第二十九の手 スパダリ、死亡!?
「どうしたらいいの……このままだとレオニスが」
震える指で、彼の手をぎゅっと握り締めた。
「父しゃま?」
不穏な空気を感じ取ったのか、マリネに抱かれているテオも不安そうな声を出す。
「旦那様!」
次々と使用人たちも集まってくる。
「どうしよう……私、何もできることがないの。何か、何かしなきゃ……!」
「奥様、どうか落ち着いてください。今、医者を呼びに行っていますから」
誰かが、大声で叫んでいる。
医者は運悪く出払っていて、到着には時間が掛かるって声が聞こえた。
「おそらく毒の類いでしょう。ただ、何の毒かが分からない」
「どうにかできないんですか!?」
ユリウスが、レオニスの顔をのぞき込んで眉を寄せる。
「今ある解毒薬を、順番に飲ませたらダメなんですか?」
「……種類が多すぎるんですよ。俺が知っているだけでも、数十種類あります」
「そんな……」
それに、それだけの数の解毒薬が今、この場にあるわけでもない。
毒の種類——。
待って……もし成分さえ分かれば。
「ノ、ノエル! 前に実家に帰ったとき、調べてくれたって言ってたわよね?」
「え……は、はい。ですが、特定するには時間が足りませんよ?」
「それが分かるの! いいから持って来て!」
ノエルは慌てて駆けだしていった。
そうよ、レオニスの体内にある成分を、ノエルのノートと照らし合わせれば……!
「みんな! 薬草をあるだけ持ってきて!」
◇
「……うっ、苦いなこれ」
「よし、全部飲んだ! 次は……これね!」
私が薬草汁を飲ませる度に、顔をしかめるスパダリレオニス。
「早く、これも飲んで!」
「これ、何杯目だ……? 苦い」
「もう! いちいち文句言わないの!」
「……俺、ほんとに助かるのか?」
毒で弱気になっているレオニスの口元に、私は次の薬草汁の原液を押し当てる。
「おい、レオニス……死ぬなよ? 別の意味で」
そばでレオニスを支えているユリウスは、半笑いだった。
不謹慎すぎるでしょ!?
仕方ないじゃない……どれが正解か分からないんだもの。
レオニスはうっすら目を開け、弱々しく微笑んだ。
私は震える手でノエルのノートをめくり、表示される成分と少しでも一致するものを見つけては、次の薬瓶を掴む。
「苦し過ぎて、笑うのも辛いのね……次は、これ飲んでみて!」
「あ、あの、それ……たしか、笑い上戸になる毒の解毒薬じゃ——」
「えっ! なに!?」
ノエルが後ろから声をかけてきたけど、内容が理解できない。
周りからいろいろ言われて、私はすでにパニックに陥っていた。
「時間ないの! みんな、ドンドン解毒薬を作って!」
周りでは使用人たちが、レオニスのために総出で薬を作ってくれていた。
その光景に胸が熱くなって、迷わずレオニスの口元に薬草汁を押し当てる。
彼はもう毒が回ってきてしまったのか、意識が朦朧として、かすかに呻き声をあげた。
「俺、は……笑ってない、ぞ」
「当たり前でしょ、死にかけてるんだから! 笑える状態じゃないんだからね!」
お願い……どうか、間に合って!
「ふ、夫人! 本当にそれ必要なんですか!? レオニス、副作用で死ぬなよ!」
ユリウスはなぜか、頭を抱えて叫んでいた。
「レオニス! ダメ、ダメ! 死んじゃ嫌!」
彼の意識がなくなりかけ、握っていた手に力が入らなくなって、パタリと床に落ちる。
「レオニス!」
「旦那様!」
嘘、嘘……レオニス、死んじゃったの!?
私は彼の身体に突っ伏して、泣き声をあげた。
「はぁはぁ……エリシア、静かに。そのまま顔を伏せているんだ……」
「えっ……!?」
レオニスの指先がわずかに動いて、私の手を握り返してくる。
「気付かれる……。そのまま動くんじゃ……ない」
耳をすまさないと聞こえないような小さな声でささやかれ、私はそのまま身動きできずにいた。
レオニスの声に気付いたのは、周りにいた人たちだけのようだった。
「お前、悪運の強いヤツだな……それで、どうした?」
「さっきから、ずっと俺を観察してるヤツがいる」
屋敷の者達が固唾を呑んで見守る中、人混みに紛れてじっとこっちを見つめる視線。
スパダリレオニスは、薬草汁の苦さに耐えながらも、周りの警戒は怠らなかったらしい。
そっと視線だけを廊下に向けると、小柄な使用人がこっそりと抜け出すのが見えた。
◇
「報告いたします。対象は現在、街道を北へ向かっています」
「うむ、ご苦労」
彼の落ち着いた低い声が、部屋の中に響く。
人目を避けるように屋敷を離れた使用人を、こっそり尾行させていた。
「ご推察の通り、子爵家の屋敷へ向かっているようです」
「わかった、引き続き警戒を怠るな」
その後は驚くほど静まり返り、以前から告知されていた盛大な舞踏会まで、残り10日となっていた。
「グレゴール様から、手紙が届きました」
「また届いたの? ウォルター」
——毎日のように送られてくる、この手紙を除いては。
「左様でございます……あちらは相当ご執心のようですな、奥様」
王家から届いた舞踏会の招待状の横に、叔父様からの手紙を並べる。
上等な厚紙に金の封蝋、招待状には王家の紋章が煌めいていた。
「そんなに参加して欲しいのね。これは、行ってあげないと失礼になってしまうかしら?」
「はい、奥様。ご命令ひとついただければ、すぐに出立の準備をさせていただきます」
叔父様の手の内なんて、とっくに読んでいる。
情報戦も心理戦も、こっちは向こうで叩き込まれてるの、舐めないでよ?
◇
「……うわぁ、さすが城の舞踏会ね」
目に入るのは、金と赤を基調にした装飾と、壁にかかる王家の紋章入りタペストリー。
香水と花の香りが空気を包んで、ワインと肉料理の匂いがわずかに漂う。
婚約破棄したときのこと、今でも覚えてる。
足元の大理石が光を反射して、見栄えのための完璧な舞台だった。
一歩会場に足を踏み入れると、遅れてやってきた私に、場の視線が集まった。
知ってる、みんな噂してるんでしょ……レオニスの姿が見えないから。
『辺境伯はどうしたんだ?』だとか、『まさか、ひとりで参加したのか!?』とか。
全部聞こえてるっての……レオニス復活の噂は、あの襲撃後に流しておいたんだけどな。
「ええと、第1王子はっと……いた!」
少し目を細めると、会場の奥では王が玉座に座り、そのすぐ横にセドリック殿下が立ってこっちを見つめていた。
アレクシスのお兄さん――彼は私の視線に気付いたようで、ほんのわずかにうなずいた。
もちろんあのアホ王子も、仏頂面で突っ立っているのが見える。
そして彼らの少し手前には、ストーカー疑惑の王弟オズワルド殿下。
まあ、私はもう結婚してるから、何かしてくることもないでしょ。
「お父様たちには後で挨拶に行かなきゃ。その前に……見つけた」
そして、視線の端に捉えた。
赤ワインのグラスを持って、ニヤニヤと笑う叔父様。
私がひとりで参加してるから、本当に嬉しそう……さぞかし浮き足立ってるでしょうね。




