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決戦の時

 その日はいつもと変わらない朝だった。穏やかな晴天に、小鳥達の歌声。朝から賑わう街の人々は、山賊襲来なんかに負けないぞと言った気概すら感じさせていた。


「ぜぇーっ、ぜぇーっ……じ、地獄の特訓メニュー……これにて終了っ!」

「お疲れ様。『杖の大英雄・ギルベルト』も褒めてるんじゃないかな」

「杖の大英雄はゲルタでギルベルトは剣の大英雄だアターーーーック!!」


 ナチュラルにギルベルトがボケると、エイプリルはすかさずツッコミを入れた――と、動かしていたのは口だけではない。ギルベルトはおもちゃの木剣でエイプリルに斬りかかりつつ、エイプリルはそれを盾でガッチリ受け止めて、剣でのカウンター一発を入れつつのやり取りだったのである。


「っと。カウンターの――大英雄アタッククイズの精度はかなり上がったね。指摘したいところはまだまだあるけど、今の疲労状態からあの一撃が繰り出せるのなら、ひとまず合格ってところかな」


「ツッコミどころ満載のこの技そのものについても言いたいことはあるけど……」と、ギルベルトはボソっと言う。


「お、押忍……。もう、不意打ちはないよね……? ち、ちょっと休憩っ」


 ギルベルトとエイプリルは、今日も宿舎の裏手で特訓を行っていた。この二日間、休日を利用してみっちりとエイプリルを扱き上げていたのである。


「肩揉んで上げようか? ちょっとは疲れに効くと思うよ」

「お、お願いるー君。……はぁ~、生き返……いた、いたたたたっ! ちょっと殺意を感じる痛さだよるー君!?」


 エイプリルの渾身のカウンターを受けながらもけろっとしていたギルベルトは、石の縁にへたり込んだエイプリルの肩を揉み始める。加減を誤ったギルベルトは彼女の人体を破壊しそうになるが、めちゃくちゃ手を抜くことでちょうどいい案配になるのだった。


「大英雄アタッククイズ、完成したと言っていいね! これでお姉さんも立派に戦えるようになるかなっ?」

「無理じゃないかな。お姉さんの問題はそこじゃないし」

「えっ、じゃあこの二日間の猛特訓は一体っ……!?」


 まさかの発言にエイプリルは驚愕する。口下手な少年が補足した。


「前にも言ったけど、お姉さんは相手を見すぎなんだ。そこで勝手に自分と比べて勝手に自分を弱い人間に決めつけて、勝手に震えている」

「うっ、勝手のオンパレード……るー君が言うならその通りなんだろうけど、原因が分かっててもどうしたらいいか……」


 厳しいところを指摘されてエイプリルはしょげかえる。ギルベルトは構わず言葉と、肩揉みを続ける。


「この二日間を思い出してみてよ。どんな特訓したっけ?」

「えーっと……背後からの不意打ちへの対処とか、相手を見ないで防御したりとか……極めつけは目隠ししてるー君と打ち合うとかやったなぁ。あれはメチャクチャ……って、あーっ!? もしかして!?」

「そういうことだね。見過ぎて震えるなら、見ずに戦うしかないと思ってそういう内容にした」


 二日間の特訓を振り返ったエイプリルは合点する。いつだったかギルベルトから「相手を見て戦っている」と指摘されたことがあったが――この二日間の特訓は、正にそれを根底から覆すような、超強引な手法での矯正手段だったのである。


「そんな意図があったなんて……お姉さん、てっきりプレイの一種かと……」

「俺をどんな目で見てるんだ……」


 変な疑惑をかけられていたギルベルトは素に戻ってツッコんだ。エイプリルは二日間を振り返りながら言う。


「でもでもるー君、そんな危ない方法で本当に戦えるの? 実戦で相手を見ずに戦うなんて……」

「お姉さんには、それが出来なかったの?」

「最初の方は……。でも、特訓しているうちに少しは出来るようになった、かな。でも、特訓だったし」


 それを聞いたギルベルトは、こう続けた。


「相手から目線を切ることは、正直自殺行為だよ。僕からすればそっちの方が怖い。でも、今のお姉さんにはそれしかないんじゃないかな。暗闇に対しては、恐怖もしていなかったし」


 そうしてぐっと、肩を揉む指に力を込める。


「とにかく後は、お姉さん次第ってことだよ」

「私次第……そうだね、るー君は私なんかのために頑張って考えてくれたんだから。後は、お姉さんが応えなきゃね! 大英雄アタッククイズというイカした技も、最初はるー君が考えてくれたことだし」

