分裂
その日の夕方、緊急のギルド長会議が議場で開かれていた。当初は多くの住民が傍聴に詰めかけていたが、混乱を招く恐れがあったので今は二〇人のギルド長と、貴族と奴隷の街代表のヨハンとその側近二人、そして雑用のギルベルトだけが立ち入ることを許されていた。
「イムセル兄弟に目を付けられたって、もう街で噂になっているぞ! いつまでも奴等を野放しにしておくから、こんなことになってしまったのだ!」
「起こってしまったことを今議論してどうするのじゃ! とにかく対抗策を練らねばならん、このままではやがて人は離れていき、本当に奴等の手に落ちてしまうのじゃぞ!」
議論は荒れに荒れていた。二〇人の各ギルド長は立ち上がって自分の意見をぶつけ合う。文字通り、話になっていなかった。
「〝アイスクリア〟。――少しは落ち着きたまえご老人方。今すぐに奴等がやってくるわけではない。まだ猶予はある」
「んむ。じたばたしたからって何かが変わるわけでもないしな」
しかし、この二人は落ち着いていた。戦慣れした杖の大英雄の弟子・ヨハンと、A級冒険者のアプリコットだった。
「はい。水飲むと少しは落ち着くよ」
そして、ギルベルトも落ち着いていた。ヒートアップしていたギルド長達に水を配って回った。
「みっともねぇ姿見せちまったな。……冒険者ギルドのボスさん、あんたのところで奴等をどうにかすることは出来ないのかい?」
アプリコットの席の隣には、今日も大工ギルドのギルド長が座っていた。アプリコットはその大工ギルド長の質問に対し、目を瞑りながら首を横に振った。
「冒険者も自警団もかき集めて、街の防備ゼロにしてかかれば、もしかしたら倒せるか、ってレベルだ。被害は大きいし、その上失敗でもしたら目も当てられない結果になるだろうな」
「……待ってくれ、じゃあ一応、人数は足りていることになるのか? 人手不足じゃなかったのか?」
大工のギルド長は可能性があることに気付いて、さらに聞いてみた。
「ま、全員集められればな。だが相手がイムセル兄弟となったら、そうはいかない。奴等の悪評はあんたらも知っての通りだ。そんなやべぇ奴等と戦ってくれなんて言って、みんな付いてくると思うか?」
イムセル兄弟の悪評。女は犯し、男は連れ去って、使える人間を薬と拷問で調教する。そんな結末を思い浮かべてしまったのか、誰かがごくりと喉を鳴らした。
「失敗は死じゃない、人間をやめて、奴隷――いや、それ以下の家畜になれって連中なんだ。そいつらと戦うとなると……渋る連中の方が多いだろうな。おまけに奴等の砦は要塞そのものだ、見込みは限りなく低いぞ」
望みを絶たれ、場が静まり返る。解決策はなくなってしまったのか。いや、そうではない。もう一つ可能性があることを、ギルド長達は気付いて口にしないだけだ。
「我々の庇護下に入れ。然らば山賊も退治出来よう」
誰もが気付き、意見を出せなくなった時、その男は口を開いた。杖の大英雄の弟子でありながら、貴族と奴隷の街の統治者でもあるヨハンだった。
「庇護下……対等な関係ではいられないのか」
「当然だ。時代遅れなどと言われた我が街パサデナだが、それでもグレンデールの数段上の都市なのだからな。人口も多く、治安も安定している。訓練された私の配下――パサデナ騎士団であれば、イムセル兄弟を討伐することも難しくはないだろう」
皆がチラリと、ヨハンの背後を守る側近に目を向けた。ヨハンの意向を忠実に守る騎士。冒険者とは違い、『戦争』の訓練を受けている戦士達だ。
「こちらの冒険者と手を結んで戦うことはしてくれないのか」
「言っただろう、難しくはないと。我が騎士団だけでも勝利は出来るが、被害はなるべく避けたいのだ。アラン山賊団討伐の際に確認したが、統率の取れない冒険者が混じったところで大して変わらないのだよ。そちらが放置しすぎたせいで、イムセル兄弟は肥えすぎたのだ」
ギルベルトもアラン山賊団討伐には付いていったので、その戦いぶりは目にしている。騎士団を見たわけではないので断定は出来ないが、連携を取るのは確かに難しい戦いぶりに見受けられた。
「私の滞在は今日までとなる。今この場で結論を出してもらおう。我々にグレンデールの領有権を譲り、貴族と奴隷の街となり安寧を得るか。それとも、奴等と泥沼の戦いに突入し、静かに衰退を待つか。どちらか好きな方を選びたまえ」
ヨハンは身を前に乗り出す。彼の狙いは急成長したグレンデールの利権、そしてこの街の支配者になることだ。
「貴族と奴隷の街なんて、そんな時代錯誤なこと……」
「だが、そうしなければわしらは……そ、そちらの提案を受け入れた場合、わしらはどうなるのじゃ? 奴隷になるのか? それとも――」
どこかのギルド長が揺らぐ。前回のギルド長会議の時とは、明らかに風向きが変わっていた。
「奴隷に決まっている。由緒正しき家柄の者のみがパサデナで自由を謳歌出来るのだ。君達には死ぬまで我々に尽くしてもらう」
冷徹に――それでいて無表情に、現実を伝えた。少しでも希望を持っていたギルド長達だが、その一言で我に返っていた。この場で一人、態度の変わらなかった獣人の少女が鼻で笑う。
「ふん、下に見られたもんだな。そこを譲歩すれば、あたし達を懐柔出来たかもしれなかったのに」
懐柔されるつもりは毛頭なさそうな獣人の少女――アプリコットだ。彼女の言うとおり少しでも口利きしてやれば、他のギルド長は靡いていたかもしれない。それでもそこは譲れないのか、ヨハンはアプリコットの意見を聞き流していた。
「さ、いつまでもだらだら話すのもあれだ、いつも通り投票で、フェアに行こうか」
アプリコットが軽い調子で言う。ギルド長達はそれぞれの意見を記入した投票を木の箱に入れる。不正がないよう、ヨハンを含めた全員が投票内容を確認した。
「一四対六で反対に決定だ。あたし達英雄の街は、山賊と戦う」
数日前とは異なり、意見は割れたが――グレンデールは、ヨハンの支配を拒むのだった。
「……残念だ。ならば、この同盟関係も今日までとさせていただく。イムセル兄弟も、他の山賊も、そちらの問題はそちらで対処したまえ」
交渉は決裂し、側近に「パサデナへ戻るぞ」とヨハンは一言声をかける。同盟すらも白紙にされるが――ギルド長達は覚悟を決めたのか、その表情は勇ましかった。
「……想定通りだ」
青い目をしたヨハン。去り際に、その口元が歪んだ瞬間を、ギルベルトは見逃さなかった。




