山賊達の会合
ここはいつの時代かに見捨てられた村。ほとんどの建物が朽ち果てている中、その一つの教会にだけは、夜半の闇を照らす光が微かに漏れていた。
「まさか、あんたらとこうやって顔を合わせる日が来るとはな」
「ああ……今日だけは休戦としておこう。だが我ら山嵐の民は自由の民だ。我らの縄張りに入り込むようであれば、その時は山の怒りで返礼させてもらう」
建物の半分が崩れているような教会の中には、複数の男達が居合わせていた。男達は皆屈強な体つきをしており、それぞれ武装していた。
「山嵐の民……夢見がちなイカれ野郎共の頭か。でけぇツラしやがって、お前も俺もたかが山賊の頭だ。あの街をやる前に、てめぇの首とその縄張りを奪ってやろうか?」
「ほう、この俺とやるつもりか……?」
男達は山賊、それも頭領だった。山嵐の民と自称する山賊が突っ掛かると、他の山賊達も武器に手をかけ始める。顔を合わせて早々に物々しい雰囲気となる山賊の頭達。――だがそれを止めるのもまた、山賊だ。
「何だおめぇら男同士でヤリあってよう。しばらくはお友達ごっこする予定だろう?」
「楽しそうじゃねぇか兄弟。んで、このイムセル兄弟とヤリ合う男はどこのどいつだ? そこのなんとかの民とか言うてめぇか」
割り込んだのは、巨人の血を引いた、見上げる程の巨体を誇るイムセル兄弟だった。それまで物々しい雰囲気だった場が、格の違う緊張感に包まれる。
「イ、イムセル兄弟、本当に来るとは……! よ、よせ、今日はこんな争いをしに来たわけではないはずだ。我ら山賊の頭だけでこの場に集まって会合を……。そうだ、お前達はなぜ二人で来た、一人で来いという約定があったはずだ!」
先程まで威勢の良かった山嵐の民の頭領は、彼らの登場で完全に萎縮してしまっていた。他の山賊も同じで、彼らの前で武器を持とうなどという愚かな考えを捨てる。
「ああ、聞いてるぜ。それがどうしたんだ?」
「俺達は二人で賊を仕切ってんだ、だから約束の通り、二人で来たまでだぜ。……てめぇ、この俺らに文句があるって言うのか?」
近くの瓦礫の上に腰掛ける兄弟。大きく出た腹をかきながら睨まれると、山嵐の民の頭領はこう答える。
「い、いえ……文句はありません……すみませんでした……」
場は完全にイムセル兄弟に支配されていた。圧倒的な力と、残忍な性格を持ち合わせたこの兄弟に逆らえる者などいない。凄まれて萎縮した彼を誰も情けないとは思わなかった。相手が悪すぎるからだ。
「これで全員――いや、あのキザ野郎が来てねぇじゃねぇか」
「時間は絶対に守るとか抜かしやがるくせに、俺ら兄弟より遅刻かますとは、ふざけた貴族様だぜ」
この場にはもう一人来る予定だった。その人間とは、時間は絶対に守るという貴族――
「何を言っているイムセル、私は予定と時間は絶対に守る男だ」
次の瞬間、場に冷ややかな風が流れ込んできた。真冬に感じる寒気とは別の類――まるで、氷から発せられる冷気かのような、肌に刺さる凍えた風だ。
「貴様らの到着が早まっただけに過ぎないことを、私の失態のように扱うのはよしてもらおう」
現れたのはヨハンだった。杖の大英雄の弟子であり、貴族と奴隷の街の首長でもあるあのヨハンが、山賊同士の会合に一人で顔を出したのだ。
この場にいる山賊を一網打尽にしに来たのか。いや――
「よぅ、ヨハン。あんたがそこまで言うなら、そういうことにしといてやる」
「あんたがいなかったら、俺達はいつも通り奪い合いのケンカをしてるだけの仲だったからなぁ。俺達兄弟は、あんただけは認めてるんだぜぇ?」
イムセルを始め、山嵐の民も、他の山賊達も、臨戦態勢に入ることはなかった。ヨハンが話を続ける。
「それは実に不名誉だな。しかし今は貴様らの言う通り、争っている場合ではない。――我々は、今この時だけは『仲間』なのだからな」
イムセル兄弟はその言葉を聞いて、ゲラゲラ笑った。そして、こう続けた。
「ああ、その通りだぜヨハン。俺達は仲間だ。貴族のあんたと、それぞれの山賊団をまとめる俺達は、これからヤるでけぇ仕事の仲間」
「グレンデールを一緒になって攻め落として、街をヤる仲間だ!」
イムセル兄弟が雄叫びを上げた。すると周りの山賊達も呼応する。
そう――ヨハンは彼らの会合に乗り込み、頭を捕らえに来たわけではない。グレンデールを落とし、自分のものにするため、手を結んだ一人としてこの場に現れたのである。
「おいヨハン、それで例の会議とやらはどうなったんだ? ギルド長会議、だったか」
「まさか丸く収まっちまったなんて、つまらねぇ結末じゃねぇよなぁ!?」
一頻り雄叫びを上げた山賊達は、満足したのか落ち着きを取り戻す。イムセル兄弟がヨハンにそう尋ねると、氷のような冷たい男は、一つも表情を変えずにこう言った。
「安心しろ、決裂に終わった。想定通りだ」
ギルド長会議――今から一日前に開かれた、ヨハンが最後に参加したグレンデールの会議のことだ。結果を聞いたイムセル兄弟は、心底愉快そうな表情となる。何か言いかけるが、ヨハンが続ける素振りを見せたために我慢して聞く。
「これにて状況は整った。予定通り、グレンデールに総攻撃を仕掛ける」
