剣の大英雄、心を入れ替えて真面目に働く
「この件の弁済もエイプリル、この件の弁済もエイプリル、これもあれもそれも全部エイプリル――よしっ、確認終わり! ギルベェ、これはそこの引き出しにしまっておいてくれ!」
アプリコットから仕事を貰ったギルベルトは、ギルド長室であくせく働いていた。書類を受け取り、指示された引き出しにしまおうとする。
「ぐ……おおおぉぉ……!! ぐぅっ、なかなか骨のある仕事だ。引き出しを壊さず書類をしまうことが、こんなにも神経を使うとは……!」
「おいギルベェ、そんな大量の汗かいてどうした。ただの雑用だぞ」
子供でも出来る単純な作業をアプリコットは言い渡したのだが、究極の不器用であるギルベルトにとっては非常に難しい作業。書類を引きちぎらないよう、棚を壊さないよう全神経を集中させて業務に挑んでいた。
「剣の扱いとはまるで勝手が違う……! これはいい鍛錬になるな」
戦いから離れたい男は自ら課した設定を忘れ、ぼそっと呟く。軽くおっさんモードが露呈しているが、部屋には傍のアプリコットだけ、彼女も仕事に没頭していたため、一言声をかけただけで気付かれることはなかった。
書類整理という名の修行をこなしつつ、ギルベルトはほうきで床の掃除を行う。こちらもなかなか神経をすり減らす作業だったが――その時ふと、壁に立てかけてあった巨大な斧が目に留まった。
「このおっきい斧って、ボスの武器なの?」
「おいおい気を付けろギルベェ、それめっちゃくちゃ重いからな」
斧はギルベルトの身長よりも遙かに大きく、ひょっとしたら、大男だった偽ギルベルトよりも全長は大きく見えた。巨大な刃が片側に付いていて、槍のようにも使えるようにと、先端は鋭く尖った金属で包まれていた。
「へぇ。床が抜けたら誰も持ち上げられないね」
「はは、確かに床は何度か抜けたぞ。そういう時はほら、あたしがこうやって持ち上げる」
座り作業なんてしたくないのか、アプリコットは仕事を一旦中断させて椅子から立ち上がった。そして、壁に立てかけてあった大斧を片手で持ち上げてみせた。
「あたし専用の大斧だ。まぁ持ち上げるくらいなら、うちの冒険者数人がかりでいけるかもだが、振り回すのは無理だろうな」
冒険者数人でようやく持ち上がるような大斧を軽々持ち上げるアプリコット。その腕はか細い、少女特有のものだが――その褐色の肌には、少女の腕に似つかわしくない、白いタトゥーが浮かび上がっていた。
「ん? 今度はこの『戦化粧』が気になるのか? これはあたしの魔力を身体能力に『変換』している刻印さ。あたしは本来土属性の魔法に長けているんだが、そういうまどろっこしいことは嫌いでさ。故郷の里にいた時に、ジジババに刻んで貰ったのさ」
機嫌良さそうに尻尾をゆらゆらさせるアプリコットは、デスクワークよりもこうやって戦いのことを考えることの方が好きなのかもしれなかった。
「純粋な腕力だけじゃ持ち上げられないってことか」
「むっ! そんなことはないぞ。なんたってあたしはA級冒険者だからな、魔力が尽きた時の戦い方だって――っと……とと、ふぎゃあ!」
ギルベルトの一言が気に障ったのか、アプリコットは戦化粧を解いて持ってみせたが、その瞬間フラフラしだし、斧と壁に挟まれてしまっていた。
「……ふ、普段のあたしならこの状態でも振り回せたんだぞ。デスクワーク続きでちょっと……ほんのちょびっとだけ、鈍っただけだからなっ!」
「手貸そうか?」
斧と壁の隙間に挟まった状態でも強がるアプリコット。すっぽり小さな体が収まってしまった彼女だったが、白い戦化粧を発動させて自力で脱出するのだった。
「とにかく――あたしはこうやって戦うのさ。全力時はこの戦化粧は全身に浮かび上がる。顔にまで出るんだぞ。どうだ、すごいだろ!」
斧を元の場所に戻し、アプリコットは威張る。気分転換を終えた彼女は再び椅子に座って、山積みの仕事に向き合い始めた。
