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冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


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第七の手 母しゃまと白き手

「母(かあ)しゃま、抱っこ」

「えっ……え!?」


「抱っこ!」


 今にも泣き出しそうに瞳を潤ませながら、テオドールが両手を伸ばしてくる。


「あ……ちょっと待ってね」


 手を伸ばし返すと、待ちきれなかったように私の腕にすり寄ってきた。

 慌ててベッドの上に抱き上げると、ぴたりと身体を預けて、甘えるようにしがみついてくる。


「あなたがテオくんね……?」

「うん」


 親指を咥えたまま、視線も合わせずに頷いたテオは、眠たげにまぶたを揺らした。


「……母しゃま、ぎゅーして」


 かすれた声でそう囁(ささや)かれて、私はあたふたと小さな身体を支え直す。

 まだ温もりの残る小さな身体からは、少しだけミルクの甘い匂いがしたような気がした。


 なんでだろ……戸惑いながらも、心の奥がじんわりと温かくなる。


「うん。ぎゅー……ね」


 不器用に腕を回すと、テオは満足そうに、すうすうと寝息を立て始めた。


「……マリネ、どうしたらいい?」

「ふふふ、奥様のご負担でなければ、ぜひそのままでお願いいたします」


 困惑した表情の私をよそに、マリネは和やかに微笑むと、テキパキと部屋を片付け始めた。


「……奥様。こちらに朝食を運ばせましょうか」

「うん、お願い。お腹の虫がさっきからうるさくて、この子が起きてしまいそうだから」


 目を丸くしたマリネは、また笑って頭を深く下げると、扉を静かに開け部屋を出て行った。


 母しゃま、って……。

 誰かにそう呼ぶよう教えられたのかな。


「子供って温かいんだな……体温高いとか? 熱があるとかじゃないよね……」


 戸惑いながらも小さな額にそっと手のひらを当てた瞬間、数値が目の前に一気に表示された。


「えっ、なにこれ……!?」


 目の前を、数字や見たこともない言語がつらつらと流れていく。


「……もしかして、これが女神様が言ってたスキル? それに日本語じゃないんだ!?」


 新たな情報が浮かび上がっては消え、さっきの数値と合わせて、何度も同じ表示を繰り返している。


「うわ、見づらいけど……これは体温、かな」


 数字の横に赤い印が点滅していて、数値は38度を超えていた。

 手のひらをテオの額から少し離すと、表示はふっと消える。


「これ、お熱あるよね。だからぼんやりしているのかな……誰か、そこにいる!?」


 すぐに医者に診てもらわないと……。


 私はすぐに部屋の扉に向かって声をあげた。

 顔をのぞかせた使用人にテオの体調が悪いことを知らせると、彼は慌てて駆け出して行く。


「もうちょっと我慢してね、すぐに良くなるから」


 それにしても、この言語はなんなのよ……読めなきゃ意味ないんだけど。

 テオの頭を撫でながら、必死に考えを巡らせる。


 そうだ……こんな時って、たいてい叫ぶと何とかなるんじゃない?


「……わ、分かりやすく表示して!」


 ぼんやりしているテオを驚かせないように、できる限り小さな声で叫ぶと、それまで流れていた情報がぴたりと止まる。


 そのまま、しばらく待っても動きはなかった。


 えぇ……どうしよう、フリーズしちゃった?


