいた冒険者が、唐突にエイプリルのことを口に出してきた。その冒険者が建物の陰に待機している仲間達に親指を向け、そちらに視線を向けるようアンナに促す。合流を果たした仲間達は、言葉にせずとも心得ているといったような顔付きで、皆頷いてみせるのだった。
「いいから行けって。後のことは俺達が引き受ける。君はここまで十分すぎる働きをしたんだ、ちょっとわがままをするくらい、ボスも許してくれるさ」
「あなた達……でもっ……」
「敗戦確定くらい、俺達だって気付いているさ。行けよ、君一人いなくなったところで、どうせこの戦況は覆らない」
恐怖に屈するわけでもなく、完全に諦めたという様子でもなく。そんな表情の彼らは、ここまでのアンナの貢献を鑑みて、最期くらいは好きに生きろと、その背中を押して上げるのだった。
「……そ、そこまで言うなら、仕方ないわね」
こんな状況でも強がるアンナは、今いる裏路地から別の道へ抜けようと、歩き出す。
「みんな。また会えたら、酒でもおごるわ」
最後にそう伝えると、エイプリルを探すため、アンナは一人、山賊に支配されようとしている街を駆け出した。
◇
街のあちこちから火の手が上がる中、アンナは駆ける。山賊はかなりの数侵入していて、目立たない裏路地を通るようにはしていたが、鉢合わせる回数は確実に増えていた。
「〝ファイアストーム〟! ――く、もう回復薬も使い切ったんだから、早く姿を見せなさいよ、エイプリル!」
冒険者達に単独行動を任されたのは、戦力を割くわけにはいかないという点と、彼女の力に付いていける者がいなかったからという点だ。素早い判断で敵を無力化していくが、それでも限界はある。魔力を回復する薬が、尽きてしまっていたのだ。
「――アンナ! よ、良かった、無事だった!」
「エイプリル! 何でこんなところに……ずっと探してたのよ!」
タイムリミットを感じながら、裏路地を行くアンナは遂にエイプリルを見つけ出した。見たところケガもなく、アンナと同じように裏路地をうろうろしていたようだった。
「だって、アンナが危ないと思って、私も探してて……良かった、良かったよぉ~!」
「ば……バカ、私がこんなことで危機に陥るわけないでしょ! あんたこそ無事で……ま、まぁ、良かったんじゃない?」
危機を感じ取って、エイプリルもアンナを探していたのである。行き違いでなかなか合流出来なかった二人だったが、ようやく合流を果たす。アンナは、こんな時でも自分の気持ちを素直には伝えなかったが。
「っと、今はこんなことしてる場合じゃないわね。大丈夫、立てる? ここにも敵が来てる、本格的にやってくる前に……あなたにお願いがあるの」
喜びからへたり込んでいたエイプリル。彼女の手を取って立ち上がらせるが――その脚がいつものようにガクガク震えていることに、親友であるアンナは気付いていた。
「お願い……?」
「ええ。グレンデールは間もなく陥落する。あなたはグレンデールを脱出して、大学都市に救援を呼んでほしいの。出来る?」
まるで子供に言い聞かせるように、アンナは言う。近隣都市にはすでに救援を出しており、アンナもそのことは知っている。だが、アンナはエイプリルにそう指示した。
「グレンデールが陥落、って――そんな! ボスは、ボスはどこにいるの!?」
ずっと探し回っていただろうエイプリルの耳には、ほとんど情報が入っていない。切迫した事態を耳にした彼女は軽いパニックになる。アンナは、アプリコットのことを聞かれ――首を横に振った。
「ボスはたった一人で、立派に戦ってくれたはず。けど……街にこれだけの山賊が入り込んだってことは……もう……」
エイプリルを落ち着かせるように、その肩に手を置いた。アプリコットとの色々な思い出が蘇る。彼女が迎えたであろう結末を口にしたアンナも、悔しさから、その手は微かに震えていた。
「うぅ……ごめん、アンナ、あなたも辛いのに……」
「……謝るのはやめましょう。ボスのためにも、今は私達に出来ることをする」
エイプリルの不安を少しでも取り除こうと、アンナは気丈に振る舞う。その甲斐あって、エイプリルも幾らか落ち着いたようだった。
「さっきの私の話、覚えてるわね。大学都市に救援を呼んでほしいって」
「救援……う、うん分かった、アンナも一緒に」
「私は――」
自分のこれからの行動を伝えようとした時、不意に背後から男の声がした。
「見ぃ~つけたぁ……白き魔女!」
「っ――〝ファイアストーム〟!」
見るまでもなく、山賊と気付いた。アンナは杖の先から得意の炎魔法を瞬時に繰り出して、撃退する。
「て、敵!? いつの間に――」
