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冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


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第二十二の手 戦争、終わらせてきました

 【レオニスside3】


 仮設の陣地の奥で、夜風が軍旗をパタパタと小さく揺らす。

 俺はそれをじっと見つめながら、ただひたすらに待ちわびていた。


「リューンハルト閣下、こちらがここ最近の報告書でございます」


 部下のひとりが跪き(ひざまづき)、俺に書類の束を手渡してくる。

 彼は屋敷とここを往復しながら、数日に一度こうやって顔を見せる伝令だった。


「……他にはもうないのか?」

「はい?」


「いや、なんでもない……下がっていいぞ」

「では失礼いたします」


 今日もダメだったか……。


 俺は渡された戦況報告を手にしたまま、深く息を吐いた。

 肝心の手紙は、いまだ届いていなかった。


「レオニスの旦那! お待ちかねのモノは来なかったんですかい?」

「む……別に待っているわけではない」


「おっと、そうでしたか。せっかく手紙を持ってきたのに、今は必要ないっすね」

「なに!? どこにあるんだ?」


 別の部下が持って来た手紙を、引っ手繰るように奪った。

 アイツが大きな声を出すから、面白がってわらわらと他のやつらまで集まってくる。


「旦那、何て書いてあったんです?」


 カイルは俺の肩越しに手紙をのぞく。

 コイツは戦場では頼りになるが、身体と態度だけは人一倍デカい。


 丁寧に折りたたんである一枚の手紙を急いで開くと、そこには見慣れた文字で短い一文だけが書いてある。


『こちらは特に問題ございませんので、お気になさらず』


 指先がかすかに震えていることに、自分でも気づいていた。

 手に持っていた手紙は、いつの間にか机の端に置かれた報告書の上にハラリと落ちる。


 また今日もこれだけなのか、エリシア……。


「ああ、これはダメかもしれないな」


 手紙を盗み見たカイルが、ボソッとつぶやくのが聞こえた。

 これが、ここ最近の彼女からの返事のすべてだった。


「か、閣下。その……指示はどういたしましょうか?」


 傍らに立つ副官が俺の様子を気にしながら、恐る恐る声をかけてくる。

 報告書に目を通した後は、今後の動きを決めるために、皆で話し合うのがいつもの習慣だった。


「ああ……お前に任せる」

「……は?」


「任せる……すべて、だ」

「レオニス、な、何を言ってるんだ!?」


 付き合いが長く、これまで苦楽を共にした副官の顔は引きつっていて、慎重な彼には珍しく俺の名前をつぶやいた。

 周囲の部下たちも、ヒソヒソと小声で言葉を交わし始めている。


「お、おい……旦那の様子、おかしくないか?」

「どうしたんだ急に。奥方から手紙の返事はきてるんだろ?」


 部下たちの声は耳に入っていたが、今はそんな些細なことに構っている暇なんてない。


「くそっ……」


 吐き捨てるように言った言葉に、叱責されるとでも思ったのか、彼らは黙り込んだ。

 こちらが何通送ったとしても、返って来る手紙の内容はいつも冷たい。


 ……もっと言えば、あれはエリシアの字ですらない。

 やはり俺は最初から間違えていて、今さらどの面下げて、とでも思われているんだろう。


 当たり前だ、不安そうに見つめる彼女に、ずいぶんとひどく当たってしまった……まとわりつく噂も鵜呑みにして、何も調べなかった。


「……あれは王子の嘘だったというのにな」


 ルディと目が合うと、彼は申し訳なさそうな、哀れなものを見るような視線を向けてくる。

 何度も思い出すのは、ふとした瞬間にテオに見せるエリシアの優しい笑顔ばかりだ。


 あれは夢ではなかったのか……まるで遠い幻のような気もしてくる。

 今すぐにでも、ふたりの元に帰りたい。


 だが、この戦いが続く限り、俺だけが勝手にここを離れるわけにはいかない。

 

「……それなら、一刻も早く終わらせるしかないな」


 そうだ、帰ってエリシアとテオに許しを請えばいい。

 俺はすぐさま立ち上がって、机の端を力いっぱい手の平で叩いた。


「レオニス……!?」

「旦那、どうしたんですか?」


「……俺がこの戦いを終わらせる」

「は?」


 ポカンとこっちを見ていた副官の顔色が、次の瞬間にはサッと変わった。


「レ、レオニス!? 今、何て……!?」

「戦争を、この手で終わらせると言った! 俺はふたりのところに戻る!」


 ◇


 数日後の夜明け前、鳥たちがさえずり始めるよりも、さらに早い頃。

 吹きさらしの戦場を、風が冷たく吹き抜けていく。


「閣下、お待ちください! まずは城へ勝利のご報告を!」 


 副官が必死に止めてきたが、俺は栗毛の愛馬を引き寄せた。


「俺は急いでるんだ! 一緒に帰りたい奴は、勝手について来い!」

「だ、旦那!? ちょっと待ってくださいよ、俺たちも一緒に行きますから!」


 慌てて馬に飛び乗る数名の部下を尻目に、俺はまっすぐに屋敷の方向へと駆け出した。

 夜明け前の空に、数頭の馬が土煙(つちけむり)を立て、乾いた蹄(ひづめ)の音を響かせる。


 今すぐ帰る、待っていてくれエリシア、テオ。

 どうか俺に許しを請う機会を与えてくれ……こんなバカな俺に。


「旦那! レオニスの旦那ってば! そのペースじゃ、馬がもちませんって!」


 荒れた街道を、先頭を切って速度を上げ駆け抜ける。

 後ろから叫ぶカイルの声にも、俺は振り返らない。

 

「もう後悔なんてしたくないんだ」


 長い間走り続け、愛馬の呼吸も荒い。

 森を無理矢理突っ切ったからか、顔も腕も枝に引っ掛け、切り傷だらけだ。


 だけど、止まるわけにはいかなかった。

 

 嫌われてもいい、拒まれても冷たくされても。

 それでも今すぐ会って伝えなきゃいけない、俺は……!


 小高い丘を越えると、見慣れた屋敷の門が視界に入る。

 突然の馬の蹄の音に、門番たちは驚いて警戒を強めた。


「だ、誰だ! そこで止まれ!」

「門を開けろ! 今、すぐにだ!」


 俺は荒い息を吐きながら、彼らに向かって大声で叫んだ。


「え!? だ、旦那様!?」


 戦いを終えてすぐに出発したからだろう。

 マントもボロボロで、顔は泥にまみれているせいか、声でやっと俺だと気付いたようだった。


「だ、旦那様のお帰りです!」


 門番のひとりが屋敷の方へ駆け出して行く。


「旦那様、お待たせいたしました! どうぞお通りください」

「うむ、ご苦労!」


 胸が焦げつくような思いに喉までひりつき、無理に絞り出した声はかすれていた。

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