大勝利と
「え~、この度は重傷者なしでの山賊討伐を祝しまして――んがああっ! 堅苦しい前置きはなし! ジョッキを掲げろお前ら! んじゃ――カンパーイ!!」
山賊退治から戻った冒険者達一同は、その夜に祝勝会を開いていた。アプリコット主催で全額彼女持ちらしく、酒場は貸し切られ、多くの冒険者達で賑わっていた。
「今回は本当に良くやったぞお前ら! アラン山賊団はこれにて壊滅だ!」
頭領が斃れ、配下も皆捕らえられたアラン山賊団はこの戦いで壊滅した。アプリコットが続ける。
「山賊はグレンデールの大きな問題に発展しているからな、どうかこれからも力を貸して欲しい。――そしたら、またおごってやるぞ!」
背の低いアプリコットは椅子の上に立って、冒険者達に労いの言葉をかける。そのあどけない風貌から勘違いしがちだが、彼女はエイプリルよりも年上で成人している。当然、グビグビと酒をかっくらうのだった。
「ぷひーっ、お酒うめー! ……さ~て、では今回最も戦果を上げた冒険者をこの場にお呼びしましょう! 今回のMVPはぁ~……どぅるるるるるるっ! じゃん!」
不思議な効果音で勿体付けるアプリコットは上機嫌だ。最も活躍した冒険者の名前を口にする。
「白き魔女、アンナちゃんです! ほらアンナ、こっち来て何か言え!」
もちろんアンナだった。あの戦い振りを見た者ならば、誰もが納得するであろう見事な働きだった。
「何か言えって……無茶振りするなぁ。ちょっと行ってくるわね、ギルベェ君」
「スピーチ期待してるね」
子供ながら、ギルベルトもこの祝勝会には参加していた。アンナと同じテーブルでアプリコットの司会っぷりを見ていたのだが、突如手招きされたアンナは戸惑いながらも前に出る。
「あー……どうも、今回MVP獲りましたアンナです。何故私が選ばれたのかはよく分かっていません。特別なことをした覚えもありませんし。ま、強いて挙げるなら――他のどの冒険者よりも多く、山賊を討ち取った、ということぐらいでしょうか」
小粋なジョークのような発言に、聞いていた冒険者達が「おお~」とどよめく。アンナは実に自信に溢れた表情だ。
「山賊退治の依頼があった時は、皆さんも是非また一緒に仕事しましょう。何もしなくともただ酒にありつけるかもしれませんよ、私が一網打尽にしてしまうので」
アンナが手近にあったジョッキを手に取って掲げると、冒険者達は改めて乾杯した。白き魔女・アンナの活躍は誰もが耳にし、認めている。みんな笑って酒を飲み合うのだった。
「んん、出来る奴はスピーチも上手いなっ! おっしゃ、アンナは近い内にB級に格上げしてやる! 別にコスプレとかは要求しないぞ、してくれればA級にしてやるとか思ってないぞ!」
「期待してます。……それと、一番活躍したのはボスじゃないですか。あちこち飛び回ってはみんなの危機を救っていたの、私は気付いていましたよ、ボス」
ランクアップを確約されたアンナは、アプリコットの働きに気付いていた数少ない冒険者だった。周りの冒険者達が「なにぃそうだったんすか!?」、「日頃のストレス発散してるだけかと……」、「重傷者ゼロは、ボスのおかげか!」と、口々にする。
「さすがはA級冒険者! この街最強の女・アプリコットだ!」
そして、一人の冒険者がタブーを破る。名前を呼ばれるとぶち切れるアプリコットがその一言を聞き逃すわけはなく、ぷるぷると肩を震わせる。
「あたしの名前を――」
重傷者一名出るかと、眺めていたギルベルトは思うが、その後に続く言葉は――
「口にしないでよもぅっ……! あ、あたしみたいな女に似合わない名前なんだぞ、恥ずかしいんだぞっ」
めっちゃ穏やかなものだった。普段の男勝りな彼女とは打って変わって、両手を頬に当てて体をくねくねさせている。
