目覚めたら、お姉さんの膝の上でした。 (偽物退治・その①)
「大――夫、起――て……大丈夫、起きて、ねぇっ!」
おかしな話だった。
手を伸ばせば太陽すら掴めそうな異空間。
そんな場所に辿り着けたのは自分とその愛剣だけだったのに。
それなのに、若い女性の声が聞こえてきたのだから。
……若い女性? と、ギルベルトは違和感を感じた。
ガバッと体を起こすと、辺りを警戒した。
「うわぁ急に目覚めた! ねぇ君、こんな所で一人で寝てたの? アクトン村の子――にしては、見覚えないけど」
「アクトン……村? いや、俺は――」
女性は二十歳前後だろうか。もし自分が結婚していて子供がいたならば、きっとこのくらいの年だったろうな、という年頃の――
自分より、遙か年下の若い女性に、膝枕されていたようだった。
その時、茂みからネズミ型の魔物が現れた。数は二体だが、はっきり言ってザコだ。剣の英雄ギルベルトなら、小指で瞬殺出来るレベルの。
だが、そんなザコが出現するということは、ここはあの異空間ではないということ。辺りを見回すと、ここは地上で、小川が流れる開けた草原だった。
「慌てなくても大丈夫、お姉さんに任せなさい! フンヌーッ!!」
とにかくあの魔物を倒してからだと立ち上がる。
――が、自らをお姉さんと呼称したその女性が遮って、剣と盾を構えていた。
敵の飛びつき攻撃をシンプルな丸い盾で一度受けると、鉄の剣でカウンターの一撃を見舞う。もう一体の方も、その堅実すぎる気もする戦法で倒すのだった。
「ふぅ、危なかったー。怪我はない? よくこんなところでお昼寝出来たね~」
栗色の髪を後ろで結っているお姉さんがこちらに歩いてきた。膝枕されていた時は気付かなかったが、近付いてくるお姉さんはかなりの高身長のように見え――
「むおっ!? 何だこれは!!」
お姉さんの剣は斬ると言うより鈍器に近いらしく、魔物の血が付いていないためよく反射した。
お姉さんの鉄の剣がギルベルトの姿を映した時、自らの姿に初めて気付く。
「とりあえず村に戻ろっか。私はエイプリル。君のお名前は?」
両脇に手を差し込まれ、軽々抱っこされたギルベルト。
お姉さんの背が巨人並みに高いわけではない。
彼の体はそう――
「お、俺、子供になってる!?」
どういうわけか、子供の姿になっているのであった。
◇
「うんしょ、っと。魔物に驚いちゃったよね。どう? 落ち着いた?」
森に囲まれたアクトン村に抱っこで連れてかれたギルベルトは、エイプリルが拠点としている宿屋の一室に連れ込まれ、ベッドに座らされていた。
一体何が起きているのかさっぱりだった。
一つずつ状況を整理すると、まず間違いなく自分は剣の英雄ギルベルトで、思い込みの激しい子供などではない。この目には今でも戦いの記憶が焼き付いているし、磨き上げた自分の力がそのまま宿っていることも感じている。
だが、剣に映った自分の姿は幼少時の自分。白髪に染まっていた五〇の肉体ではなく、まだ金髪だった頃の子供の姿。
年は五歳にしては大人で、一〇歳にしては子供過ぎるところを見ると、間の七歳程度だろうか。衣服は子供の頃こんな服を着ていたかも、程度の、よくある子供用の簡素な服を着ていた。
「お名前言えるかな? お姉さんはエイプリル……は、さっき言ったね。君は?」
「俺……い、いや、僕はギルベ――ぇ」
「ギルベェ? ギルベェ君って言うんだ、変わった……あっ、ユ、ユニークなお名前だねっ」
不明なことばかりのこの状況。何となく、子供っぽい一人称を使って、本名を名乗るのを避けていた。とっさに思いとどまった部分を、このお姉さん――エイプリルは、名前の一部と汲み取ってしまったようだが。
「ギルベェ君かぁ……じゃあ、『るー君』って呼ぶね!」
