次代の英雄
ギルド。それは街の商人や職人達で結成された組合だ。ここ英雄の街グレンデールも、二〇のギルドが存在し、それぞれのギルド長が街の運営を取り仕切っている。
貴族と奴隷の時代が終わりを迎えつつある時代、大きな権力を握るギルドは徐々にその立場を危うくしていったが、グレンデールのそれは少し違う。市民の意見を集め、それらを統括する役目を担う、事実上の議会のような存在と成り代わっているのである。
「じとーっ……」
「ど、どうしたのボス、そんなに僕のこと見つめて。言っておくけど、女装はしないよ!」
真夜中のコスプレ密会から一夜が明けた翌日。ギルベルトは街の中心にある議会場にて雑用を行っていた。
円卓状の席には二〇人のギルド長が座っていて、これから始まる会議に向けての資料に目を通したり、前準備を行っているところだった。
「ん~む……どうして昨日捕まえられなかったのかと思ってな。全力のあたしだぞ? A級冒険者の全力とびつきアタックだぞ? 本当に鍛錬不足が原因かねぇ……」
「うっ……ほ、ほら、真夜中で暗かったから、とかじゃないかな」
その内の一人であるアプリコットは、昨晩の出来事を不思議がる。ギルベルトは稚拙な話術でどうにか乗り切ろうとする。
「暗いから、ねぇ。まぁそれもあるにはあるけど……A級冒険者のあたしが、暗がりくらいで、ねぇ……」
「……貞操を守るため必死だったが……まずかったか……」
冒険者ギルドの長を務めるアプリコットは、エイプリルやアンナと違って簡単には納得しない女性だ。じっとりした目でギルベルトに視線を送り続けるが――そのタイミングで会議が始まった。起立して自由と、そして不正を行わない旨の宣誓を行うと、着席した。
事前に希望すれば傍聴も可能で、背後の座席から傍聴人が見守る中、会議は順調に進む。ギルベルトはこんな場でドジは踏めないと、凄まじい集中力を発揮して書類配りなどの雑用をこなしていた。
「今月も、どのギルドも順調みたいだな。そんでもって、どこも――特にあたしんところの冒険者ギルドは、深刻な人手不足と」
会議が中程まで進んだ時、アプリコットは円卓の机に顔を乗せて嘆いた。会議の内容をかいつまんで説明すると、急成長を遂げた英雄の街グレンデールは、今も成長を続けていて、結果人手不足が発生しているということだ。
「住居不足から人の受け入れも今は停止しているし、しばらくはこの状況が続くのかぁ。辛い」
「そうだな、アプ――じゃなかった冒険者ギルドのボスさん。だがまぁ今回の会議で街の拡張計画の具体案も出た。後は俺達大工ギルドが着工できる環境さえ整えば――」
隣の席だった大工ギルドのギルド長が、アプリコットをフォローする。
「それが最も、難儀な問題ではないのかな」
だが――そのフォローの言葉を遮った男がいた。この場からした声ではない。今いる会議場の外から、カツ、カツと、一糸乱れぬ足音が聞こえてくる。
「勝手に会議を始められては困る。グレンデールのギルド長会議には、この私、ヨハンも参加するというのが取り決めにあるのだからな」
場に現れたのは、手入れの行き届いた青の服を身に纏った、若き青年だった。具体的には二十代半ばといったところだろう彼は、豪奢な装飾品を身に付け、全身甲冑姿の側近を二人、背後につけていた。
「ボス、あの人もギルド長なの?」
「うんにゃ、あいつは貴族と奴隷の街・パサデナでトップを務めるヨハンってヤツだ。ご覧の通り貴族中の貴族で――そしてあの、杖の大英雄ゲルタの弟子だった男でもある」
「ゲルタの……弟子……!」
貴族と奴隷の街を治めるヨハン。彼は杖の大英雄ゲルタの弟子でもあったという。ギルベルトは涼やかで整ったヨハンの顔を見ながら、昔の記憶を辿る。
「ちっとも覚えてないな。剣にしか興味ないし」
極めて色素の薄い金髪に、氷のような青い目、整った顔立ち――
だがギルベルトは覚えていなかった。このおっさんは、剣にしか興味が湧かないのである。
「これは、貴族と奴隷の街の首長・ヨハン殿。到着が遅れていると思い、こちらで始めさせていただいておりまして……」
「よくものたまえたものだ。耳を澄ませていたまえ、非はそちらにあるとすぐに分かる」
直後、鐘が外から鳴り響いてきた。ちょうど一時間を回ったことを知らせる鐘の音だった。意見した大工ギルドのギルド長が口をつぐむ。
「私は予定と時間は絶対に守る男だ。……ふん、その下らん言い訳、想定通りだな」
空席だった椅子に腰掛けたヨハンは、足と腕を組んで余裕そうな態度でそう言い放つのだった。
ヨハンが会議の続きを始める。
「話を本題に戻そう、街の拡張計画の話だ。防壁を新たに外に建築しなければならないわけであるが、それが最も難儀な問題であることは、諸君らも理解していることであろう。そう、山賊問題だ」
傍で甲冑姿の側近が直立不動で立つ中、ヨハンはまるで主役と言わんばかりに会議を進めた。手のひらを組むと、話を続ける。
「多数の商人や旅人が行き来するグレンデール周辺は、山賊にとって格好の狩り場となっている。そちらの冒険者が対処しているようではあるが、如何せん頭数不足で後手に回っているのが現状だ」
急発展を遂げたグレンデールには、多くの人が出入りしている。しかしその裏側では、反社会的な存在が街の外に拠点を構え、金品を略奪している問題が横行しているのだった。
