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やがて動き出す

 昼間のイムセル兄弟襲来という大事件から落ち着きを取り戻した街は、安らかな夜を迎えていた。しかし今晩にでもまた襲撃してくるのではという不安が、街全体にこびり付いていた。


「えっ、き、今日の緊急招集って、イムセル兄弟が攻めてきたってことだったの? ひえぇぇ……お、お姉さん、初めて知りました」

「エイプリルお姉さん、半分メイド服姿で駆り出されたんだってね……」


 雑用業務とバイトを終えたギルベルトとエイプリルは、冒険者宿舎の彼女の部屋で談笑していた。エイプリルは事態の詳細を知り、今さらになって震え始めるのだった。


「うぅ、今さら震え出すなんて、お姉さん格好悪いよね。……見ててねるー君、大英雄アタッククイズを極めて、きっと頼れるお姉さんになってみせるから!」

「う、うん。まぁ、そんな期待かけていい技かどうかは微妙だけど……明日明後日僕は休みもらっちゃったし、付きっきりで見てあげようか?」

「やったー! じゃあお姉さんもバイトは休止して特訓するねっ! それにしてもよくお休み取れたね、山賊の襲撃があって色々忙しそうなのに」

「子供の出る幕じゃないってことかもしれないね。ボスは忙しそうだったよ」


 二日間の休養を言い渡されていたギルベルトは、エイプリルの特訓に付き合うことにした。子供が飛び込みで仕事を探すのも難しいので、暇をするくらいならと思ったのである。


 その時、エイプリルの部屋の扉がノックされる。扉の先に立っていたのは、アンナだった。


「こんばんはエイプリル、それにギルベェ君も。……今ちょっといいかしら」

「どうしたのこんな夜に? 入って入って」


 突然の来客にエイプリルは笑顔で部屋の中へと促すが、アンナは手のひらを軽く持ち上げて断った。


「すぐ済むからここで大丈夫よ。明日からのことで、ちょっと話しておこうと思って」

「あっ、もしかしてアンナも予定ないの? だったら一緒に私と特訓する? その後また情報交換会しようよ、もちろんあの大浴場で!」

「そ、それは僕パスしようかな……」


 ギルベルトは内股になりながら断った。


「二人は予定なかったのね……それは惜しいことをしたわ。私はちょっと、緊急の仕事が入っちゃったのよ」


 そこで二人は気付いた。アンナの様子がいつもの余裕たっぷりの雰囲気ではないということに。思い詰めている――いや、余裕がないという表情だった。


「それで数日街を離れるから、二人に言っておこうと思ってね」

「そうなんだ。……ねぇアンナ、大丈夫? もしかしてB級のお仕事?」


 エイプリルの問いにアンナは首を横に振った。


「B級にはまだなれてないわ。何でも手続きが混んでいるとか……昼間のイムセル兄弟の件もあるし、B級の件はこの仕事から戻った頃かしらね」

「アンナがそんなに思い詰めるなんて……どんな仕事なの? 本当に大丈夫な仕事なんだよね?」


 付き合いの長いエイプリルはアンナを心から心配しているようで、その表情は曇っていた。アンナはそんなエイプリルの様子を見て、いつもの余裕そうな雰囲気を作って言った。


「参ったわね、この私が表情に出しちゃうなんて。ま、ボスから(ちょく)に依頼を受けたのよ、お前にしか出来ないことだって。それ以上は言えないわ、コンプライアンス的に、ね」


 冗談っぽく笑って言ったその姿はいつものアンナだった。だが、思い詰めた表情を見せられた後では、さほど効果はない、返って心配が増すだけだった。


「ボスの依頼って、もしかして祝勝会で内緒話してた時のこと?」

「ふふ、ダメよギルベェ君。女にはいくつもの秘密があるんだから」


 アプリコット直々の依頼。アラン山賊団討伐後の祝勝会で、耳打ちされていたことだとギルベルトは勘付くが――両膝をついたアンナに抱き締められて、思考は停止してしまうのだった。


