逆ギレ大作戦
明くる日の早朝。宿舎の裏手にて、エイプリルは剣と盾を手に山賊戦の予行演習を行っていた。
「お姉さん、まだ演習だってのに足震えてるよ。そんなんじゃ数秒で殺されるよ」
「こここ、怖いこと言わないで~! 昨日だってあんまり眠れなかったんだよっ!」
指導者は剣の大英雄ギルベルト。これで強くならないのなら、誰が教えても不可能にも思える存在だ。
「だ、大体、子供のるー君が山賊役って……迫力に欠けるというか……」
「でも脚震えてるじゃん」
「これは、これから山賊の砦に行くのが怖いからだよーっ!」
まだ本番ではないというのに、エイプリルの脚はすでに風に吹かれる枝木のように揺らいでいた。普段の格好に手ぬぐいを頭に巻いただけのギルベルトに、迫力負けしたわけではないらしい。
「怯えてることには変わらないよ。どうするの、ドタキャンするの?」
「……ド、ドタキャンしない! お姉さんもうちょっと頑張る!」
バイタリティだけは一丁前のエイプリルは、簡単には諦めない。『ちょっとだけ』というところが逃げ腰ではあるが、ギルベルトはその心意気に少し笑顔になった。
「お姉さんの腕ならそう簡単には殺されないよ。腕が悪いわけじゃないんだ、心に問題がある。闇雲に恐怖を克服しようとするんじゃなくて、今は恐怖を紛らわせればそれでいい。お姉さんのやり方でね」
ギルベルトは飛び上がって、今の彼女でも受けられる程度に剣を振るう。子供用の木剣で叩く程度の姿だ、今ここでアンナや誰かに見られたところで、その正体に気付く者はいないだろう。
「私のやり方……るー君が剣で怒るなら……私は、大英雄だ!」
数日前に弱点を指摘された時、エイプリルは大英雄について信じるとヒントを得ていた。それを実践するのはこの時だと、盾を構えてカウンターの準備に入る。
「問題! 杖の大英雄の弟子は総勢何人でしょう!」
「へ? え、えっと……ヨハン一人?」
「大勢だって言ったでしょうがーっ! 〝スマッシュ・カウンター〟!!」
「っ、これは――!?」
解答と共に打ち付けられたギルベルトの木剣を防ぐ。そうして、誤った解答に怒りをぶつけるかのようにして、剣による渾身のカウンターを放つ。
彼女のカウンターは、見事に剣の大英雄ギルベルトにヒットして、少年の体を二転三転と転がすことに成功するのだった。
「わあぁぁぁっ、るー君ごめん! お姉さんつい夢中で……!」
「問題ないよ、ほら、傷一つない。……ま、自信に繋がるように、わざと転んだだけだしね」
もちろん、戦神をそのまま人にしたかのような男が、D級冒険者のエイプリル如きに遅れを取ることなど有り得ない。彼女のために、一芝居打ったのである。
「それより今の一撃、かなり良かったよ。一瞬とはいえ震えも止まって、身の入った一撃だった」
「ほ、本当? ……これが、私の本来の力っ……!」
今までに経験したことのない渾身の一撃だったのか、エイプリルは手が痺れているようだった。そして剣を改めて、力強く握り直した。
「ふおおぉぉこれだー! このやり方なら、私は実力を出せるんだぁぁ! 山賊なんて怖くないぞー!」
恐怖を克服する方法を手に入れたエイプリルは喜びを爆発させた。早朝なのでちょっとした近所迷惑だが、今日一日くらいは大目にしてほしいと願うギルベルトだった。
「本当ならこれをきっかけに完璧に克服していきたいところだけど――今はこの方法で行こう」
「うん、分かった! 名付けて大英雄アタッククイズ! これなら私でも戦えそうだよ!」
方法は死ぬほどダサかったが、実際に死ぬよりマシなのだ。冒険者を続けるためにも、エイプリルはこの戦法で戦う道を選ぶのだった。
