例のいかがわしいお店にて
「ええっ、大英雄ゲルタの弟子に会ったって――本当なの、るー君♡」
「会ったよ。……僕にはそのハートやらなくていいからね」
アプリコットから山賊退治の件を言付かったギルベルトは、例のいかがわしいメイド喫茶にやってきていた。バイト中だったエイプリルは驚きながらもハートの形を作り、プロ根性を発揮していた。
「ヨハンっていう男なんだけど、知ってる? 若い――多分二五前後の年齢だと思うんだけど」
「ヨハン! 杖の大英雄ゲルタの弟子だね! ゲルタには数多くの弟子がいたんだけど、その中でも彼は一〇歳という異例の若さで才能を買われ、弟子入りした人なんだ。氷属性の魔法に特化していて、『破滅の日』の戦いでも、最後の時までゲルタと行動を共にしたって♡」
さすがは大英雄博士エイプリル。その周辺事情にも詳しいらしく、すらすらと彼の略歴を語ってくれる。
「幼い頃に弟子入りしたこともあって、師匠のゲルタを凄く尊敬していたとか。影響も大きく受けていて、今でも師匠の遺品や魔法書を買い集めているみたい♡♡」
「なるほどな。もしかしたらゲルタの魔法書を手に入れることも、目的の一つかもしれないな」
ヨハンは全会一致の反対意見を浴びていたが、それでもこの街を欲しがるのは、グレンデールの利権ともう一つ、復活の大魔法が記されているとされるゲルタの魔法書の存在もあるかもしれなかった。
「奴の弟子なら素直に申し出れば買い取れそうなものだが。まぁ――だからといって、グレンデールの利権をみすみす見逃すことにはならないか」
「利権? 何のこと♡♡♡」
メイド服姿のエイプリルは両手でハートを作りまくってギルベルトに構ってくる。それはさておき――ヨハンの目的は一つだけではないと、おっさんモードの彼は理解するのだった。
「っていうかるー君、同じ大英雄なんだし、杖の大英雄の弟子のこととか知らないの?」
「知らんな。同じと言われても、いつの間にか世間から一緒くたにされていただけだ。行動を共にすることの方が少ないくらいだったしな」
「言われてみればそっか! ――じゃあ、るー君にはそういう弟子とか、逆に師匠とかいなかった……あっ、いないよね……どうせ剣にしか興味ないもんね……」
「どうせとか言うなっ。……そ、その通りだけども」
ムっとしたギルベルトは、悔し紛れにもう一つ付け足す。
「もしかしたら、エイプリルお姉さんが初めての弟子になるかもね」
「私が……初めての……? ……るー君っ!」
エイプリルは余程嬉しかったのか抱きついてきた。弟子など面倒だし剣でもないから興味もない。ただの冗談混じりの一言だったが、彼女はそれでも満足――
「可哀想……本当にぼっちだったんだね……」
「嬉しくて抱きついてきたんじゃないんかい」
哀れんだ表情を向けられたギルベルトは、そうツッコむのだった。
「安心してるー君。お姉さんがるー君の初めてもらってあげるからね。怖くないから……お姉さんが優しく教えて上げるから、ね」
「いや教えるのこっちなんだけど。……そ、そしてその言い方もちょっと……」
体を密着させて、お互いの鼓動が重なり合う。見る人によっては――いや十中八九、男女の営みのことにしか聞こえない、少年とお姉さんのやり取り。そこに、ちょっと遠目から覗き見していた一人の女性が歩み寄ってきた。
「あらあら、二人とも何だか大胆なことしてるわね」
冒険者のアンナだった。彼女はいつもの白いローブを――
「今のアンナお姉さんのカッコの方が大胆だと思うんだけど。というか、今日もここでバイトしてたんだ……」
着ていなかった。この店のコスチュームであるメイド服姿で、今日も仲良くエイプリルとバイトをしていたのである。
「し、仕方ないのよ、まだ契約が残ってただけだしっ。それにその……エ、エイプリルと一緒に仕事出来るなら、まぁ、わ、悪くないかなって」
「バイトだけどね」
事あるごとにアンナはエイプリルと一緒に仕事をしたい雰囲気を出しているわけだが、それはきっと『冒険者の仕事を一緒にしたい』ということのはず。軸のぶれたアンナは、ギルベルトにツッコまれてしまうのだった。