 『白き手……それは、神に選ばれし……の手に宿る力。触れた相手の身体から、わずかな……を検知できる』


「急に日本語かい……しかも、ところどころ翻訳できてないし」


 ……でも、これならなんとかなりそう。

 

 さっきの情報は、やっぱりテオの身体についての情報だったらしい。

 一通り説明が終わると、画面は落ち着いて、隅の方に小さく整理された表示に切り替わった。


「……奥様。今のうちにお支度を済ませてしまいましょう」

「そうね、手伝ってもらえる?」


「では坊ちゃまは私が……」


 医師が到着したと連絡が入り、診察のためにテオを別室へ連れて行こうと侍女が抱き上げる。


「いや! いやぁ! 母しゃまぁ!」

「あらあら、坊ちゃま。お母様がお着替えなさいますから……ね?」


 オロオロする彼女は、私に助けを求めるような視線を向けてくる。

 マリネがテオをあやしても効果はなかった。


「……じゃあ私は奥の部屋で着替えるから。そのままこの部屋で診てもらって」

「あ、ありがとうございます……」


 一瞬、使用人たちが驚いたような表情を見せる……まあ、あの噂を聞いてたら違和感を持つのも仕方ないか。

 それにしても、いつから熱があったんだろ……マリネは気がつかなかったのかな。


 侍女に手伝ってもらいながら手早く着替えを済ませた私は、テオが診察を受ける様子にじっと耳を澄ませた。


「熱はいつ頃から出ましたか?」

「今朝、朝食を召し上がった時には、お熱はありませんでした。先ほど奥様がお気づきになって——」


 病弱だって聞いてたし、子供なら急に発熱することもあるって言うけど、これからはもっと気を配らないと……。


 レオニスには構うなって言われたけど、ほっとけないよ。


 医師の診立てでは、急を要するものではないらしい。


 子供は熱を出しやすい。

 だけど、テオドールはもともと身体が弱いため、しばらく安静にさせた方がいいとのことだった。


「……母しゃま、いかない?」


 診察を終えても、テオは私の袖をぎゅっと掴んだまま離そうとしなかった。

 潤んだ瞳で見上げられて、思わず言葉に詰まる。


「行かないよ。ちゃんとここにいるから」


 そう答えると、テオは安心したように小さく息を吐き、私の腕に頬を寄せた。


 ……こんなの、置いていけるわけないでしょ。


 結局、私の朝食とテオの昼食は、この部屋に運ばれることになった。

 テオを椅子に座らせたまま、小さな器とスプーンが用意される。


「ひとりで食べられる?」

「……しゅくえない」


 スプーンを握ったテオは、眠そうにまぶたを揺らしながらも、一生懸命スープをすくおうとしていた。

 けれど、手元はおぼつかず、すぐに眉が下がってしまう。


「じゃあ、少しだけ手伝うね」


 私が器からスープをすくって口元へ運ぶと、テオは素直に口を開けた。


「ん……おいちい」

「よかった」


 口の端についたスープを拭ってやると、テオはふにゃりと笑う。

 その瞬間、背後で誰かが息を呑む気配がした。


 振り返ると、控えていた侍女たちが慌てたように目を伏せる。


 ……そんなに驚くこと?

 新しく来た後妻が、レオニスの息子を邪険に扱うとでも思ってたのかな。


「奥様」


 そばに控えていたマリネが、静かに膝を折った。


「坊ちゃまは、奥様がいらっしゃると安心なさるようですね」

「……そう? それならいいんだけど」


 いつの間にか私の膝の上に移ってきたテオは、指をくわえたまま、眠たげに身体を預けてくる。


「母しゃまのおひざ、すき……」

「そう。じゃあ、少しだけここにいようか」


 背中をゆっくり撫でていると、やがてテオの呼吸が穏やかになっていった。

 小さな手は、まだ私の袖を掴んだままだ。


 完全に眠ったのを確認して、マリネがそっと毛布をかけてくれた。


「……マリネ、少し聞いてもいい?」

「はい、奥様」


「レオニスは、今どこにいるの?」


 夜明け前に急ぎの呼び出しを受けて、屋敷を出たことだけは聞いている。

 仕事なら仕方ない、それは理解できる。


 それでも、病弱なテオがこんなふうに熱を出しているのを見ると、心がざわつく。


 関わるなと言われても、昨夜あれほど冷たく突き放した夫のことも、テオがこんな状態でいる理由も、何も知らないままでいるわけにはいかなかった。

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