「るー君!? ……う、うん、ご自由にどうぞ……」
ギルベルトは顔を赤らめつつ、背けてしまった。
戦いに明け暮れたこの男はあまり人付き合いが得意ではない。
それに、中身五〇のおっさんが呼ばれるには恥ずかしすぎるあだ名なのだった。
「お姉さんは、この村の人なの?」
「ううん、違うよ。お姉さんは『冒険者』って言って……そうだな、魔物退治とかもしちゃう、強~い人なの。アクトン村に、悪~い魔物さんが出るようになっちゃって、その原因の、悪~い魔物さんの親玉を退治するために、この村に滞在してるんだ」
エイプリルは鉄の胸当てを外しながら言う。服の上から着られる軽装鎧で、肌に密着する黒の服を下に着ていた。ボリューム感のあるバストが強調され、視線が吸い込まれてしまう。膝上のショートパンツと金属製のブーツを履いていて、正に冒険者と言った風な、身軽さも重視した出で立ちをしていた。
「その魔物のボスって、まさかお姉さん一人で倒すつもりなの?」
「ぐさーっ! う、な、中々鋭いところ突いてくるね。まぁ、お姉さん一人じゃ無理……かな~。も、もうちょっと特訓すればいけると思うんだけど、今はまだっていうか――はい、お姉さんはただの下見です。五日間の調査の後、今日から二日後に来る、強~い冒険者パーティーの方々に全部お任せします!」
机の上の報告書を見せつけるエイプリル。魔物の活動をまとめたものだろう。
このエイプリルという冒険者、決して悪い腕ではないのだが、あれ以上の魔物と戦って無事でいられるかは怪しかった。実力を測れない程エイプリルは愚かではないと分かり、無駄な怪我人と、何より彼女の『剣』が壊されないで済むならばと、剣大好きギルベルトはそれ以上口を挟まなかった。
「なので、お姉さんはあと二日でこのアクトン村から出て行くことになるんだけど――るー君は、この村の子なの?」
「それは……」
アクトン村など聞いたこともない村だった。事情を説明しようにも、五〇のおっさんが七歳児になりましたなんて信じてもらえるわけがないし、自分が剣の英雄ギルベルトだなんてもってのほかだろう。どう説明したらいいものか、口下手さもあって言葉が出てこない。
不意に、エイプリルが膝を付いて少年を抱き寄せてきた。
「ごめんね、辛いこと思い出させちゃったよね。……そっか、外で酷い目にあって、その時にご両親を……」
「えっ? いや、あの」
魔物か盗賊に襲われて親とはぐれた、あるいは亡くしたとでも思ったのだろう。
エイプリルはその柔らかい体で、ギルベルトを癒してくれた。
「ま……まぁいっか。両親は確かに他界してるわけだし」
ついこの間まで五〇のおっさんだったギルベルトの両親は、すでに天寿を全うしていた。嘘はついていないと、この線で話を合わせることにするのだった。
「よしっ! じゃあお姉さんとお外で遊ぼっか!」
少しでもギルベルトの気持ちが和らげばと気を使ったのだろう。
軽い罪悪感を感じながらも、ギルベルトはひとまずその提案を受けるのだった。
「準備するからちょっと待っててね」と、エイプリルはギルベルトから離れ、鎧と一緒に立てかけた盾と、そして剣を、何気なく磨き始めた。
「……ちゃんと剣磨くんだね」
「もちろん! 私を守ってくれる大切な装備だから、ちゃんとゴシゴシして……ふふっ、どうしたのるー君、ニコニコしちゃって。お姉さんの前で初めて笑ったね」
それまであまり表情に変化のなかったギルベルトは、エイプリルの背中を見てついニヤニヤしてしまった。
「え、わ、笑ってた? ……い、いかんいかん、悪い癖が」
別にエイプリルのボディラインをいやらしく眺めていたわけではない。
剣の英雄ギルベルトは、剣を愛する男。
