必勝の策
「――なるほど。山賊に頼るなんて、ヨハンの奴なりふり構わずグレンデールを手に入れようってか」
移動中にアンナから簡易的な報告を受けたアプリコットは、防壁の歩廊に到着する。隣のアンナは回復薬を自分に使いながら報告を続ける。
「戦争なんて仕掛ければ他の都市から断交されて孤立するはず。上手く同盟が組めたとしても、今度はその同盟都市と街の支配権で争うことにもなる。けど山賊なら、容易く操れる――そう考えたのかしら」
「あちらさんの事情はいくらでも聞けるさ、勝利の後にな。さぁ――ゲストの登場だ」
地を揺らすような大軍が彼方から見えてくる。土埃を巻き上げた軍勢は、グレンデールの射程に収まらないような距離で停止した。先頭には、一際巨体な二人の男がいる。
「アンナの報告通り、今回で決着を付けるつもりらしいな。……馬鹿な奴等だ、その貧弱な兵装でグレンデールの門をくぐれると思っているのか」
野を占める程の大軍を前に、アプリコットは冷静にそう評した。行軍を急いだためか、彼らは騎馬で駆けてきたが攻城兵器の類を用意してはいなかった。
「ボス、油断はしないで。山賊との密会を掴んだ時、ヨハンは自信を見せていた。必勝の策があると」
「ああ、分かってる。何を仕掛けるつもりか分からんが……あたしが踏み潰してやる」
アンナはアプリコットから直々に依頼を受けていたが、それはヨハンの密偵だった。そこから山賊の会合に辿り着いた彼女だったわけだが、『必勝の策』、その内容までは掴み切れていなかった。
「よぉグレンデールの大将! 約束通り来てやったぜぇ!」
「今日はこの入れ墨にかけて、手ぶらで帰るつもりはねぇからなぁ、アプリコットちゃん!」
睨み合いが続く両軍。そこにとてつもない大声で会話を試みる山賊達がいた。軍をまとめる指揮者でありながら、一番真ん前に位置取るイムセル兄弟だった。兄弟の片割れが斧の入れ墨に手をやっていた。
「あたしの名前を口にするなって言ってるだろうがぁ!!」
「ボ、ボス、あなたが倒れたらこの街終わるんですから自覚を持ってくれないと! 迎え打つんでしょう!」
大斧片手に今にも突撃しそうなアプリコットを、アンナはいさめた。
「イムセルっ! あたしの名前を口にしたこと後悔させてやるからな!! お前らの貧弱な兵装じゃあ、この門をくぐることすら出来ないってことを教えてやる!!」
アプリコットも負けないくらいの大声で啖呵を切った。彼女達が門の上の歩廊でごちゃごちゃしている時、イムセル兄弟は静かに打ち合わせをする。
「……ヨハンの野郎、まだ来ちゃいねぇな。騎士団と合流するはずだったが」
「時間も日にちもぴったりだぜ兄弟。あのキザ野郎、予定と時間は絶対に守るとかぬかしてたくせに、肝心な時に遅刻かましやがって」
この場に合流を果たしたのは、イムセル山賊団と他の近隣の山賊団のみ。ヨハン率いる騎士団は約束の時刻を過ぎても姿を見せることはなかった。
「まぁだが……逆に都合が良いとは思わねぇか、兄弟」
「お前も同じ考えだったか、さすがは兄弟だ。適当に利用した後にあのキザ野郎を殺して奪うつもりだったが――このまま俺達だけで街を独り占めしちまうのも悪くねぇ」
イムセル兄弟は不敵な笑みを浮かべる。彼らは極悪非道なイムセル兄弟。ヨハンを利用した後、裏切るつもりだったのだ。
「俺達には必勝の策があるんだ。負けるわけがねぇ!」
「ああ、やってやろうぜ兄弟! グレンデールを、俺達山賊の街にするんだ!」
イムセル兄弟が咆哮を上げると、それが合図となって大軍が一斉に野を駆け出した。決戦の火蓋が切って落とされた。
「来ますよボス! 指示を!」
「分かってる! ――お前ら、門だけは死守しろよ! 弓兵と魔法士隊はガンガンぶっ放せ! 奴等は攻城兵器を持っちゃいない、門への攻撃さえ凌げばあたし達の勝利だ!」
グレンデール側も慌ただしくなる。狭間窓(射手や魔法使いが攻撃する僅かな窪み)から矢と魔法が飛びだし、群がってきた山賊達を一人、また一人と討ち取っていく。
「行くぜ兄弟、合図の時だ!」
「ああ! 『グレンデールを、我が手に』!」
