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前哨戦

 そこは門から少し進んだ先にある街の交差点。複数階建ての石造りの建物が立ち並ぶ、普段であれば街で最も人が行き交う場所だった。


「やれやれ、騒がしい連中だ。ちゃんと許可証持ってるのか? 税金とかもかかるんだぞうちは」


 非常時で静かな交差点の向こうから、決してここに入ってはならない一団が足を踏み入れようと迫っていた。イムセル兄弟の山賊団だ。騒々しく迫り来る大軍を前に、アプリコットは奇妙なまでに物静かに佇んでいた。


「裏ルートで入ろうとしているお客様には、お帰り願おうかねぇ! ――〝ストーンフォーム〟」


 アプリコットが身構えると、その全身に白い戦化粧が浮かび上がった。体そのものが魔方陣のようにも見える少女は、土属性の魔力を全て身体能力に変換すると、迫り来る大軍に大斧を振るった。


「〝ストーンフォーム・ランペイジ〟!」


 まるでおもちゃでも振り回すかのように、超重量の大斧を縦横無尽に叩きつけた。山賊達の悲鳴が土埃の向こうから聞こえ、土埃が収まる頃には、辺りには地に伏せた男達の山が築き上げられていた。


「行かせねぇ――よっ!」


 その山に目もくれず、第二波がやってくる。飛び越えて街に侵入しようとするが、戦化粧を出現させたアプリコットが一瞬で目の前に回り込んで、大斧で吹き飛ばす。アラン山賊団討伐の際、彼女は一〇〇人を超える冒険者を一人で救ったが、逆に一人で大軍を相手にすることも可能なのである。


「どうしたっ! グレンデールが欲しけりゃ、このあたしを止めてみろ!」


 第三波、第四波と山賊が押し寄せてくるが、アプリコットは単身で、一つのかすり傷も負わずに全てを片付ける。しかし――


「くっ、マジで数だけは多いな……どいつもこいつもイカれた目してやがるし、噂の薬か何かでも使ってやがるのか」


 押し寄せる波に、少しずつ後退を余儀なくされていた。交差点の真ん中で戦っていたアプリコットだったが、今はその交差点が視界のだいぶ先にある状況だ。命を省みずに突っ込んでくる山賊がいる中、交差点を曲がって街の中に入り込むことを許している状況だった。


「ちっ、デスクワークばかりにかまけてて、こんなに鈍っちまうなんてな……!」


 まだまだ戦える体力はあるのだが、体の動きの鈍さは否定出来なかった。ギルド長に就く前、現場に繰り出していた頃ならば、ここまで突破を許すことはなかっただろうと悔やむ。


「ボス、ここにいましたか! 俺達、どうにか後退してきて……」

「お前ら門を守ってた――んむ、入れ墨はないなっ」


 攻撃の間隙を縫って、五人程度の冒険者がやってきた。アプリコットは確認するように服をめくるが、それは冗談でもあった。こんな状況でもいたずらっぽい笑みを浮かべ、リラックスさせようと計らったのである。


「街に山賊が入り込んでいます、俺達はどう動いたら……」

「冒険者を集めつつ、アンナと合流しろ。今アンナは街の警戒に当たっている冒険者達をかき集めて、戦力を立て直している。お前達もそれに合流するんだ!」

「りょ、了解! ボスは――」

「あたしはここに残る。……ああ、それと」


 少しだけ息を切らしていたアプリコットは、彼らにこう言う。


「もしあたしが負けたら、抵抗をやめて奴等の言うとおりにしろ。救援を信じて待て、いいな」

「ぼ、ボス、それって……」


 初めて負けた時の指示を出すアプリコット。勇気づけるためにそのことを口にはしてこなかったが――ここから状況を覆すことは難しい。敵は山賊だけではない、まだ姿を見せていないヨハンもいるのだ。


 敗色は濃厚。奇跡でも起きない限りは――


 その時、一つの影がアプリコットの前を横切る。指示を飛ばした冒険者の背後を飛んだそれは、人だった。意識を失った冒険者が何者かによってここまで吹き飛ばされたのである。


「あ、あの巨体……イムセル兄弟……!」


 五人の冒険者は交差点の向こうからゆっくりとこちらに向かってくる二人の大男を見た。隣の建物の二階以上の体長と、顔に斧の入れ墨を入れたイムセル兄弟が、遂に街の中に入り込んだのである。


「今言ったことを守れよ! 行けお前ら、あの二人の相手はあたしがする!」


 アプリコットに指示された五人の冒険者は、怯えた顔で了解し、街の奥へと走って行った。アプリコットはそれを見届けて、歩いてくるイムセル兄弟に向き直る。


「へっへ……宣言通り来てやったぜ。お前に合う良い薬をいくつも用意してきたんだぜぇ?」

「気持ち良~く、オモチャになれるヤツさ。たっぷり可愛がってやるから、大人しくしな」


 体内に取り入れると効果が出る薬なのだろう。兄弟は腰の革袋のポケットから、ピンク色の粉をサラサラと軽く振りまいていた。


「薬を使って気持ち良く、ねぇ。それはあたしが女をコスプレさせるよりも気持ち良いものなのか? いや、そんなわけはないな、あたしの趣味に敵う快楽なんてない」


 自分にA級冒険者としての力が残っていれば、形成を覆すような奇跡は起こせただろうと思う。山賊もヨハンもどうにか撃退できたかもしれない。だが今のコンディションでは難しい。だったら――


「趣味が悪いんじゃないか、でくの坊兄弟」


 敵の大将を討ち取って、奇跡の足がかりを作るまで。


 両者得物を構える。負けた時の指示を飛ばした本人でもあるアプリコットはしかし、ただ一人勝ちの望みを持ち続ける冒険者でもあるのだった。

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