「……囲まれてる。逃げるわよ、エイプリル!」
アンナはエイプリルの手を取って路地を駆ける。建物に阻まれた狭い道。山賊の姿は見えないのだが、気配で囲まれていることを察知したアンナは素早く行動に移った。
「しつこい……! 怨念めいたしつこさね、逃げ切れそうにないわっ……」
「あ、アンナ、私も戦うよっ」
建物内に入り、息を潜めるアンナとエイプリル。だが男達は決して二人を逃がそうとはしなかった。女に飢えているのか、はたまた別の理由か。そんな山賊を前に、アンナは戦うと申し出たエイプリルを見る。そして、その意見を拒否した。
「ダメよ、もし捕まって救援を呼べなくなったら、それこそ終わりだわ。あなたは何が何でもグレンデールを脱出して。私が援護するから」
「そ、そんな、だってアンナ……辛そうじゃない! もう魔法もそんなに使えないんじゃ……!」
アンナは息を切らし、脂汗をかいていた。表情こそ余裕を貫いているが、それがいつもと違った様子ということは、エイプリルにだって分かっていた。
「あなた如きが……私を見くびらないで」
「で、でも――」
痛烈な言葉を返すアンナ。エイプリルの言葉を挑発と捉えたのか――いや、そうではない。
「あなたが戦うですって? ……こんな時に冗談言わないでよ!!」」
怒鳴るアンナ。辺りの山賊はそれで気付いただろうが、構わず続ける。
「いつだって逃げ腰で、頑張るって言ってもずっと怯えたままで! 今だって脚が震えているじゃない! 特訓していたんじゃないの、ねぇ!?」
「ア、アンナ、私は……っ!」
この罵声も、すでに出している大学都市への救援を彼女に求めることも。
目の前のエイプリルを逃がすため。
――エイプリルの目にやがて涙が浮かんでいく。ここまで言われても、エイプリルの脚は震えたままだった。
「もうあんたの面倒を見るのはうんざりよ! 立って逃げるくらい、自分の力でやりなさい!!」
「アンナ……アンナ……!」
全ては、親友の人生をこんなところで終わらせないための――素直じゃないアンナの精一杯の、生き延びて欲しいというメッセージだった。
「白き魔女に、友達はいないのかなぁ?」
「はん、今ので見つかることくらいお見通し――!?」
騒ぎを聞きつけた山賊が、近くの窓枠から顔を覗かせてくる。これだけ騒いだのだ、そんなことはお見通しと、アンナはその顔を見るが――
「っ! どうしてあんたがまだ生きているの――よっ!」
意外な人物だったのか、アンナは驚きながらも火の球を見舞った。裏路地への逃げ道を塞がれていると直感したアンナは、逃げ切れないと悟って大通りで迎え打つことにする。
「炎耐性持ちの山賊……そういうことね、アラン山賊団」
アンナが意外そうな顔をしたのは、ファイアストームを浴びせたはずの山賊がピンピンしているからだった。そして、今のファイアボールも。
その高い炎耐性から、彼らは全滅したはずのアラン山賊団だと気付くのだった。
「入れ替わっていた住民の中に、アラン山賊団の連中もいた。それで生き延びていたのかしらね。しつこく追っていたのは、私への恨みからか」
大通りに出たアンナとエイプリルは、一〇人の山賊に囲まれていた。男達は魔法の短剣で武装する。
「やっと見つけたぞ、白き魔女。……オヤジの仇だ、お前は絶対に俺達の手で殺してやる!!」
仲間と家を奪った名うての冒険者。山賊達は恐れるどころか、恨みを晴らせると憎しみに満ちた視線を浴びせかけるのだった。
「エイプリル、あなたの脱出を援護する。何が何でも逃げ切りなさい」
「アンナ、でも……!」
「足手まといだって言ってんのよ! 私の前から消え失せなさい!」
これが最後なのかもしれないのに、アンナは素直になれない。自分の性格の悪さに呆れながら、杖を水平に構える。火の球を一人の山賊に向けて飛ばし、道を作った。
「道は作った。早く行きなさい」
「ごめんアンナ……ごめん……ごめん……!」
ただただ謝って、エイプリルは――アンナが作ってくれた逃げ道を使い、走り去るのだった。
「雑魚を追う必要はない! ……俺達の獲物は、白き魔女ただ一人だ……!」
金にも女にも目もくれず、アラン山賊団の生き残り達は逃げるエイプリルを無視した。極上の獲物なら目の前にいると、短剣を構えた。
「今の私は最高に虫の居所が悪いわ。ブチ切れてる。地獄に落ちたい奴から、私の前に並びなさい」
囲まれるアンナも改めて杖を構え、戦闘態勢を整えた。緊迫した空気が流れる中、チラリと親友が逃げた先を見るアンナ。
――最後に、未練でも残したかのように、こう言い残した。
「……もっと素直になればよかったな」




