剣の大英雄・ギルベルト (偽物退治・その②)
イライラ要素ありです。
最後まで読んで頂ければ、ひとまずの解消は出来る(かも)
村の広場にやってきたエイプリルは、剣を腰に提げた集団を発見した。
アクトン村は小さな村だ。見覚えのない人物を目にした彼女は、彼らがギルベルトを名乗る冒険者だと推察するのだった。
「ようこそアクトン村へ。皆様が、私どもの依頼に応えて下さる冒険者の方々ですかな? 聞いた話よりも人数がだいぶ多いようですが……それに、日付も」
村の大人達が冒険者達を迎える。その中で最も年老いた男性――アクトン村の村長が、冒険者一行に問いかけた。
その一団は一五人はいた。後から合流する冒険者パーティーは四人のはずだったがと、最初はエイプリルも村長のように怪しんだ。
「んん? あ~、まぁ……予定が変わったのさ」
年は三〇半ばくらいだろうか。毛皮を羽織った大柄の男がそう答えた。
一団の中で一際目立つ男だった。
「うおー! みんな筋肉ムキムキで強そー!」
「お姉ちゃん、どれがギルベルト様なのー?」
「……どれも……思ってたのと違う……」
「ふーむ、確かにどの男の人も違う……ん? あれ、あの剣……」
三人の子供達と遠目から観察するエイプリルの視線が、その大柄の男で止まる。
そしてその大男こそがギルベルトだと、ある部分を見たエイプリルは確信した。
「あ、あの、その腰の剣……刀身が短くて、刃が青い……も、も、も、もしかして本物の、ギルベルト様……!?」
エイプリルは、興奮を止められず話に入ってしまっていた。この男の腰には、鞘に収められていない剥き出しの剣が提げられていた。
その特徴はそう、大英雄が片時も離さなかったとされる『神雷剣』のそれと一致していたのだ。
「ああそうさ。俺は剣の大英雄・ギルベルト。この剣は神雷剣、本物さ」
エイプリルは、ありとあらゆる大英雄の文献を(趣味で)読み漁ってきた大英雄博士。その目は誤魔化せない。
目の前の剣は正しく本物。大英雄の愛剣・『神雷剣』だったのである。
「ま、まさか本物のギルベルト様にこんな村で会えるなんて……!」
「こんな村て……まぁ、大英雄博士のお嬢さんがそう言うのなら、この方は本物の大英雄・ギルベルト様なのでしょうな」
村長にまで大英雄博士であることが知れ渡っているエイプリルは、感激のあまりつい余計なことを言ってしまった。だがそれくらいに、思いがけない出来事なのだった。
大英雄に憧れて冒険者になったエイプリル。感激で胸が震えた。
いつか彼らのような立派な人間になりたくて、故郷を飛びだした。そして冒険者になって、辛いことも多かったが、こうやって憧れの人に出会えた。景色が歪んで見えているのは、感激のあまり目頭が熱くなったからだった。
――ただ少し歪み過ぎているのか、文献で調べたギルベルトの外見とは、背も、服装も、そして年齢さえも違うように見えたが――きっと感激で頭がパニックに陥っているからだろうと、端に追いやるのだった。
「先程は大変失礼しました、ギルベルト殿。偽物も多いと聞くもので、つい疑うような質問を……。しかしそうなると大変心強いですな。あの大英雄殿に魔物退治をお願い出来るのですから」
「で、ですね! あっ、そうだ、これ、魔物の特徴をまとめた報告書です!」
子供達との遊びの合間にでもまとめておこうと思ったのか、エイプリルは魔物の報告書を持ち歩いていて、それをギルベルトに手渡した。
「魔物退治? ……あー、魔物退治ね、魔物退治。はいはい」
後から来る冒険者に事故がないようにと、数日かけてまとめた報告書。
ギルベルトはそれを、エイプリルの目の前でビリビリに破いて捨てるのだった。
「えっ……」
手渡したエイプリルも、傍で見ていた村長も、わけが分からず制止した。
ギルベルトはニヤニヤと笑みを浮かべると、こう口にした。
「魔物ならここに来る途中に退治したぜ。さぁ、依頼料を払って貰おうか」
村の脅威となっていた魔物を、この一団はすでに退治したと口にするのだった。
何かがおかしいと、集まっていた村の大人達がざわめき出す。
エイプリルも、驚きながらも意見する。
「ま、待ってください、もう退治したって……。私、さっき村の外でるー君――男の子を見つけた時、その魔物の仲間に襲われたんです! まだ魔物のボスは倒していないんじゃ――」
