表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/48

大虐殺への狼煙

 グレンデールから少し離れたところには、なだらかな丘がある。わずかに斜面になったその場所は未開拓の林もあり、身を隠すにはうってつけの場所だった。


「ヨハン様、奴等は門を突破した模様です。火の手を確認致しました」

「待ちきれずに単独で仕掛けたか。想定通りだな」


 林で身を隠していたのは、ヨハンとその側近二人――そして、そのヨハンが率いる一〇〇〇を超える騎士団だった。彼らは皆馬にまたがり、いつでも戦闘に移行できる様子で待機していた。


 彼ら騎士団が到着したのは今さっきといったところだった。ヨハンがそうなるよう調整したのだ。


 監視を続けていた側近から、ヨハンは双眼鏡を受け取る。火の手が上がっていることを自身の目で確かめた時、背後の若き騎士から声をかけられた。


「山賊がグレンデールを襲うという情報は本当だったのですね。――ヨハン様、急ぎ救援に向かいましょう。余所の都市と言えど、民を守るのが我ら騎士の役目」

「そうだな。『救援』に向かうとするか」


 この惨事を引き起こした人間が、目の前の冷たい目をしたヨハンであることを、若き騎士は知らなかった。いや、いつも傍を守る二人の側近しか知らないことなのだろう。若き騎士を始め、他の騎士達も山賊討伐を口々にし、「グレンデールを救おう!」と士気を上げる。


 首謀者とも言える男を前に、救援に向かうことを無邪気にも信じる彼らなのである。


「諸君、ご覧の通りだ。我らの友好都市であったグレンデールは今、無数の山賊に攻め入られ窮地に陥っている。誇りあるパサデナ騎士団よ、旧友を救う覚悟はあるか」


 無表情のヨハンだったが、騎士団員の心を動かすには十分な演説だった。騎士団員は忠誠のポーズで応え、いざ戦地に赴かんと奮い立つ。


「よかろう、ならば騎士団長ヨハンが命ずる。街で無法を働く山賊共と――冒険者達を皆殺しにしろ」


 ヨハンの号令に、騎士団員達は一瞬理解が追いつかなかった。


「ヨ、ヨハン様、冒険者まで殺すとは一体……!? 彼らは自分の街を守るために戦っているのですよ!」


 山賊を手にかけるのは分かる。だがなぜ、冒険者とまで事を構える必要があるのか。先程ヨハンに具申した若き騎士が、慌てた様子で命令の意図を確認した。


 ヨハンは、こう述べた。 


「山賊程度に侵略を許す程、グレンデールは軟弱ではない。内から手引きした者がいるのだ。そう、門を開けるように、とな。その役割を担ったのが、一部冒険者という情報がある。納得出来たか」


 この事件の首謀者ヨハンは、一つも感情を揺らすことなく淡々と語るのだった。策を知っていた側近二人も平静を装っていたが、その無感情な語り口に、僅かながらの恐怖を感じるのであった。


「そ、それでも……全てを殺す必要は……!」

「君は、戦場は初めてか」


 若き騎士を始めとして、一部の騎士達はその理由だけでは納得しなかった。ヨハンは落胆も、高揚もせず、騎士にそう聞いた。


「は、はい……」

「ならばその目で見るがいい。戦いの現実というものを」


 ヨハンは短くそう言うと、自ら先導するように丘を駆け下りた。彼の馬に後れを取らないよう、側近と騎士団も追いかける。向かう先は無残に破壊されたグレンデールの門――そして、現在戦場となっている街の中だ。


「見たまえ。これを目にしてもまだ、私の命令に疑問を感じるか」


 その光景を、若き騎士は一生忘れることはないだろう。


 街に足を踏み入れると、そこには多くの遺体が転がっていた。その遺体から金目の物を奪おうと我先にと山賊が群がっている。息のある男は集団リンチに遭い、若い女は服を剥かれて縛られている。建物に侵入していたある山賊は、物を盗んだ後に火を点けて、大声で笑っていた。


