第三十の手 叔父上、まさかのボケ疑惑ですか?
準備はできてる……お願い、上手くいって。
私は笑顔を崩さず、小さく息を吸い込んだ。
そのままゆっくりと、王族がいる会場の奥へと歩を進める。
「おい……見ろ。夫人が動き出したぞ」
「辺境伯は助かったって聞いたが、これではっきりするな」
周囲の貴族たちのざわめきが、嫌でも耳に届く。
王族の前で私がどう振る舞うのか、誰もが興味深く見てる。
「よく来てくれた、エリシア。久しぶりだの」
先に声をかけてきた国王へ、私は和やかに微笑む。
「ご無沙汰しております、陛下」
「よく来てくれたね、リューンハルト夫人」
「本日はご招待いただき、感謝申し上げます」
玉座の横に立つ、若き王太子――セドリック殿下。
背筋を伸ばして気品と威厳をまといながらも、その双眸は柔らかく私を見つめていた。
その声は会場に響き渡って、ざわめきがピタリと静まる。
「周りがいろいろ言うだろうが、心配には及ばない。どこにいても、エリシアは大事な幼なじみだよ」
「殿下……ありがとうございます」
セドリックの言葉に、今までのことが一気に思い出されて、すこしだけ目頭が熱くなる。
ここまで、本当にいろんなことがあったから……。
挨拶を済ませ振り返ると、叔父様がこっちを睨み付けているのが見えた。
……来た、来た。
赤ワインの入ったグラスを手に、余裕たっぷりの笑み。
でも、その目の奥には鋭い光が宿っている。
「お言葉ですが、殿下――」
叔父様は、とってつけたような心配げな顔をして、口を挟んでくる。
「このような場に伴侶を亡くして間もない夫人が、単身でお越しになるとは。いささか……いや、全く理解できませんな」
呼んだのアンタでしょ。
「どういうことか、説明してくれるかい……子爵」
セドリック殿下の冷ややかな態度を都合良く受け取ったのか、叔父様は得意げな表情を浮かべる。
「殿下……甥のレオニスは、すでに亡くなっているのですよ」
「なんだって……じゃあ、あの噂は嘘なのか!?」
周囲の貴族たちが、再びざわざわと騒ぎ始める。
叔父様は目を伏せ悲しそうな顔をしていても、その口元は笑いを堪えられないのか、歪んだままだった。
「亡くなっている? しかし、辺境伯は回復したと報告を受けているが」
「屋敷の襲撃後から、一切姿を見せておらんのです」
セドリック殿下は、首を傾げる。
「……夫人、レオニスはどうしているんだい?」
「はい殿下。今日も元気にお仕事をこなしております」
「嘘を吐くんじゃない、エリシア。そうなら、なぜここに姿を見せないんだ?」
待ってましたと言わんばかりに、叔父様は私の言葉を鼻で笑った。
そんなの、こっちも想定内よ。
「忙しいからですけど。そもそも、叔父様がしつこく手紙を送ってくるから参加したのに……もうボケてんのかな?」
「なっ……なんだと!?」
「……それになぜ、そんなに夫を殺したがるんです?」
グッと、叔父様は言葉を詰まらせる。
「な、何てことを言うんだ! 殿下、甥はすでに亡くなっていると、屋敷の使用人から確かに聞いております。幼いテオドールに代わり、後見人として私が辺境伯家を――」
私の背後に控えていた護衛の列から一歩、男性が前に進み出た。
背の高い体躯、磨き抜かれた銀の甲冑——顔を覆っていた兜を外して、ゆっくりと顔を上げる。
「それは残念でしたね、叔父上。俺は今もこうして、元気に仕事してますよ?」
その声は、会場全体を凍りつかせた。
叔父様の目は見開かれ、手の中のワイングラスが小さく震える。
「レ、レオニス……!? お前、死んだはずじゃ――」
ようやくお披露目ね。
「先ほど子爵は言っていたよね? 使用人から『辺境伯が亡くなった』と聞いた、と」
セドリック殿下は、困ったように腕組みをする。
その仕草がちょっとわざとらしくて、笑っちゃいそう。
「は、はい殿下。確かに彼奴はそう言っておりました……」