食い下がるエイプリルは、大男に突き飛ばされ、地面に尻餅をついた。
「ガタガタうるせぇぞ、女。B級冒険者のこのギルベルト様が倒したって言ってんだ。黙って金を払えばいいんだよ」
「す、すみません……」
そのまま馬乗りされたエイプリルは、怯えて縮こまると、反射的に謝ってしまっていた。
無理もなかった。彼らは総勢一五人。自分よりも遙かに体の大きな男達。
歯が立つ相手ではないと、見ただけで分かったからだ。
「し、しかし証拠もなく退治したと言われましても」
それが理解出来ない村長は、怯えながらも証拠を求める。ギルベルトはエイプリルから離れると、広場のベンチを片脚だけで踏み抜いた。
「あ~、疑われて気分悪りぃなぁ。どこに行っても最初は偽物に間違われちまうからイラつくんだよなぁ。せっかく退治してやったっていうのによぉ!」
嵐にも負けない、堅木で頑丈に作られたベンチが二つに割れる。
常人では到底無理な力。村長や村の大人達はようやくここで、束になっても敵わない男だと、理解するのだった。
「なぁあんた、村長さんだろ? これっぽっちの依頼料じゃ、割りに合わねぇと思うんだが」
ギルベルトは腰の剣を抜く。それは刀身が短く、青い刃をした神雷剣。
何をするでもなく、ただその剣を眺めているだけだが――
剣を抜いた男のその姿は、脅迫以外の何物でもなかった。
「わ、分かった、分かったから……村の物は壊さんでくれ……」
その言葉に満足したギルベルトは剣を納めた。そして、もう一つ注文する。
「あ~、魔物退治で喉が渇いたよなお前ら。――おいジジイ、酒場を開けろ。酒と、俺ら全員の飯も用意しろ。もちろん、代金は込みで、な」
「そ、それは! 我々にも生活がっ……!」
「ん~? まさか大英雄様のお願いを断るつもりか~?」
威圧される村長は最後の頼みと、エイプリルに目配せしてきた。
「……ご、ごめんなさい……」
エイプリルはしかし、その視線から目を逸らして謝った。
未だに尻餅をついている自分が抵抗したところで、状況は悪くなるだけと自分に言い聞かせるが――
怖かった。
エイプリルはただ怖くて、動けずにいるだけなのだった。
だが――まだこの場には、それを見過ごせない者達がいた。
「やめろバカヤロー! 爺ちゃん達をいじめるなー!」
「この乱暴者ー! 村から出てけー!」
「……大英雄は……こんなことしない……と思う……!」
三人の子供達だった。
子供達は大人と違ってこの男達のことを理解していなかったのだ。
ギルベルトの脚に突撃するが、体格差は明白。びくともしなかった。
「何だガキんちょ、遊んで欲しいのか? それじゃ兄ちゃんが遊んでやるよ。――ほーら、大英雄ごっこだ!」
ギルベルトが片足を振り上げると、しがみついていた子供達は簡単に宙を舞った。かなりの高さ宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「い、痛いよー! 何するんだー!」
「ふえぇーん、ふええええぇーん!」
「……何で……こんなひどいこと……するの……」
受け身など取れなかった子供達は無防備に地面に落下するも、どうにか大事には至っていない様子だった。しかし服は汚れ、擦り傷からは微かに血が滲む。大人の理不尽な暴力に、子供達は泣き喚くしかなかった。
「強いだろう? これが大英雄の力だ。信じてくれたかなボウヤ達」
ギルベルトは笑っていた。子供が傷つき、泣いている姿を眺めながら。
返事をしなかった、いや、出来なかった子供に近付くと、一人の髪の毛を掴み、さらに暴力を働こうとする。
「や、やめてくだされ! 金も酒も何でも持っていって構わんから、子供達にだけは――」
その言葉を引き出すのが目的だったのか。ギルベルトは他の仲間に目配せし、気分良く笑おうとした。
その時――
「あ、あなたは……違うっ」
この場でただ一人戦いの心得を持つ者が、震える声で訴える。
「あなたは……ギルベルト様じゃない……!」
冒険者エイプリル。それまで怖くてずっと縮こまっていた、まだまだ駆け出しの若き女性は、子供のためにか、立ち上がる。
その脚は、恐怖からガタガタと震えていた。
◇
一方その頃、本物の剣の大英雄(子供)はと言うと、木剣を片手に軽く素振りを行っていた。