「アンナ、ごめん。手伝いたいけど……アンナにしか出来ないってことは、私なんかが付いて行っても邪魔にしか……」

「いいのよエイプリル、あなたは特訓頑張りなさい。私の相棒になるんでしょう? 話はそれだけだから、戻って来たらまた情報交換会しましょう。大浴場でね」


 ギルベルトへの抱擁を終え、アンナは立ち上がる。いつもの余裕たっぷりの彼女に戻って、最後にこう言った。


「それじゃあ――またね」


 手を振って二人の前から去って行くアンナ。誰もいなくなった廊下をしばらく眺めた後、エイプリルが呟く。


「はぁ……親友が大変そうな時に、何も出来ないなんて……」


 仲間の大変な時期に何も出来ないことを悔やむエイプリル。ギルベルトはそんな様子の彼女を見て、こう続けた。


「じゃあ明日からの特訓はハードメニューにするね」

「うっ! それは嫌……だけどお姉さん、頑張る! どんと来いだよるー君!」


 それは不器用な彼なりの、精一杯の気づかいの言葉なのであった。







 一方同夜――冒険者ギルドのギルド長室では、遅くまで仕事をこなしていたアプリコットが、ある四人の冒険者パーティから仕事の報告を受けていた。


「おっ、ようやく戻ったか。どうだった、アクトン村のモンスター退治は?」


 その冒険者パーティとは、ギルベルトとエイプリルが出会った付近の村――アクトン村において、入れ替わりでモンスター退治を行う予定だった四人だった。


「遅くまでお疲れ様です、ボス。多少村にも……ほぼ酒場だけでしたが、被害は出たものの、モンスター退治は問題なく終わりましたよ。――正しくは、終わっていた、ですけどね」

「んん? どういうこった。酒場の請求書ならエイプリルの奴から受け取ってるが……他に何かあったってのか?」


 ぼうっとした灯りが部屋を照らす中、パーティのリーダーが報告書を手渡す。そして、アクトン村で見た出来事を語った。


「――一三八匹のモンスターが倒されていただと……!?」

「はい。原因は、連行してきた冒険者もどきの山賊だと判明しています。魔物を呼ぶレアな笛を使ったとかで。連れてくるには人数が多かったので、村人に協力してもらいましたよ」


 冒険者もどきの山賊とは、偽ギルベルトのことだった。彼らは冒険者と数人の村人によってグレンデールに移送されていたのだが――アプリコットが驚いたのはそこではない。


「一体誰が、どうやってそんな数を捌いたんだ……! うちにいるA級冒険者はこのあたしだけだぞ!」


 多くの敵を一度に撃破した事実に目を疑っていたのだ。冒険者パーティのリーダーが続ける。


「Cか、B級相当の山賊一六人の撃破に、魔物一三八匹の退治。そして魔物の親玉はC級。ボス……とてもじゃないが、こんな仕事をこなすのは俺達では無理だ。退治するだけでもどうかというのに、村への被害が酒場一軒だけで、怪我人の一人も出さずにだなんて……」


 ほぼ完璧な仕事だった。この規模の戦闘を行って、被害が酒場だけなど奇跡に近い。山賊の襲来に、珍しいマジックアイテムなどの不意を突かれたにも関わらずに、だ。


「もしこれを単独でやったのなら、間違いなくA級の仕事だ。あたしでもここまで完璧にやれるか怪しいレベルのな。一体誰が……目撃情報とかないのか? どんな奴かめっちゃ気になるぞ!」


 純粋な好奇心と、冒険者ギルド長としての義務からその人物について尋ねる。村のために戦ったその人物は、少なくとも悪人ではないだろう。山賊襲来のこの時期、大きな戦力が野に転がっているとなったら、スカウトしないわけにはいかないのだ。


「それが妙なんですよ。酒場で乱闘があったのですが、その時いたのはエイプリルと、一人の子供だけらしくて」

「エイプリルは……一〇〇件片付けたのが嘘じゃないかってくらい、前と変わってなかったから違うな。子供か……違うとは思うが、一応どんな子供なんだそいつは。村の子供か?」


 そんな子供いるわけないと思いつつも、対象から除外するために聞いてみる。すると冒険者は、こんな特徴を口にした。


「年は五歳から八歳くらい。金の髪をしていて、腰におもちゃの木剣をしていたとか。酒場にいた村人が言うには、そのおもちゃの剣で鉄の剣を受けていたとのことですが――さすがにこれは荒唐無稽すぎますね、気が動転して見間違いでも」

「金髪で……おもちゃの木剣……?」


 アプリコットは知っていた。その特徴と一致する少年を。

 いつからかエイプリルに連れ添われ、今はこのギルドで雑用をこなす少年。常におもちゃの木剣と青い剣を身に付け、自身の全力とびつきアタックをかわしたり、どんな場所にでも付いてきている謎多き少年――ギルベェと。


「マジか、アイツが……? いやだが子供がそんなこと出来るわけが……まぁいい、明日締め上げて――って、ぐああぁぁ! 明日から休み言い渡しちまってたああぁぁっ!」


 一人でわちゃわちゃしているアプリコットを見て、冒険者達は何してんだこの人といった目を向けた。


「ボスの知り合いに似た子供がいるんです? でも、いくらなんでも子供がそんなことをするなんて、俺は聞いたことが……」

「んぐぅぅ、そうだな、どうせガセだガセ、子供がやったなんてあたしも思ってない。何にしてもしばらくあたしはここを動けんし、聞くにも休みが明けてからだな。だが――」


 両手で一頻(ひとしき)り頭をかいたアプリコットは、最後にこう続けた。


「お前はあたしに何を隠している、ギルベェ」

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