「そ、そんなことよりも、よ。――どう? ギルベェ君、今日の私の衣装。アンナお姉ちゃんもおっぱい、ちゃんとあるでしょう?」
背が高めのアンナが、座っているギルベルトの視線に合わせて屈んだ。今日のアンナの衣装は昨日のとは違い、胸元がざっくりと開いた大胆な衣装だった。ただでさえチラチラ見えていた谷間が、屈むことでより強調されていた。
何に対してもプライドが高く、負けず嫌いなのだろう。少しだけ顔を赤らめながらも、エイプリルやその他従業員に対抗するアンナなのだった。
「う、うん、分かったよ。分かったからその……ち、近い」
「ふふ、もじもじしちゃって、かわいい。でもダメよ、このお店はお触り禁止なんだから♡」
「こらーアンナ! 私のるー君に変なこと教えないのーっ!」
と、言いつつエイプリルはまた抱きついてきた。アンナに逆襲され、エイプリルには抱きつかれ――この世の天国のような体験をしているが、ギルベルトは店の客としてやってきたわけではないのだ。
「二人とも聞いて。ボスが、明日山賊退治をするって。それで、二人にも手を貸して欲しいんだって」
突如冒険者の仕事の話を振られた二人は、ようやく動きを止めてギルベルトを解放する。嬉しさと寂しさが同居する。
「山賊退治……そうか、D級の仕事が片付いた今なら、冒険者の手も多いものね。なるほど、燃えるじゃない」
いたずらをやめたアンナは、実に楽しそうな笑みを浮かべた。彼女は生粋の冒険者、大仕事を前に血が騒いでいるのだ。今はメイド服姿ではあるが。
「ま、待ってるー君! 私、冒険者の仕事禁止されてるよ!? だ、だから、行かなくてもいいのでは!?」
「何言ってるのエイプリルお姉さん。D級の依頼全部片付けたのはお姉さんでしょ。だからお姉さんも行くんだよ。ボスが、お前の腕に期待している、って」
D級の依頼を全て片付けたのは、表面上ではエイプリルということになっていた。冒険者として依頼を受けたのは彼女なのだから、そう思われて当然だった。実際は、大英雄一人の力で片付けたことなのだが。
「詳しい話は明日の朝にあるみたい。参加する?」
「当然! 数日ぶりの冒険者の仕事で腕が鳴るわね。私が一番の武勲を立ててやるわ。――もちろんあなたも参戦するわよね、エイプリル」
「……け、欠席してはイカンでしょうか……」
やる気満々なアンナとは対照的に、エイプリルは尻込みしていた。彼女の臆病な性格を考えれば当然の反応だった。
「エイプリル……これは昇格のチャンスなのよ。一緒にC級になって――そしてその、一緒に……コ、コンビで仕事を……」
最初は呆れた様子のアンナだったが、次第にしおらしくなってしまった。一緒に仕事をしたいという気持ちを伝えるのが、余程恥ずかしいらしい。感情の動きが謎な女性だった。
「……エイプリルお姉さん、これは臆病を治すチャンスでもあるよ」
「……で、でもるー君、D級の依頼片付けたの実質るー君だし、山賊なんて怖くて……きっとみんなの足引っ張って、迷惑かけるだけだよ……」
後ろ向きなエイプリルに耳打ちをするギルベルト。別に彼女の今後のことなどどうでもいいことなのだが、こう、うじうじされると背中を押したくなる。
剣を愛を持って磨くという、無二の才能があるだけに、尚更。
「……なら、明日朝僕が予行演習してあげるよ。それでダメだったら、ドタキャンでもすればいい」
「……るー君、私のためにっ……。――わ、分かったよ。ア、アンナ、わわわ……私も行きまひゅ!」
ようやく決意を固めたエイプリルは、参戦の意を伝える。この時点で震えている彼女は最後噛み噛みだった。だが、大きな一歩を踏み出した彼女を、ギルベルトもアンナも決して笑い飛ばしはしない。
「何を耳打ちしていたのかは気になるところだけど――参戦を決めてくれたのなら何でもいいわ。成長したわね、エイプリル」
それは本当に勇気のいることだと、二人は知っていたからだった。そしてアンナは最後にこう締めくくる。
「他の冒険者も多いだろうけど……は、初めて二人で一緒に仕事出来るわね。わ、私のために決めてくれたこと、ま、まぁ、感謝してあげてもいいわよ」
「ううん、金目的だけど」
きっぱり否定された。確信して言ったアンナだったが、店の隅っこで拗ねてしまうのであった。