「そ、その名前を口にして良いのは、あたしと結婚する将来の旦那様だけなんだぞ、軽々しく口にしちゃダメなんだぞっ」
「おっしゃボスが酔っ払った証拠だ、みんな、今なら名前を言っても殴られないぞ、連呼しろ!」
アプリコットは酔っ払うと名前を言っても許してくれるらしい。お酒と照れから顔を赤く染めた彼女は、周りの冒険者から名前を呼ばれ、普段とは打って変わってしおらしい態度でずっとくねくねしているのだった。
「旦那様って……男に興味はないんじゃなかったのか」
「あれは酔ってる時だけよ。現にほら、態度はアレでも男には死ねって言ってるし。お酒飲むと激しくキャラ変わるのよ、今のギルベェ君みたいに、ね」
アプリコットは男冒険者から名前を言われた時は照れつつも、最後に「死ね」と言い、女冒険者には「かわいい衣装に興味ない?」と誘っているのだった。席に戻ってきたアンナに軽く素の表情を見られたギルベルトは、気まずそうにジュースの入ったジョッキに口を付けた。
「それにしても、エイプリルはどこ行ったのよ。脚捻ったくらいなら参加出来るでしょうに」
二人の席にエイプリルの姿は見えなかった。後方部隊に運ばれてきた時、弱音を吐いていたが、それをまだ引きずっているのだろうか。
「……もしかしたら、まだ落ち込んでるのかもしれな――」
「へい串焼きお待ち!」
「ってエイプリル!? あんた何バイトしてんのよっ!」
全然そんなことはなかった。エイプリルは戦いの直後だというのに、打ち上げ会場である酒場で、頭に手ぬぐいを巻いてバイトしているのであった。
「だって、冒険者が大勢押しかけるんだよ? 稼ぎ時じゃないっすか!!」
「お姉さん……本当に凄い前向きな人だね……」
「はぁ……あんたのその活力だけは、羨ましく思うわ」
山賊との戦闘直後、誰もが疲弊している中彼女だけは元気に労働を続けていた。偽ギルベルトとの一戦ではいやらしい戦法によってスタミナの底が尽きていたが、その活力だけは、実はとんでもないものを持っていたのである。
「その様子だと脚も大丈夫そうね。ま、落ち込んでなくて良かったわ」
「当たり前だよ! 明日からまた特訓して、今度こそ活躍してみせるんだから! ねっ、るー君、大英雄アタッククイズの特訓またお願いね!」
「あの戦法まだ続けるんだ……」
穴だらけの戦法で、別の手を考えた方がとも思うギルベルトだが、まあ物は何でもやってみないと分からないものだと、エイプリルを倣って前向きに考えることにするのだった。
「それにしても、結局あんたはいつも通りだったわね、エイプリル。一体どうやって依頼一〇〇件も解決したのよ。ボスのお願いでも聞いたの?」
「えーっとそれはまぁ……覚醒したと思ったんだけど、それは夢だったというか何というか……」
一時期壊れていた彼女だが、今は正常に戻ったようで言い訳に苦しんでいる。その理由はもちろんここにいる少年。剣の大英雄ギルベルトの正体を、隠そうとしているからだ。
「や~っぱり何か隠してる。ねぇ、ギルベェ君は何か知らないの? 教えてくれたら……お姉ちゃんが何でもしてあげる」
「し、知らないです。み、耳に息かけないで」
アンナはギルベルトに顔を寄せると、耳元で息を吹きかけてきた。ぞくぞくとしながらも、知らぬ存ぜぬを貫き通す。
「アンナ、ごめんなさい!」
と、大人の女性の色仕掛けに抗っていた時、エイプリルが突然頭を下げた。
「ど、どうしたのよ突然」
「だって今日の私、酷かったよね、失望したよね。だからごめんなさいって。でもまだ見限らないで! いつか絶対強くなって、あなたに相棒って言って貰えるくらいの腕前になるから! だから――ごめんなさい、少しだけ待ってて!」
頭の手ぬぐいを取ると、もう一度頭を下げるエイプリル。ギルベルトの件はともかく、自分の気持ちだけは包み隠さずに伝える。アンナはそんな真っ直ぐで素直すぎる彼女にしばらく驚いて硬直する。そしてジョッキを手に取って酒を一気飲みした後、こう言った。