我慢していたイムセル兄弟が再び沸き立った。
「やっと、やっとヤれるんだな!? あの街を好き放題出来るんだな!?」
「長かったぜ……! お行儀良くするのもこれまでってことだ!」
立ったままのヨハンは、喜び勇む二人に冷ややかな視線を送ってこう言った。
「ふん、昨日貴様らが『ご挨拶』とやらでグレンデールに来た時は驚いたがな。そんな指示は飛ばしていなかった。ほんの少しの間くらい、お行儀良く待つことも出来ないのか?」
「言うじゃねぇか……こっちは随分と焦らされているんだぜ? 獲物の下見くらいしておきたかったのさ」
「それともまさか、また『待て』を命令するのか? お偉いヨハンさんよぉ……!」
ほんの少しの皮肉にも噛み付つイムセル兄弟。山嵐の民の頭領と揉めそうになった時と同じようにして、ヨハンに凄むが――彼は涼しい顔をしたまま彼らを見下す。まるで恐れていなかった。
「へっ、ひ弱な貴族様のくせして、俺達に屈しねぇか。まぁいい、あんたのそういうところを信用してここまで来たんだ。争っている場合じゃねぇ――だよな、兄弟」
「ああ、おかげでいい女も見つけた。あの獣女……アプリコットとかいう凄腕の冒険者。あれは、俺達の獲物だ。生きたまま捕まえて、俺達のオモチャにしてヤるんだ……!」
イムセル兄弟は粘っこく舌なめずりをする。今にも防壁の頂上から襲いかかってきそうな少女を見て、標的を定めていたのである。
「明日にでも行軍を始めたまえ。私の騎士団と貴様ら山賊の群れの総攻撃、そして――私の授けた必勝の策を用いれば、グレンデールは必ず落ちる」
ヨハンは自信を覗かせていた。必勝の策――山賊達にはすでにそれが伝わっているのか、荒くれ者の男達は不適な笑みを浮かべるのだった。
教会を出て、山賊会議を終えたヨハンは星空の下に戻る。外で待機していた、いつもの二人の側近が歩み寄ってきた。
「首尾はいかがでしたか、ヨハン様」
「想定通りだ。我が騎士団も明日に出陣する。準備は出来ているはずだな?」
いつでも動けるようにすでに準備を整えていたのだろう。ヨハンが配下の騎士団について確認を取ると、側近は首肯する。
「いよいよだな。あの手この手で山賊共を説得したのだ。全ては、私の――」
「待ってくれヨハンさん、あんたにちょっと話がある。オヤジの……アラン山賊団のことについてだ」
その時、闇の中から一人の男が現れてヨハンに声を掛けてきた。側近が構えるが、ヨハンが制する。アラン山賊団――それは、ヨハンも討伐隊に加わって討伐し、壊滅したはずの山賊の名だ。
「貴様は……アラン山賊団の新しい頭、だったな。手短に願いたい」
「ああ、言いたいことは一つだけだ。……オヤジを……頭を殺った女を、俺に殺らせてほしい」
「女……白き魔女のことか」
ヨハンが言うと、アラン山賊団の新しい頭領は首を縦に振って肯定した。彼が言うオヤジとは、アラン山賊団の元頭領のことだろう。だがその男は、後方部隊に奇襲をかけ、その際ヨハンが首をはねたはずだった。
そもそも、アラン山賊団はあの討伐で完全に壊滅し、逃れた者すら一人もいないはずだったが――
「あの女のせいで、俺達の家は奪われちまった。ヨハンさん、あんたの言う『秘策』で家を離れている間にだ。オヤジには世話になったんだ。――白き魔女、どうかあの女を俺達に殺らさせてくれ!」
この男はヨハンの言う秘策とやらで、難を逃れていたらしい。気付くと辺りには、他にも難を逃れていたと思われる一〇人のアラン山賊団の残党が、姿を見せていた。
「私は都市さえ手に入ればそれでいい。女は好きにしろ」
アンナとは、一度は共に戦場を経験し、手を合わせたこともあった。それなのにヨハンは、一つも感情を揺らすことなく、簡単に彼女を差し出すのだった。
了承を得た若き頭領と、その配下達が喜びに打ち震えている。やがて彼らが去って行くのを見届けると、側近の一人がヨハンにこう言ってくる。
「……本来の情報とは食い違いがあるみたいですね」
「それだけ派手な活躍をしてくれたのだ。白き魔女には感謝したいところだが……ふ、これも想定通りだ」
情報が正確に行き届いていないのか、最も功績を上げた白き魔女・アンナが全てやったと、彼らは思い込んでいた。こうなることも予想していたのか、本来の仇であるヨハンはその滑稽な展開に、鼻で笑うのだった。
ヨハンが星空を見上げようとしたその時、彼はふと辺りを見回して、やがて遠くの茂みを見つめ始める。ヨハンの様子から察知したのか、側近が剣に手を添える。
「聞かれていましたか」
「捨て置け。今さら足掻いたところでグレンデール陥落の未来は変わらん。……やるじゃないか白き魔女、私に気付かれずに盗み聞いていたとは」
ヨハンは言葉の最後に、まるでそこにアンナがいたかのように口にした。重大な場面を見られたにも関わらず、それでも彼は無表情のまま無限の星空を見上げた。
「全て順調。後はグレンデールを攻め落とすのみ。私の大願が、ようやく成就する時がきた。――師よ、私の集大成を、あなたに見せる時が来たのです」
彼が思い描く願い。それはグレンデールを支配することと、そして――
その時、ヨハンは初めて心から笑った。