「正直不安しかないけどね……」
一人歓喜に沸くエイプリルを見ながら、ギルベルトは苦笑いを浮かべて本音を漏らすのであった。
◇
冒険者ギルドの広間には、今までに見たことのない数の人で溢れかえっていた。それぞれ得物や防具を身に付けていることから、彼らは皆冒険者だった。
「あたしの呼びかけに良く集まってくれたなみんな! その上でここに来たってことは、大体の事情は聞いてるはずだ! 今日これから、山賊の拠点を一つ、ぶっ飛ばしに行く!」
広間の一番奥で音頭を取っているのは、冒険者ギルドのギルド長、アプリコット。背の低い彼女は割と高めの台座の上に立って、集まった冒険者一同に呼びかける。
「目標はアラン山賊団が根城とする洞窟だ! こいつらはグレンデールの間近に根城を構えたふざけた連中だ、あたし達冒険者の怖さを知らしめてやれ!」
雑用係のギルベルトは、用意されていた用紙、アラン山賊団の賞金首リストを配る。エイプリルと――その彼女とは少し離れた場所にいた、アンナにも渡す。アンナは今朝、エイプリルを迎えには来なかった。彼女の自主性を信じて、先に冒険者ギルドに来ていたのだった。
「――少年。私にもそれを」
そしてその場には、何故かヨハンもいた。壁に寄りかかり、静かに話を聞いている。リストを渡そうとすると、傍にいた二人の護衛が代わりに受け取る。全身甲冑姿の、屈強そうな騎士だ。
「ちょっと待ったボス、これだけの人数が集まってるんだ、やるのはあの『イムセル兄弟』じゃねぇのか?」
すると一人の冒険者が異論を呈する。それに端を発して、他の冒険者達が意見をぶつけ合った。
「イムセル兄弟だって? バカ言え、奴等の要塞を落とすなんて、軍隊でも連れてこなきゃ絶対無理だ。イムセルやるって言うなら、俺は降りるぜ」
「おいおいあんたも冒険者だろうに、そんな弱腰でどうすんだよ。こっちにはA級冒険者のボスの他に、新進気鋭の白き魔女に、半日でD級の依頼を一〇〇件片付けた化け物冒険者がいるんだぜ? 勝てないわけがねぇ! なぁ姉ちゃん!」
「えっ、いやあれはその、私じゃないっていうか……う、うおおぉぉ! 今の私は強い! どんな奴でもかかってこいっ!」
話を振られたエイプリルは拳を掲げていた。盛り上がる冒険者達と、それに反対する冒険者達で場は二分されていた。
「イムセル兄弟って強いの? ――ヨハンお兄さん」
初めて聞いた山賊団の名前。ギルベルトは、それを傍にいたヨハンに聞いた。側近がこちらに顔を向けて追い払おうとしたが、ヨハンが止める。
「強い。頭目はイムセル兄弟の二人。揃えばA級冒険者でも手を焼くと言われる武芸者だ。ここにいる諸君らの力を結集したところで、歯が立つとは思えない」
誰もが気付いていながらも、誰もこの場にいることについて聞けなかった、ヨハンという異質な存在。そんな彼が口を開いたことで、場は一気に静まり返った。
「そんなに強いんだ。規模はどのくらい? どんな山賊団なの?」
その中であっても、決して物怖じしないギルベルトは、続け様にヨハンに聞く。周りは彼が子供だからと思っているだろうがそうではない。並大抵のこと(剣以外)では驚かないのが、こちら――剣の大英雄なのである。
「貧民、傭兵、騎士、冒険者。前歴は様々だが、それらが集まって出来た巨大組織だ。奴等の拠点は元々他の街が建てた要塞を乗っ取り、流用したもの。一度呼びかければ、千とも、万とも言われる規模がそこに集まると言われている」
具体的な数字を聞いた冒険者達は顔を見合わせる。そこまで巨大な山賊団、それは軍隊であり、もはや一つの都市ではないか、と。