「分かったわ。少しだけなら、待っててあげる」
「アンナ……ありがとう、約束だよっ!」
失敗しても、落ち込んでもすぐに前を向くエイプリル――そんな彼女にアンナは惹かれたのだろう。エイプリルとアンナは、笑顔で約束を交わすのだった。ついでに上手いこと話がそれて、ギルベルトにとっては万々歳だった。
「ま、まぁその、私は別に……今すぐにでもコンビ組んで、一緒に仕事しても――」
「はい空のジョッキお下げしやすねーっ! あっ隣のお客さん、注文取りますよー!」
エイプリルは聞こえない振りをして、離れてしまうのだった。
「アンナお姉さんは、もっと素直になった方がいいと思うよ」
「うっ、子供はよく見てるわね……」
それからしばらくアンナと二人で談笑を続けたが、エイプリルはこの席に戻って来ることはなかった。忙しく働くエイプリルを、アンナは少し寂しそうに見つめた後、ギルベルトに話しかける。
「冒険者の飲み会なんて、ギルベェ君退屈でしょ。先に帰ろっか」
「そうだね、早く帰って剣と話――じ、じゃなくて、眠いかも」
「じゃあお姉ちゃんが送ってあげる。大丈夫、変なことはしないわ」
いたずら好きの人の話なので信用するのは危険だが、夜道を子供一人で歩くのも不自然なので、アンナの提案を受け入れることにする。そうやって店を出る前に、アンナはアプリコットに声を掛けられた。
「おっアンナ、もう帰るのか。さっきのB級格上げの話、マジだからな。数日手続きに時間かかるから、それまでちょっとだけ待っててくれ」
「了解、期待してますよ、アプリコットちゃん」
ここぞとばかりに名前を言うアンナ。アプリコットはたまらずくねくねしてしまった。
直後、アプリコットはどこか話しにくそうに、こう打ち明けた。
「それと……まだお前には少し荷が重いかもしれんが、一つ重要な――いや、重大な仕事があるんだ。やってくれるか?」
宴の場に合わない雰囲気を出したギルド長に、アンナは気付く。そのアプリコットがギルベルトを一瞥すると、アンナは意味を汲み取って近づき、耳を貸す。
「実は、ヨハンのことなんだが――」
アプリコットの声が聞こえたのは、そこまでだった。耳打ちの詳細は分からないが――ヨハンについて、何か重大な仕事があることだけはギルベルトにも分かるのだった。
「……待たせてごめんね、それじゃあ行きましょうか」
重大な話のようだったが、アンナの顔色に特に変化はなかった。そこまでの話ではなかったのか、あるいはギルベルトに気を使っているのか。それが分かるようになるのは、そう遠くない先の話である。
アンナに手を引かれて夜の街を歩く。人の姿もまばらで、昼間の喧噪とは丸きり別の顔をグレンデールは見せてくれていた。
そんな暗闇の街で、青と白の煌びやかな服を着た男が立っていた。貴族と奴隷の街の支配者・ヨハンだ。いつもの護衛二人を付き従えている。
「あら、大英雄様の弟子じゃない。こんな夜中に何をしているのかしら」
アンナがヨハンに声を掛けた。
道路の両端には石造りの建物が建ち並んでいて、ヨハンはその路地の向こう側の誰かと話していたように見えた。夜の闇に紛れてはいたが、ヨハンは懐から硬貨を取り出した。そして、路地の向こう側の誰かに渡すと、路地から人の気配は消えるのだった。
「なに、施しを与えてやっただけだ」
ヨハンはこちらに向き直って言った。無表情に――余裕を感じさせる態度だった。それはどこか、人を見下しているかのようにも見えた。
「施し、ねぇ。本当にそれだけかしら。こんな夜中に貴族様が出歩くなんて、物騒じゃないかしら」
「私は俗物的なのだよ。名門の出でありながら、英雄に弟子入りするくらいなのだからな。……納得してくれたかな?」