「周囲には山賊の拠点が多く、新たな山賊が根を下ろすのを許している。こんな状況下で街の防壁を拡張する一大事業など、無謀極まりない行為。奴等の餌食にされるのが目に見えている」
ヨハンの反対意見に、グレンデールのギルド長は言葉を返せずにいた。その問題があるから、街の拡張計画は進められずにいるのだ。
「山賊全部倒せばいいんじゃないの、ボス」
「簡単に言うなお前……いいか、山賊って一言に言っても、一つの集団じゃないんだよ。大小問わず、幾つもの山賊団が出来てるんだ。こっちがやっとの思いで一つ潰したと思ったら、別の山賊団が一つも二つもポコポコ出来ている、そういう状況ってこった」
ギルベルトはアプリコットに耳打ちすると、お手上げといった風に答えた。
「山賊対策で手を貸す条約を結び、我々はそちらよりも遙かに多くの費用と人員を捻出している。我が街パサデナの助力あって、今日のグレンデールがあることを忘れないで頂きたい」
「そうなの? ボス」
「まぁ、そうだな。グレンデールの守備は主に冒険者と自警団がやっていて、軍隊は存在しない。子供のお前には分からんだろうが、両者には戦い方に差があるんだよ。統率が取れないというか、冒険者が自分勝手というか……それもあって、対応が後手に回っているんだ」
ヨハンの話を聞きながら、ギルベルトはこっそりアプリコットに確認する。ギルド長に一々耳打ちをしている子供にヨハンは一瞥をくれるが、それ以上気にした様子はなく、また別の話を持ち出す。
「例の失踪事件の噂もある。この街の治安には多くの課題が残されていると言えよう」
「失踪事件……はっ、まさかボス、コスプレさせるために人さらいを……」
「違うわ。お前ちょっと黙ってろ、雑用だろうが」
昨夜の一件からピンと来たギルベルトだったが、さすがにそこまでの行いには手を染めていないらしい。
「結局、ヨハン殿は何が言いたいので? 我々を批難してばかりですが」
ヨハンの手厳しい意見に我慢の限界に達したのか、大工ギルドのギルド長が立ち上がった。多数の傍聴人が見守る中、ヨハンは一つも動じることなく、こう告げた。
「英雄の街グレンデール。その領有権を私に譲っていただきたい。英雄の街は、私の一族が支配する」
静かに聞いていた傍聴人が騒ぎ出す。それはギルド長も同じことで、あわてふためいていた。
「一族が支配するって……それはつまり」
「この街も貴族と奴隷の街になるということだ。なに、心配はいらない。パサデナは長く安寧を保ってきている、ここグレンデールでも、それは享受出来ることだろう」
「そんなこと認められるわけがない! 俺達は自由を求めてこの街で暮らしているんだ、それを今さら古くさい奴隷制度に戻るなど出来るか!」
貴族と奴隷と聞いた市民達は揃って反対意見を口にしていた。ギルド長らも同意見だ。市民達を鎮めながらも、大工ギルドのギルド長を中心に怒りをぶつけていた。
「ボス、よく分からないけど大変そうだね」
「ああ、大変なことだよ全く……! 今までは水面下でこの街の利益だけを狙っているものだと思っていたが……まさか、支配が目的だったとは。――大英雄の弟子・ヨハン。見かけに寄らず、大胆な男だ」
浴場で洗いっこをした時、アンナは言っていた。貴族と奴隷の街の一部貴族が、その利権を狙っていると。それは半分間違っていた。正しくは、丸ごと支配するつもりだったのである。
議場は荒れに荒れていた。それまで冷静だったアプリコットも、意表を突かれて少しばかり驚いている様子だ。だがその只中においても、ギルベルトは平静さを保ったままだった。
そしてもう一人――杖の大英雄の弟子・ヨハンも、その内の一人だった。
ヨハンの側近が剣に手をかける。武力で脅し、鎮めようとしたのだろう。だがヨハンはそれを片手で制する。そして、腰に提げていた細い棒を取り出した。
「反発するのも理解出来る。だが今は――頭を冷やしたまえ。〝アイスクリア〟」
それは詠唱用の魔法の杖。アンナが背負っていたそれとは対照的に、小型で、豪奢な装飾品と先端に青い宝石が施された、人工的な杖だった。
「こ、これが杖の大英雄の弟子の――『次代の英雄』の、魔法……!」
「ただの回復魔法だ、敵意はない。ともあれ私の要求は伝えた。熱の冷めたその頭で、賢明な判断が導き出されることを期待する」
氷の粒が議場全体に漂って、その熱気を冷ました。傍聴人を含めれば六〇人はこの場にいたのだが、その全てに満遍なく魔法は行き渡り、場は落ち着きを取り戻す。軽くたった一振り、杖を振るっただけだった。
難題を突きつけられたギルド長達は皆一様に渋い顔をする。比較的冷静だったアプリコットも、山賊問題に頭を悩ませているのか、言葉を発することをしなかった。
「では私はこれにて失礼する。数日はグレンデールに滞在する予定だ、その間に良い答えが得られるのが理想的だが……まぁ、即決出来る話でないことは我々も理解している。この流れもまた、想定通りだ」
一つ一つの所作から気品が感じられるヨハンは、椅子から立ち上がると短いマントを翻して議場を後にした。全身甲冑姿の側近は、彼の背後を守るようにしてついていくいのだった。
「大英雄ゲルタの弟子……か。確かに、極めて優れた腕の魔法使いのようだ」
静かに消えていく氷の魔法をその手で触れたギルベルトは、ヨハンの見事な腕前を褒め称えるのであった。