「こ、こんな……なんて惨いことを!」

「私は大英雄の弟子としていくつもの戦いを経験した。これが現実だ」


 若き騎士は震えていた。恐怖ではない、怒りだ。力なき民を守るための誓いを立てた人間として、怒りに打ち震えているのだった。


「諸君もこれで分かっただろう。我々に相手を選んでいる猶予はない。一刻も早く、この非道な行いを止めるのだ!」


 ヨハンが改めて号令を下すと、騎士団は命令を実行に移した。非道を働いていた付近の山賊に正義の刃を突き立て、次々討ち取っていく。ヨハンは、まだ震えてその場にいた若き騎士に声を掛ける。


「君はまだ若い。納得出来ないのも分かる。だが今は――民を救え」

「ヨハン様……分かり……ました」


 若き騎士はヨハンの元を離れ、他の騎士に負けじと山賊に鉄槌を下すのだった。


 ――この時、戦いに慣れた騎士ならば気付いたかもしれない。山賊の動きが鈍いことに。その動きはまるでそう、援軍だと思い無防備を晒している仲間を、一方的に斬っているかのような。


「あ、あんた……これは一体、どういうつもりだ……!」

「ん? 貴様は……ああ、山嵐の民の頭領か」


 騎士の誰かに斬られて馬の足元に転がっていたのは、一人の山賊。あの山賊同士の会合にもいた、山嵐の民の頭領だった。


「何か私に用かな?」

「う、裏切ったな、ヨハン……! 始めから俺達の後方を襲うつもりで――」


 傷ついた体で立ち上がろうとした時――彼の首は胴体から離れていた。


「何の話かさっぱりだ」


 他人事のようだった。他人事のように言って、氷の刃で殺していた。付近には側近以外の者も数名いたが、誰もそのやり取りを怪しいとは思わない。お互いの顔は手配書や街の代表やらで割れているだろうし、何より――氷のようなヨハンの表情を読むことは、誰にも出来なかったのである。


「ヨハン様、そろそろ我々は……」

「白き魔女、あの女を探さねばならんな」


 側近の一人に耳打ちされたヨハンは、アンナのことをを口にする。続け様に、ヨハンの周りを守っていた側近以外の者に指示を出した。


「我々は別行動を取る。諸君らは手当たり次第山賊と冒険者を殺せ。護衛はいらん、私は――杖の大英雄の弟子・ヨハンなのだからな」


 その言葉にどれだけの力があるかは、彼の力を知っている騎士団員が一番よく分かっていた。小型の杖を掲げたヨハンの命に従い、騎士達は門付近の山賊達に戦いを挑んでいった。


「……ヨハン様。彼ら、命令通りには動いておりません。やはり冒険者に手を出すのを躊躇っているようで、止めを刺す振りをしているだけです」

「ふん、この際構わん。我々は彼らより先に、あの女を捜す必要がある」


 皆殺しの命令を受けた騎士団員だったが、冒険者への手は緩かった。すでに無力化している者を殺そうとはせず、どうにか知られないように情けをかけているのだった。


「ヨハン様の秘密を覗き見た白き魔女。彼女の抹殺ですね」

「……ああ。まずは冒険者ギルドに向かう。そこを集合ポイントにしている可能性はあるからな」


 アンナの抹殺。彼女はヨハンが山賊と手を結んでいる現場を見た人間だ。知られたのが彼女一人とはいえ、完璧に事を成すならば消さねばならない存在だった。

 ヨハンは手綱を引いて、行く先を冒険者ギルドに向ける。側近二人も付いて行く。


「冒険者ギルド、か。……ふ、いよいよだな」


 目的はアンナを殺すこと。なのにヨハンは、何故か冒険者ギルドの方を気にするかのように、そちらだけを口にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