ヨハンの言い訳に納得いかないアンナは、鋭い視線を送る。先程アプリコットに耳打ちされたことと、何か関係があるのかもしれなかった。
「ふっ、分かった、白状しよう。この街の者に依頼していたのだよ。我が師・ゲルタの遺した、復活の大魔法が記されたとされる魔法書を探すように、とね」
「ゲルタの魔法書を? ……そういえばエイプリルから聞いたことがある、ヨハンは杖の大英雄の遺品や魔法書を買い集めているって……」
ギルベルトもその話は知っていた。あのいかがわしい店でエイプリルが言っていたことだった。大英雄博士の情報は、どうやら真実だったらしい。
「それらを集めてどうするの。あのアホ――一部のマニアには高く売れそうなものだけど」
「師の遺したものを売るわけがない。復活の大魔法が記された唯一の魔法書だ、何をするかなど言わずとも――」
「ヨハンお兄さんが、復活させたの」
話に割り込まずにはいられなかった。ギルベルトはヨハンの言葉を聞いて、そうだけ伝える。もしも彼がギルベルトを復活させた者ならば、それだけで事は伝わるはずだ。
「探している途中だと言っただろう、少年。復活させるのは、魔法書を入手して――いや、これ以上は喋りすぎか。すまないが、それ以上の詮索はよしてもらおう」
だが彼ではなかった。それはそうだ、彼が言うには、まだその魔法書を手にしていないのだから。
ヨハンはそれ以上を語らなかった。復活の大魔法が記された大英雄の魔法書。それを手にして行うことといえば――誰かを復活させること。ヨハンは、誰かを復活さようと目論んでいるというのか。
「ちょっと待ちなさい! 話はまだ――」
「こちらばかりに語らせるつもりか? 全く、恥を知らんな、片田舎の魔法使い」
これ以上話すことはないと、ヨハンはその場を立ち去ろうとした。アンナが止めると、ヨハンはアンナに向かってそんなセリフを吐いた。
「話の腰を折ったあの女を思い出すな。脚を捻って、子供に治療を受けていたエイプリルとかいうノロマのことを。奴も大英雄のことを――」
「……待ちなさいよ。その言葉、聞き捨てならないわね」
アンナの目は、怒りの炎に燃えていた。
「何だ、あの女の友人だったのか。それは悪いことをした。ただあまりにも、あの滑稽な様子が目から離れなくてね」
「は? そんなことどうでもいいわ」
普段はギルベルトをおちょくるような、余裕たっぷりのアンナ。彼女が怒る時は決まってそう――
「私が片田舎の魔法使いですって? 取り消しなさい。私の実力は、そんな安いものじゃないわ」
「あっ、そっちに怒ったんだね」
自分のプライドを傷付けられた時だった。この場にいないエイプリルに代わって、ギルベルトはツッコんであげるのだった。
「……面白い女だ。こんな街中で、私と勝負するつもりか?」
「まさか大英雄の弟子様が、片田舎の魔法使い如きにびびったりしないわよね」
アンナは背中の杖を抜いてヨハンに向ける。彼の側近が一歩前に出たが、ヨハンは手で止めて、代わるようにしてヨハンが前に出た。側近二人はヨハンに信頼と、絶対服従を誓っているのだろう、戦う姿勢を解いて、主人に全てを任せる。
「いいだろう、白き魔女と異名を取る君の実力には、少し興味もあったしな。安心したまえ、首をはねたりまではしない」
「何それ。やる前から勝ったつもりってわけ? ……吠え面かいても知らないわよ」
「……アンナお姉さん、本気でやるつもりなの?」
「当たり前じゃない、あそこまで言われて引き下がれないわ。ギルベェ君は物陰にでも隠れてて」
アンナは本気で勝負するつもりだった。ギルベルトは言われたとおり、建物の物陰に隠れておく。まあ大英雄の彼ならばその場にいても平気なのだが、今はただの少年ギルベェだ、怪しまれる行動は慎む必要があった。
物陰から二人の様子を窺う。両者の緊張が高まる。アンナは中腰になって構えるが――ヨハンの方は小型の杖を抜いただけで、腕を組んだ姿勢。およそこれから勝負をするような体勢ではなかった。