「ふむ。やはり力は以前のまま備わっているのか。いや、むしろ軽いくらいだな。若返ったせいだろうか」
ピンと背筋を伸ばし、右手で木剣を振るうギルベルト。力を込めれば体や頭がブレてしまうものだが、彼の体は全くブレない。確かに剣を振るっているのに、無駄な動きが一切生じていない。神にも認められし腕前だからこそ辿り着けた境地なのだ。
「……はっ。戦いから離れるつもりだというのに、何をやっているんだ」
つい日課の素振りなんてやってしまっていたが、今のギルベルトはただの子供、こんなことをする必要はもうないのだ。ギルベルトは木剣を木樽にしまうと、お次はそれをじっと見つめ始める。
「……フフ、どうしたウッディー、そんな寂しそうな剣身をして。何、もう少し話がしたい? フフ、仕方ない奴だなウッディーは」
そして、木剣の一つと会話を始めるのだった。ウッディーという名前まで付けてニヤニヤするその姿は、ちょっと気持ちが悪かった。
「今度オシャレをしようか。ンフ……ムフフフフっ……」
「うわああん、うわああああん!」
そんな気持ちの悪いギルベルトの耳に、激しく泣きじゃくる子供の声が聞こえてきた。自分でもこの行為が異常だと認識しているので、ウッディーとの会話を一時中断。子供モードのギルベルト、即ちギルベェの性格に戻って子供達に話かける。
「な、何? 別に剣と会話なんてしてな――ん、みんなどうしたの? 泥だらけで、傷まで作ってるけど」
平静を取り繕って振り返ったギルベルトは、そこで子供達の様子がおかしいことに気付いた。子供同士のケンカでもここまではならないだろうというような、それは酷い格好を三人はしていたのだ。
「ギルベルトが、爺ちゃん達をぉ!」
「うわああん! ギルベルトがぁ、ギルベルトがぁっ!」
「……ギルベルトが……お姉ちゃんを……連れて……!」
戦いしか知らない男は、人の気持ちを読み取ることなんて出来ない。
けれど戦いしか知らない男は、今この時、非常事態が起きていると肌で感じることが出来た。
「落ち着いて話せ。何があった」
◇
村の唯一の酒場は、偽ギルベルト一行に支配されてしまっていた。
カウンター裏であくせく働く村人達を余所に、彼らは木製のジョッキに並々と酒を注ぎ、出された料理を貪る。マズイと感じたものは皿ごと床に落として作り直させる無法っぷりだった。
「おいおいどうした女、まだ六人目だぞ~? もうバテちまったか~?」
偽ギルベルトがそう煽る相手はエイプリルだ。酒場の真ん中はテーブルが退けられてスペースが取られていて、その開いた空間にエイプリルが立っていた。両膝に手を付き、汗をだらだらと流すその姿は、疲労困憊といった様子だった。
「ほら、剣を取れよ。俺の手下の一人にでも勝てたら、今までのことを謝って、すぐにこんな村から出て行ってやるって言ったろ? それとももうギブアップかぁ?」
床には一本の鉄剣が転がっている。エイプリルは汗を拭うとそれを拾い、目の前の男に対して構える。偽ギルベルトの部下は余裕そうな表情を浮かべて、同じように剣を構えた。
広場で彼らに立ち向かったエイプリルは、酒場に連れ込まれ、趣味の悪いショーをやらされていた。
勝てばこの村から去る。そんな口約束を守るかなんて極めて怪しいものだが、拒むことも出来なかった。彼らにこれ以上でも逆らえば、何をされるか分からない。
エイプリルは、恐怖に支配されていた。
「あっ、ダメ――」
彼女の動きは疲れと恐怖から最悪のものだった。簡単に隙を突かれると、相手の剣が自分のショートパンツのベルトを切り裂き、下にずり落ちる。下着が丸出しになり、周りの男達から一斉に笑いが起きた。
「はっはっ! 今ので七人目だぜ! パンツ晒されたくらいで恥ずかしがってんじゃねーよ、これが戦場だったら、お前死んでるぜ?」
エイプリルはしゃがみ込む。恥ずかしいから、というわけではない。もう体力の限界だったのだ。一言に七人相手したと言っても、この男達は嬲るような戦いを仕掛けてくるのだ。体力を奪うように、無駄な動きを誘うようにして。
「情けねぇ、もう限界かあ? ま、手下の一人一人がC級冒険者ぐらいの実力を持ってるからなぁ。Eか、せいぜいD級のお前なんかじゃ、始めから勝てる見込みなんてなかった訳だが」