「それは僕じゃないですけどね」


 ダサイ技を考えたことにされるのを拒否する少年。ある程度疲れが回復したのか、エイプリルは立ち上がる、そして、こんなことを聞いてきた。


「そういえば、るー君は怖いこととかないの?」

「それはあるよ。剣が壊れたらショックだし……」

「そういうことじゃなくって! 戦いが怖いとか――」


 聞かれたギルベルトは、おもちゃの木剣と、神から授かった神雷剣を抜く。


「怖くないよ。だって僕には剣があるから」


 その答えには一片の迷いもなかった。堂々たる姿のギルベルトを見て、エイプリルは言う。


「やっぱり自分なんかが大英雄の感覚を参考にしちゃいけないっすよね……」

「いや、僕だけが特別なわけじゃない。僕の場合は剣を信じているっていうだけで、そういうのは人それぞれ違うものだよ。……ねー、ウッディー、シンちゃん! ……ムフフフ……!」


 剣に話しかけているギルベルトを見て、エイプリルは奇妙なものを見る視線を送った。ギルベルトは気付いて一つ咳払いする。


「コホン……と、とにかく、お姉さんにも信じているものがあるはずでしょ、大英雄とかさ。もしも、目を瞑ってもそれでも震えるようだったら、お姉さんの信じるもの――大英雄とかを思い描くといいのかもしれないね」

「私の信じていること、かぁ……」


 言われてエイプリルは、意識しているわけでもなくギルベルトを見ていた。


「分かったるー君、お姉さんはるー君を信じるね! ぎゅーっ!」

「むぐぐ、勝手に信じられても困るんだけど……ま、いっか」


 いつもの抱きつき攻撃をされたギルベルトは、恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうに、そう呟くのだった。







 朝の特訓(手伝い)を終えたギルベルトは、雑用業務のために冒険者ギルドのギルド長室で労働に勤しんでいた。


「ぐおぉぉぉぉっ……! 二日も日にちが空くと、修行の感覚を忘れるな……! それはそうと――ボ、ボス、どうしたの僕のことじーっと見て」


 ギルベルトは修行と呼称する書類整理を行っているのだが、同じ部屋で書類仕事をしている少女からの熱い眼差しを背に感じていた。


「なぁギルベェ……お前、な~にか、あたしに隠してはいませんかぁ~……?」


 視線の主はアプリコット。薄目をこちらに向けて、何やら疑惑の目を向けていた。


「な、何も隠してないよ。ボスこそ、復活の大魔法のこと覚えてる? 僕も一応冒険者なんだし、そろそろ見せてくれても良いじゃんか、ほら」

「んあ、あたしが作った冒険者の証、ちゃんとまだ持ってるんだなぁ。けどそれはあたしが気晴らしで作っただけのニセモノだ。何の効力もないおもちゃだよ。っていうか、話を逸らすな!」


 ここで働き始めたその初日に手渡された、おもちゃの冒険者の証を見せる。が、アプリコットには効果はなかった。彼女は話を戻すと、その尻尾が嬉しそうにゆらゆら動き出した。


「分かったこうしよう。正直に話せば許す。話さないなら……」

「話さないなら……?」


 その瞬間、アプリコットはギルベルトに飛びついた。


「女装してもらう! おりゃーっ!」

「そ、それだけは嫌だ!!」


 危機を察して初撃をかわしたギルベルトは部屋の隅に逃げた。アプリコットは素早くギルド長室の地下室に潜ると一枚の衣装を持ってすぐに出てきた。その衣装はかわいい系ではなく――今アプリコットが着ているよりも過激な、際どすぎる紐みたいな衣装だった。


「作ったの!? そんな衣装、男だと下半身から色々はみ出ちゃうけど!?」

「ぐふふ……『男の娘』はこういうのがいいって聞いたのだ……だからお前で試す!」

「ハイレベルすぎるっ!」


 アプリコットはハァハァと息を上気させる。疲れたからではない、興奮しているからだ。衣装を手にしながら全力で飛びついてくる。


「くっ、またよけやがった。おいギルベェ、お前はどうしてあたしの攻撃をよけられる! 多少鈍ってるとはいえ、A級冒険者の全力だぞ!」


 だがギルベルトはそれを全部かわしていた。身体能力を跳ね上げる、魔法の戦化粧をした彼女の飛びつきを。A級冒険者のアプリコットの攻撃を、だ。


「し、しまった――そ、それは、ボスが衣装を持ったままでやりにくいからじゃ」

「いや違う! それを差し引いても子供のお前が逃げられるのはおかしいって言ってるんだ! ギルベェ、お前はあたしに何を隠してる!」


 色々はみ出る衣装なんか着たくないギルベルトは、逃げるのに夢中で失念していた。


 正体が知られる。普通の子供のように暮らしたいという願いが、潰える。


 アプリコットが詰め寄ってきたその時、部屋の外がにわかに騒がしくなったのに、睨み合っていた二人は気付いた。そして、駆け込んできた一人の女性のおかげで、ギルベルトは首の皮一枚繋がった。その女性は、白いローブに身を包んだ美しい女性。