「それは妙だな……うちの使用人は全員、私が助かったのを知っていますよ? 叔父上、その使用人とは、今からここに連れてくる拘束中の男のことですか?」
叔父様の額に脂汗が滲んで、グラスを持つ手が震え始めた。
「な、何だと!? いや、そいつは……!」
「おい、ここに連れてこい!」
レオニスが控えていた衛兵に命じると、ゆっくりと扉が開かれ、見覚えのある使用人が、後ろ手に縛られたまま姿を現した。
連行してきたのは正装したカイルとルディだった。
私たちの近くまで来ると、グッと男性を押さえつけ、顔を上げて私にウィンクする。
「素敵……どなたかしら!?」
その仕草に、会場のあちこちから黄色い歓声が上がる。
カイル……楽しそうね。
「彼がその使用人なのかい?」
「はい、殿下。私が毒を受けた騒ぎの最中、この男は屋敷を抜け出しました。その後を追わせたところ、向かった先は叔父上の屋敷です。現在、拘束して取り調べています」
「うっ……た、助けてください、グレゴール様」
「お、お前など知らん! 殿下! 私は会ったこともない男です」
やっぱり切り捨てた……。
「フォルスター子爵。本当にあなたは、彼のことを知らないのかい?」
セドリック殿下の言葉に、叔父様はコクコクとうなずいた。
「は、はい……私は本当に知らんのです。そのような者、ふふ……初めて見ました」
……あ、いま笑ったよね?
「どうか信じてください……ひひ。私は……は、はは。な、何だこれは」
「どうしたんだ? 様子がおかしいぞ……?」
静まり返った会場が、やがてざわめきに包まれていく。
「殿下、誤解なのです! こ、これは何かの間違いで……ふふふ。ひゃ、ひゃはは……っ!」
「……あ、やっと効いてきた」
叔父様の口元が引きつり、声は震え、笑うことを自分でも止められなくなっていく。
「ははっ……は。お、お前、一体何をした! あひゃひゃ! わ、笑いが止まらん!」
「あーそれ、叔父様のグラスに毒を付着させたんです」
周りの貴族たちが、一気にどよめいた。
私は満面の笑みを浮かべて、手元の小瓶をぷらぷらと揺らす。
「どうせ真実は話さないつもりでしょう? だから、毒を盛ったんです。ここに解毒薬があるので、本当のことを話してくれればあげますよ?」
手に持った薬の瓶を見せびらかす。
「ぶはっ! な、何だと!? ふっ、ふふっ」
叔父様の顔が引きつって、肩が小刻みに震える。
「その、いま笑ってるのって副作用ですよ。叔父様もお詳しいでしょう?」
からかうようにニヤリと笑って、また手元の小瓶をぷらぷら揺らした。
「副作用って……笑うだけなんじゃないのか?」
「しかし、このまま笑い続ければ、身体に大きな負担がかかるだろう」
ざわざわとしていた会場内の貴族たちは、息を呑んで成り行きを見守っていた。
「苦しいでしょう? さあ、どうしましょうか、お・じ・さ・ま? ふふっ」
「い、いひっ……! 衛、衛兵ッ! この女を、つっ、つか、つかまえろ! はぁはぁっ!」
叔父様の指示にも、誰も反応しない。
「捕まえろ!? 何を言い出すんだ……失礼だろう、子爵ごときが」
彼の発言に対して、周囲からも抗議の声があがった。
叔父様の顔が真っ青になり、笑い声がますます引きつる。
「……もういい、子爵。私たちは全て知っているんだよ」
「すでに手遅れなんですよ、叔父上。王家には報告済みです」
叔父様の目が泳ぎ、震えながらも笑い声だけが漏れ続ける。
彼の足がついに力を失って、ガクンと膝をついた。
セドリック殿下が後ろを振り返ると、その様子をじっと眺めていた陛下の口元はほんのわずかに持ち上がり、無言のままうなずいた。
「フォルスター子爵、王命により拘束する。君には厳しい尋問を受けてもらうよ」
「そ、そんな……わ、私は何も。ひひっ……な、なんにも!」
叔父様は笑い声が止まらず、震える手を前に差し出した。
「く、くれ……解毒薬を! あひゃひゃ! ワ、ワシは……っ!」
そのとき、落ち着いた色の艶やかなドレスの裾を揺らし、ひとりの女性が会場の中心に進み出た。