愛用している剣と盾での戦闘ではなかったにしても、それがあったところで何かが変わるわけでもない。それくらいの実力差があったのだった。
偽ギルベルトは椅子から立ち上がると、ゆっくりとエイプリルに近寄り、床に蹴り倒す。そして神雷剣を喉元に向け、こう言った。
「楯突いてスミマセンでした、って言え」
偽ギルベルトが要求する。
子供達を傷付けたこの男を許したくはない、許してはいけない。だが――
「た、楯突いて……すみませんでした……」
エイプリルは、涙を浮かべて謝っていた。
悔しかった。けれどもう、抵抗する体力もなく、圧倒的な実力差から戦意は喪失していたのだ。心の中で子供達に謝るが、情けなさから、涙が止まらなかった。
「良い子だ。次はそうだなぁ……俺を剣の大英雄ギルベルトだと認めろ」
涙から震えていた体が、ピタリと止まった。
「んん? どうした、黙ってねぇで言えよ。お前さっき言ったよなぁ、『あなたはギルベルト様じゃない~っ!』って、震えながらなぁ! あれは笑えたなぁお前ら!」
偽ギルベルトは上機嫌そうに言って、近くの部下からジョッキを受け取る。
「何ためらってやがる、今の謝罪と大して変わらねぇだろうが。ほら、早く言えよ」
「ぁ……それ……は……」
酒を飲み干すくらいの間があったのに、エイプリルは口をパクパクと動かすだけ。なかなかその言葉を発しようとはしなかった。
「仕方ねぇ、大英雄様が手伝ってやるかぁ……」
偽ギルベルトは舌なめずりすると、喉元に向けた神雷剣の切っ先を少しずつ下に、下にずらしていく。ゆっくりと、エイプリルの胸元の服が切り裂かれていく。
「や、やめ……やめてっ……!」
「ほらほら、みんな見てるぜ~。早く言わねぇと、そのデカイモノが丸出しになっちまうぜ~?」
周りの男達が囃し立てる声が聞こえる。偽ギルベルトは下卑た笑いを浮かべ、どんどん服を切り裂いていく。
「あ、あなたは、本物のギルベルト様で……」
簡単なこと。簡単なことだった。
先程と同様、ただこの男の言う通りにしていれば、機嫌を損ねることはない。
「あなたは、本物の……!」
彼を本物の大英雄・ギルベルトと認めれば――
「――ギルベルト様なんかじゃない! 本物のギルベルト様なら、剣をこんなことに振るったりはしないんだ!」
出来るわけがなかった。
大英雄ギルベルトは彼女の憧れの人物であり、自分が冒険者になった原点だ。
それを否定するようなことは、例えこの後何をされようとも、例え子供が傷付けられて、それをなかったことにするような謝罪をさせられようとも――
大英雄という憧れを曲げることだけは、死んでも出来ないのである。
「この女! だったら認めるまで嬲って――」
――その時。
酒場の入り口の方から、破壊音が響いた。
今日は偽ギルベルト一団の貸切。木の扉に閂で鍵を掛けていたのだが――
それが扉ごと破壊された音だったようで、扉は粉々に砕け散っていた。
偽ギルベルトが視線を向ける。
「……何だぁ?」
入ってきたのは、大人の腰程度しか身長のない、まだ幼い子供が一人。
一団のボスが怒り、静寂と緊張が包む一帯。
そこを、まるで気にも留めない表情で闊歩する金髪の子供。
皆がその場違いな子供に視線を奪われていた。
「る、るー君!? どうしてこんなところに……危ないから来ちゃダメっ!」
その手には子供用の木剣が一本握られていた。
自分の肩をトントンと小気味よく叩きながら酒場の中央にやってくる。倒れるエイプリルに声を掛けられたが、子供は意に介さず、エイプリルに片足を乗せていた大男と、その青い刃の剣に目を向ける。
「それ、本物の神雷剣だね。ってことは、ギルベルトは、お兄さん?」
「そうだ! ガキは引っ込ん――」
大男は、酒場のカウンターまですっ飛ばされてしまっていた。
子供が木剣を一度横に払っただけ。それだけで、次の瞬間には、大男はすっ飛ばされていたのだ。
木製のカウンターは無残にも破壊され、大男の脚だけがそこから伸びていた。
「さて、と。『俺』はもう戦うとかはしたくないんだ。だから」
一同が呆気に取られる中、平静のままの子供が続けてこう言う。
「『僕』と遊ぼうよ」
その子供の名は、剣の大英雄ギルベルト。
この後イライラはありません。
ありそうな時は事前に(前書きとかで)お知らせいたします。