「もう一つ聞きたいことがあるんだけど、ボスは復活の大魔法って知ってる? 杖の大英雄のゲルタがこの街に書き残して、どこかにあるって噂なんだけど……ああでも、ボスは魔法はダメなんだっけ。じゃあ知らないか」
「お前ちょいちょいあたしのことバカにしてるだろ。エイプリルより年上だぞ」
見かけは一〇代の少女そのものだが、二十歳のエイプリルよりもいくつか年上らしい。掃除に戻ったギルベルトは何となく魔法書の話を振ってみたが、答えは期待していない。ただの日常会話だ。
「復活の大魔法かどうかは知らんが、ゲルタの魔法書なら知ってるぞ。多分冒険者ギルドの書庫にでも保管されてるんじゃないか。魔法好きも多いからな」
「……あっさり見つかったな」
アプリコットの答えはギルベルトの予想に反したものだった。もしもそれが復活の大魔法が書かれた魔法書だとしたら、誰の手にも届くことになる。
「書庫って僕でも入れるの?」
「ダメだ。重要書庫はB級以上じゃないと入れさせない」
正面突破は無理みたいだった。興味が尽きないギルベルトは何とか入れるようおねだり作戦を決行する。
「連れてってくださいボス。読んでみたいんです」
「アンナに頼まれたのか? んむむむむ……やっぱりダメ! こういう時だけ敬語使い始める奴は信用出来ん!」
忙しいこともあってか、やはり断られてしまった。それとも何か他に、見られたくないものでもあるのだろうか。
「ま、どうしても読みたいって言うんなら、頑張ってB級以上の冒険者になるんだな。うちは大歓迎だぞ、人手不足だからな。……もしくは、エイプリルを差し出せ」
アプリコットの趣味は、かわいい女性をコスプレさせること。舌なめずりをして人質(?)交換を要求する。
「そういえば、エイプリルお姉さんなら路地裏のメイド喫茶でバイトしてるけど、それってボス的にはいいの? コスプレっぽかったけど」
「何だとー!? 裏路地の店って……じゃああたしのコスプレしてくれてもいいだろがーっ!」
尻尾の毛を逆立てて、アプリコットは激怒するのであった。
◇
空が夕焼けに染まり始めた頃、冒険者ギルドの業務は終了した。雑用を終えたギルベルトは無事、物損ゼロで乗り切ったが、精神をすり減らしてくたくただった。
「ギルベェ、良い働きだったぞ。明日も来るんだろ?」
「ぜぇ……ぜぇ……。うん、良い訓練にもなるし」
「ならこれやるよ」
業務終了後もアプリコットは椅子に座って書類仕事をこなしていた。まだここに残るらしい。帰り際に挨拶しようとしたギルベルトに、アプリコットは何かを投げ渡した。
「これは……カード?」
「『冒険者の証』さ。冒険者が身分やランクを証明する時、そういうのを使うんだ」
受け取ったそれは彼の手に収まるサイズのカード。冒険者であることを証明する冒険者の証だった。よく見ると、可愛らしい字でギルベルトの名前やランクが記されている。
「へぇ。でもこれ、おもちゃだよね?」
「んむ。何たってあたしの手作りだからな、さっき気晴らしに作ってた。こういうちまちました物作るのも得意なんだぞ、すごいだろ」
アプリコットが渡したそれは、誰がどう見ても子供用のおもちゃだった。一般常識に疎いギルベルトでも見て分かるくらいに、子供が喜びそうな作りをしていたのだ。
「それで、僕のランクはいくつなの?」
「ははっ、ランクを要求するか、そこまでは考えてなかった。――だがまぁ、そうだな」
ギルベルトは冗談っぽい調子でランクを要求する。アプリコットも笑ってそれに応えた。
「子供ランク――なんてのはどうだ? カッコいいだろ、冒険者ギルベェ」
「そのまんまだ。まぁでも、シンプルでいいね」
遊びから生まれた子供ランク・冒険者ギルベェ。それはやがて、遊びの域を超えていくのだが――まだ先の話なのであった。




