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剣の大英雄、近道をしてしまう

 就寝時刻が訪れ、多くの人が寝静まる夜。冒険者の宿舎にて、エイプリルとギルベルトは仲良く横になって一日を終えようとしていた。

 

「むにゃむにゃ……私が剣と盾の大英雄エイプリルだぁぁ……すか~……」


 彼女のバイトは衣装がちょっぴり過激なだけで、それ以上のコトをしてはいなさそうだった。そんなエイプリルに何故か安堵しながら、ギルベルトは目を開ける。


「……よし、眠ったか。この寝言が聞けるということは、眠りに落ちた合図だ」


 ギルベルトはエイプリルが眠りについたことを確認すると、ベットでもぞもぞし始めた。


「くっ……何故いつも抱き寄せて眠るんだ……ふかふかな胸を押し付けられてたら、男子たるもの誰だって穏やかには眠れなくなるものだぞ」


 絡みついているエイプリルの腕をゆっくりと外すギルベルト。無遠慮に手が胸に触れてしまったりするが、もう気にしないことにした。


 寝間着姿のまま、窓からギルベルトは飛び降りた。二階にエイプリルの個室はあるのだが、剣の大英雄ギルベルトにとっては何てことのない高さなのだった。


「さて、と。復活の大魔法について、探らねばなるまいな」


 時刻は夜中。何故ギルベルトが夜中にもぞもぞし始めたかと言うと、別にエイプリルにすけべを働くためではない。例の復活の大魔法について調べるためなのである。


大英雄(じぶん)の復活の原因など、厄介なことだろうから放っておこうかと思ったが」


 自分が復活したのには何か理由があると考えるギルベルト。だが一番の理由は――


「ダメだ、気になって夜も眠れん!!」


 すごく浅いものだった。気になって気になって眠れないだけなのである。


「む、業務は当に終了しているはずだが……あの女性は、何をしにギルドへ……?」


 素早い身のこなしで木を伝い、建物の屋根を走って冒険者ギルドに辿り着いたギルベルト。侵入する前に辺りを確認していたが、灯りも点いていないギルドの中に、一人の女性が吸い込まれていくのが見えたのだ。


「まさか彼女も復活の大魔法を狙って……? 一応、注意しながら行くとしよう」


 原因究明の動機こそ浅いが、この男は剣の大英雄ギルベルトだ。後れを取ることなどそうそうない。同じように女性が侵入しようとも、バレずに目的を完遂することだって可能だった。


 だが――予想外の出来事は付き物だ。


「ゲルタの魔法書は重要書庫にあると言っていたが……鍵が掛かっていそうだな。いつもなら破壊していたが、それはいけないことと学んだ。焦らず、まずは鍵から探そう」


 昼間、アプリコットは重要書庫に魔法書があるのではと言っていた。その扉を開ける鍵を探そうと、ギルド長室へ向かう。


「む、物音。先程の女性――いや、声は……二人?」


 昼間とは打って変わって静謐な廊下を走り、ギルド長室の扉の前に辿り着く。その時、中から二人の女性の声がした。


「あ……やん……こ、これ以上は……」

「そう嫌がるな、あたししかいないんだから……くぅ、(たぎ)る……!」」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、艶やかな嬌声だった。若い二つの声が交わり合う。片方は聞いたことのない声だったが、もう片方は間違いない――アプリコットのものだった。


「ほれほれ、次はこの新作のギリギリ衣装を……お前の剣をイメージして手作りした――」

「剣だと!?」


 バァン! と、次の瞬間にはギルベルトは扉を開け放ってしまっていた。部屋には灯りも付けずに過激な衣装を着た若い女性と、普段から露出多めないつもの服のアプリコット、その二人だけがいた。