きちんと剣の手入れをする彼女の姿に、素の表情を見せてしまったのである。
◇
二人がやって来たのは、村のやや奥まった所にある木造の小屋だった。その中には使い古されて駄目になった農具や木こり用の道具が収納されていて、樽なども置かれていた。
「誰こいつー。俺こいつ知らねー」
「ギルベェくんって言うんだー。変なお名前ー」
「……知らない男……お姉さんの……恋人……?」
その小屋の外で、ギルベルトは同い年くらいの村の子供三人にそう評されていた。エイプリルは滞在中、子供達と交流を持っていたようである。
「はいみんなー、ケンカしないで仲良くね~っ。……うーんこの反応、やっぱりるー君はこの村の子じゃないみたいだね~……」
エイプリルは子供達の反応からギルベルトがこの村の子じゃないと確信した。ギルベルトの気分転換だけではなく、どうやらそういった狙いもあったみたいだ。
「ばーかお姉さんは恋人いないって言ってただろ」
「なんでー? 美人さんでおっぱいも大きいのにー」
「……恋人……いない……つまりエイプリルお姉ちゃんは……処女……」
「はいそこー、どこで覚えたのか知らないけど、それ以上はお姉さん怒っちゃいますからねー!」
本気トーンで叱り付けるエイプリル。図星だった可能性大だった。
「ところでお姉さん、何して遊ぶの?」
「大英雄ごっこ!」
何して遊ぶのか聞いたギルベルト。エイプリルは、目を輝かせて即答した。
英雄という単語に思わずビクついていしまったが、勘付かれたわけではなさそうだ。本当にただのごっこ遊びをするようで、子供達は木樽を外に持ち出して、そこに収められていた子供用の短い木剣を手に取った。
「おもちゃの剣だけど、ケガしないように、本気で振っちゃダメだからね~。それじゃ最初の大英雄役は~……もちろんエイプリルお姉さん!」
「出たーっ! 『大英雄博士』エイプリルお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん大人げなーい。大英雄のことになるとすぐむきになるー」
「……ただのD級冒険者のくせに……ね……」
子供達がブーブー文句を言うが、エイプリルが最初に大英雄をやるのはお約束のようだった。やる気満々で木剣を構えるエイプリルに、子供達は敵役として斬りかかる。どちらが遊んでもらっているのか分からない構図だったが、次第に子供達も楽しく遊び始めていた。
「とりゃー! しんらー剣は破滅の王がもらったぞー!」
「こらそこっ、間違えちゃダメ! しんらー剣じゃなくって、神雷剣でしょ!」
敵役をやらされている子供の一人がエイプリルの木剣を奪った時、エイプリルはごっこ遊びを即座に中断した。
「いい? 大英雄は七人いて、それぞれの得意武器に応じて剣の英雄、弓の英雄って呼ばれてたの。その中の一人、剣の英雄ギルベルトは剣を得意としていた」
そして、ものすごく語り始めた。
「ギルベルトが愛用していた『神雷剣』は、天の神様が彼の実力を認めて贈った剣なんだよ。三〇代の頃には神からも認められたギルベルトは、その剣と共にいくつもの戦場を駆け抜け、一説には雷を自在に操ったとの見方もある」
エイプリルは胸を張る。黒のニットがツンとした胸を強調する。
「刀身が短く、刃は青い輝きを放ったとされるその神雷剣を片時も放さず、愛していたとすら言われているんだよ。最終決戦である破滅の日もその剣と共に戦って、命と引き換えに世界を救った。その功績から、七人の英雄は、『大英雄』って、人々から自然と呼ばれるようになったの。――これ、ちゃんと覚えておかないとダメだよ! 常識だから!」
子供達はうんざりした表情で聞き流していた。
「嘘だー、絶対常識じゃないよー! 大英雄博士のお姉ちゃんしか知らないって、俺知ってるぞー!」