「……ちぇっ、嫌味な男ねホント。いくわよ、私の最大火力――〝ファイアボルケーノ〟!」
街のど真ん中で超高火力な炎魔法をぶっ放すアンナ。幸い周囲に人はいなかったが、巻き込まれれば一瞬で灰になっていただろう。地面からマグマのような炎が噴き出して、佇むヨハンに降りかかる。
「素晴らしい腕だ。我が騎士団に入れば、間違いなく一番の使い手として爵位を約束するが」
だがヨハンには届かない。地面を斜めにせり上がらせて、炎がヨハンに降りかかるようにしているのだが――炎は彼のどこにも届かないのだ。
「くっ、ウソでしょ、ここまで差が――!」
「悲嘆することはない。君の魔法には実に見込みがある。ただ――」
灼熱の炎は不自然な位置で忽然と消えていた。まるで見えないカーテンにでも遮られ、そこから先が異次元にでも繋がっているかのように炎が消えて――
ギルベルトには見える。これはそんな複雑なやり取りじゃない。
「少々、火力不足だな」
アンナの炎は、ヨハンが打ちだした薄い氷の膜を、突き破れずにそこで掻き消されてしまっているだけなのだ。
「〝アイスベール〟。師が教えてくれた防御魔法の一種だ。これを打ち破れる者など、まずいない」
「くそ、くそっ! 私の最大火力は、まだ……まだまだっ!」
普段の余裕溢れるアンナからは想像がつかない必死さで魔力を込める。だが、その氷のカーテンを突破することはついぞ敵わず。
「こんなものか。そろそろ幕引きさせてもらおう。〝アイスソード〟」
ヨハンが軽く杖を振るうと、一本の氷の刃がマグマの上を通り抜ける。それだけでマグマは凝結し、勢いのまま、アンナの喉元で制止した。氷の刃は小指一本分だけ、喉元までの距離を残していた。
マグマを一瞬で凍らす力だけではない、信じられない精密さも持ち合わせていた。
「負けを認めるかね?」
「くっ……ま、負け……たわ……」
首元に鋭利な刃を向けられ降伏を促されたアンナは、一筋の汗を顎から滴らせると、負けを認めた。その瞬間氷の刃は砕け散り、アンナは力が抜けたのか、その場で両膝を付いていた。
「中々に良い余興であった。私の騎士団で力を発揮する気があるのなら、いつでも歓迎する」
「……冗談じゃないわ、私はグレンデールの冒険者よ」
夜の街に静けさが戻る。氷の刃はキラキラと綺麗な粒子と姿を変え、宙を彷徨う。
「それは残念だ。だが……その程度の実力では、私はおろか、周囲の山賊からも、人々を守ることは出来ないだろうな」
ヨハンはそれだけ言うと、敗者のアンナに背を向けて去ろうとする。一瞬だけ、物陰のギルベルトに目を向けたが――声を掛けることなく、夜の闇に消えていった。
「大丈夫アンナお姉さん、ケガはない?」
「ギルベェ君……あーもうっ! あんな負け方するなんて、腹立つーっ!」
勝負を終えたアンナの元に、ギルベルトは駆け寄った。道に寝そべって夜空に叫ぶ姿を見ると、元気そのもののようだが、負けたショックは相当のようだった。
「でもアンナお姉さん、始めから勝てるなんて思ってなかったでしょ」
アンナは勝算を持っていなかったことを、ギルベルトは見抜いていた。アンナは体を起こしてギルベルトの方を向く。
「はぁ、バレバレだった? まぁね、相手の実力なんて見ればある程度測れるわよ。でもほら、あんな言い方されたら許せないじゃない。……何が『地方の魔法使い』よ」
「ん、『片田舎の魔法使い』、だったような。 あれ……もしかしてやっぱり、エイプリルお姉さんを馬鹿にされたから……?」
人の心を推し量れないギルベルトは、アンナにそう聞いた。アンナは星空を見上げる。
「そんなわけないでしょ。……私の、ためよ」
気恥ずかしそうに言う彼女を見て、ギルベルトは理解するのだった。