「あ、あの……し、失礼しますっ」

「その身長、ギ、ギルベェか!? お前何しに……あっ、ちょっと女冒険者さん!?」


 若い女性は先ほどギルドに吸い込まれていった女性で、どうやら冒険者だったようだ。闖入者に驚いて部屋を出て行ってしまう。


「あーちょっと、服半分脱げたまま――衣装はちゃんと明日返せよー!」


 女冒険者は過激な衣装を脱ぎかけたまま走り去っていた。こんな夜中に少し不安だが、彼女は冒険者のようだし要らない心配だろう。それよりもだ。


「んで――お前こんな時間に何の用だ、ギルベェ」

「さすがはA級冒険者だね。まさかバレるなんて」

「いやお前から入ってきただろ」


 アプリコットは暗い部屋の灯りをともした。身長だけで彼と判断していたようだが、顔を見て確信する。


「何か忘れ物……ってわけではないだろうな。そんなものはまた明日取りに来ればいいわけだし」


 A級冒険者でありギルド長でもあるアプリコットは、一筋縄ではいかない人物だ。適当な言い訳では納得してくれないだろう。

 追及され、ギルベルトに緊張の時が流れる。


「エイプリルお姉さんの借金を帳消しにしようと思って、書類を燃やしに来た」

「お前めちゃくちゃなヤツだな……で、本当の理由は?」

「……昼間話したでしょ。復活の大魔法の本が読みたいって」


 彼なりの巧みな話術で切り抜けるつもりだったが、口下手で常識外れのおっさんには逆立ちしても無理な話だ。下手に誤魔化すよりもと、素直に白状した。


「あ~、そんな話したな。あんな嘘みたいな話信じるなんて、子供だな~。はぁ、分かった分かった、今度探しといてやるよ」

「気になって夜眠れるか不安だけど……分かった」


 それが功を奏した。アプリコットは子供の好奇心として片付けるのだった。

 ギルベルトの緊張の時が終わる。そして――彼女は指さして忠告してくる。


「だからいいな、絶対――もう絶対の絶対の、ぜぇっっったいに、深夜のギルド長室には来るな。いいな!」

「それも分かった。――で、ボスはこんな時間に何してたの?」


 自分の言い訳タイムを終えたギルベルトは、今度はアプリコットの番だと疑問をぶつけた。時刻は真夜中。若い女性を連れ込んで、二人で何をしていたのか。


「ストレス発散だ」

「自分より立場弱い人を連れ込んで、無理矢理着せ替え(コスプレ)させて遊んでたってことだね」

「違う。ストレス発散だ」


 アプリコットは断固として否定したが、ギルベルトが目にしたのはそれ以外の何ものでもなかった。腕を組んで堂々としているアプリコットを、じっと見つめる。


「……だってストレス溜まるんだよー! デスクワークばっかでずっと部屋に閉じこもりっきりだぞ!? あたしは外で現場仕事がしたいのにーっ!」


 するとアプリコットはギルド長の机に泣きついて、不満を吐露し始めた。


「だからって人の弱みにつけ込んで、連れ込むのは問題だと思うんだけど」

「こ、子供のくせにツッコミ的確だなっ……! だが勘違いするなよギルベェ、さっきの若い女とはちゃんと取引した。FからEにオマケしてやるってな。同意の上だ同意の上!」


 人を追及する時だけは鋭利な一撃を見舞うギルベルト。アプリコットの言い分は実に怪しいものではあるが、一応無理矢理ということではないらしい。


「でも不正だよね」

「おうバレたらギルド長クビだ、だがそれが何だ! 現場仕事に戻れるなら、ギルド長なんていつだって辞めてやるぞ!」


 それでも不正を働いていることに違いはないので指摘するが、アプリコットは意に介していなかった。それほどまでに、今のデスクワーク中心の仕事に不満を抱えているのであった。


「ギルド長って代われないんだ」

「けっ、子供めが。簡単に仕事辞められたら苦労はしないっての。はぁ、今日のお楽しみはおしまいかぁ、すんごい欲求不満感が……」


 アプリコットはギルド長の椅子に座り直し、ぼうっとする。やがてその視線はギルベルトと交わり、お互い見つめ合う時が少なくはない間流れた。

 灯りに映る彼女の顔は、よく見ると火照っていて、年端のいかない姿の少女とは思えない色香を放っていた。まだ未成熟にも見える唇が開いた。


「ギルベェ。お前、女装してみないか」

「……はぃ?」


 見かけはいたいけな少女の、しかし実年齢はエイプリルより上らしいアプリコットは、何を血迷ったかそんなことを口にした。理解出来なかったギルベルトが、もう一度聞き返す。


「お前、よく見るとかわいい顔してるよな……ぐへへ、そうだよこの手があった! ギルベェ服脱げ! 今すぐお前用の衣装を作ってやる! お姉さんがお前を女の子にしてやるぞ!」

「ちょ、ちょっとボス、それはさすがに……冗談だよね?」


 アプリコットが席を立つと、いやらしく両手の指をうねうね動かして近付いてくる。本気だ。マジだ。尻尾が嬉しそうに泳いでいたからだけではない。なぜなら彼女は、昼間解説していた、例の全身白の戦化粧を発現させ、それを顔にまで行き渡らせていたのだから。


「へっへ、新しい世界の扉がすぐこんな近くにあったとは……人のお楽しみを邪魔したんだ、ただで帰れると思うなよギルベェ。とうっ!!」

「じょ、女装はさすがに無理だ! 俺には辛すぎる!」


 身の危険を感じたギルベルトは、一刻も早くこの場から退くことを決断する。素の表情が漏れ出てしまったが、事態はそれほどに急を要していたのだ。


 全身白の戦化粧を発現させたアプリコットの、全力とびつきアタックが飛んでくる。全身の魔力を余すことなく身体能力に変換して生み出すそのスピードは、凄まじいものがあった。あの偽ギルベルトとは比較にならないくらい、その実力は突出していた。


 が、ギルベルトはそれを難なくかわしていた。そして開いたままだった扉から廊下に飛び出て、危機から脱出するのであった。


「あっ、こらー逃げるなーっ! 明日もちゃんと仕事手伝いに来いよー!」


 脱兎の如く走り去ったギルベルトの背中に、アプリコットはそう声を掛ける。


「くぅ、女装作戦失敗か。……にしてもまさか、逃げられるなんてな」


 追いかけっこまではするつもりはないらしく、白い戦化粧がゆっくりと輝きを失い、褐色の肌に消えていく。


「本気で捕まえるつもりだったんだけどなぁ。怠けすぎたかな」


 ぽつりと、自身の鍛錬不足を呟くアプリコット。彼女はこの時初めて、彼の実力の片鱗に触れるのだった。

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