山賊の頭でありながら先駆けをも務める兄弟は、激戦の只中でそんな言葉を口にする。そして、周りの山賊達もまるで合唱するかのように、同じ言葉を繰り返し始めた。
「な、何? 必勝の策って、歌でも歌うことだったの!?」
「いや、違うぞアンナ! これは合図だ、何かの合図――」
アプリコットが気付いた時、混乱はすでに始まっていた。
「た、大変ですボス! 冒険者と自警団が!」
「んがああ! 何だ、こっちはクソ忙しい――」
一人の自警団が緊急の伝達にやってくる。対応しようと振り向いた時――その光景を目の当たりにした。
「――同士討ち!? あいつら、なんで味方同士で争ってやがるんだ!?」
その混乱が起きた場所とは、門の内側。グレンデールを守る冒険者と自警団しかいないはずの場所で、味方同士斬り合っていたのだ。
「ボス、危ないっ!」
「っ、こいつ!?」
アンナの呼びかけに気付く前に、アプリコットは反射的に伝達にやってきた自警団を斧で切り裂いていた。殺さぬように浅めに切ったのだが――切れた服から垣間見えたモノを見て、アプリコットは驚愕した。
「斧の入れ墨……!?」
斧の入れ墨。それはイムセル兄弟が顔に刻んでいるものと同じ。つまり、この自警団の男はイムセルの配下ということだ。だが、どうしてここにいるのか。
「潜入されていたのか! でもどうやって……身分証がなければグレンデールには入れないし、武装を許されるなんてもってのほかだ!」
「ヨハンが用意したのね、あの氷男!」
自警団と冒険者の乱戦が始まっている。敵ではない自警団もいたが――確認するには入れ墨を見るしかない。疑心暗鬼に陥ったグレンデールの戦闘員は、本来は味方のはずの人間とも斬り合いを始めていて、その混乱は収めようがなかった。
「グレンデールは人の受け入れを停止している、それもかなり前からだ! 新しい人間が住む余地などこの街にはない、誰かと入れ替わりでもしない限りは――」
「入れ替わり――そうか……そういうことだったんだ……! 失踪事件ですよ、ボス! 男ばかりが姿を消したとされる失踪事件。長い月日をかけて、一人ずつ入れ替わっていったんですよ!」
今まで味方だった者に襲われながら、二人は答えに辿り着いていく。
グレンデール失踪事件。それは、怪談話と結論付けられつつある事件だった。
「あれは怪談話って線が濃厚だったろうが! それに、こんだけ大勢いなくなったら気付くだろ!」
「だから気付かれないように、失踪に気付いた者――最初に失踪したその近辺の人間から重点的に狙って入れ替わった! そうすれば『あいつを見かけなくなった』、なんて声は小さくなるし、潜入した者同士で口裏を合わせればいい! 怪談話の噂も利用して、街に溶け込んでいたんですよ!」
アンナはヨハンが街の人間に施しをやっていた場面も見た。あれは元から彼の仲間で、山賊の一人だったのだ。あの時に書き換えた身分証や、情報の受け渡しでもしていたのだろう。
全てはこの時のために。長い月日をかけて仕込んだ『必勝の策』だったのである。
「くそっ、話は後だ! とにかく今はこの混乱を収めないと!」
「まずいわボス! あいつら、門を内側から開けようとしている!」
歩廊の最上部にいたアプリコットとアンナは奇襲攻撃をかいくぐりつつ、敵の狙いを見定めた。跳ね橋、魔法照射装置、そして門の開閉を操作するため、防壁の内部に今まさに入り込んでいた。
「門を開けられたら終わりだぞ! 死ぬ気で守れ!!」
アプリコットは指示を飛ばしながら現場に急行する。戦化粧を全身に発現させ、大斧を振り回して突撃する。アンナもそれに追随するが――
「や、やられましたボス! 跳ね橋が下ろされました!」
「くそっ! 門だけは――」
その時、凄まじい轟音が防壁内に鳴り響いた。何事かと思う間もなく、誰かの叫び声が辺りに響いた。
「イムセル兄弟があの巨体で門を突き破りやがった! 街に山賊が入ってきちまう!!」
巨人の血を引くイムセル兄弟。彼らの体こそ、攻城兵器だったのである。
山賊が街になだれ込む。それはまだ、悲劇の序章でしかなった。