「ボス、大変よ! ヨハンが、グレンデールに総攻撃を仕掛けようとしているわ!」


 白き魔女と呼ばれるアンナだった。白いローブは汚れ、彼女自身も息を切らしていた。


 ――そして、休む間もなく別の冒険者が入ってきてこう告げた。


「まずい事態だボス! 山賊が……イムセル兄弟が、大軍を引き連れてグレンデールにやってきてる!」


 たたみかけるように山賊の襲来を告げられ、アプリコットは髪をくしゃくしゃと掻きむしった。騒がしい事態に察しが付いたのか、他の冒険者達がギルド長室に集まって不安そうに彼女を見つめる。


「ま~た仕事が増えたな! 大軍か……ここらで決着付けようって腹づもりか。おもしれぇ、あたしもちょうどそう考えていたところだ」


 アプリコットは全く慌ててはいなかった。頼もしいギルド長の姿に、冒険者達は勇気を得て、今か今かとその指示を待つ。前は臆病風に吹かれた彼らだったが、今回は違う。

 この人がいれば、何も恐れる必要はないと、分かったからだ。


「お前ら、門を閉めて手順通りに行動しろ! 念のため救援の伝令も出せ! な~に心配するな、山賊如きがグレンデールの門を突破出来るわけがない。このあたしがいるんだからな!」


 こんな状況で自信たっぷりに笑顔を浮かべる、この街最強の冒険者・アプリコット。彼女の胆力は、見る者全てに力を与えた。指示を受けた冒険者達は、己の役割をこなすために威勢良く走り出した。


「――アンナ、お前の報告は門に向いながら聞く。お疲れのところ悪いが、お前も前線に立ってもらうぞ」

「ええ、ボス。回復アイテムがぶ飲みしてでもついて行くわ。……あいつには、やられた借りもあるものでね」


 アプリコットは衣装を机の上に雑に置くと、部屋に立てかけてあった巨大な斧を手に取る。腕にのみ、戦化粧が浮かび上がる。


「それでアンナ、ヨハンが攻めてくるってのはどういうことだ? ――っと、その前に」


 冒険者ギルドを出てしばらく歩いたところで、アプリコットは立ち止まってくるりと振り向いた。小さな自分よりさらに小さい少年の頭上から、覗き込むような体勢で言う。


「なぁにボス。早く行かなくていいの?」

「や~っぱり付いてきてたか、ギルベェ! 今度の戦いはマジでシャレにならないヤベーやつなんだよ! 今回はお留守番してろ!」


 アプリコットはまたも付いて来てしまっていたギルベルトに気付き、斧をその場に置いて彼の両脇に腕を差し込んだ。そして、どこぞの建物の地下室に入ると、そこの一室に放り込むのだった。


「ボス達だけで大丈夫なの? お手伝いするけど」

「お手伝いって……はぁ、そういやお前とは話の途中だったな。だがまぁ今回はそこにいろ。お前に何かあったら、エイプリルだけでなく……あたしだって悲しいんだから」


 この建物は街の避難所なのか、広い部屋にはすでにたくさんの人達が避難していた。


「ボスって、意外と優しいところあるよね」

「うっせ、ちげーし! 雑用に死なれでもしたら、書類整理する奴いなくなって困るってだけですぅっ! ……とにかく、お前はそこにいろギルベェ。あたしが戻るまで、絶対にここから出るなよ!」


 アプリコットが言って、冷たく硬い鉄の扉を閉めようとする。一瞬思いとどまったかのように扉は制止するが――すぐに閉められた。最後に見た彼女の決意に満ちた表情が、妙に心に残ったギルベルトは直感する。危機が迫っている、と。


「……ふぅ、もう戦いからは離れたかったが……世話になった者達だ、もう一度くらいなら、戦いに身を投じるのも悪くないか」


 ギルベルトの戦いの勘は、確実ではないがよく当たる。戦いから離れたいと言いつつ実は参戦したくてうずうずしていたギルベルトは、腰の二本の剣を手に取ろうとした。分厚い鉄の扉も、彼にかかれば余裕で――


「あれっ!? ウッディーとシンちゃんがいなくなってる!?」


 握った拳が空を気って初めて気付いた。先程まで提げていた愛用の剣が、二本ともなくなっていることに。その時、この事態を理解していないような、呑気な子供の声が彼の耳に入ってくる。


「暇だしあいつが持ってたこの剣で遊ぼうぜー!」

「いいね! じゃあ俺冒険者役~っ!」


 戦士の勘に気を取られていたせいか、はたまたアプリコットの悲愴な顔が頭に残ったからか。ちょっと油断していたギルベルトは、名も知らない街の子供達に剣を奪われてしまうのだった。


「……俺から剣を奪うとは、良い度胸だ少年。これは少々、お仕置きせねばなるまい……!」


 決戦を前に、剣の大英雄の目が邪悪に光るのであった。

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