「パパとママに聞いたら、何それー、って言われたー」
「……大英雄博士……というより……大英雄オタク……」
ギルベルトが熱弁していたエイプリルに聞く。
「もしかしてお姉さん、英雄のこと好きなの?」
「もちろん! 大英雄に憧れて冒険者始めたので!」
薄々察していたが、どうやらエイプリルは大英雄に憧れているらしい。
ますます正体が明かしづらくなるギルベルトなのであった。
遊びは再開され、子供達の剣戟ごっこを眺めるギルベルト。一度も参加せず、適当な場所に腰掛けて眺める彼の隣に、大英雄の番をようやく子供にゆずってあげたエイプリルが座った。
「どうだったるー君、お姉さんの腕前! なかなかでしょ」
「筋はいいね」
小生意気な返事に、エイプリルはふふっ、と噴き出した。子供の背伸びとでも思われたのだろうが、剣の英雄から見て本当に筋は悪くないと思ったから、そう評価したのである。
「るー君は一緒に遊ばないの? 剣は嫌い?」
「剣は好きだよ。ただその、僕はもう、戦うのは――」
チラリと、木樽に突き立てられているおもちゃの木剣を見る。
剣は好きだ。木剣だろうと、おもちゃだろうと、こうやって視線を奪われるくらいには好きだ。
だが、戦いからはもう離れたかった。戦うのが嫌いとか、苦手だったというわけではない。
戦いから離れた人生を送ってみたい。
そんな願いから、例えごっこ遊びでも戦うのを避けていたのである。
緑に囲まれた村に、風が抜ける。
葉が揺れる音と、鳥のさえずり。
子供達の遊ぶ声。
自分が命を賭けて守ったこの優しい時間を、これからも――
「おーい冒険者さーん! 後から合流するっていう冒険者パーティーがもう到着したみたいだぞー。しかも驚け、やってきたのはあの剣の大英雄・ギルベルト一行らしい!」
その一声で時が流れ始める。何かを察知したように、鳥が飛び立っていった。
少し離れた村の広場の方から、青年がやってきて、そうエイプリルに呼びかける。隣の彼女は勢いよく立ち上がった。
「剣の大英雄が来ただとぉ!? ……い、いやいや、よくある偽物ですよね。第一、剣の大英雄・ギルベルトは、破滅の日に命と引き換えに世界を救ったとされているし。……で、でもでも、遺体を確認した人はいないらしいから、一説では生存説も……ブツブツ」
博士モードに突入したエイプリルは早口気味に独り言を呟く。大英雄に大きな憧れを抱く彼女は気持ちを抑えられないのか、そわそわし始めていた。
――ギルベルトが来る。ここに本物がいるというのに、だ。
「後から来る冒険者って、二日後って聞いたけど」
それとなく情報が食い違っていることを伝えるギルベルト。
「うおー本物の大英雄が来てるんだ! 見に行こうぜ!」
「わーい面白そう私も行くー!」
「……サイン……もらう……」
だが、普段から大英雄のことを聞かされている三人の子供達に掻き消されてしまった。木剣を投げ出して、村の広場に駆け出していく子供達。
「あっ、こらー! ちゃんとお片付けしなさーい! ……全くもう。………………ま、待ってー、お姉さんも行くーっ!」
エイプリルは木剣を拾い木樽にしまうが、全て片付けた後、衝動を抑えきれず子供のように駆け出してしまった。英雄(しかも偽物)なんかに興味のないギルベルトは、一人取り残されてしまう。
「偽物だって伝えそびれてしまった。一応伝えるべきだろうな」
と言いつつ、ギルベルトは広場には向かわず、くるりと反転。木剣が雑に入れられている木樽の前で立ち止まった。
「だがまずは、剣をちゃんと片付けて、その後ピカピカにしてからだ。……フフ……ムフフフ……」
何だか不気味な笑顔で木剣達に語りかけるのだった。