「奴等が扱う商品に一貫性はない。金も財産も奪った後、捉えた女はその場で犯し、男は拠点に持ち帰る。使えそうな人間は薬と拷問でしつけ、自らの配下に加えるのが彼らがここまで規模を大きくした理由だ。不幸にも奴等の内情を知らなかった冒険者が挑んだそうだが、戻ることはなく、奴等に取り込まれて山賊の一員となったそうだ」
冒険者達は顔を青くした。知っている者も多いのか、アンナやアプリコットといったランクの高い冒険者は顔色を変えることはなかったが――エイプリルは脚が折れそうなくらい震えていた。
「斧の入れ墨を体に入れている男には注意したまえ、きちんと墓に入りたいのであればな。奴等は敗北者を墓に入れることすら許さない。イムセル兄弟――非道で、極悪で、生きる価値のないゴミ共の名だ」
心底山賊が嫌いなのだろう、ヨハンはぼろくそに山賊団をこき下ろした。その後をアプリコットが続ける。
「その男の言うとおり、今のあたし達じゃ戦力不足だ。要塞を攻め落とすとなると尚更な。こんな言い方はしたくないんだが、人数がいると言っても多くはD級冒険者のはずだ。イムセル兄弟はもちろんだが、手強い山賊団を攻略するには、もう少し戦力が欲しいところなんだよ」
依頼一〇〇件を片付けたと言っても、それは全てD級の依頼だ。冒険者は自分のランクと同じ仕事しか基本的には受けられないので、この場にいる手の空いた冒険者も、D級という低めのランクの者ばかりということになるのだった。
「そういうことだ、今回は手に余らない程度の山賊団にしておきたまえ。一〇〇件の依頼を解決した化け物冒険者というのも、所詮はただのD級冒険者に過ぎない。その実力など、たかが知れている」
確かにその通りだな、とギルベルトは納得していた。熱くなって自分達の戦力を測れないようでは、戦いには勝てない。杖の大英雄の弟子・ヨハンの冷静な指摘に、ギルベルトは人知れず感心するのだった。
「ふぅん、言うじゃない、『次代の英雄』ヨハン。たかが知れているなんて、あの子の底力も知らないでよくも言えたものね」
だが、この場にはすぐ熱くなる女性がいた。白き魔女と呼ばれるアンナだ。自分のことでも熱くなる彼女は、D級依頼一〇〇件片付けた化け物冒険者――エイプリルのことでもかっかしてしまうらしい。
「そこまで言うのなら、さぞあなたの実力はご立派なものなのでしょうね。高名な魔法使いの実力、この目で是非見てみたいわ」
「白き魔女、か。この私に山賊討伐如きで出張れ、と」
アンナは分かりやすくヨハンを挑発した。側近が前に出るが、またしても止められる。何だか出る幕がないよなとギルベルトが側近の立場を思っている時、ヨハンがこう言ってのけた。
「よかろう。同じ魔法使いとして、白き魔女の実力も気になるところではあるからな」
周りがどよめく。彼が貴族と奴隷の街の首長と知っている者も少なくはないようで、まさかそんな立場の人間が戦場に出るとはと、驚いていた。アプリコットは頭をかきながら「借りは作りたくないんだがなぁ」と、新たな悩みの種を抱えることになるのだった。
「ヨハン様、よろしいのですか。山賊の一団と直接事を構えるとなると、問題が――」
すると、側近の一人がヨハンに進言する。確かに大問題だ。一都市の代表が、護衛もそこそこに勝手に戦地に出るのだから。
「構わない。これも想定通りだ」
ヨハンは意に介さず、そう答えるのだった。
ギルベルトの勘が告げる。自身の立場から問題を抱えているわけではなさそうだと。
ヨハンが何を考えているのか――青い瞳を覗き込むが、感情が感じられないその目からは、具体的な何かを見透かすことは出来なかったのである。




