失踪事件の噂
正午過ぎに会議は終わり、ギルベルトとアプリコットはグレンデールの騒がしい街並みを並んで歩いていた。
「や~っと会議終わったか。だがギルベェ、これからギルド戻って今の会議の整理しないといけないからな。その後に日常業務だ。ギルド長の激務を肌で感じろよな!」
「臨むところだよ、いい修行になるからね」
ギルド長会議で雑用をこなしていたギルベルトは今、結構な汗をかいていた。アプリコットはただの疲労と捉えているかもしれないが、そうではない。書類等を破らないようにと勝手に神経をすり減らした結果なのだった。
「そういえばさっき聞きそびれたんだけど、失踪事件ってのは何のことなの? ……ねぇボス、僕は素直に白状した方がいいと思うんだ」
「おいまるであたしが真犯人みたいな言い方やめろ。あたしじゃねーよ。大体あたしは女にしか興味ないんだ、噂の失踪事件みたく、男ばかりをさらうかい」
「失踪事件は、男の人しかいなくなっていないの?」
会議で出た失踪事件の噂。ギルベルトはアプリコットに自白を促したがシロらしい。男ばかりがいなくなっているということについて聞く。
「んむ、大体は男だって話しだ。失踪の理由も男ばかりな理由も原因不明で、一時期はその規模も問題視されるほどになったんだけどな、調査している間にぱったりと失踪の噂はなくなったんだよ」
多くの人が行き交う街を歩きながら、アプリコットは続ける。
「噂が出たのは少し前で、一応今も調査は続けているが、続報がないことから誰かの噂が広まったって見方が強い。グレンデールの怪談話なんて言う奴もいて……どうだギルベェ、怖いだろ?」
「いや別に。ボスが僕を女装させようとしている方が怖い」
アプリコットが脅かすように体を乗り出してきた。もちろんギルベルトはその程度では恐怖を感じない。女装だけは勘弁だが。
「強がりやがって。まぁそういわけで、グレンデール失踪事件はただの噂で、怪談話って結末になるんじゃないかな。つまり、あたしは無実!」
「いや、無実ではないでしょ。昨日あんなことしてたわけだし」
グレンデールの失踪事件。それはただの怪談話のようだった。ギルベルトも気になることが聞けて満足したが――疑り深いアプリコットは、最後にこう言う。
「けどあいつが――ヨハンが、どうしてそんなしょうもない話をあんな場でしだしたのかは気に掛かるところだけどな。この街の支配を企んでるような奴が、怪談話で揺さぶりをかけてくるなんて、ちょっと幼稚な気もするんだが……」
「言われてみれば確かにね。でも今それを考えても仕方ないことだよ。失踪事件そのものの謎が解けないんじゃ、ヨハンの真意なんて掴めない」
「……お前ってたまに核心突くよな、むかつくけど。確かに、今はそれよりも山賊問題だな」
先程のギルド長会議で出た主題だ。街の拡張計画を阻害する山賊問題。対応しなければならないのは、アプリコットが取り仕切る冒険者ギルドだった。
「結局誰一人として、この街をヨハンに明け渡す案には賛成しなかった。山賊を片付けるのはあたし達冒険者ギルドの役目。はぁ……頭の痛い問題がまた増えたぞ……」
「そんなに強いの、山賊って。ボスより強い?」
項垂れながらフラフラと歩くアプリコットに、ギルベルトはそんな質問をした。その瞬間、アプリコットはビシッと背筋を正し、堂々と言ってのける。
「バカ言え! このあたしが誰か知ってるか!? A級冒険者のアプリコット様だぞ!! ……っ、だだ、誰だ、今あたしの名前を言ったヤツは!?」
「いや、ボスが自分で言っただけでしょ」
のせられてつい自分の名前を口にしたアプリコットは、顔を赤くして辺りを見回す。ギルベルトがツッコむと、猫のような耳をパタンと閉じて聞かないフリをした。
「コホン……じ、冗談はさておき、あたしの方が強いぞ。A級ってのはそういうランクだ。だが、奴等は数が多い。気付けばまた新しい拠点が出来ているような状況だ。あたし一人が一日暴れ回っても、逃げ延びた奴等がまた新しい団を作ったりしてキリがないんだ」
「そうなの? いつかは潰せそうだけど。……っていうか、自分で名前言った場合は罰さないんだ。自分に甘いんだなぁボスは」
アプリコットはしばらくばつが悪そうにしていると、ぽこんと軽く、自分の頭にげんこつという名の制裁を下した。照れている姿が年相応の少女の様に見えて可愛らしい。実年齢は成人を越えているみたいだが。
「倒せると見栄張ったが……まぁそのなんだ、正しくは倒せなくはない、だな。奴等山賊だって誰に襲われるか分からないんだ、砦を築いて対策したりしている。――中には要塞化している山賊団もあって、そこを落とすとなると……はっきり言って戦力不足だ、かなり手を焼いている」
アプリコットの表情が渋くなる。どうやらその要塞化している山賊団こそが、目下最大の障害として立ちはだかっている模様だった。
冒険者を集めても落とせない山賊団の要塞。A級冒険者が顔を歪ませるような強大な敵。そんな話を聞けば誰だって恐れおののくのが普通だ。だが隣のこの少年は――
「倒そうよ。少しくらいなら手を貸すよ」
当然、全くびびっていなかった。なぜなら彼は剣の大英雄ギルベルト。少年の皮を被った、中身おっさんの戦神なのだから。
「ぷっ、子供がデカイ口叩きやがって。いいかギルベェ、倒すって言ったって、あたしらは慢性的な人手不足で――いや、待てよ」
もちろんそんな彼の正体を知らないアプリコットは、彼の言葉を一笑に付した。ギルベルトもその反応は予想していたから、正体を気にせず冗談として言ったのだが――アプリコットは、そんな少年の一言から何かに気付いた。
「そうか、そうだよ今なら――おいギルベェ! お前の案、今なら実行出来るかもしれんぞっ!」
「今ならって、どういうこと?」
アプリコットはしたり顔でギルベルトを見る。その質問にこう答えた。
「エイプリルのアホがバカみたいなやり方で一〇〇件依頼を解決しただろ。そのせいで今、冒険者は暇なヤツが多いのさ!」
半日でD級の依頼を一〇〇件終わらせたあの事件。悪いことばかりと思っていたが、ここにきてそれが良い方向に向かうのだった。やらかしたのはギルベルトだったが。
「ギルベェ、今日はもうギルドの雑用はいいから、街に出ている冒険者達に報せを出せ。明日朝ギルドに集合、山賊一味をぶっ飛ばす、ってな!」
「ボスの命令とあれば」
生き生きとしているアプリコットを見ると、何だか分からないが嬉しくなるギルベルト。口元を緩ませてわざとらしい口調で了解する。
「あたしはギルドに戻って仕事をまとめるから、アンナと、それとエイプリルにも声を掛けろよ!」
「エイプリルお姉さんも? 冒険者の仕事は禁止されてるけど、いいの?」
二手に分かれようとしたところでギルベルトは聞き返す。
「ああ、特別にもう解除してやるって伝えろ! ……あいつも……強くなったしなっ!!」
何か誤解されている部分もあるみたいだが――深いことは気にしないギルベルトなのであった。




